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犬鳴御別館跡(いぬなきごべつかんあと)

最終更新:2015-02-24 08:08 - malten
基本情報
場所 北緯33度42分23秒, 東経130度33分17秒
展望ポイント

犬鳴御別館跡 (基準標高352.3m)付近の気温

12月の気温(推定値)
最高気温
9.5
平均気温
5.5
最低気温
1.1
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周辺の平年の気象状況

12月の気象
日照時間 3.6 時間/日
降水量 2.7 mm/日
最深積雪 0 cm
気象データの範囲(1km四方)
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※本ページ記載の気象データは、国土交通省が公開している国土数値情報をもとに推定を行ったものであり、現在の気象情報を示すものではありません。登山の際は必ず山の天気予報 ヤマテンなどの山の気象予報をご確認の上お出かけください。

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犬鳴御別館跡
犬鳴御別館跡
犬鳴御別館跡

山の解説 - [出典:Wikipedia]

犬鳴御別館(いぬなきごべっかん)とは、現在の福岡県宮若市犬鳴に所在した日本の城である。建築当時の地名は犬鳴村。
ファイル:Inunaki_anex.JPG|大手門跡
ファイル:Inunaki_anex2.JPG|搦手門跡
ファイル:Inunaki_anex3.JPG|加藤司書忠魂碑

犬鳴御別館は慶応元年(1865年)に、福岡藩家老職の勤王派加藤司書によって建てられた。当時、福岡城は海岸の近くに所在したため、外敵との戦争が起きた時に敵艦隊の砲撃から藩主を匿う目的で築かれた。しかし、藩主である黒田長溥や佐幕派には秘密で建設されていたこともあり、犬鳴御別館が藩内に明るみに出ると、佐幕派などから「もしも倒幕が認められない場合は藩主を御別館に幽閉して藩の実権を握ろうとしている」と謀反の疑いをかけられた結果、勤王派の大弾圧事件「乙丑の獄」が起こり、建築主の加藤司書も切腹した。
その後、無事に犬鳴御別館は完成したが、福岡藩知事になった黒田長知が藩内視察で犬鳴村に訪れた際に一度宿泊しただけで、あとは放置され明治17年(1884年)に、暴風により倒壊した。近年の調査により、近隣の民家などの一部に倒壊した御別館の資材が再利用されていることが確認されている。
正面から右側に大手門があり、左側には搦手門と石垣、城内には庭園跡と司書の忠魂碑が残されている。別館は福岡藩で最後に作られた城として貴重とされており、史跡として宮若市指定文化財にも登録されている。
古文書によれば、城内に藩主館、城外には長屋と宝蔵、火薬蔵があったとされる。東側には西山連山の峠などの5箇所に番所を築くと記されている。

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