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記録ID: 820198 全員に公開 ハイキング関東

曽我丘陵ー国府津から曽我別所梅園+松田山河津桜ライトアップ+称名寺貝塚展

日程 2016年02月29日(月) [日帰り]
メンバー hirokok510
天候晴れ
アクセス
利用交通機関
電車
最初、センター北の横浜市立博物館のギャラリートークに出かけて、そこから神津に移動、帰りは下曽我駅から松田(河津桜)に出る
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地図/標高グラフ


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コースタイム [注]

日帰り
山行
2時間5分
休憩
6分
合計
2時間11分
Sスタート地点14:0315:34曽我梅林15:4016:14下曽我駅G
コースタイムの見方:
歩行時間
到着時刻通過点の地名出発時刻
10:20横浜市立博物館「称名寺貝塚展」−11:00同フロアレクチャー開始12:00ー12:40博物館を出るー13:54横浜(センター北駅)から国府津駅に移動ー14:03ハイキングコース入口(菅原神社手前)−14:30西山農道と合流ー14:48風外窟分岐ー15:01道を誤り、六本木峠に向かわず、直接曽我梅林に下るコースに入るー15:25曽我梅林付近に下るー梅林散策・撮影-15:41下久保・防田の八幡社ー15:44梅祭り会場にてあんころもちを食すー16:20下曽我駅ー16:37御殿場線松田駅から松田山に向かうー16:49松田山河津桜散策・撮影ー16:54-17:17日没と桜を撮影ーライトアップ始まるー17:20撮影終了ー17:40新松田駅
過去天気図(気象庁) 2016年02月の天気図 [pdf]

写真

感想/記録

2月28日(日)、横浜市立歴史博物館の称名寺貝塚展でフロア解説があるので参加した。称名寺貝塚はかなり以前に発見され、何度か発掘がなされて、今やその全貌を知ることは難しいが、これまでの断片的な調査とその出土遺物、報告書などを詳細に調べ上げ、称名寺貝塚と称名寺式土器の全貌に迫ろうとしたのが今回の展示で、その意欲的な調査と展示は感動的だった。氷河期が終わり、気温が上昇して、海面が上昇して海進が進んだのは縄文早期、今から9千年前位に海進はピークに達したらしい。東京湾は氷河期には海面が100m以上低かったため、干上がって古東京川が流れて削られ、その後の気温上昇で一気に海水が入り、群馬県板倉町(藤岡台地の先端部=寺西貝塚)栃木県藤岡町、茨城県古河市あたりまで海進が及んでいたらしい。その時期は縄文早期で海進のピークだったらしい。東京湾沿岸に多くの貝塚が出現したのは、内湾が形成され、人々が貝などの採取や漁労活動がやりやすくなった縄文中期以降らしい(東京湾湾の入り口近くの夏島貝塚は約9千年前の縄文早期)。その後海進はピークを過ぎて海退が始まり、称名寺貝塚は主として縄文後期に繁栄した貝塚だった。縄文中期の繁栄期を過ぎ、朱楽の数が減少した時期に、突如としているかの群れが現れ、称名寺地域に人々が集まってイルカの追込み漁を行ったようだ。時期は300年余り続いて称名寺式土器の時代となる。その短い期間の中でどのような活動が行われ、どのような社会の変化があったのか、これまでの研究を整理して、その姿を復元しようという貴重な試みだったようだ。充実した内容で図録の解説も詳しく、近来ない充実した展示基だったと思う。これらは同博物館の高橋学芸員(北海道などで縄文時代やアイヌの漁労活動を研究)ら、多くの関係者の努力のたまものだ。称名寺貝塚の重要性は、後期縄文時代の社会変動・変化の様子を知るうえでとても重要だと理解できた。
 その帰りに横浜から東海道線で国府津駅に出て曽我丘陵を歩いて曽我梅林を散策・撮影し、最後に御殿場線松田駅から松田山の河津桜のライトアップを見て撮影し、新松田から帰宅した。この日は日差しは余り無かったが、辛うじて撮影出来て満足。
訪問者数:30人
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