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蓼科山 (無雪期ピークハント/縦走 / 八ヶ岳・蓼科)
日程:
   2007年05月14日 (日帰り)
メンバー:
   amw2
天候:
   晴れ

山情報:※関係ない山が表示される場合もあります。
   蓼科山 [2530m] / 八ヶ岳・蓼科
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コースタイム:
   5/13(日)桑園6:58――7:44新千歳8:40――10:15羽田――新宿12:00――14:19上諏訪16:30――17:06強清水・ヒュッテ霧ヶ峰(泊)
5/14(月)ヒュッテ霧ヶ峰8:10――8:20車山高原8:33――9:03蓼科山登山口(女神茶屋)9:10――13:25蓼科山13:40――16:05蓼科山登山口(女神茶屋)16:27――16:58車山高原ーー17:25ヒュッテ霧ヶ峰(泊)


写真: この山行の写真をスライドショーで見る

蓼科山中腹の新緑。

女乃神茶屋。今はまだ営業していない。
蓼科山女乃神茶屋登山口は道路を挟んで向かいにある。

「武田信玄公ゆかりの道 棒道 軍用道路」。下(奥)が甲斐、右手前に行くと諏訪。女乃神茶屋の前を通って、林の中に続いている。

蓼科山女乃神茶屋登山口。

標高1900m付近からはこのような岩礫の急な道となる。

日当たりの悪い所ではまだ雪が残っていた。ここから山頂まで標高差300m強最後の直登である。
御泉水(ごせんすい)自然園から登って来た人は「道に雪が残っていた」と。
この時期、南斜面では大体融けて、北斜面ではまだまだ残っているのである。

立枯れ。枯れた部分が水平方向に、幾本も帯状に延びている。麓からは縞模様になって見えるので「縞枯れ現象」と言う。隣の「縞枯山」が有名で名前もズバリである。

枯れた木の根元に幼木が密生している。過密なので、ある大きさまで生長すると養分の不足、日照不足、通気不良、何かそんなことで一斉に枯れる。かくして何十年かおきに、枯れた白い帯と緑の部分が入れ替わる。以上は僕の推測だが、詳しいメカニズムはまだ解明されていない。

標高2450m。山頂直下は巨岩累々である。

蓼科山山頂ヒュッテ。吹き溜まった所だけ雪が残っていた。

登山道の左右の林にはまだ雪が残っていた。

南アルプスの山々。手前は八ヶ岳の裾野である。

蓼科山山頂。

蓼科山山頂の祠。蓼科山山頂は岩礫の広い原っぱだった。
  
感想/記録:(by amw2)
   5/13(日)今年最初の道外遠征である。
電車の中で、新千歳が近くなってから、愛用のデジカメを家に忘れたことに気が付いた。何たること。色々考えた末、使い捨てカメラを買って、帰ってからフィルムをスキャンすることにした。使い捨てカメラは初めてである。
上諏訪に着いて、霧ヶ峰・強清水行きバスまで時間があったので諏訪湖に行ってみた。バスを降りてから結構遠く、ザックもそのままで重かったので疲れた。湖畔に間欠泉があって是非見たかったが、噴出す予定の時間と強清水行きバスの時間との関係で諦めた。
INで調べたが霧ヶ峰のバスがいまひとつぴんと来ない。何とかなるだろうと高を括っていた。ヒュッテ霧ヶ峰に着いて早速事情を話すと、主人がINで調べ始めた。ここはいろいろな会社のバスが、色々なルートで走っており、期間限定だったり、土日祝のみ運行だったり、すごく複雑なのだ。結論を出た。「蓼科山登山口へのバスは車山高原からしかない。車山高原までは車で送迎する」と。親切に感謝である。
建物はかなり古く、トイレは和式しか無く苦労した。

5/14(月)試しに別棟の風呂の所にあったトイレに行ってみた。ここには立派な洋式があった。以後、少し遠いがここを使うことにした。
車山高原のバス停まで車で送ってもらう。ゆったりうねった高原の中を走って、およそ15分で着いた。間もなくバスが登って来た。このバスは茅野から蓼科山登山の麓、白樺湖を通ってここが終点なのだ。バスに乗り込む。客は僕1人しかいない。Uターンして降って行く。白樺湖の辺を通り、蓼科山の麓を走る。およそ30分で蓼科山登山口(女神茶屋)に着く。女神茶屋は時期的にまだ営業を始めていないようだ。
ここは標高およそ1730m、山頂まで標高差およそ800m、日帰りとしては手ごろである。早速準備して出発。笹原の中の平坦な道を行く。所々に木が茂っていて新緑が鮮やかである。特に芽吹いたばかりのカラマツの淡い緑色が目にしみる。
傾斜が急になった。道も岩礫が剥き出しで歩き辛い。地図では緩急を繰り返す。標高1800m〜1850m、1900m〜2100mが急で、2200mから山頂までが最後の急坂である。
標高1900mからは傾斜は益々きつくなり、岩礫も大きくなって、それを乗り越えたり、避けたりの悪戦苦闘となる。遠目には優美に見えるこの山がこんなにきついとは予想外だ。
この付近だったと思うが、横に帯状に立ち枯れている、いわゆる「縞枯れ」ている所を通過した。
道(実際には道と言えるようなものではないのだが)は日当たりがいいから雪は無いが両側の林には雪が残っている。
道が平坦になった。地面に雪が残っている。木立の隙間から山頂が見える。
愈々最後標高差300m強の登りである。間もなく森林限界を過ぎ見晴らしがよくなる。
やがて草木も生えていない、岩がごろごろ積み重なった斜面となる。
右にトラバースしながら登って行く。行く手に蓼科山頂小屋が見える。小屋の手前で折れて、左の方に行く。山頂は目の前だ。
山頂には2人の青年がいた。東京から来た、気象予報士で、気象関係の仕事をしている、夜間勤務が明けて、今日は休みだ、と。国家試験に受かっているのだから立派なものである。山頂はちょっとうねりがあるがだだっ広い岩礫の原っぱである。
風が強く、冷たい。標高2500m、まだ5月半だから当然である。
小屋は原っぱの北東端、少し低くなった所に建っている。どんな小屋か気にはなったが、早々に降りることにした。岩礫の登りに、エネルギーを使い果たしていたし、帰りのバス16:27、これが最終だから、これに遅れるわけには行かないのだ。
岩礫の道は下りも結構大変である。登りは体力、降りは技術というが、このような岩礫の降りは一瞬たりとも気を抜くことが出来ない。体力的には登りに比べたら遥かに楽だが、膝に負担が掛かるのでストックを有効に使うことが大切である。
無事登山口に着いた。バス時間にも余裕をもって間に合った。
バスはがら空きである。これではバス会社も大変だろう。運転手に聞いてみた。土日は結構混むが平日はこんなものだ、という返事だった。
車山高原に着いた。宿に電話して、スキー場にリフトの近くまで行ってみる。
間もなく車が来て無事宿に帰り着いた。



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