ログイン
ユーザ名:

パスワード:

IDとパスワードを記憶

パスワード再発行


ヤマレコメニュー

ヤマレコ -->> 個人記録 -->> 山行記録の表示

祖母山 [ 1756.40m (無雪期ピークハント/縦走 / 祖母・傾)

日程:
2003年03月30日 (日帰り)
メンバー:

コースタイム:
   青少年旅行村ー宮原ーあけぼの山荘ー祖母山ー天狗岩ー尾平ー久住町・久住高原山荘(泊)

コース状況/その他周辺情報:
   桑園ー千歳ー伊丹ー大分ーJR大分ー緒方ー上畑ー尾平・青少年旅行村(泊)
30日;青少年旅行村ー宮原ーあけぼの山荘ー祖母山ー天狗岩ー尾平ー久住町・久住高原山荘(泊)
31日;久住高原山荘ー赤川温泉ー久住山ー西千里ガ浜ー牧ノ戸峠ー本村さんの山荘(泊)
1日;本村さんの山荘ー吉野ヶ里遺跡ー大宰府ー南福岡グリーンホテル(泊)
2日;南福岡グリーンホテルー大濠公園ー博多ー福岡空港ー千歳ー札幌

写真: この山行の写真をスライドショーで見る

後藤英雄翁顕彰碑と水車。


アセビ。尾平・青少年旅行村駐車場から少し行った所で。

寿野さんと(祖母山山頂)。

祖母山山頂。

天狗岩(祖母山山頂から)。

奥岳川。滑滝、滑川という感じ。

かつて鉱山があったそうで、こんな水が流れていた。

親子像。何処かの駅前だったと思うが・・・
  
感想/記録:(by amw2)
   九州は桜が満開だった。

天気 29日;晴れ。30日;晴れ。31日;晴れ。1日;晴れ

3/29(土)千歳―伊丹、伊丹―大分ともANAだったが客室乗務のスタッフが同じだった。機体がどうだっかは記憶にない。
大分空港からJR大分駅までバスで海岸線を走ったがかなり遠かった。
大分から豊肥本線で緒方へ。沿線では桜がほころび始めて長閑な春日和だった。
緒方から上畑へはバスである。バスは空いていたが偶々言葉を交わした年配の人が薩摩弁で、夕張時代の中原先生を思い出した。
上畑が終点で、降りてみると全くの田舎で、かつては雑貨屋だったかと思われる空き家の前だった。少し上の方まで歩いてみると畑の無効に農家が1軒ある。
ここから尾平・青少年旅行村までバスがあるはずだが時刻表がはっきりしない。
不安だったが腹を決めて待つ。30分ぐらいしてマイクロバス(7,8人乗りの)が来た。尾平・青少年旅行村に着いた時は陽はすっかり落ちて夕暮れの気配だった。
尾平・青少年旅行村は宿泊・研修施設である。広い食堂や研修室がある。寝る部屋は真ん中に通路、その両側に2段あり、直角方向に雑魚寝するようになっている。多くの学生・生徒が宿泊するのに相応しい造りである。この部屋に今日は僕1人だ。
宿泊客は僕のほかには若いカップルと年配の人だけでがら空き状態だった。
朝早く出発したいので弁当を頼む。このような公営の施設は朝食は大体7時ぐらいである。

3/30(日)言われたように炊事場に行く。誰もいないが弁当がおいてある。ボトルに水をもらって玄関を出る。まだ薄暗い。
建物の裏側に出ると広い駐車場があり車が3,4台停まっている。このうちの1台が寿野さんの車だったのだ。此処もまだひっそりとしている。
奥の方に「祖母山登山口」の看板がある。登山者名簿に記帳して出発。
右手に川があり左手は山だったが昔鉱山があったと思われる地形と構造物の残骸が残っていた。
間もなく川を渡り本格的な登山道となったはずだがどんな道だったかは記憶にない。
一息登って、休んでいるとスマートな高年男性が1人登って来た。細身で華奢な体格である。彼ははじめからニコニコして親しそうである。「札幌から来ましたか?」と。
これが寿野さんとの運命的な出会いであった。彼は、若いとき北大薬学部に入り、博士課程と合わせて9年札幌に住んだことがある、登山口で登山者名簿を見て、札幌から来た人に会えることを期待していた、と。
当時のことや今の札幌に様子など話が弾んで、意気投合した。
卒業後武田薬品に就職、最後は筑波の研究所で2年前定年になった。定年後は神戸で1人で暮らしているが日本百名山を目指し、山と温泉の旅をしている、と。
予定を変更して、彼の車で、今夜の宿・久住高原荘まで乗せてもらうこととなった。
僕は予定では、この山の山頂から少し引き返して、尾平でなく竹田の方に下山してそこからJRとバスを乗り継いで久住高原へ行くことになっていた。
彼は次は阿蘇山で、久住高原は此処から阿蘇へ行く途中にあるのだ。
登山道は整備されていて歩き易いが、かなり急な坂が続いたと思う。彼は体格の割にはというか逆に華奢だからなのか(これは僕についても言えることかもしれないが)健脚でスタミナがある。
やがて稜線に出て一休みする。三叉路になっていて祖母山は左上である。
間もなく行く手に山小屋が見えた。
話をしながら歩いているうちに小屋に着いた。小屋の前で4,5人の人が休んでいた。
パネルが設置されていて太陽光発電をしているようだ。 
中を覗いて見た。無人小屋であるが寝袋があれば十分泊まれる。
小休止していよいよ山頂を目指す。意外にも道には雪が残っていた。それが硬く凍っていてつるつるしてきわめて歩き辛い。寿野さんはアイゼンを付けた。
僕は、南国だから雪が残っているなどとは想像もしなかったので登山靴のままである。
両側の笹や木に掴まったりストックをフルに活用して何とか登りきる。
山頂には山頂標識、石造りの祠、国定公園指定記念の石碑などがあった。
山頂からは、1方は木立に遮られていたが天狗岩方面はよく見えた。
下山は天狗岩の横を通って奥岳川の右岸を降りて行く。登りは左岸だった。
奥岳川の左岸を登り、源頭部の上を祖母山山頂部で巻いて右岸を降りて行く。つまり奥岳川を右から大きく1周することになる。
天狗岩の手前からは急斜面の降りとなった。此処も雪が残っていた。北斜面で林の中で日陰である。傾斜は登りの時より急で、降りであるだけに一層困難である。
更に、はじめから尾平に戻ることがわかっておればザックの中身も軽かったのだが、竹田の方へ下山する予定だったので荷物は全部持って来たのである。
雪渓ではないから恐怖心はあまりないが足を滑らせたら滑落である。笹や木に掴まりながら慎重に降りて行く。膝ががくがくしてきた。
悪戦苦闘の末傾斜が緩み同時に雪のない普通の登山道となった。
奥岳川の辺に出た。所々川底が暗黄色で毒々しい。
川岸の岩のところで一休みした。淀みに蛙の卵があった。ぬるぬると長く一続きになっていた。寿野さんはそれが気持ち悪かったようだ。
僕は小さい頃毎年春先水溜りや田圃でよく見かけたものである。
登山口駐車場に着いた。寿野さんの車はRV車で、後部で寝れるようになっていてそのための道具も備え付けられている。
カーナビをセットして出発した。僕はカーナビは使ったことはないが、初めての所を走るのには確かに便利である。
途中1箇所だけ迷ったが、それは新しい道ができたのに、地図が修正されていなかったからのようである。すごい機械ができたものである。
久住山を右前方に見ながら裾野を走ったと記憶している。順調に走って久住高原荘に着いた。丁度日が沈んだ頃だったと思う。感謝し、再会を約して別れた。
久住高原荘は大きくて立派なホテルである。勿論温泉もある。


関連する山:※関係ない山が表示される場合もあります。
   写真募集中 祖母山 [1756m] / 祖母・傾

関連する記録:※内容が近いものを自動的に表示しています。
   - 2006年12月20日:三峰山(大台ケ原・大杉谷・高見山) 情報量の目安:C 3 1 - tomcat
- 2008年07月19日:東海自然歩道 山梨 井出駅〜六地蔵〜奥山温泉(青少年旅行村) (東海) 情報量の目安:A 24 1 1 - hanepata
- 2008年07月27日:武奈が岳(比良山系) 情報量の目安:B 5 1 1 - gunsou
- 2007年01月08日:三峰山(近畿) 情報量の目安:D 1 - nobo
- 2008年03月29日:蛤山 (七ヶ宿)(蔵王・面白山・船形山) 情報量の目安:D 6 - yuzu




コメントを書く

ヤマレコにユーザ登録いただき、ログインしていただくことによって、
コメントが書けるようになります。

-->> ヤマレコにユーザ登録する

ページの先頭へ

ホーム   山行記録   グループ   掲示板   リンク集   [検索: 地図検索   条件検索   文字検索]   メールマガジン  
お問合せ   管理人プロフィール   リンクについて   ヘルプ   更新情報   利用規約   広告掲載について  
COPYRIGHT (C)2005-2007 Yamareco