土御門上皇が通った野根山街道(宿屋杉⇔岩佐関所跡)を訪ねて
- GPS
- 06:37
- 距離
- 27.1km
- 登り
- 608m
- 下り
- 1,508m
コースタイム
9;41 宿屋杉登山口
9;49 宿屋杉休憩所
10;33 電波塔分岐
10;52 熊笹峠
11;00 装束峠
11:14 お茶屋場
11:25 お産杉
12:11 四里塚
12:17 岩佐関所入口(昼食)
12:44 川島邸跡(岩佐の清水)
14;15 装束山山頂三角点
14:56 車両駐車地点
天候 | 晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2012年07月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
|
コース状況/ 危険箇所等 |
街道は、四国の道としてよく整備されていたが国道439号線を分かれ野川林道は、私が今まで経験したことのないダートな道でした。 電波塔を建設中で狭い林道に建設機械が入りダンプが入った轍がものすごく乗用車を左右に振って軌跡を避けようと走行したが困難で車の底を心配するほど叩いてしまった--帰宅したら点検に出さないと(-.-) |
写真
感想
「日本の歩きたくなる500選」に選ばれている野見山街道は、興味がありたびたび計画したが30kmと長く 又、アクセスが悪いため諦めていました。
先日 図書館で借りた本に、土佐(東)街道・野根山越え(メインコース・・・野根山街道)のことが書かれていました。車でアクセスする方法で、コース延長10kmとありこれなら日帰りが可能です。
家内の実家から無線中継所をナビで検索すると2時間程度との距離。今回帰ったのを機に実行しました。
国道55号線で奈半利に進み国道493号線で野友橋の手前から県道11号線(野上林道)に入ります。ここまでは、順調で予定時間より早く着きそうで喜んで参勤交代の風景を空想していました。
突然 道が「ダート」になりました。山行きなので当然といえば当然ですが 道は、予想以上に狭くなります。楽しい空想は飛んでしまい 対向車のことばかりが気になります。又、山からの水が道路に水たまりを作り大きい轍が残っています。 幸い対向車は、ありませんが道はますます大変になって もう轍を避けて通ることができません。 車の底が心配するほど「ガン・ガン」と異様に泣いています。
道が悪い理由が判りました。どこかの山中に鉄塔を建てる工事が行われていて 土木工事の機械が入っているのです。何回か途中で停車してゆっくりと大型車と離合します。
反省しきりです。帰りは、早くしないと「山の天気は、つるべ落とし--」とか 気が焦ります。やっとのことで 目的地付近に来たようです。予定地の無線中継所に進みます。 ん? 右手に宿屋杉登山口の道標がありましたが 先に進みます。 しばらく走りました すると道一杯の水たまり(池状態)です。深さは、不明です-------。
諦めて 先に見た登山口に戻ります。
危険のないお邪魔にならない地点を選んで駐車しました。
身支度をして出発です。変に緊張しています(@_@。
程なくして宿屋杉に到着。まずびっくりしました。写真では、見ていましたが実物の威圧感は何ということでしょう!!! 驚くと共に感激です。やっぱり来てよかった。
トイレを済ませて岩佐の関所までGOO。
道の広さには驚きです。参勤交代が通った道だからですかネ、当然と言えるかも。 測ってみます 北山杉より大きい樹木間で3.5mは、強に有ります 古株(朽ちている)間では、5m近くある箇所もあります。
この地は、雨の多い所なんでしょうか? 苔が一杯生えています。大木が多く暗く感じます。道(基礎路)は、しっかり作られています-----。
しかし 雨によって流されてきた落ち葉・柴、倒木が多く随分と歩き辛いですが勾配は、大丈夫です。
無線中継所の分岐です。予定だとここから下りてくるんだ と変に納得しています。
案内板によると高知を出た参勤交代の一行は、ここに来るまでに2泊3日の行程を要したとありますyo。
同じ場所(道)を通る訳ではないにしても 車で来たあの高低(行程)差を歩いてなんて考えられません。ましてや列をなし駕籠に殿様を乗せて・・・・・・・・・。”すごい”!!
熊笹の道を考えながら歩いていたら熊笹峠です。初めて視界が開けました。眩しく太陽が輝いています。
次は、装束山休憩所登り口 今は、通過します。
お茶屋場の案内板でちょっと寄り道します。殿様が休むために道に石畳を敷き一般人を通行止めにしてお茶を飲む場所が作られています。
少し行くとお産杉です、案内板に目を通します。当時を思わす巨木の根元が残っています。たしかに大きい。
この野根山街道は、2〜3km毎に名所解説があり飽きさせません。カナギの崩をのぞきに行きましたが木が一面に生えていて崩れた面影は、判りませんでした。
四里塚に着きました。宿屋杉を出発してから約一理です。私は 京都で一里塚に住んでいるのですがこのような立派な道標は残っていません。
門が見えてきました。岩佐の関所のようです。雰囲気は あります。ここで通行手形を見せたのですネ。
時代は、それぞれ違いますが土御門上皇が流された幡多から徳島に向かう際この地を越え 又、長宗我部元親が徳島に打ち入るため兵を動かし 幕末には、脱藩の道として使われていた道です。歴史から忘れ去られようとしています。
今日は、帰り時間が気になって割愛することになった花折れ峠。解説書には、坂道が急であったため殿様が駕籠を開けて道の花を摘んだことによると書かれています、京都にある花折れ峠の言われは何でしょうか(帰って調べます)
食事をしています 誰も居ない空間 一人ぼっちです。
関所の下段には、番頭の邸宅跡があるので見に行きます。立派な石垣が残り沢山の番人が生活したようです。土御門上皇が命名した岩佐の清水もあります。
トイレを済ませて帰路に着きます。今日は、誰にも会うことなく帰ることになります。ラジオのスイッチを入れます。音楽が流れてきました。
今日は、野根山に行けなかったので装束山に寄って帰ろうと思います。
一等三角点(1082.8m)がありました。展望台もあります。眺望も抜群でよかったよかった。
後は、無事帰還するのみあの悪路を思い出にGPSに残して置こうと思います。
コメント
この記録に関連する登山ルート
この場所を通る登山ルートは、まだ登録されていません。
ルートを登録する
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する