まだ私が子供の頃、小学校高学年まで自宅トイレは和式汲み取り”ポッチャン”便所であった。今から思えば、当時日本は高度成長期に入りつつあったがまだまだ東京の下町の多くでも下水道施設は整っていなかったようだ。ある時通っていた小学校でどうしても授業中にトイレに行きたくなり恥ずかしさを我慢して先生に許しを受け、わざと教室からは遠い1階のトイレに行った。和式のトイレに座りポトリと自分の分身を落とした時のこと、ぴしゃりと私のほほに、今では右頬か左であったかは覚えていないが、冷たいモノが張り付いた。子供心に一瞬、ウムと思ったがかまわず用を足してから手洗い所の鏡をのぞくと、なにか黒ずんだ液体が私のほほにこびりついていた。あの打てば響くような一連の所作と現象からすれば正体はおのずと知れる。幸い鼻の横であるのと薄まっているので臭いはあまりなかったと記憶しているが、これがポッチャン便所では下を向いたまましてはいけないことの報いであった。
大学生の頃、北岳山荘であったか、そこら辺の避難小屋であったか記憶は確かではないが大きな穴ぼこに仕切りが幾つかあり、その仕切りの中に穴ぼこに二本の板を渡しただけのものがトイレであり怖い思いをしながら用を足したのが印象的でもあり懐かしくもある。一緒に入れば音はそれこそ筒抜けであり動作までまじまじと感じ取れるようであった。
時は流れ、洋式トイレにすっかり慣れきってしまった私は、ある山小屋で和式トイレに座れない事態に窮した。足の腱が固くなりそのかつてのぺッチャン座りができず変な所で老齢となっているのを感じる羽目となった。
一方で尾瀬御池駐車場のトイレは自宅便座よりもはるかに最新式であり感心させられたが、下山後の今、これは進歩なのだろうが清潔さを求めるあまり人間は生き物であるという実感を山でさえ消失させようとしているのかもしれないという悲哀を感じる。登山そのものが生き物が登るものでなくならなければ良いが。
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