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エルブルス(えるぶるす)

最終更新:2010-12-23 16:12 - alpsdake
基本情報
標高 5642m
場所 北緯43度21分17秒, 東経42度26分21秒
・ヨーロッパの最高峰
山頂
危険個所
展望ポイント

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エルブルス山頂にて。
高度馴化中、後ろがエルブルス
去年行ったエルブルス。 今年はタクラマカン砂漠自転車縦断に挑戦だ。
エルブルスでは英語がつうじて意思の疎通も英語できたのだが、タクラマカンは英語いけるんか? 心配である。
エルブルスでは海外エージェントを通じてロシア人ガイトを雇い常に一緒で山小屋泊だが、タクラマカン砂漠縦断では単独テント泊になる。何かあったらと考えると、スゲーブルーな気持ちになる。

山の解説 - [出典:Wikipedia]

エルブルス山(エルブルスさん、)はコーカサス山脈の最高峰である。標高は5,642mで、ヨーロッパの最高峰でもある(地理的には大コーカサス山脈がヨーロッパとアジアの境界とされる)ほか、ロシア連邦自体の最高峰でもある。大コーカサス山脈のすぐ北側を走るボコボイ山脈に連なる。エリブルス山とも。
ロシア連邦に属するカバルダ・バルカル共和国の南部に位置し、キスロヴォツクから南西に65km。グルジアとの国境から北に約12km。多くの氷河があり、それらはバクサン川やクバン川などの源流となっている。
2つの頂上のうち、より低い東峰(5,621m)は、1829年7月10日(ユリウス暦)にロシア軍・科学調査隊のガイドとして、カラチャイ人のキラル・ハシロフが初登頂した。西峰(5,642m)には、1874年にF. クロフォード・グローヴが率いるイギリスの探検隊が登頂した。西峰と東峰は約3km離れている。
ソビエト連邦で登山は非常に人気のあるスポーツとなり、多くの登山者が現れた。1936年にはコムソモールが遭難する事故があった。
第二次世界大戦中の1942年、ブラウ作戦により南下してきたドイツ軍のA軍集団指揮下の山岳部隊が登頂した。登山の際、ソ連軍の山岳部隊と交戦する。ブラウ作戦の目標と関係のないこの登頂事業にヒトラーは激怒し、A軍集団司令官ヴィルヘルム・リスト元帥の解任の一因ともなる。ドイツ軍は1942年末にはこの地域から撤退した。山頂に残っていたドイツ国旗は、ソ連軍の山岳部隊が撤去する。
1956年、カバルダ・バルカル共和国の地域のロシアへの併合から400周年を記念して、400人の登山隊が登頂した。
1959年から1976年にかけて、3,900mの地点までロープウェイがつくられる。また、4,100mの地点には登山者のための宿泊施設もある。夏季には、この登頂路を通って、一日に100人を超える登山者が登頂を試みることも珍しくない。
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この場所を通る登山ルート

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