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記録ID: 813559 全員に公開 ハイキング東海

濃尾平野とその周辺1)朝日遺跡(貝殻山貝塚)・清州城と八幡山古墳

日程 2016年02月12日(金) [日帰り]
メンバー hirokok510
天候曇り
アクセス
利用交通機関
電車タクシー、 自転車
名古屋からJR清州駅に出て、貝殻山貝塚(展示館)まではタクシー、貝塚から清州城まで徒歩で、清州城から新清州駅まで徒歩。次に栄駅で下車し、チャリを借りて名古屋市博物館と八幡山古墳を見学して栄に戻り、チャリを返却して名古屋の宿舎に

コースタイム [注]

14:20貝殻山貝塚(展示館)14:48--15:12清州城15:16ー15:25新清州駅15:31ー15:59栄駅ー16:05チャリ借りるー16:45名古屋市博物館のショップで図録購入ー17:19八幡山古墳17:23--18:00栄に戻り、チャリ返却ー栄で名古屋めしを食べ、宿舎に戻る
過去天気図(気象庁) 2016年02月の天気図 [pdf]

写真

懸案だった貝殻山貝塚ー朝日遺跡に行く
2016年02月12日 14:23撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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懸案だった貝殻山貝塚ー朝日遺跡に行く
弥生時代の東海地方最大級の環濠集落遺跡で、範囲は東西1.4キロメートル、南北0.8キロメートル、推定面積80万平方メートルにも及ぶ。最盛期の人口は約1,000人であったと推定される[1]。
2016年02月12日 14:26撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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弥生時代の東海地方最大級の環濠集落遺跡で、範囲は東西1.4キロメートル、南北0.8キロメートル、推定面積80万平方メートルにも及ぶ。最盛期の人口は約1,000人であったと推定される[1]。
絵画土器ー船?
2016年02月12日 14:41撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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絵画土器ー船?
何の絵か??
2016年02月12日 14:42撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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何の絵か??
ミニチュア土器
2016年02月12日 14:43撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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ミニチュア土器
ガラス玉の入った土器
2016年02月12日 14:43撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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ガラス玉の入った土器
1
彩色土器
2016年02月12日 14:44撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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彩色土器
貝塚貝層
2016年02月12日 14:45撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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貝塚貝層
朝日遺跡から出土する遺物から当時の食生活がイネをはじめとする植物食と、貝類、魚類、動物など、様々なものを食していたことがわかる
2016年02月12日 14:46撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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朝日遺跡から出土する遺物から当時の食生活がイネをはじめとする植物食と、貝類、魚類、動物など、様々なものを食していたことがわかる
出土した貝類
2016年02月12日 14:48撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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出土した貝類
布目の残る土器底
2016年02月12日 14:48撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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布目の残る土器底
赤彩土器
2016年02月12日 14:48撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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赤彩土器
高い技術の骨格製装飾品
2016年02月12日 14:49撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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高い技術の骨格製装飾品
古代のハイテク
2016年02月12日 14:50撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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古代のハイテク
朝日遺跡の玉作り
2016年02月12日 14:50撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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朝日遺跡の玉作り
玉作りの道具
2016年02月12日 14:50撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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玉作りの道具
貝輪など装飾品
2016年02月12日 14:51撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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貝輪など装飾品
様々な木器・木製品
2016年02月12日 14:52撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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様々な木器・木製品
赤彩の合子
2016年02月12日 14:52撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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赤彩の合子
貝殻山を後にする
2016年02月12日 14:57撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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貝殻山を後にする
朝日遺跡の大半が高速道路の下などに眠っている−―残念
2016年02月12日 14:58撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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朝日遺跡の大半が高速道路の下などに眠っている−―残念
清州城方面に向かって歩く

2016年02月12日 15:06撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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清州城方面に向かって歩く

清州城通過−残念ながら時間が無くなり通過−
2016年02月12日 15:11撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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清州城通過−残念ながら時間が無くなり通過−
清州城入口
2016年02月12日 15:12撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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清州城入口
甲冑工房も今回は割愛
2016年02月12日 15:14撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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甲冑工房も今回は割愛
清州城は1400年ころの尾張守護の斯波氏の別郭として建てられ、その後織田氏が城主となるも、慶長15年家康の清州越えの時に名古屋に写されたらしい。
2016年02月12日 15:15撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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清州城は1400年ころの尾張守護の斯波氏の別郭として建てられ、その後織田氏が城主となるも、慶長15年家康の清州越えの時に名古屋に写されたらしい。
この石垣は河川事業で200m下流で発見されたもので清州城本丸南側の石垣とされる。軟弱地盤に耐えられる梯子胴木という松材を使った基礎と「野面積み」と呼ばれる戦国時代の石積み技術で造られているそうだ。
2016年02月12日 15:15撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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この石垣は河川事業で200m下流で発見されたもので清州城本丸南側の石垣とされる。軟弱地盤に耐えられる梯子胴木という松材を使った基礎と「野面積み」と呼ばれる戦国時代の石積み技術で造られているそうだ。
休憩所に置かれている甲冑
2016年02月12日 15:16撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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休憩所に置かれている甲冑
出土した陶磁器や瓦などを展示している
2016年02月12日 15:16撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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出土した陶磁器や瓦などを展示している
名古屋市博物館まで栄駅近くで自転車を借りて向かうが、閉館時間近くになり、入口の販売店で資料を購入しただけに終わり、帰りに八幡山古墳を訪ねる
2016年02月12日 17:20撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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名古屋市博物館まで栄駅近くで自転車を借りて向かうが、閉館時間近くになり、入口の販売店で資料を購入しただけに終わり、帰りに八幡山古墳を訪ねる
ここは名古屋市域では最大の円墳らしい
2016年02月12日 17:21撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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ここは名古屋市域では最大の円墳らしい
昭和6年に国指定史跡となったが、高射砲台が造られて削られ、盗掘などもあって、詳細は不明らしい。形象埴輪などが少し見つかっているようだ。
2016年02月12日 17:22撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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昭和6年に国指定史跡となったが、高射砲台が造られて削られ、盗掘などもあって、詳細は不明らしい。形象埴輪などが少し見つかっているようだ。
八幡山古墳とお別れー栄に戻りチャリを返却
2016年02月12日 17:23撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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八幡山古墳とお別れー栄に戻りチャリを返却
名古屋めしを試すー土手煮
2016年02月12日 18:31撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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名古屋めしを試すー土手煮
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おばんざい
2016年02月12日 18:34撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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おばんざい
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ワカサギ天麩羅ーいただきますーー
2016年02月12日 19:20撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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ワカサギ天麩羅ーいただきますーー
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感想/記録

午前中東京で朝鮮半島の考古学に関する話を聞いてから、新幹線で名古屋に向かう。名古屋から清洲に向かい、タクシーで貝殻山貝塚に。時間があれば名古屋で自転車を借りてチャリで走る予定だったが、空模様も怪しいし時間もないので今回はタクシーを使う。同展示館で貝塚や朝日遺跡に関する資料を見て、東海地方の最大級の弥生環濠集落遺跡について学ぶ。関東の弥生館れに石、古墳時代初期の遺跡からは多くの東海系ー濃尾平野系の土器などがでてくる。濃尾平野の弥生文化や人々が関係する文化がのちの東山道ルートや海沿いのルートで冠頭にもたらされているらしい。中には直接東海地方から人が移住する例が見られるという。関東の弥生を考えるうえで濃尾平野の文化の理解は欠かせないのが今回訪問した理由だ。高速道路のインターチェンジを建設するときに事前調査などで次々と発見された。貝塚自体は1920年代から加藤務らによって発掘が始められ、濃尾平野―東海地方で最も古い弥生遺跡であるとされ、何度かの発掘調査を経て史跡として1971年に国史跡に指定され、貝殻山貝塚は史跡公園として整備されてきた。一方、周辺は高速道路などのジャンクション建設計画が持ち上がり、大規模な開発計画の進行とともに巨大な環濠集落その他の関連遺跡が広い範囲に広がっており、玉作りや鍛冶工房など通常の集落を越えた手工業を含む大衆絡関連遺跡ということが判明して、なお発掘は続いている。こうした大規模集落はどのような役割を果たしていたのか?ヤマト政権との関係は?狗奴国との関係は?など疑問は尽きないが、まだまだ未解明の問題が多いようだ。展示を見ると北九州の遠賀川系土器や地元や北陸縄文の影響も見られる条痕文系など様々な土器が混じっている。中には口縁部にS字カーブのある「S字甕」という関東に広く見られる濃尾平野系の土器も展示している。お墓などの祭祀に使われたらしい丸窓付土器も変わっている。後期にはパレススタイルという赤彩を施した優雅な土器も出ている。独特の文化がはぐくまれたようだ。またお墓からは人骨も出ている。見どころの多い展示室だが、残念ながら時間が無くなり、別れを告げて清州城を見ながら新清州駅まで歩き、名古屋に戻って栄でチャリを借り、名古屋市博物館に向かう。しかし思った以上に時間がかかり、展示室の入場時間に間に合わず、ショップで図録を購入するだけに終わり、明日また訪問することに。帰りに八幡山古墳を見学し栄に戻る。八幡山古墳は残念ながら中には入ることはできず、外から見るしかない。東海地方最大の円墳として、古くに国指定史跡となったが、その後高射砲台建設などで削られ、盗掘もあって詳細は不明のようだ。暗くなった道を栄まで戻り、栄の居酒屋で土手煮など名古屋めしらしきメニューやおばんざいなどを食べて夕食変わり都市、宿舎のゲストハウスに向かった。
訪問者数:186人
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