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山で出会った不思議な出来事5)消えたオショロコマの沢
投稿日:2012年02月01日 13:20 カテゴリー:
山の思い出
富良野の釣り好きの方からお便りをいただいたのは、1993
年のことでした。前年に私が十勝連峰のある沢に入って、オショ
ロコマのことを書いた記録を読んで、連絡してきたのでした。
彼が言うには、私が入った沢に行ってみたが、オショロコマ
がいないどころか、その沢にはそもそも水が流れていない、涸れ
沢ではないか、というのです。
びっくりしました。
私が入ったその沢は、沢幅は広いところで4mと小さいながら、
小さな淵が連続し、そのどのよどみ、淵にも、それぞれ数匹から
10匹のオショロコマがいて、ルアーであれ、タオルの切れはし
であれ、先に釣り上げた魚の目玉であれ、投げ入れたものには何
にでも、飛びつき、くらいついてきたからです。
もともと、この沢のことを知ったのは、1970年代の古い記録
を調べたことがきっかけでした。
富良野や旭川の釣りクラブのメンバーらが、毎年数回ずつの釣行
を報告していました。
その釣果も、当時のことだから、後の世代の感覚ではついていけ
ない感じもするのですが、1人で100匹以上とか、4人で700
匹などという、ケタ外れのものでした。
ところが、こうした記録が、70年代の後半からは、この川につ
いてはぱったり途絶えてしまっていました。
この沢の本流(S川)は、流程30キロにおよぶ大きな川で、
5万図を3枚並べるほどの距離を流れて、ようやく麓の集落に流下
していました。
合流する川の下流にはダムがあり、アメマスやニジマスもいるよ
うです。
S川行くべし。
92年に最初の計画を実行しました。
具体化しようとして、実際に困ったのは、70年代の当時の記録で
は、S川の上流域の支沢の名前が、地形図の枝沢には入っていないこ
とでした。釣りの記録では、和語とアイヌ語「I沢」「N2沢」「S
3沢」「Y沢」などの名前で、紹介されています。(アルファベット
で呼び名は伏せています。)
ところが、2.5万図の方には、ここまで詳しい枝沢の名前は、表記
されていません。
当ってくだけろ! で、当時小学4年の岳彦と2人で、ともかく
山麓の営林署へ、情報収集と入林許可のために行ってみました。
この営林署は、後に映画「ぽっぽ屋」の舞台になった場所に
あります。
果して、営林署で聞いてみると、「この川に釣りに来る人は、ま
ったくいないねぇ」「釣りが目的で入林許可証をもらいにくる人も
、あなたが初めてです」と言うではありませんか。
不安になりました。
「熊は?」ときくと、「いますけれど、事故は起こっていません」。
これは、熊はいても一般の人が入っていないせいかもしれない
(笑)。
ただ、営林署のお兄さんたちはほんとに親切で、「これは少し前の
版だから」と、作業用の特大流域地図を1部、分けてくれました。
そこには、古い記録にある「I沢」「N2沢」「S3沢」「Y沢」
などの名前が、しっかり入っていました。
入林許可証をもらって、いざ、目的の沢へ。
いやはや、すごい、すごい!
わんさかと、オショロコマがいました。
岳彦はこのときが渓流釣りの初体験だったけれども、その最初の
フィールドで、「間引きのルール」を教えることになりました。
これは、一つの淵で何匹も釣ると、小さなオショロコマまで針に
かけてしまうので、1淵2〜3匹まで、などのルールを決めて、釣り
上がる方式です。
1日おいて、私は今度はこのS川の流域全体の魚の分布調べに、長躯、
札幌から現地にまた入りました。
助手席には、またもや岳彦が。
出がけに、「ぼくも連れて行け!」と泣いて訴えられたのです。
S川の、流量の大きな他の支流は、ルアーを20m近くも遠投する大
トロもあります。アメマスとやや大きめのオショロコマとが、ほどほど
の濃さで生息していました。
で、この記録を報告したところ、地元の方から、上記のクレームが
あったのでした。
2年おいて、再度、問題の枝沢へ。
驚きました。I沢はほんとに涸れ沢になっていたのです。
この時点で、営林署によるトドマツ、エゾマツ、ミズナラなどの伐採
は、まだI沢の上流にはおよんでいませんでした。
十勝連峰の南面の、残雪量の関係なのか?
それとも森の貯水量にかかわる何かが起こっていたのか?
上流の流路が変るような地形の変化があったのか?
私たちが遡行したとき、I沢の沢幅が50センチを切るぐらいの
ところまで上がりましたが、オショロコマはさらに上流にまで棲ん
でいました。
この枝沢が、S川にとってもオショロコマの貴重な繁殖河川であった
ことが想像されます。
あの命にあふれた沢の、その水が途絶えてしまうとは? そして無数
のオショロコマはどこへ行ったのか? 自然の世界の変化の大きさと渓
流魚のたくましさ、きびしい生息条件を感じました。
清冽な沢水が回復し、元気に群れ泳ぐオショロコマたちがもどって
くる日が、また、くるのだろうかと考えています。
(写真は、オショロコマ、長男の沢スタイル、本流下部のアメマス)
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コメント
yoneyama
投稿日時:
2012-2-2 9:51
更新日時:
2012-2-2 9:51
登録日:
2007-5-15
居住地:
投稿数:
1935
RE: 山で出会った不思議な出来事5)消えたオショロコマの沢
不思議な話ですね、舞台が森の中だから、なんだか宮沢賢治の童話を思い出すような、少しせつない話。
tanigawa
投稿日時:
2012-2-2 12:10
更新日時:
2012-2-2 12:10
登録日:
2007-7-19
居住地:
投稿数:
1678
RE: 山で出会った不思議な出来事5)消えたオショロコマの沢
このS川は2004年にまた入りましたが、このとき
は中流部から下のアメマスねらいだったので、源流エリ
アのI沢の様子は確認していません。
崩壊が激しい山や、傾斜のある沢の源流では、涸れ沢
はめずらしくないですが、I沢は地形がずっと穏やかで
す。森も深い。
ほどほどの安定した水量があるからこそ、オショロコマ
も密度濃く生息できたのだと思います。
その沢水が消失したというのは、十勝連峰南面の、表層
水ではなく、浅い地下水の層への水の供給(融雪水と雨水)
の供給量か、あるいは流路が、変動したのかなと、想像して
いますが、謎です。
沢水は、小さな沢でも、結構安定した水量が保たれている
ところが多いですね。渓流魚が生息してきたとなれば、なお
さらです。
S川は、名前のうえでの本流筋よりも、支流が豊富な水
量をもち、そこは北海道らしく森のなかをゆったりと流れる
美しい沢です。
やさしい沢なので、登山者も目標にするところではない。
周辺に研究用の自然林の広大な一帯があり、動植物がよ
く保全されているエリアが隣接しています。
あまり伐採が広がっていなければ、一度、こちらの支流も
奥まで上がってみたいと思ってきました。
araigenga
投稿日時:
2012-2-2 22:34
更新日時:
2012-2-2 22:35
登録日:
2009-1-22
居住地:
投稿数:
4532
RE: 山で出会った不思議な出来事5)消えたオショロコマの沢
私は遠野物語を連想しました
下北半島も私が行った頃にはすでに、大規模伐採、植林の後でしたが、数年先輩の来た頃には、沢には魚?がたくさん溯上していたそうです。
tanigawa
投稿日時:
2012-2-3 7:12
更新日時:
2012-2-3 7:12
登録日:
2007-7-19
居住地:
投稿数:
1678
RE: 山で出会った不思議な出来事5)消えたオショロコマの沢
yoneyamaさん、araigengaさん。
お二人の印象をうかがって、私もこのS沢の様子、変遷を思い起しています。
アラゲンさんの下北のお話を読んで、利尻と礼文の小沢の、密集したヤマメのことを連想しました。
92年に最初にこの問題のS川流域に入ったとき、一番驚いたのは、本流と、それより水量が多い支流との分岐点に立ったときに、本流の水が泥でひどく濁っていたことです。
とても渓流魚が棲めないほどに。
上り出してわかったのは、本流の支流の一つであるH沢で、大規模な伐採がすすんで、赤土がどんどん流れ出していたことでした。
でも、当時、I沢は、基部で伐採が始まっていただけで、全体がまだ自然が保たれていました。
2年後も同じでした。
伐採は、大支流の側でも、始まり出していました。
これらの事情のため、S川の下流部では、本流では魚の追いは確認できず、水質がよい支沢に、アメマスが生息していました。
94年時点の状況は以上のようで、本流のI沢は92年には水量があったのに、94年には涸れ沢に変貌していたわけでした。
I沢の涸れ沢化については、前述じたように、伐採が原因かどうかは、わかりません。
しかし、この30キロに及ぶ大きな川の各所で、伐採がすすみ、水質が悪くなってきているのは、目撃した事実です。
川と沢の楽しみという場合、山岳に突き上げる渓流も魅力的ですが、私は、深い森のなかを、遠い山から、ゆったりと流下する川、とくに北海道の、日本離れした規模と生物相の濃い川にも、また魅かれます。
なによりも、そういう川の大きさを体験できずに、知ることができずに、育っていく子どもたちが、オショロコマと同等に不憫です。
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