明知鉄道の岩村駅。ここから出発し、岩村城址への案内標識に従って古風な街並みを東南東へ進む。
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5/6 16:31
明知鉄道の岩村駅。ここから出発し、岩村城址への案内標識に従って古風な街並みを東南東へ進む。
古い造りの町並みは、緩い坂道となっている。普通は街に目立つ電柱や電線が無く、スッキリ整然とした綺麗な街である。
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5/6 8:50
古い造りの町並みは、緩い坂道となっている。普通は街に目立つ電柱や電線が無く、スッキリ整然とした綺麗な街である。
岩村城址に向かう街中の坂道には所々に標高表示板が埋め込まれている。この表示板は標高530mと記されている。
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5/6 8:58
岩村城址に向かう街中の坂道には所々に標高表示板が埋め込まれている。この表示板は標高530mと記されている。
山登りには関係ないが、初めて見る電気自動車の高速充電器である。「ご利用は無料ですが、店員に声をかけてください」と書いてある。
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5/6 8:59
山登りには関係ないが、初めて見る電気自動車の高速充電器である。「ご利用は無料ですが、店員に声をかけてください」と書いてある。
古風な家の玄関に飾られた、風雅な生け花。
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5/6 9:00
古風な家の玄関に飾られた、風雅な生け花。
岩村藩の藩校門の脇を通って城山登山口へ向かう。岩村藩は二万石の小藩であったようだが、教育には熱心であったようである。
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5/6 9:08
岩村藩の藩校門の脇を通って城山登山口へ向かう。岩村藩は二万石の小藩であったようだが、教育には熱心であったようである。
岩村城址登山道であり、標柱には「本丸まで七百米」と記されている。この標柱は100m毎に立っている。
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5/6 9:11
岩村城址登山道であり、標柱には「本丸まで七百米」と記されている。この標柱は100m毎に立っている。
本丸跡へ向かう道は石畳の緩い坂道で、足元がしっかりして歩きやすい。天気の良いG・Wの休日だというのに登る人はいない。
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5/6 9:28
本丸跡へ向かう道は石畳の緩い坂道で、足元がしっかりして歩きやすい。天気の良いG・Wの休日だというのに登る人はいない。
石垣を何段にも高く積み上げた城山本丸の城壁。町のパンフレットには東洋のマチュピチと書かれていたような気がする。お城は無いが、確かに立派な城壁である。
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5/6 9:41
石垣を何段にも高く積み上げた城山本丸の城壁。町のパンフレットには東洋のマチュピチと書かれていたような気がする。お城は無いが、確かに立派な城壁である。
本丸跡の南側から、南西に位置する駐車場を振り返える。ここまでは車で上がれるし、立派なトイレもある。水晶山への登山道はこの道を逆に降る方向へ進む。
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5/6 9:52
本丸跡の南側から、南西に位置する駐車場を振り返える。ここまでは車で上がれるし、立派なトイレもある。水晶山への登山道はこの道を逆に降る方向へ進む。
曲がりくねった舗装道路を300mほど下るとT字路にあたる。正面の矢線で示される道路標識の右10mほどの所に階段があって、その脇に水晶山への案内標がある。
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5/6 9:57
曲がりくねった舗装道路を300mほど下るとT字路にあたる。正面の矢線で示される道路標識の右10mほどの所に階段があって、その脇に水晶山への案内標がある。
登山道を塞ぐ大きな倒木は、その一部を削り取って通りやすいよう処置してある。手をかける所まで作った親切な細工は岩村山の会の人達によるものであろう。
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5/6 10:07
登山道を塞ぐ大きな倒木は、その一部を削り取って通りやすいよう処置してある。手をかける所まで作った親切な細工は岩村山の会の人達によるものであろう。
一部で登山道に笹が被るところもあるが、踏み跡はしっかりしていて判りやすい。
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5/6 10:21
一部で登山道に笹が被るところもあるが、踏み跡はしっかりしていて判りやすい。
水晶山の頂上。ヒノキの人工林の中にあって、特に見晴らしは良くない。
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5/6 11:01
水晶山の頂上。ヒノキの人工林の中にあって、特に見晴らしは良くない。
水晶山より東のルートは登山道脇の笹が刈り込まれて整備されている。
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5/6 11:19
水晶山より東のルートは登山道脇の笹が刈り込まれて整備されている。
三森山、水晶山、岩村ダムへ向かう道の三分岐点であり、すぐ先に新しい林道が出来ている。
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5/6 11:50
三森山、水晶山、岩村ダムへ向かう道の三分岐点であり、すぐ先に新しい林道が出来ている。
三森山への道は林道を横断した所の、新しい石の階段を登る。「100m 展望台 →」の案内もある。
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5/6 11:51
三森山への道は林道を横断した所の、新しい石の階段を登る。「100m 展望台 →」の案内もある。
ベンチがあり、鈴ヶ根尾根と記されている。ここが展望台のようであるが、それほど見晴らしは良くない。近くには北風よけ休息所があり、簡素なトイレもある。
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5/6 11:54
ベンチがあり、鈴ヶ根尾根と記されている。ここが展望台のようであるが、それほど見晴らしは良くない。近くには北風よけ休息所があり、簡素なトイレもある。
滑りやすそうな登山道には、足掛かりとなるような浅い穴が掘られて手入れされている。
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5/6 12:05
滑りやすそうな登山道には、足掛かりとなるような浅い穴が掘られて手入れされている。
図根三角点と書いた標柱が立てられており、立派な金属票が埋め込まれている。1/25,000地図の標高1033m辺りと思われるが、地図に三角点マークは無い。
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5/6 12:07
図根三角点と書いた標柱が立てられており、立派な金属票が埋め込まれている。1/25,000地図の標高1033m辺りと思われるが、地図に三角点マークは無い。
花の少ない山では、ツツジの鮮やかなピンクは疲れた体を元気づけてくれる。
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5/6 12:14
花の少ない山では、ツツジの鮮やかなピンクは疲れた体を元気づけてくれる。
登山道の真ん中に「待った」をかけるような形の大木が立っている。
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5/6 12:17
登山道の真ん中に「待った」をかけるような形の大木が立っている。
三森山の手前(南)200〜300mの間は、南東側が崩れてやせ尾根となっている。しかし、登山道は安定しており、危険な感じは無い。
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5/6 12:25
三森山の手前(南)200〜300mの間は、南東側が崩れてやせ尾根となっている。しかし、登山道は安定しており、危険な感じは無い。
急斜面を登って三森山の山頂に近づくと、イワカガミの群生地があり、満開のイワカガミが見られる。
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5/6 12:41
急斜面を登って三森山の山頂に近づくと、イワカガミの群生地があり、満開のイワカガミが見られる。
三森山の山頂に置かれた登頂記名箱。箱の中にはビニール袋に三冊のノートが入っていた。岩村山の会の人宛てに登山道整備の感謝の気持ちを書いた。
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5/6 13:03
三森山の山頂に置かれた登頂記名箱。箱の中にはビニール袋に三冊のノートが入っていた。岩村山の会の人宛てに登山道整備の感謝の気持ちを書いた。
矢作の風車展望所と書いた案内があり、遥かかなたの山頂に数基の風車が回っているのが見えた。
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5/6 13:14
矢作の風車展望所と書いた案内があり、遥かかなたの山頂に数基の風車が回っているのが見えた。
三森山から北を回って岩村ダムに至るルートは古くからの信仰登山道であったようで、写真のような石仏が処々にあり、道は広くて歩きやすく整備されている。
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5/6 13:27
三森山から北を回って岩村ダムに至るルートは古くからの信仰登山道であったようで、写真のような石仏が処々にあり、道は広くて歩きやすく整備されている。
三森山から岩村ダムへの下り道であるが、広くて歩きやすい。
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5/6 13:40
三森山から岩村ダムへの下り道であるが、広くて歩きやすい。
参道脇に並ぶ石仏の一つである。寛政九年、巳年の四月十八日と刻まれているように見える。西暦1795年頃に作られたようである。
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5/6 13:57
参道脇に並ぶ石仏の一つである。寛政九年、巳年の四月十八日と刻まれているように見える。西暦1795年頃に作られたようである。
岩村ダム側の登山道入り口であり、鳥居が立てられている。昔から信仰登山がおこなわれていたようである。
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5/6 14:02
岩村ダム側の登山道入り口であり、鳥居が立てられている。昔から信仰登山がおこなわれていたようである。
上流の貯水池側から見る岩村ダムである。貯水池はそれほど大きくない。洪水を一時的に蓄えて下流の安全を守る、防災機能を持つダムのようである。
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5/6 14:03
上流の貯水池側から見る岩村ダムである。貯水池はそれほど大きくない。洪水を一時的に蓄えて下流の安全を守る、防災機能を持つダムのようである。
ダム湖には高価そうな巨大な錦鯉が泳いでいた。
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5/6 14:13
ダム湖には高価そうな巨大な錦鯉が泳いでいた。
堤高36mほどの小さなコンクリートダムである。ダム設計にかかわるとついついあちこち見て回って、20分も時間を過ごしてしまった。
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5/6 14:19
堤高36mほどの小さなコンクリートダムである。ダム設計にかかわるとついついあちこち見て回って、20分も時間を過ごしてしまった。
ダムから1kmほど下流に橋から見える滝がある。四段に流れ落ちるかわいい滝で、下流の道路脇に不動滝と書いた案内標があった。
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5/6 14:38
ダムから1kmほど下流に橋から見える滝がある。四段に流れ落ちるかわいい滝で、下流の道路脇に不動滝と書いた案内標があった。
代掻きが終わった田んぼでは、機械を使った田植えが行われていた。この辺りは農村景観日本一とされているようで、確かに日本の原風景があるようだ。
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5/6 14:57
代掻きが終わった田んぼでは、機械を使った田植えが行われていた。この辺りは農村景観日本一とされているようで、確かに日本の原風景があるようだ。
案内によれば、岐阜の棚田21選に選ばれているとのことである。棚田と言っても小さな段々田んぼではなく、大型機械が入れるような大区画の近代的棚田である。
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5/6 15:01
案内によれば、岐阜の棚田21選に選ばれているとのことである。棚田と言っても小さな段々田んぼではなく、大型機械が入れるような大区画の近代的棚田である。
鮮やかな真紅のツツジに、たくさんの蜂が蜜を求めて集まっていた。
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5/6 15:15
鮮やかな真紅のツツジに、たくさんの蜂が蜜を求めて集まっていた。
こちらは姥が洞ため池という大きくて綺麗な灌漑用のため池である。ため池とかダムというと商売柄でついつい覗いてみたくなってしまう。
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5/6 15:18
こちらは姥が洞ため池という大きくて綺麗な灌漑用のため池である。ため池とかダムというと商売柄でついつい覗いてみたくなってしまう。
一回りして帰り着いた岩村駅には、この地区から出た三偉人として幕末の大儒学者佐藤一斎、女子教育の先覚者下田歌子、植物学者三好学が紹介されている。
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5/5 16:25
一回りして帰り着いた岩村駅には、この地区から出た三偉人として幕末の大儒学者佐藤一斎、女子教育の先覚者下田歌子、植物学者三好学が紹介されている。
駅に着いたのは16:10分で、待ち時間はずいぶんある。しかし、この駅にはお母さんがやっている駅カフェがあって、ビールやつまみがあるので苦にはならない。
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5/6 16:46
駅に着いたのは16:10分で、待ち時間はずいぶんある。しかし、この駅にはお母さんがやっている駅カフェがあって、ビールやつまみがあるので苦にはならない。
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