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記録ID: 817668 全員に公開 積雪期ピークハント/縦走甲斐駒・北岳

日帰百名山9 甲斐駒ケ岳(晴天の黒戸尾根〜)

日程 2016年02月25日(木) [日帰り]
メンバー karasawa246
天候晴天
アクセス
利用交通機関
車・バイク、

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地図/標高グラフ


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歩くペース 0.5〜0.6(とても速い)
※ヤマプラ掲載の「山と高原地図」標準コースタイムを「1.0」としたときの倍率(全コースのうち85%の区間で比較) [注意事項]
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コースタイム [注]

日帰り
山行
8時間50分
休憩
23分
合計
9時間13分
S尾白川渓谷駐車場07:5007:55竹宇駒ヶ岳神社09:08笹の平分岐09:1010:02刃渡り10:22刀利天狗10:2311:01五合目小屋跡11:0611:07屏風小屋跡11:57七丈小屋11:5912:40八合目御来迎場12:4113:30甲斐駒ヶ岳13:4114:10八合目御来迎場14:1114:25七丈小屋16:59竹宇駒ヶ岳神社17:03ゴール地点G
コースタイムの見方:
歩行時間
到着時刻通過点の地名出発時刻
コース状況/
危険箇所等
笹ノ平〜五合目付近凍結多し、七丈小屋〜クラストなしパウダーミックス、登山者4名でした。
過去天気図(気象庁) 2016年02月の天気図 [pdf]

写真

尾白川渓谷駐車場
遅いスタート
 全国に駒ヶ岳を名のる山は20座を超えているという。その中で最も高いのが甲斐駒ヶ岳である。作家の宇野浩二は、『山恋ひ』の中で、「山の団十郎」と絶賛した。ふもとから仰いだその山姿は、正にその名に価する高貴な山容をもって迫ってくる。
 太古、武御雷命(たけみかずちのみこと)が生んだ天津速駒(あまつはやこま)という白馬がいた。羽があって空中を飛んでおり、夜になると、甲斐駒ヶ岳の頂上で眠ったとのこと。これが命名の由来といわれている。
 また、天平3年(731)には、甲斐国から朝廷に、身が黒色、尾が白い馬が献じられた。その馬に乗って聖徳太子が甲斐駒ヶ岳を往復したとか。ふもとを巡る川は、それにちなんで尾白(おじら)川と呼ぶ、などの伝説も残っている。
 それはともかく、かつては駒ヶ岳講の名において、白装束の講中登山の山であった。開山したのは、信州・諏訪の小尾権三郎(弘幡行者)で、文化13年(1816)6月15日、20歳のときであった。しかし、文化11年編『甲斐国志』には、すでに「山頂巌窟ノ中ニ駒形権現ヲ安置セル所アリ」と記しているので、その真偽のほどは分からない。
 登拝路のメインルートであった黒戸尾根上に残る、おびただしい信仰のモニュメントの数々を目にすると、そんな歴史上の小さな矛盾は消し飛んでいくような気がする。
 かつては、白崩山の異称さえあった、真っ白な花崗岩とハイマツの緑に覆われた山頂からの眺めは、さすがに一等三角点の本点だけのことはある。この三角点のやぐら(覘標(てんびよう))は明治24年7月10日に建てられ、同年7月14日に標石を埋めた。同年9月12日から25日まで観測が行われている。南アルプス三大急登の1つに数えられる黒戸尾根を、重さ90kmもある標石を担ぎ上げた先人の苦労には頭が下がる。
 甲斐駒ヶ岳は、伊那の人たちは東駒ヶ岳と呼んでいる。目と鼻の先に見える山に、他国の名を冠するほど人間はお人好しではない。
 さて、甲斐駒ヶ岳を巡ってたくさんの花崗岩の岩壁がある。この一帯に集中的に挑みルートを開拓していったのは、主として東京白稜会のメンバーであった。1949年から1970年にかけてのパイオニア・ワークは、一頭地抜きん出ている。この会の代表であった、恩田善雄氏の「甲斐駒ヶ岳―わたしの覚書き」は、甲斐駒周辺の地誌、登攀記録、山名の由来、伝説などを網羅したものである(未刊行)。
 登山コースは尾白川渓谷から黒戸尾根経由で山頂まで9時間。南西の北沢峠からは双児山、駒津峰を越えて約4時間の登りで山頂へ。
2016年02月25日 07:51撮影 by F-05F, FUJITSU
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尾白川渓谷駐車場
遅いスタート
 全国に駒ヶ岳を名のる山は20座を超えているという。その中で最も高いのが甲斐駒ヶ岳である。作家の宇野浩二は、『山恋ひ』の中で、「山の団十郎」と絶賛した。ふもとから仰いだその山姿は、正にその名に価する高貴な山容をもって迫ってくる。
 太古、武御雷命(たけみかずちのみこと)が生んだ天津速駒(あまつはやこま)という白馬がいた。羽があって空中を飛んでおり、夜になると、甲斐駒ヶ岳の頂上で眠ったとのこと。これが命名の由来といわれている。
 また、天平3年(731)には、甲斐国から朝廷に、身が黒色、尾が白い馬が献じられた。その馬に乗って聖徳太子が甲斐駒ヶ岳を往復したとか。ふもとを巡る川は、それにちなんで尾白(おじら)川と呼ぶ、などの伝説も残っている。
 それはともかく、かつては駒ヶ岳講の名において、白装束の講中登山の山であった。開山したのは、信州・諏訪の小尾権三郎(弘幡行者)で、文化13年(1816)6月15日、20歳のときであった。しかし、文化11年編『甲斐国志』には、すでに「山頂巌窟ノ中ニ駒形権現ヲ安置セル所アリ」と記しているので、その真偽のほどは分からない。
 登拝路のメインルートであった黒戸尾根上に残る、おびただしい信仰のモニュメントの数々を目にすると、そんな歴史上の小さな矛盾は消し飛んでいくような気がする。
 かつては、白崩山の異称さえあった、真っ白な花崗岩とハイマツの緑に覆われた山頂からの眺めは、さすがに一等三角点の本点だけのことはある。この三角点のやぐら(覘標(てんびよう))は明治24年7月10日に建てられ、同年7月14日に標石を埋めた。同年9月12日から25日まで観測が行われている。南アルプス三大急登の1つに数えられる黒戸尾根を、重さ90kmもある標石を担ぎ上げた先人の苦労には頭が下がる。
 甲斐駒ヶ岳は、伊那の人たちは東駒ヶ岳と呼んでいる。目と鼻の先に見える山に、他国の名を冠するほど人間はお人好しではない。
 さて、甲斐駒ヶ岳を巡ってたくさんの花崗岩の岩壁がある。この一帯に集中的に挑みルートを開拓していったのは、主として東京白稜会のメンバーであった。1949年から1970年にかけてのパイオニア・ワークは、一頭地抜きん出ている。この会の代表であった、恩田善雄氏の「甲斐駒ヶ岳―わたしの覚書き」は、甲斐駒周辺の地誌、登攀記録、山名の由来、伝説などを網羅したものである(未刊行)。
 登山コースは尾白川渓谷から黒戸尾根経由で山頂まで9時間。南西の北沢峠からは双児山、駒津峰を越えて約4時間の登りで山頂へ。
1
いつ来ても水がキレイ!
2016年02月25日 07:57撮影 by F-05F, FUJITSU
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分岐、凍結ちらほらでスパイク装着
2016年02月25日 09:08撮影 by F-05F, FUJITSU
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刃渡り?
2016年02月25日 10:09撮影 by F-05F, FUJITSU
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1
先週の鳳凰に富士山!!
2016年02月25日 10:14撮影 by F-05F, FUJITSU
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なんか流行の八ヶ岳ブルー
2016年02月25日 10:15撮影 by F-05F, FUJITSU
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なんか流行の八ヶ岳ブルー
やっと五合目
2016年02月25日 11:03撮影 by F-05F, FUJITSU
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やっと五合目
テン泊いいな〜
2016年02月25日 11:05撮影 by F-05F, FUJITSU
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テン泊いいな〜
1
少し前に小屋番さん下山していきました。
2016年02月25日 11:56撮影 by F-05F, FUJITSU
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少し前に小屋番さん下山していきました。
八合目ここからが核心部
2016年02月25日 12:36撮影 by F-05F, FUJITSU
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八合目ここからが核心部
2
トラバース多数
2016年02月25日 12:51撮影 by F-05F, FUJITSU
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トラバース多数
あと少し
2016年02月25日 13:00撮影 by F-05F, FUJITSU
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あと少し
南アル女王、仙丈ケ岳
2016年02月25日 13:28撮影 by F-05F, FUJITSU
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南アル女王、仙丈ケ岳
3
感動の登頂\(^o^)/
2016年02月25日 13:32撮影 by F-05F, FUJITSU
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感動の登頂\(^o^)/
5
乗鞍、北アルプス
2016年02月25日 13:35撮影 by F-05F, FUJITSU
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乗鞍、北アルプス
中央アル、御嶽山
2016年02月25日 13:39撮影 by F-05F, FUJITSU
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中央アル、御嶽山
北岳から奥になが〜い南アルプス
2016年02月25日 13:39撮影 by F-05F, FUJITSU
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北岳から奥になが〜い南アルプス
3
下りは時間短縮できました。
神社で無事にお礼参り。
2016年02月25日 16:57撮影 by F-05F, FUJITSU
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下りは時間短縮できました。
神社で無事にお礼参り。
1
おつかれさまでした
2016年02月25日 17:03撮影 by F-05F, FUJITSU
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おつかれさまでした
1
撮影機材:

感想/記録

焼岳リベンジ予定で目覚めたら雪だったので、甲斐駒に変更し遅いスタートの山行になりました。この時期の甲斐駒ケ岳は初めてでしたが、何日か前にレコを拝見していましたので、いつかは行こうと思っていた矢先の展開になりました。
 全国に駒ヶ岳を名のる山は20座を超えているという。その中で最も高いのが甲斐駒ヶ岳である。作家の宇野浩二は、『山恋ひ』の中で、「山の団十郎」と絶賛した。ふもとから仰いだその山姿は、正にその名に価する高貴な山容をもって迫ってくる。
 太古、武御雷命(たけみかずちのみこと)が生んだ天津速駒(あまつはやこま)という白馬がいた。羽があって空中を飛んでおり、夜になると、甲斐駒ヶ岳の頂上で眠ったとのこと。これが命名の由来といわれている。
 また、天平3年(731)には、甲斐国から朝廷に、身が黒色、尾が白い馬が献じられた。その馬に乗って聖徳太子が甲斐駒ヶ岳を往復したとか。ふもとを巡る川は、それにちなんで尾白(おじら)川と呼ぶ、などの伝説も残っている。
 それはともかく、かつては駒ヶ岳講の名において、白装束の講中登山の山であった。開山したのは、信州・諏訪の小尾権三郎(弘幡行者)で、文化13年(1816)6月15日、20歳のときであった。しかし、文化11年編『甲斐国志』には、すでに「山頂巌窟ノ中ニ駒形権現ヲ安置セル所アリ」と記しているので、その真偽のほどは分からない。
 登拝路のメインルートであった黒戸尾根上に残る、おびただしい信仰のモニュメントの数々を目にすると、そんな歴史上の小さな矛盾は消し飛んでいくような気がする。
 かつては、白崩山の異称さえあった、真っ白な花崗岩とハイマツの緑に覆われた山頂からの眺めは、さすがに一等三角点の本点だけのことはある。この三角点のやぐら(覘標(てんびよう))は明治24年7月10日に建てられ、同年7月14日に標石を埋めた。同年9月12日から25日まで観測が行われている。南アルプス三大急登の1つに数えられる黒戸尾根を、重さ90kmもある標石を担ぎ上げた先人の苦労には頭が下がる。
 甲斐駒ヶ岳は、伊那の人たちは東駒ヶ岳と呼んでいる。目と鼻の先に見える山に、他国の名を冠するほど人間はお人好しではない。
 さて、甲斐駒ヶ岳を巡ってたくさんの花崗岩の岩壁がある。この一帯に集中的に挑みルートを開拓していったのは、主として東京白稜会のメンバーであった。1949年から1970年にかけてのパイオニア・ワークは、一頭地抜きん出ている。この会の代表であった、恩田善雄氏の「甲斐駒ヶ岳―わたしの覚書き」は、甲斐駒周辺の地誌、登攀記録、山名の由来、伝説などを網羅したものである(未刊行)。
 登山コースは尾白川渓谷から黒戸尾根経由で山頂まで9時間。南西の北沢峠からは双児山、駒津峰を越えて約4時間の登りで山頂へ。
3大急登の黒戸尾根は距離が長いですが急登?そんな感じです。7合目まではチェーンで大丈夫ですが、心配な方はテンアイゼンをお勧めします。5合目にテン泊された大阪のカップルのおかげでトレース明瞭でとても助かりました。感謝です。笹ノ平〜五合目付近凍結多し、七丈小屋〜クラストなしパウダーミックス、登山者4名でした。
前回の焼岳撤退、美ヶ原の山行もごらんください。
http://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-815071.html
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この記録へのコメント

登録日: 2013/10/8
投稿数: 4
2016/2/28 19:47
 どもでした(^_^)
大阪テン泊夫婦です!
黒戸では足止めてごめんなさいねm(_ _)m
山レコはたまにタイムリーな情報をタブレットで見るのにある程度山行記録あげないと見れないのであげたりあげなかったりでメインはblogです!
写真UPしてるので又覗きに来てねぇ〜
blog URL
http://blog.livedoor.jp/mtbphiro/
登録日: 2014/4/25
投稿数: 10
2016/2/29 17:49
 Re: どもでした(^_^)
先日はどうもお疲れさまでした。
年越しは八ヶ岳だったんですね。
またどこかでお会いできた時は、
お声掛けください。
それでは良い山行を。(^o^)/

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