ヤマレコ

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記録ID: 917406 全員に公開 積雪期ピークハント/縦走北アメリカ

マッキンリー(デナリ)6190m 登頂失敗

日程 2016年06月25日(土) 〜 2016年07月07日(木)
メンバー kuuta
天候大荒れ、連日積雪、吹雪 晴れは数日
アクセス
利用交通機関
電車バス、 タクシー、 飛行機

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地図/標高グラフ


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コースタイム [注]

3日早く入山できていれば・・・・
コース状況/
危険箇所等
クレバス、雪崩、悪天候、ホワイトアウト
その他周辺情報タルキートナ観光地 
アンカレッジ観光地
色々あります。金さえ払えば楽しい観光ができます。
ベースキャンプには、金持ちが金払って飛行機でやってきます。

写真

タルキートナレンジャーステイション
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タルキートナレンジャーステイション
1
タルキートナレンジャーステイション
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タルキートナレンジャーステイション
ベースキャンプからキャンプ1
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ベースキャンプからキャンプ1
キャンプ2からキャンプ3
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キャンプ2からキャンプ3
2
図面のモーターサイクルヒル 
キャンプ3
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図面のモーターサイクルヒル 
キャンプ3
1
キャンプ3からウインデイーコーナー
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キャンプ3からウインデイーコーナー
1
ウインデイーコーナーからキャンプ4
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ウインデイーコーナーからキャンプ4
1
稜線からかハイキャンプ
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稜線からかハイキャンプ
1
飛行機の上より
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飛行機の上より
山脈です、デナリは雲の中
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山脈です、デナリは雲の中
1
着いたときはまだ曇ってました。
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着いたときはまだ曇ってました。
1
ベースキャンプ
まだ天気よかった。もしかして後ろに見えている山・・・ハンターじゃない?
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ベースキャンプ
まだ天気よかった。もしかして後ろに見えている山・・・ハンターじゃない?
3
ベースキャンプからはまずクレバス地帯へ下りていく。
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ベースキャンプからはまずクレバス地帯へ下りていく。
4
ベースキャンプより出発してすぐ
右に飛行機の滑走路が見えています。
ちなみに、これでも夜8時頃です。
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ベースキャンプより出発してすぐ
右に飛行機の滑走路が見えています。
ちなみに、これでも夜8時頃です。
2
クレバス群
下山時、道を間違えこのクレバス群に突っ込み死にかける。
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クレバス群
下山時、道を間違えこのクレバス群に突っ込み死にかける。
3
完全なる氷河の上
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完全なる氷河の上
1
太陽が出ていると、砂漠の様に熱い。
しかし、下は氷
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太陽が出ていると、砂漠の様に熱い。
しかし、下は氷
2
キャンプ2より
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キャンプ2より
1
来た時のモーターサイクルヒル
まだ雪崩跡はない、大雪に覆われていない。
穏やかなモータ−サイクルヒル。ここで、多くの日本人がなくなった。俺も帰り雪崩で登山道が覆われていた。
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来た時のモーターサイクルヒル
まだ雪崩跡はない、大雪に覆われていない。
穏やかなモータ−サイクルヒル。ここで、多くの日本人がなくなった。俺も帰り雪崩で登山道が覆われていた。
2
キャンプ3すぐ近くのクレバス
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キャンプ3すぐ近くのクレバス
1
目の前のオレンジポールが、廃棄用クレバス。気よつけないと、ウンチと一緒に自分も落ちてしまう。
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目の前のオレンジポールが、廃棄用クレバス。気よつけないと、ウンチと一緒に自分も落ちてしまう。
2
モーターサイクルヒル
このころはまだ登りやすかった。
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モーターサイクルヒル
このころはまだ登りやすかった。
2
ウインデイーコーナー手前の坂
登ればウインデイーコーナー
ココも危険です。下山時雪崩跡がありましたから。
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ウインデイーコーナー手前の坂
登ればウインデイーコーナー
ココも危険です。下山時雪崩跡がありましたから。
4
これがウインデイーコーナーほんとに曲がってるでしょ。
ここでテント張った。
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これがウインデイーコーナーほんとに曲がってるでしょ。
ここでテント張った。
3
ハイキャンプへの道
右にも左にもクレバスあるでしょ?
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ハイキャンプへの道
右にも左にもクレバスあるでしょ?
1
この右にも左にもクレバスは下山中何度もチェックした。
この時に登れたらなあ・・・・
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この右にも左にもクレバスは下山中何度もチェックした。
この時に登れたらなあ・・・・
3
お隣、標高5300ほどのフォーレイカーだったかな?
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お隣、標高5300ほどのフォーレイカーだったかな?
7
雪が降って、雪崩が・・・・ここではきれいな景色です。
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雪が降って、雪崩が・・・・ここではきれいな景色です。
2
ハンターとフォーレイカー
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ハンターとフォーレイカー
2
先発組のトレースを使わせてもらう
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先発組のトレースを使わせてもらう
1
気付いていますか?数日前のクレバスなど消えている。雪で、隠れているだけですが。
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気付いていますか?数日前のクレバスなど消えている。雪で、隠れているだけですが。
2
ハイキャンプを目指していた時の唯一の好天候。
これは1時間ほどしか持たなかった。
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ハイキャンプを目指していた時の唯一の好天候。
これは1時間ほどしか持たなかった。
1
ホワイトアウト(日本では)
でも、うっすら見えているのでホワイトアウトじゃないです。
見えなくて、目がおかしくなった時がホワイトアウト
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ホワイトアウト(日本では)
でも、うっすら見えているのでホワイトアウトじゃないです。
見えなくて、目がおかしくなった時がホワイトアウト
1
堀出したフィックスロープ
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堀出したフィックスロープ
1
ホワイトアウトから抜け出す寸前
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ホワイトアウトから抜け出す寸前
1
いきて帰れる確信を得た瞬間の写真
まあ、この先も危険だったの勘違いだったけど。
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いきて帰れる確信を得た瞬間の写真
まあ、この先も危険だったの勘違いだったけど。
1
雪に埋まったキャンプ3
雪崩のモーターサイクルヒル、登山道がかぶっていました。危険なルートだ。確か数年前に日本人が大勢亡くなったもここのハズ。
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雪に埋まったキャンプ3
雪崩のモーターサイクルヒル、登山道がかぶっていました。危険なルートだ。確か数年前に日本人が大勢亡くなったもここのハズ。
2
雪崩跡がうっすらとしてますが、下りてきたころははっきりしていました。一日で消えそうです。はっきり言って登山道ダダかぶりです。そりゃ、数年前の雪崩事故巻き込まれますわ。
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雪崩跡がうっすらとしてますが、下りてきたころははっきりしていました。一日で消えそうです。はっきり言って登山道ダダかぶりです。そりゃ、数年前の雪崩事故巻き込まれますわ。
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キャッシュフラッグ。かろうじて出てて助かった。
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キャッシュフラッグ。かろうじて出てて助かった。
隠れたヒドウンクレバス。
小さいように見えるが、人一人分くらいは落ちる大きさはある。
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隠れたヒドウンクレバス。
小さいように見えるが、人一人分くらいは落ちる大きさはある。
2
この程度でも滑落は大いにあるが、この先も巨大ななクレバスがわんさか。
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この程度でも滑落は大いにあるが、この先も巨大ななクレバスがわんさか。
2
大回りして
(クレバス帯の想像図)
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大回りして
(クレバス帯の想像図)
スノーブリッジを探して大回り
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スノーブリッジを探して大回り
最初は、無理と思って何度も引き返す。大きく迂回して突破していく。500mくらいは大きく迂回する。
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最初は、無理と思って何度も引き返す。大きく迂回して突破していく。500mくらいは大きく迂回する。

感想/記録
by kuuta

まず初めに、この内容は危険登山をしている内容を含んでいます。
恐らく、安全登山をしている人や、自分の知らない登山、認められない登山、こんなのは登山じゃない自殺登山だ。と思おう人が、大変不快に思う内容になっています。
実際、現地の登山家やレンジャーの人に何度もクレイジーだと言われました。
単独登山はかなり危険で、パーティ登山に比べてきつくてリスクはかなり高いです。日本であまり感じなかった単独登山の危険性と体力的なきつさ、精神的な辛さをみおもって知りました。
もし、内容にご不満がありましたらすぐにおっしゃってください。すぐに削除いたします。そして、今度こそすべてのアカント記録を削除いたしますのでご安心ください。もともとヤマップに移ろうかと思っていたし、記録をUPするのも大分飽きてきていたので。いつでも消える準備はできています。一部の読みたい方のためにUPします。もし、炎上して数日後削除していたらすみません。
あと、炎上を少しでも減らすため大分話をカットします。知人友人に伝えた内容の恐らく3分の一以下に文章量を減らしています。結構重要な部分もカットして、簡単な文章数行で終わらせている部分もあります。なにとぞご容赦ください。
あと、誤字脱字も出てくるかと思います。その辺は皆なさんで変換して進めてください。結構めんどくさがりです。では、旅の登山内容を少しだけですけどどうぞ。

入山前を軽く。細かく書くと色々あるので・・・・
入山前はレンジャーとミーテイングです。これは予約制で、入山届を出してすぐに予約します。というか、しないと、まだですかと催促されます。ちょっとゆっくり考えさせててよ、飛行機の予約もまだとってないのに・・・・、でも、早く予約しろと催促されます。でもね、すぐに変更できるので。とりあえずとってからあとから変更は可能。
入山届は2ヶ月前。入山料は20代は2万6千くらい、30代以上は3万6千くらい。この中に救助費用入ってます。そう考えれば安い。
デナリ、国立公園のサイトの英文を読んで、入山届を書き込む。ソロの場合はもう一枚。英文の中に暗号の数字があるのでそれをメモ、入山届の中に書き込む。
色々わからなければ、メールで質問すればいろいろ教えてもらえます。俺は、ほとんどメールでやりとりして提出した。
お金の支払いはクレジットカード。ビザかマスターカード作ってください。
俺はよくわからなかったのだけど、どこかのサイトを開いてカード番号を入力するんだけど。よくわかりませんでした。なので、俺はレンジャーとメールしていたので、FAXにカード番号送ってくれればいいよ!って言われたのでそれでやり取りしました。わからなければ、レンジャーとメール。それでOK。(国際電話FAX)
現地到着して、時間があれば実は融通が利きます。
なので、2日後の入山予定が、当日になることもあり得ます。決定してしまえば、色々融通がききます。
ミーテイングは、グーグルのサイトの翻訳機能使うので英語がわからくてもOK。たまに使用してました。国立公園入園料10ドル、パスポート所持で。
危険個所説明。ルールなど教えてもらい、装備の確認。
危険個所は、僕写真UPしてますよね。それ見てください。
ルールは、キャッシュ(デポの仕方)とトイレの仕方、ごみのについて。
 キャッシュシールをもらって、これを竿に張ってくれと。荷物は3メーター堀る。
 トイレは袋とボックスをもらってこれに入れろと。指定のクレバスに捨てる。
 ごみは持ち帰る。
装備の確認
  ̄卆嬰渡短っているか?もってないどいけた。(日本でレンタルしていくことを進める。来年はそうするつもり)
 ¬祇機の確認 北米仕様のモトローラートランシーバー(無線機)を購入する。2万しないくらい。日本で買える。日本では使用できないが(免許必要)持っていきました。
 アックスとクラポンズの確認
 づ仍碍ぁ.瀬屮襯屐璽帖.ーバーブーツ でないと不可。現地でレンタル可能。
 ゥ好痢璽宗次▲好灰奪廖淵轡礇戰襦
   スノーソーなくてもいける。けど持ってないとだめといわれる。レンタル可能。
 GPSの所持。持ってなくても携帯あるし。でいけた。
 Э料の日数
 ┘好離轡紂爾スキーか
 ウエアーはダウンか?
 高山病について、ダイアモックスは持っているか?病院で処方してもらえる。
 こんなもんじゃなかったかな?まだあったような気がするけど、入山届を出す前の説明書きにすべて書いているので確認すればいい。

あと、持っていなくても。持っているって嘘ついてもOKです。たぶん通ります。スノーソーとかは必要なかったしな・・・・。荷物重いし。僕がネット調べた限り、登山靴だってこっそり自分の皮の登山靴持ち込んでいる奴いるし。すべて自己責任ですね。なくても。
最悪、なんでもレンタル可能。結構な装備がレンタル可能なので忘れてもOK。あえて日本で用意しなくても、デナリに登る以外に使い道がないならレンタルに頼るのもOK。

下山したら、どこまで行ったか。凍傷はないか。マナー違反を見かけなかったか。キャッシュを回収できたか。など聞かれます。

飛行機会社も、入山日変更OKです。現地入りが早くて準備さえ整えばすぐ行こうぜ!って言われます。
飛行機会社が用意していくれるのは、ソリ、ガソリン、デポ竿。町の移動は車出してくれます。徒歩可能な狭い町だけど。宿泊施設は無料の汚い家が用意してくれます。日本人が多く利用しているみたいで、日本語の本が結構あります。装備やガスとかカイロとかいろいろあります。日本語の落書きや、書置きとかもあります。シャワーあるけど汚いです。現地のホテル代いらないです。安く行くなら。何泊でもOK。


そして、ミーテイングの翌日、セスナ機に乗ってベースキャンプへ。
早速のぼり始めようとすると止められる。
レンジャーの人に今はまだ危険だ、出発は夜にしろ!と。
クレバスがあるから気温が冷えた夜のほうがいいのだ。
仕方がないのでテントを張り、半日ゆっくりした。天気は晴れクソ暑い。地面は氷なのに砂漠にいるかの様だ。なので、いきなりパンツとシャツになる。といっても、モンベルのインナーだが。で、飯を食べて夜を待った。
夜7時、出発する。夜といってもここは夜がない。まだ空は昼間の様だ。
しかし、教えてもらった時間だから出発する。
それにしても暑い。砂漠を歩いているかのようだ。
気温なんて下がっていない。歩いて数時間、夜十時になってようやく夕方の様になる。気温も下がってきた。でも、まだ暑い。なんの変哲もない道を進む。トレースがあるから危険個所はすべてスルー、何の不安もない。このありがたみを知るのは下山時。
夜12時キャンプ1の近くに来た頃。ちょうど日は沈み空は明るいが気温が下がったとき、目の前に亀裂が!クレバスだ。
ここにくるまで何度もクレバスを見かけたが登山道の遠く。気にならない程度だった。でも、目の前に亀裂が走っている。このクレバスを危ないなあと思いながら登山道の脇によける。その時
バリ!何もなかったところに急に穴が、ヒドンクレバスだ!
ヤバい。俺は完全にクレバスを踏み抜いてしましった。
そして、とっさにストックを前に突き刺し、倒れこんだ。
そこからミノムシの様に這いずって離れる。
助かった・・・・倒れるときちらっと見えたが底は2メーター人が十分入れるくらいだ。
今の装備はスノーシューとストック、這い出ることはできない。クラポンズとアックスなら可能だったかもしれないが、危なかった。もう少しで落ちるところだった。クレバスに落ちて助かる方法は、仲間に助けてもらう事。単独の俺には無理な方法だ。
ある意味、クレバスの助かり方の一例を作ったかもしれない。
クレバス踏み抜いたら前に倒れろ!足に体重をかけるな!
確実じゃないにしろ、これしか方法がない。
後は、体にクラポンズとアックスを携帯して歩く。
落ちたら、装備を変えて登る。これしかない。
そして、危ない目にあってしばらくしてキャンプ1に着く。
そこは何もないただの広場。誰もテントを張っていない。なので、休養を兼ねて、そこでご飯を食べて休憩した。
キャンプ1でご飯を食べ、まだ元気だったのでそのまま出発する。ここまで、重い荷物だったので6時間、標準タイムは4時間らしい。俺には無理だ。荷物が無ければいけるけど。
キャンプワンを出発して、すぐに大きな滑り台のような斜面が現れる。
そこを馬車馬のように登る。もちろんそりを引きながら。
うぐぐ、一歩一歩がかなり苦しい。トレーンングジムで重たいものを強引に引っ張っているかのようだ。
そして、そこをがると、今度はまた大きな斜面。今登った斜面を超える斜面がそびえている。そしてさらにそこを登るとまた大きな斜面が・・・・これを何度も繰り返す。ベースキャンプが2200ほど、キャンプ1も2200ほど(実際は下がって上がってくるので平面を歩いたわけじゃない)
キャンプ2は2900ほど、700のいくつもの滑り台を登っていくのだ。クソ重たいそりを引きながら。ぶっちゃけ何時間もかかる。たぶん、ベースキャンプからキャンプ2まで14時間くらいかかっていると思う。
初日から頑張りすぎてしまった。このしわ寄せは後から来る。
キャンプ2も何もない広場だ、テントを張った跡がいくつかチラホラ。
誰もテントを張っていない。けど、俺は疲れ果てていたのでここでテントを張って寝た。そして、朝になって目が覚めると、頭痛に苦しんだ。
いよいよやってきた。この登山で俺が一番警戒していたこと。先週の、高所順応の富士山でかなりの頭痛、目の回る頭痛、に襲われたからだ。まあ、疲れた寝不足で富士山に登ったっていうのもあるが。でも、考えようによっては、マッキンリーは6190。ヒマラヤの7000級と言われている。ここキャンプ2は2900。考えようによっては4000に近いところだといえる。
しばらく頭痛に苦しむ。まあ、この時天候が崩れたからいい休養だと思った。半日以上頭痛で苦しんで・・・・嘔吐した。
でも、ここまでは計算ずくだ。まだ標高は低い。ここの嘔吐は計算済み。というか、疲れがたまると俺は平地でも頭痛で嘔吐するので、慣れたものである。そして、嘔吐してすっきりして、体調が戻る。そして、天候も回復する。まあ、天候悪化といっても、みぞれが降る程度、積雪5センチ。トレースは消えない。大したことない。
そして、体調が回復してキャンプ3を目指す。
若干天候は悪いが、問題ない。トレースはあるしガスがあって太陽がなくなり逆に涼しい。軽く歩いて7時間、キャンプ3に着いた。
ここは大きなキャンプで多くの人がテントを張っていた。その一角に自分のテントも張らしてもらう。ここまで順調に来ているので、明日は半日休養して夕方、涼しくなってからキャンプ4を目指して進むことにした。何気に嘔吐したし体調も万全じゃない。ここはしっかり体を休めることにした。
翌朝、かなり晴れて登山日和だ。多くの登山隊がどんどんキャンプ4を目指して出発する。俺は、いいなあと思いつつ。いや、ここは体を休めるのが一番だと思い。テントの中に引きこもった。天気がいいのでいろんなものを干して、充電してゆっくりした。そして、夕方になったすべての準備が整ったところで天候が悪化する。
急に雪が降りだし、猛吹雪になった。なにこれ?せっかく高山病にもならず、(キャンプ3は3300)体調も戻り、いつでも行けるようになったのに、前に進めない。焦った俺は近くの登山隊にこれから出発したいんだけど無理かな?と言ったら。無理だやめた方がいいといわれた。結局俺はテントの中に引きこもった。でも、俺はあきらめていなかった。
天候が回復したらすぐに出てやる。そう思い、時々テントの外を見て、雪がやむのを待った。
それから8時間深夜2時過ぎ。俺の願いが通じたのか天候が回復した。待ちきれなかった俺はすぐに準備して出発した。ここからは標高4000を超える未知の領域、心躍り出発した。

ここで少し番外
荷物を減らすため雪に埋めることをキャッシュという。日本ではデポというがアメリカではキャッシュという。荷物をキャッシュするためにはルールがあって、決められたシールを竿に旗に張り付けて、埋めた場所に刺す。ここまで書いていないが、重たい荷物を減らすためにキャンプ2に食料2日分とスノーシューと埋めて行っている。スノーシューはクレバス回避と積雪を楽に歩くための物、トレースがしっかりしていてラッセルが無ければ必要ない。むしろ、クラポンズをはいてアックスを装備している方が安全かもしれない。そう思いおいていった。のちに、このスノシューが俺の命を救う。(だったらもっと上まで持ってこいやと思うかもしれないが)
レンジャーの人に3メーターはほって埋めてほしいといわれたが、めんどくさくて上から少し雪をかけた程度にした。食料は袋の中に厳重に入れているし、その上にスノーっシューを置いている、大きなに鳥に掘り起こされることもあるまい。
そう思ったずぼらな面が、のちの俺の命を救うのである。
そして、キャンプ3でも結構な荷物を置いていった。ここでも食料を埋めていき、のちの自分を大いに助けた。そりもおいていった。個人的にはそりはキャンプ4まで持って行った方がいい。
この時の俺は、今後どれだけ追いつめられるかわかっていなかった。まだ、登頂を夢見て希望に満ち溢れていた時だ。

深夜2時。深夜といっても空は明るい。たぶん日本の夕方よりも全然明るい。ヘッドライト持って行ったけど、一度も使っていない。というか、キャンプ2に埋めてきた。ただ、ここ数日の悪天候で気温は最初に比べてずいぶん下がっている。キャンプ3のここで−12度、厳冬期アルプス登山口程度の気温だ。大したことない。まだまだ、厳冬期富士山のほうが何倍も寒い。
出発してしばらくして、すぐにモーターサイクルヒルという坂道を登っていく。写真で見る限り大したことないが、そう見えるだけ、遠近感で近づけばバカでかい。全然進まない。今まで登った坂よりも断然きつい、しかも積雪でラッセルして登らないといけない。登るのに時間がかかってしまった。まあ、きついだろうと知っていたからこそ体調を万全にしたかった。まあ、けっか天候悪化して登るチャンスを失ったが、まあ半日だけである。問題ない。
登るのに2時間、予想していた通りのじかんでモーターサイクルヒルを登った。
が、すぐに絶望する。2時間かけて登った坂よりも大きな坂がまた目の前にある。さらに時間を変えて登るしかない。
ここでいいことは、上から5人パーテイが降りてくる。そう、ラッセルが少し楽になった。トレースができたのだ。まあ気持ち楽になっただけだが。
そして、さらに2時間。朝6時頃、2個目の坂を上がり、ウインデイコーナー下にやってきた。もちろんここも坂。ウインデイーコーナーへ上がるのにずいぶん時間がかかりそうだ。見えているが、遠い、でかい。結局ウインデイーコーナーにあがったのは、11時頃、深夜二時から10時間。結構歩いた。しかも、ここはもう4000m。日本のどこの地点よりも高い。そして、少し頭に違和感。頭痛の前兆現象だ。
おれは、無理してはいけないと思い。ここで、休憩することにした。ウインデイーコーナーは少し広くなっていて平地になっている。落石が気になるが、それも少し離れれば大丈夫。そこで、テントを張り飯を食い、水を作り、服を干してしばらく寝た。そして、数時間後。頭痛はましになった。体調が戻ったのだ。途中、アメリカ人登山家が、こんなところにテント張ったら強風で危ない。やめた方がいいといわれたが、あくまで休憩で張っただけ。夜前には、キャンプ4に向かうと行ったら安心してどっかに行った。実際、天候は良くて風なんて吹く気配はない。
(個人的感想、確かに悪天候の下山時。ウインデイーコーナーを通った。でも、積雪は多く、日本アルプスほどの強風は大丈夫じゃないかと思う。確かに地形的に風の通り道で、一度強風が吹けばヤバそうな地形をしていると思う。しかし、ここは雪崩の心配がなく、落石の心配もない。強風だけがネックだが、それも強力な雪壁を作れば解決するような気がする。俺はここをビバークポイントにちょうどいいと思う。標高も4000だし、キャンプ3との標高差は700。そこまできつくない。逆にキャンプ3からキャンプ4はの標高差は1000.高山病になりやすい。ここで高度順応する方がいいと思う。個人的感想終わり)
夕方過ぎ、テントを撤収してキャンプ4に向かう。休養した分体は動き順調に進んだ。そして、夜9時頃。無事にキャンプ4に着いた。しかも頭痛無しで。
俺は、チャンスだと思い。飯を腹いっぱい食って寝た。
なんと、この時点で俺は明日体調が良くて天気が良ければ、ハイキャンプに向かおうとしていた。
言ってなかったが、高度順応は高く登って低く寝る。これが基本である。各登山隊はこれ忠実にこなして登っていく。荷物を高地にキャッシュして低く寝る。本来なら、キャンプ3に降りるべきなのである。
が、俺はそれを一切していない。早いが、やってはいけないことである。かなり野心的な挑戦だった。
キャンプ4は4300m 結構な高さだ。
で、そんな標高に翌日の俺は、頭痛で苦しんだ。やっぱりそんなにうまくいかない。
ダイアモックスも飲んだけど、軽い頭痛がする。いや、薬を飲んだから軽い頭痛ですんだかもしれない。予定を中止して、今日一日は休養日にした。
激痛じゃないし、吐き気もしない。今までも軽い症状である。
だが、重い荷物を背負っての行動はできない。もどかしい。しかも、こんな時に限って天気がいい。各登山隊が、気合を入れて叫んで登っている。うらやましい。
俺は気分転換に、食糧と水をもって少し標高を下げることにした。富士山でも8合目まで下りると体調がよくなる。300下げた昨日のウインデイーコーナーまで戻ることにした。そして、てくてくとやる気なしに下がっていく、あまりにもやる気なくて、歩き始めて30分、100m下がったとこで登山道の脇に座り込む。
天気はいい、太陽が気持ちいい。目の前には巨大な氷河。俺はここでしばらく休憩した。といってもお昼寝です。でも、場所がいけなかった。登山道の脇である。各国の登山隊が、人が倒れていたびっくりする。通るたびに大丈夫かと声をかけてくる。
そのたびに俺は、少しの頭痛だ大丈夫だと言った。
やがて、しばらくして、少し眠ったのがいいのか全回していた。頭痛はない。すっきりしている。標高を下げなくても回復した。ラッキーだ。
そう思ったとき、上からスキーで下りてくる2人組が話しかけてくる。なんと、その人はキャンプ4のレンジャーだった。どうやら、どこかの登山隊が通報したらしい。
俺はすぐさま大丈夫だ!何もない。気持ちよかったら寝ていただけ。今日は休養日。問題ないといった。ここで、少し頭痛がすると言ったら今すぐにでもキャンプ3に下りろと言われそうだったからだ。体を動かし大丈夫だと猛烈アピールした。すると、納得してくれたようで引き返した。話しているとき、モンベルのアウターを着ていたので、日本人か?と言われた。どうやら、モンベルは日本人らしい。俺的には、アメリカ人はノースフェイスだけど。
とりあえず、もう勘違いされてはいけないし、元気になったのでテントに戻ることにした。テントに戻ると夕方、体調はいい。戻った食欲で飯を一杯食って寝る。
途中、目が覚めて散歩していたらまたレンジャーが大丈夫か?何か困っていることは?と話しかけてくる。俺、めっちゃ心配されていた。落ち着いて散歩もできない。レンジャーだけじゃなく、いろんな登山隊に心配されていた。それだけソロは珍しいし、危ない。
翌日、体調は好調。だけど天気は最悪。猛吹雪。なぜに!こうもうまくいかない。今まで一番悪天候だった。時折外に出て雪かきをしなければテントが雪で埋まってしまう。実際、キャンプ3の時の悪天候も雪かきをしてから出発した。
だんだん、天候は悪くなっているような気がする。
そして、何もすることなく一日を過ごす。
もうボチボチ、ハイキャンプに行ってアタックに備える時期に来ている。俺は焦った。吹雪の中、アタック日を考えた。下山予定が7月10日、天候悪化も考えて7月9日には降りておきたい。下りるのに3日かかるとして6日くらいが最終アタックチャンスだと思った。となると。余裕を持たせるには5日くらいがアタックにちょうどいい。だとすればハイキャンプで休養日を入れて。3日、4日、5日
出来れば7月2日にはハイキャンプにあがりたい。そうすれば余裕のあるアタックができるはずだ。
そして、今日は7月1日。ヤバい、明日ハイキャンプに上がらなければ日程的にきつい。順調に上がってきたとはいえ、無駄に動けない日を挟んでいる。結構ギリギリである。

金のある登山隊がうらやましい。日数めちゃくちゃ余裕あるんだよね。例のあの子みたいに、しかもラッセルしてもらえる、荷物持ってもらえるうらやましい。おっと無いものねだりしても仕方がない。

翌日の好天候を願って祈るように眠った。
翌日、見事に晴れた。絶好の登山日和である。俺は各登山隊が出るのを待った。天気が良くても、積雪は多いからトレースはないし、ラッセルが厳しい、さらに雪崩のないポイントを進むルートが分からない。
行きたい気持ちを抑えて、各登山隊が出発するのを待った。
すると、近くの登山隊が準備している。よしと、俺も準備始めたが連日の悪天候。テントが凍り付き、救出するのにめちゃくちゃ時間がかかった。さらにすべての準備が整って出ようと思ったら、おなかが痛くなる。荷ほどきしてウンチをして、それをクレバスに捨てに行く。
めっちゃ時間がかかった。ほかの登山隊が出発してから2時間後にようやく準備が整った。朝に準備したのに昼前である。何だこれ?
でも、まだ出発していない隊もあったので不安はなかった。ここは夜が来ない、なんなら夜12時くらいについてもいいくらいだ。
早速、気合を入れて出発する。すると、2人のアメリカ人が止めてくる。
今日は登るんじゃないという。俺はなぜだ?こんなに晴れているのに。だが、やめておいた方がいい。先を見ると、出発した登山隊。あいつらはどうなんだ?それでも止めてくる。理由は?雪崩か?すると、いや、風だ!風が強い。上を見ろ。見ると、確かに、少しの雲がかかり風が吹いているように見える。でも、冬富士を知っている俺としては、そこまで強い風が吹いているように見えない。
それに悪天候からの晴天である。絶好の登山日和だ。頂上アタックするうえでも、今日中に上がっておきたい。
必死に今日登りたいといったが、それでもしつこくやめておいた方がいいと言われた。俺がうんと言わないと、納得しそうになかったので、絞り出すようにイエスといった。が、俺は納得していなかった。彼らは、イエスといったな!絶対に行くんじゃないぞ!と言って離れていった。
そして、目の前では、第2陣の登山隊がどんどん出発していく。
おれは、しばらく出発する登山隊を見つめ・・・・・ついていったのだ。
そう、忠告を無視して登り始めたのです。
空は晴れている、数多くの登山隊が登っている。そんな光景を見て、俺だけ止められるのは納得いかなかった。俺はここまで多くの物を犠牲にしてやってきている。また、気軽に来れるアメリカ人とは違う。そう簡単にあきらめきれない。今日を逃せばもう、登れない気がしていた。そして、目の前でどんどん登っていくのである。納得できなかった。
だが、これからの天候悪化を知っていたのは彼らだけだった。

15人くらいのどこの国かわからない大きなパーテイーにこっそりついていく。
が2時間もすればだんだん離されていく。
あいつら、めっちゃ早い。久々に登山始めた頃を思い出した。俺の荷物が30キロくらいあるにしても、早すぎだろ!それとも高所順応の差か?少し動いたら息が切れていたけど俺。軽い頭痛もし始めたし。

ついていけないと思った俺はすぐに休憩する。無理したらすぐに頭痛が始まる。そう思ったからだ。たぶん、あのままついていったら体調を崩していた。そういう意味では、いい判断をしたと思う。そのかいあって、頭痛は違和感感じるだけで痛くはない。

ゆっくり、時間をかけて登る。予定は夜12時だ。まだまだある。問題ない。
が、夕方前だんだん天候は悪くなっていく。彼らの忠告通りになっていく。だが、まだ安心していた。後ろからインド人のソロ、3人組パーテー、5人組パーテイーが登ってくる。まあ、すぐに抜かされるんだけど。

そして、フィックスロープのあるところまで来る。ここからアッセンダーを使って登る。実は使うの初めてです。いきなり実践です。まあ、いつものことだけど、アックスだって、クラポンズだって、懸垂下降や、ロープの結び方も、誰に教えてもらうわけでなく、独学でいきなり実践で覚えたので何とかなるでしょう。精神でした。
ここを、左手アッセンダー、右手アックス、足はクラポンズを食い込ませて、ミノムシの様に登っていく。
途中、下りてくる登山隊がいい登りだ!って言っていたから多分、いつの間にか使いこなしていたんだろう。
あと、この日登った登山隊は30人ほど、そのうち15人ほどが降りて行きました。
何故なら、どうやら荷物をキャッシュしたようです。たぶん、高所順応で上がっただけでハイキャンプを目指さなかった。実際、いたるところにキャッシュ跡が見つかった。

フィックスロープ中腹で天候は完全悪化。吹雪が始まる。身に着けているものはどんどん凍っていく。そして、インド人のソロはあきらめて降りるといって下りて行った。そして、しばらくして、2に組のアメリカ人に出会う。彼らは、俺にどうするつもりなんだ?と聞く。俺は、夜12時までにハイキャンプに着きたいといった。そうすると、だめだ遅すぎる。今日はあきらめて降りるんだといった。
でも、俺は最初に止められた時にも書いたとおり、簡単にはあきらめきれない。今日のこの日を逃したら確実に登頂できない。そう思ったからだ。
いや、せめてあそこまで行きたい。目の前に見えている稜線。最後の登りまであともう少しだった。
ダメだ、危険だから下りろという。でも、あきらめきれない俺は返事をしなかった。ここで下りたら、もう上を目指すことはできない。そう思っていた。
あと、うまく説明できなかったが、あそこに見えているところでテントを張ればビバークできるんじゃないかと思っていた。

俺が、返事をしないでネバーギブアップとつぶやき雪に顔を突っ込んで悩んでいると、しびれを切らしたアメリカ人が絶対下りるんだぞと言って下りて行った。そして、あとから続いたアメリカ人も、さあ一緒に下りようと声をかけてくれたがそれも遮った。そして、二人は吹雪の中消えて行った。

二人に説得されて、悩んでいた俺はいつの間にか頭がすっきりしていた。あの、頭重感、違和感はなくなっていた。
そして、とりあえず稜線まで上がった。フィックスロープは終わりアッセンダーを外す。そして、稜線に出ると強風が吹いていた。飛ばされそうではないが、この猛吹雪の中歩くのは確かに危険だと思った。そして、目星をつけていたポイントに移動する5m下がったとこ。・・・・思った通り風はない。たぶん地形的に大丈夫だと思っていたが、思った通りだった。テント一個分だけど張れそうなところだった。
そこにテントを張ってこの山初めてのビバークをした。標高は5000mである。
俺は飯を作り、水を作り、とりあえず登頂に向けて首の皮一枚つながったことに安どしていた。ビバークした事には何とも思っていない。むしろ、俺にとってはいつもの登山である。元々、俺は日本でよくビバークするし、いつもビバークポイントを探して登山している。地形、危険を予測してココなら張れそうというポイントをいつも探しては張っていた。その知識が、ここ5000mの稜線上で役に立った。違いは標高が3000か5000の違いだけ、まあここはヒマラヤの1000違いがあるから6000近いかもしれないけど・・・・・。

翌日、天候は回復しない。頭痛はない高所順応はうまくいった。
ダメなのは天候だけ、また雪がテントを埋めていく。なので、寒い中雪かきをする。最近雪かきばかりしている。日課になりそうだった。
昼過ぎ、天候がましになる。といっても、雪がやんだだけ、風も少し弱まっただけ。
おれはチャンスだと思い、テントを撤収してハイキャンプを目指した。昼過ぎ、悪天候とはいえ一番気温が高いときである。この時間帯なら無理はできる。
そう思った俺は、稜線上を歩き始める。目指すはハイキャンプ。最終キャンプだ。
だが、積雪はすごかった。そもそも、昨日一日でかなりの積雪である。ラッセルは不可避だ。昨日、多くの登山隊がハイキャンプに進んだにもかかわらずトレースは一切ない。むしろ、フラッグがかろうじて顔を出している。
これ、フラッグが完全にうまったらルートわかんねえなあとか思いながら進む。というか、まったくすすまねえ。俺、ここからなら3時間で着くと思っていた。遅くても。でも1時間たっても全く進まない。ラッセルは、ほぼ腰。力ずくで進むが雪が重たい。荷物も重たい。足が沈む。後ろを振り返ったら、1時間前の場所が見える。
なんだこれ?それでも、粘り前に進む、危険な雪壁を進む。
ここは、マジで滑落しそうだった。
あまりにも、斜面がきつく。(荷物が重たくて重心が悪かったというのもあるが)
使うつもりのなかったアックスをもう一本だして、ダブルアックスで行った。それくらいきけんだった。気がつけば猛吹雪、天候は悪化していた。そして、2個目の斜面を超えた頃、標高は5200ほど、ハイキャンプまでもうすぐ。
俺は考えた。これ・・・・・登頂無理じゃない?
ここまでの積雪、恐らく頂上付近も相当ラッセルしないといけない。
このまま進めばハイキャンプ行けると思う。だけど、これ登頂無理だろ!そう思った。この辺でこれだけの積雪、このさきもっとラッセルしないといけない。そう思った。一日やそこらの好天候で何とかなるレベルじゃない。俺の日程的にギリギリ、ハイキャンプに行って、好天候を待ったところでアタック日越えてしまう。
残念だけど・・・・5200らへん、この辺を俺の最高点とした。
そして、下山を開始する。
なかなかあきらめなかった俺が、あきらめた瞬間である。
早速下山を始めたもの、ビバークポイントに悩んだ、いいポイントがなかなかないのだ。風が強すぎるとこ、落石がありそうなとこ、雪崩が起きそうなとこ、雪壁が作れなさそうなとこ、結局俺は前日張ったとこまで戻り、2日連続のビバークが決定した。ある意味、登頂するよりも貴重な体験をしたかもしれない。
そして、翌日。
またテントが雪で埋まっている。外出でて雪かきをする。いつまでたっても雪は止まらない。もう、嫌になってくる。
飯を食い、時々テントの外を見て天候が回復するのを待つ。
昼過ぎ、まだ回復しない。せっかく下山を決めたのに下りれない。俺は早く下りて、余った時間を観光に使いゆっくりしたかった。おいしいご飯を食べたいし、シャワーを浴びたかった。
夕方、少し風がやみ雪が止まる。だが、ガスは晴れていない。俺は、ためしにフィックスロープを見に行った。もちろんン雪の中に埋まっているがなんとなく俺が登ったトレースが残っている。
ヨシ行けると。思ってしまった。何よりも早く下りたかった。実際、このまま待っていてもどんどん積雪が積もり、雪崩れリスクが増えていくだけ、天候が好転しても、一日待って安全を確認してから進まなければならない、そうなるといつに下りれるかわかったもんじゃない。
何よりも早く下りたかった。
夕方、テントを撤収して、フィックスロープを掘り起こし、下山を開始する。こんな状況で動いているのは俺くらいである。
フィックスロープは稜線近くだとすぐに見つかり掘り起こせた。そして、少しずつ掘り起こし下に下がっていく。1時間ほどでロープが途切れているところまで下りてくる。そこで愕然とする。何もない真っ白な雪面にポツンとロープが途切れているのだ。想像と違う景色に愕然とした。
おれはてっきり、トレースは消えているもの、登り口があって、跡があって、フラッグがあって先に進めると思った。
しかし、俺が行きついた場所はまっしろな雪の斜面にロープがぽつん・・・・
え、え、まじで?
どうすれば・・・・。
しかも完全ホワイトアウトである。フラッグから何まで何も見えない。下を見ればくぼんだ所が見える。俺はそこが登り口で登山道の跡だと思った。そして、ロープなしで下りていく。そして、もう少しでくぼ地に着くとき。俺は、もしかしたらあれ・・・クレバスかもしれないと思った。そう思った俺は、やっぱりロープのある所に戻ろうと思った。もっとしっかり調べて周りを掘って、ロープは2本ある。それを掘り出して、最後の登り口をしっかり確認しようと思った。そう思った俺は、もう一度登り返す。でも全然進まない。雪は固まらず。キックすってぷが作れない。一歩すすみ一歩下がる。1メートル上がるのに10分4メートル上がるのに40分かかった。たった数分で下りたところに40分もかけている。これじゃあいつまでたっても戻れない。そう思った俺はザックをその場において身一つであがった。すると、簡単に登れた。1分で登れた。なんじゃこりゃ。こんなに簡単に登れるなら最初からそうすればよかった。まあ、それだけ荷物が重たいという事だが。
で、もう一本のロープを掘り出し確認した。
で、ザックのところまで下りてロープを掘ったとき・・・・雪深くて掘り返せないことになっていた。
どうしよう・・・・やっぱあのくぼ地が登り口かもしれない。そう思い、ザックを背負いくぼ地に向かって歩き出した。その時である。
一瞬、ガスが晴れた。といっても視界が5mから30mになっただけ。それでも助かった。くぼ地はクレバス。俺はクレバスに自ら突っ込もうとしていた。それどころか、すぐ近くにフラッグが5センチだけ頭を出して見えた。
はあ・・・・・フラッグここまで埋まってるの?
このフラッグは、相当高く刺されていたので覚えている。
その近くに、他の登山隊のキャッシュがあったはず。それがすべてなくなっているのだ。すべて雪の下。恐らく、その登山隊はその荷物を回収できない。それほどまでに雪が降り積もっていたのだ。そりゃ、登り口が見えないわけだ。ずべて雪の中なんだから。つまり、この先の登山道もすべてなし、フラッグ頼りのルートも期待できない。そして、このホワイトアウトである。
はっきり言って、絶体絶命、今までの登山の中で一番のとんでもない状況に陥ったのである。
とりあえず、俺は登山口の付近を確認できた。この一瞬の晴れが無ければこの状況すら確認できなかった。それどころかクレバスに落ちて死んでいたかもしれない。紙一重だった。
そして、俺はあるきだす。想像だけで。時々、晴れていたころの写真を見て、自分の歩いている場所を想像して歩く。
ルート的には、右にしばらく進み、跡はまっすぐ下りるだけ。簡単である。ただし、晴れていれば。俺は、慎重に右に進んだ。どれくらい歩いただろう?もうボチボチ曲がって下りればいいんじゃないと思い始めたとき、急になぜか気温が上がる。
はあ?なぜ?出発したのは夕方気温が低くなる時期。なぜ、この時間を選んだかというと、雪面が凍っていれば雪崩は起きにくい。気温が低くなるこの時間なら、多少は安全度が上がると思ったからだ。
なのに、明らかに暑い。グローブやいろんなものが凍っていたのに、溶けて柔らかくなっている。なぜだ?雪面が明らかにゆるくなってきた。なのにホワイトアウト。
くそー、せめてホワイトアウトくらい晴れてくれよ!
そう思ったときである・・・・轟音が鳴り響く。ごごごごごごご・・・・・
雪崩だ!
そう思った瞬間、しまった!一番恐れていたことが起きてしまった。
終わった。俺死んだ!と思った。
身構えるが、いつまでも雪は落ちてこない。音はかなり近かったから、この近くのはず・・・・。助かった。何もなかった。
雪崩は何度も見たし、轟音を聞いた。その中でも一番近かかった。
俺は、こえー早く下りないと!
急いで歩き出す。
が、ホワイトアウト全く先が分からない。とりあえず、この辺かなと思うところで下り始めたが全く分からない。
日本の山でもホワイトアウトを体験したが、ここで本物のホワイトアウトを体験した。ホワイトアウトというのはガスで見えなくなるという事を言うのではない。
上も下も右も左もすべて真っ白になったとき、目がおかしくなるのだ。自分が登っているのか下がっているのか分からなくなる。というか、目の前の物も見えなくなる。
いわゆるネコ目。暗いところから急に明るいところに出れば視界がなくなる。あれと同じ、目が真っ白なものを見過ぎて脳が混乱して、視力がなくなる。白以外の色や物を認識しなくなる。はっきり言って目をつぶって歩いているのと変わらない。じっさい、俺はたまに目をつぶって歩いていた。違和感がない。そんな感じである。
なので、5m先にフラッグがあったとしても認識できない。目を凝らして、目の焦点を合わしてようやく、あああああ、こんなところにあるじゃんと気づくのである。
まさに想像の中で歩いていた。
歩いているとき、たまに雪団子を見かけた。最初、自分のラッセルの跡かなと思ったが、明らかにちがうものがあった。俺は知らない振りして先に進んだ。(あとからわかるんだが、雪崩のあとだった)
そして、ある程度歩いたとき・・・歩けなくなってしまった。
疲れからではない、恐怖からである。
俺はなんとなく、これ以上歩いたら危険な感じがした。
登ってくるとき確認したが、多分写真ある。
登山道を大きく外れたら、右も左もクレバスがあるのである。しかも大きなクレバスが。そっちに進んでいるかもしれないと思うと前に進めなかった。
で、止まったのだ。だが、さっき雪崩があったばかりである。ここに滞在するのも危険だ。前にも進めず後ろにも進めず困り果ててしまった。
そこで、気を落ち着けるため。ホワイトアウトをの目を一休みさせるため。目をつぶって休憩した。すると・・・・人の声が聞こえる。たぶん・・・キャンプ4の雑談だ。
そう思った俺は人の声がする方に向かて歩き出した。時々、目をつぶり人の声を聞き取り、軌道修正をして進んだ。
この時の俺は異常だと思う。写真を見ればわかるが、とても人の声が聞こえる距離ではない。でも、あの時の俺は聞こえたのだ。人の声が。
実際、聞こえていなかったらクレバスに落ちていたかもしれない。
方向は微妙にずれていた。
そして、俺はキャンプ4を見下ろせるところまで来た。
後ろを振り返れば、ガス。ホワイトアウトの中。
ガスはここまでだった。
標高4500ほど下はガスが無かった。助かったのである。俺はここで生きて帰ることを確信した。言葉にならない声を発していた。ここまで恐怖の連続である。
一瞬のガスの晴れ、雪崩との遭遇、聞こえてきた人の声
そのどれもがかけていたら、奇跡が起きなければ俺は死んでいた。
まさにラッキー、自分でもなぜ生きているのか分からない。
その感動を忘れてはいけないと思い、携帯の電源は落ちていたがバッテリーに繋いで写真を撮った。
まあ、この先も危険で何度も死にかけるし危険な目に合うんですが・・・・まあ、この時は確信しました。
そして、時間をかけキャンプ4に生還した。
後ろを振り返ると、たった1分だが、俺がホワイトアウトで迷っていた付近が晴れた。雪崩の跡があった。俺は紙一重のところで巻き込まれなかった。奇跡である。
そして、またガスに包まれた。
ここ、キャンプ4から下はガスがない。今がチャンスだと俺はキャンプ3への強硬下山を開始した。ここはいつ天候が崩れるかわからない、行けるときに行けるところまで行った方がいい。そう思ったからだ。
ここでキャンプ4でキャッシュした荷物を回収する。じつは、ここにはソーラパネル、バッテリー1本、ウンチボックス。
ウンチボックス微妙に大きい。ザックに付けたり入れたりするのきつい。重みもあるし。そこで考えたのが、袋を持っていればボックス必要ないんじゃない?と、思った。ウンチは袋にすればいいんだし。という訳でボックスは置いていった。ソーラも微妙に重い、バッテリーも。ハイキャンプに上がって、アタックしてすぐに下りてくるつもりだったから、必要最低限のバッテリーだけでいいや、と、すべてフルにしていたので、4日くらいは大丈夫の予定でした。まあ、早めに降りてきたけど。
あと、この天候悪化での積雪で下山しているパーティがありました。キャンプ4のテント減ってる。キャッシュした隊は残っていたけど、回収しないといけないしね。俺より後から登ってきて、俺のテント近くに張っていた7人くらいのパーティがいなかった。たぶん、連日の積雪を見て今年の登頂は無理だろうとあきらめて降りたんだと思う。例のあの2人組のアメリカ人もいたが、俺がキャンプ3に下りてゆっくりしているときに下りていたから多分登頂できていない。キャンプ4に上ってきた日は俺と一緒だし、あの日もテント張ったまま稜線に上っていたし。
とまあ、俺が登頂をあきらめたように各国の登山隊もあきらめて降りて行った隊が多かった。
で、早速下山していく。最初は順調だった。キャンプ4まであったラッセルも大してなく。順調に下りて行った。環境違うなあとか思っていたら甘い考えだった。
雪が少なかったエリアはごく一部、少ないと言っても膝くらいは埋まる。だんだんラッセルがきつくなる。そして、一番驚いたのは、クレバス。クレバスが登山道に出来上がっているのである。ウインデイーコーナー手前、普通に何もなかったところに大きなクレバス。落ちるやつ。この山生きてます。クレバス・・・・いつどこにできるかわからない。まじで、登るとき何もなかったところにクレバスが出来ている。
まじ、こまった。だってそれよけようと思ったらすぐ横にさらに大きなクレバスあるんだから右も左も、特に右は雪崩やすいポイントちかづけない。
自動的に、左から回る。めっちゃ緊張しましたよ。登山道のクレバスは大きな口を開けている。フラッグが意味をなしていない。
そして、回り込んだすぐ横にも大きなクレバスが・・・・つまりスノーブリッジ。よく見ると、登山道のクレバスと横のクレバスはつながってそう・・・・いま、歩いているここ・・・崩れるんちゃう?普通に、穴が見えているんだけど・・・・。
なんとか何もなく通り過ぎる。緊張一瞬です。
せっかく、あの死の恐怖から逃れたのに、まだまだ試練を与えてくるなあ〜マッキンリーさん。と、まだ余裕があった。
ウインデイーコーナーに差し掛かると、大雪が・・・足が沈む・・・すげー沈む。
やっぱ、遮るものが無くて雪が打ちつける感じの地形に差し掛かったから積雪がめちゃくちゃ増えた。
さっきまで順調に進んでいたのに急にペースが落ちる。足を一歩出せば腰まで埋まる。腰まで埋まると足を引っ張りだすのがきつい。日本のラッセルと大違い。力ずくでラッセルしていた日本とは大違いです。きつかった、マジきつかった。今までの登山で一番きつかった。体力激減する、足重い。めちゃ沈む。
なにこれ?ラッセル好きな俺も手も足も出ない。ちょっとずつしか進まない。下山なのにどういうこと?あかんわこれ。無理っす。下りでもこれだけ積雪あれば進まないんだ、初めての体験ですよ。日本の厳冬期アルプスで胸まである雪をラッセルして進んだことあるけど、何か違う。ここの雪・・・・すごくきつかった。何んだろう?雪が湿っぽいから?重い?高所で俺の体が鈍いから?なんだかわからないけど、すすんでも全然進まない。見えているところまで、何時間もかかる。それでもコツコツすすむ。風が打ちつけて寒い。唯一の救いが、ガスが晴れている事。景色が見える。これでホワイトアウトなら終わってた。
登山道、半分くらい雪崩で消えていたから。フラッグ巻き込んで。来た時と地形が変わっている。危ないエリアだ。それだけ雪が降ったという事だろう。そして、苦労して、ラッセルして、何時間もかけて、モーターサイクルヒルの上の近くまで来たとき、3人組のアメリカ人の登山者が降りてくる。どうやら、俺と同じように登頂をあきらめて降りてきたようだ。しかも、多分俺と同じ考えだろう。雪面が凍りやすい安全な時間帯とガスが晴れている今がチャンスとばかり下りてきたのだろう。
軽く挨拶をして、ここで追いつかれたんだら先に行ってもらう。
そして、彼らの後ろをついていく。
ああああああああああああ、めっちゃ楽ちんだあ!トレースがあるかないかでこんなに違うんだ。おれ、ここまでずっとラッセルして道を強引に作ってきた。
キャンプ4を出て9時間以上、ひとりでルートを開拓してきた。
こんなにらくだったんだ。そう思ったとき、前を行く3人組が雑談をしている。「彼のおかげで助かっていたんだなあ〜」
実際、前を行く3人組はめちゃくちゃ歩きにくそうにしている。歩きにくくてイラついているそぶりを見せる。
おれは、心の中で「そうだろ!そうだろ!めちゃくちゃきつかったんだからな!」しかも俺はガチのラッセル。スノシューはキャンプ2にキャッシュしているから。彼らはスノーシュー。それでも歩きにくそう。
そして、そのまま彼らはモーターサイクルヒルを下りていく。モーターサイクルヒルは、雪崩で半分消えていた。

ここは、数年まえに日本人登山者が雪崩で大勢死んだところ。ご冥福をお祈りします。少し、考察します。日本に帰ってから当時のニュースとインタビューみました。
俺と同じように悪天候であきらめて下山中雪崩にあったとか。
深夜2時、雪面は固かったそうだ。なぜ、雪崩が起きたんだろうか?普通に考えれば、安全時間帯だ。俺も、その時間帯なら安心して進むかもしれない。
俺と、何が違うかったのか?
運か・・・・。
違いは、雪崩れているか、いないか。
俺が、ここに来た時、雪崩はもう起きていた。
たぶん、それだけの違いだと思う。俺は運がいいのだ。俺が通るときすでに雪崩れている。雪崩れていなければ同じように巻き込まれていたかもしれない。
僕は、今後ここを通る日本人に警告したい。
マッキンリーでは、雪面が凍り固くても大雪が降ってストレスがたまれば雪崩れます。悪天候からの下山、登頂は最新の注意を払ってもらいたい。いや、その言葉俺に一番ふさわしい。俺のほうがダメじゃん。人の事言えね〜。警告無視して登っているバカだから。
とにかく、悪天候で斜面がストレスが溜まっている状態で危険ポイントの通過は考えた方がいい。登山道にかかる雪崩を見たポイント
 .Εぅ鵐妊ぁ璽魁璽福鴫
◆.癲璽拭璽汽ぅルヒル
ここは、今後必ず注意した方がいい。

そして、無事にキャンプ3に。
何とか下りてきた。下りてくるのと同時に天候が悪化する。またホワイトアウトになり、吹雪が始まる。おれはフラフラになりながら、キャッシュしたところに行く。俺が来るときテントを張ったところは雪の下だった。というか、完全に俺の知っているキャンプ3じゃなかった。すべてのものが雪に埋まっていた。
とりあえず、疲れた体に鞭を打ってテント場を作る。本当はキャッシュしたものを掘り起こしたかったけど、そんな気力もない。早くテント張って寝たかった。
テント張って、お湯をわかし飯を食ってねる。
寝袋に入って改めて、今日の動きを考え直す。
雪崩の遭遇、ホワイトアウトからの生還、クレバスの回避、いつまでも続くラッセル。
特にキャンプ4に下りるまでは奇跡の連続、いつ死んでもおかしくない。あの雪崩の轟音は、いまでもはっきり覚えている。あの時の恐怖も、音もなにもかも思い出せる。
迫りくる死の恐怖。
それを思い出すと、へんな笑いがこみ上げてくる。
「へへへ、は、はふあ、俺・・・・なんで生きてるんだ?あの状況の中・・・・なんで生き残れたんだ?」
改めて生きている自分のをかみしめ、不思議におもう。
「普通・・・しんでるだろ!なんで俺は生きてるんんだ?運良すぎるだろ俺!」
「俺・・・・日本に帰ったら登山やめる!怖すぎ!山怖い!もうやだ!帰りたい!今すぐ家に帰りたい!」
「この山怖すぎ!登山道具なんて全部処分する!山怖い!もう二度と登山なんてしたくない!」
俺はこの時点で登山恐怖症に陥っていた。こうして、生きている実感をかみしめて寝た。寝たのは朝の8時頃。朝になっていた。
昼過ぎ、たまに目が覚めてテント外を見る。
相変わらず悪天候だが、何組かのパーテイは下山していた。ただ、俺は疲れが取れていないから引き続き寝た。夜7時ごろ、ようやく目が覚める。キャッシュした荷物を掘り起こす。すると、カップ麺がーーーーーー。すんげーうれしかった。
もう、何を埋めたか完全に忘れていた。で、疲れた体にカップ麺。すぐ食べたね!
ちょーーーーーーー美味しい。めちゃうま。食料残っていたけど結構たんぱくな味気ないものしか残っていなかったから、うれしかった。ほかにもおいしそうな食料がチラホラ。それを食べて元気が、気力が回復した。
で、いつでも出発できる準備を始めた。相変わらず天気は悪い。前回と同じように天気が晴れたら即動いてやる。そういうつもりでいた。なんなら、一気にベースキャンプまで下りるつもりだった。いや、下りてやる。早く下りたい。そんな感じだった。テントの中で寝転がり、ゆっくりする。
そして、深夜11頃。天気が晴れる。それが、写真に残っているやつ。
俺は、チャンスだと準備を整えて出発した。
次はもう、ベースキャンプだそう思っていた。
が、あるいて1時間すぐに天候が悪くなる。ホワイトアウトになり雪が降る。しかも猛吹雪。
わずかに残っているトレースはどんどん消えていく。ラッセルは相変わらず厳しい。変わったことはそりを引くようになって背負う重量が減って、若干足が沈まなくなった。それでも膝は埋まるけど。
さらに1時間・・・・完全にトレースは雪で消えた。頼りはフラッグのみ。
で、その頼りのフラッグもしばらくして消えた。
試しに少し下りてみるがフラッグはない。あきらめて、登り返すも自分のトレースも消えた。それほどまでに激しい吹雪が吹き付けた。
何度も言うが、ホワイトアウト。フラッグ無い。
道無い、トレースない。
また、絶体絶命に陥った。前回と違うのは雪崩の心配がないという事。来るとき、雪崩れそうなポイントはなかった。それは確認している。
フラッグを見失ったといっても、最後の確認したフラッグから、それほど離れていないはず。ホワイトアウトで見えないだけ。あまり無理して、やみくもに歩けばいつかクレバスにぶち当たって落ちるかもしれない。
せっかく助かった命、大事にしよう。そう思った俺は、キャンプ3を出てわずか2時間、さっき歩き始めたばかりなのにもうテントを張った。気力体力は充実しているのに、また、テントに引きこもった。
この選択は正解だった。ガスが晴れたとき自分が想像していた場所とは違う場所に立っていたから。
この山にきて3回目のビバーク。もう慣れたもんだ。
この山に一人で何日もいると感覚が研ぎすまされて、何が危険で何が危ないか。どういう判断が危険かということが、命のリスクがあったもののいつの間にか身についていた。
 実際日本での登山でもそうだ。とにかく、まず突っ込む。そして、命かながらひいひい言って下山してくる。そして、何がダメだったのか?何がいけなかったかを検証する。そして、次の登山に役に立てる。そして、また突っ込む。運良く生き延びる。事故起こさず降りてくる。何がダメだったのか考える。そして、再チャレンジ。これはリスクはかなり高い。
でも、これが一番身につくし習得できるし、なにより早い。失敗したら死だからリスク高いし、遭難騒ぎ起こしたら批判されるから紙一重だけど。



ごめん、ここでちょと俺の考えを語ります。不愉快に思ったらすみません。
 この考え方、普通の安全登山をしている人ならない考えかただ。まず危険な山は行かないし経験者に連れて行ってもらう。教えてもらって経験を積んでから行く。それから段階を踏んでいく。
 だけど、俺はまず一人で突っ込んで、無理ならひきかえして、装備を整え技術を調べて身に着け、再チャレンジするって感じ。まあ、簡単に言ったら頭おかしいんでしょう。 でも、こうやって登山技術身に着けてきたから今更変えられない。これも、何も知らないからこそ、勝手にここまでやってきたといえる。もし、周りに登山家がいたら師事されたかもしれないし。色々教えてもらって段取り組んでやっていたかもしれない。マッキンリーにチャレンジしようんて思わなかったかもしれない。
無知で周りに誰もいなかったらこその結果。後悔はしていない。
そもそも、登山自体が一般人から見たら理解されない趣味。もともと誰かに認められたいなんて、思っていない。
かの伝説の冒険家植村さんも、不法就労でアメリカで逮捕されている。やっちゃいけないことをやっている。山でマナー違反している人の方がまだましなことだ。でも、やっちゃいけないことをやるからと言って悪人ではないし、ダメな人ではないはず。というか、気持ちが大事だと思っている。その山に登りたい。一人では危険。だからやめよう。じゃなくて、一人でもどうすれば安全度があがるか、どうすればいけるか考える。そして、そっちの方向に進む。この気持ちがない人は、平地でも一緒です。やるかやらないか!行くか行かないか!自分には無理、じゃなくて自分だったらどうすればいけるか?って考える。そして、小さな行動に移す。小さな行動を積み重ねるとどんどん近づいてくる。目標が。気が付けば、手が届くところまで来ている。すると、あと一歩を踏み出す。周りが見えていないから、不法就労もするし、マナー違反もするし、やっちゃいけないこともする。
俺さ、おもうんだけど。有名な登山家、プロの登山家、ガイド、山岳会、山岳部、とか安全登山って歌ってるけど。あの人たちほんとにいままで全部守っているの?まじで?偉そうなこと言いながら、山ではダメなことやったり、人には言えないことやってるやろ!絶対。
 ヤマレコでも山でこんなことやっている人いましたけしからん!って言って自分がやった時はすみません。気をつけます。って、ちょっと自分に甘くて他人に厳しすぎませんか?って思う時がある。あと、やってはいけないことやってるけど、これ書いたら批判来るな・・・・よし、書かないでおこう。隠しておこう。とかやっている奴いっぱいるだろ!なんでも書けばいいっていうもんじゃないけど、他人に偉そうに厳しく言っている人は、自分はどうなんだ?って思う。質問コーナーとか、登山知らない人が質問して、そんな考えでは登らないほうがいいと思います。とか厳しいこと書いている人しるけど、あなたたちはちゃんとした登山しているのか?って言いたい。せっかく夢膨らまして、楽しい思いでドキドキしてこの山登るにはどうすればいいのかな?って軽い気持ちで質問してるのに。夢を崩すことすごく書くでしょ。ヤマレコの人。君には無理だ!やめたほうがいいと思います。迷惑だ!危ないから登らないほうがいい。
いや、そうじゃないでしょ!登るためには、こういう装備が必要で、体力はこれぐらい必要で、危険個所はこういうところで、そのうえで判断してください。じゃない?
登山してちょっと知識ありますよって人・・・・めちゃ偉そうやねん!何様やねん!って思う。
長くなったけど、つまり危険な登山しているけど覚悟を決め、わかったうえでやっています。人にバカだあほだ!言われようが、自分の気持ちに正直で、ただ純粋に目の前の目標と夢を達成しようと行動する。俺はそれだけなんです。わかってもらえなくて別にいいんです。自分の人生、悔いのないように生きていきたい。それだけなんです。

では、本編に戻ります。3回目のビバークをしたところらから続きを書きます。
深夜、結局テントを張りビバークする。ベースキャンプからキャンプ3までは、登山道を大きく外れなければなだれるところはない。
フラッグから大きく外れなければクレバスに落ちることはない。だから、フラッグを見失ったといっても、大きく離れなければ大丈夫。むしろ、想像で歩いてやみくもに歩けば、広大なカヒルトナ氷河に迷い込んだらアウトだ。だからこそ、その場から動かなかった。テントで横になって寝る。外は吹雪。まったくよく降る。下山を決めたのにこれだけ降られちゃ、登頂はどっちにしても無理。ほかの登山隊を大いに利用すれば、登れんことはなかったけど単独で登っている俺には心苦しいし、発想がなかった。自分の中で自力でラッセルして頂上を目指そうとしていた。無理な話だ。
数時間後、朝になってもまだ降っている。時々外に出て雪かきをする。またテントが雪で埋まりそうだからだ。というか、テントから出れない。勘弁してほしい。
昼過ぎ、飯を食っているとき、一瞬視界が広がる。俺は、すぐに飯を食うのをやめて、周りを見渡した。
最後に確認したフラッグを発見。そんなに離れていなかった。で、続きのフラッグをひっしで探す。見つからなかった。いきなりフラッグが途切れている。やっぱフラッグは雪の下なのか?また、ガスが深くなりホワイトアウト。でも、雪は小降りで風も小さくなった。1時間後、またガスが晴れた。今度はすぐそこの山並みが見える。200m先。あの山並み(小山)見覚えがある・・・・登ってくるとき・・・ずっと眺めていた。うん?もしかして・・・・・ここはもうすでにカヒルトナ氷河の上で、カーブするところだからフラッグが途切れたんちゃうか?だとすれば・・・・後ろを見る。予想通り、フラッグがあった。次のフラッグがあった。つまり、カーブでフラッグが曲がっていたから、まっすぐ降りてきた俺にはフラッグを見つけることができなかった。そう思った瞬間、またホワイトアウト。俺はさっそく地図を出して確認する。俺はどうやらカヒルトナパスでテントを張っていた。つまり、もうすでにカヒルトナ氷河の上に立っていたのだ。てっきり、そこへの途中だと思っていたけど、想像と違うところだった。だから、もうここからはひたすら南にすすめばベースキャンプにいける。ようやく、自分の位置を確認することができた。迷ってから、10時間以上たっていた。
夕方、まだガスは晴れない。雪は止まり風はなくなった。本当はすぐに出発したかった。でも、ホワイトアウトの中クレバスが怖かった。ルートから外れたらどうしよう…そう思うと決断できなかった。
夜7時過ぎ。
俺は決断した。フラッグは確認できた。その続きのフラッグを探しなら少しだけでも進もう。もし、完全に見失ったらもう一回テント張ればいいんだし。少しでもいいから進んでみよう。
そう思い。テントを撤収して歩き出した。
最初のフラッグを通過。次のフラッグがあると思われる地帯へ進む。
発見、そこに行く。そして、次のフラッグを探して恐る恐る進む。発見、進む。これを繰り返し。20本目のフラグを過ぎて、完全に見失う。ちょっと進んだ。500mくらいは進んだかな?
最後のフラッグから俺はうろちょろする。東に30m西に30m南に30mと進んでみる。次のフラッグは見えない。それどころか、危うくクレバス突っ込みそうになる。あるいていたら、急に目の前にクレバスが・・・・。あぶねえー、少し斜面になっているし、ソリを引いていたからソリを引っ張って強引に止めた。登り返し安全地帯へ。
だめだ、やっぱりホワイトアウトの中歩くのは危険だ。やめとこう。テント張ろう。
で、テントを張るために雪を掘り出す。
すると、ゆっくりとガスが晴れていく。俺はもしかしてって思ったけど、いや、いままですぐに悪天候になったし期待したらダメだ!
でも、どんどんガスは晴れていく。その光景はまさに神秘的。雲海が生きているかのように動き周りの山々が姿を現していく。めちゃくちゃ感動した。まさに動く絶景。一瞬しか見れなかった。一瞬ていっても15分くらいの自然のショー。こんな動く絶景、日本の山でもTVでも見たことがない。今まで生きてきた中で一番の絶景でした。
俺は、呆然とその動く光景を見ていた。そして、わずか15分でガスが晴れた。周りの山々が見渡せる。俺が動き回った、迷ったトレースが残っている。
この景色、俺が一人だけ独占していた。誰も見たことがい光景を、俺だけが見ることができた。は、そうだ写真だ!と思ってすぐに写真を撮る。映像だ!と思って映像を撮る。それがUPしてますよね?おれ、その映像です。残念ながらガスが晴れた後だけど。感動しましたよ。
それを見て、俺は・・・・・ああ、来年また来よう。そう思ってしまった。あれほど登山が怖いと言っていた俺が、登山を続けるきっかけを作ってくれた。イケずなマッキンリーです。もう一度見たい。そう思わせる光景でした。
ガスが晴れて、すぐに動かなった。絶景を見たり写真撮ったり、あまりもの興奮で、叫んでいました。誰もいないカヒルトナ氷河の上で。30分して、ようやく動き出した。やはり、ガスは晴れてもフラッグはなかった。でも、方向はわかる、これだけ晴れればクレバスも確認できる。安心して歩きだした。おれは、徹夜で歩けばベースキャンプに着けるんじゃないかと思って歩き出した。ガスが晴れている限り歩き続ける。そう思って出発した。 
出発してしばらくの間、フラッグはかなり遠くに見えて通過していく。一面雪原がひろがり、何もない。ただひたすら自分のラッセルの跡がついていく。
歩き続けて数時間、フラッグを見失い、発見し、また見失い、を繰り返していた。でも、ガスが晴れているのでクレバスの存在には気づける。だから安心して、歩いていた。そして、フラッグを見つけ順調に降りていると、向こうのほうにフラッグを発見。それは登山道から大きく離れていた。おかしいと思いつつも、もしかしたらあっちのほうが正しいフラッグかもしれない。一応確認のためそのフラッグに近づいた。すると、近くに変なフラッグを発見。頭だけ少し出して埋まっているフラッグを発見。すぐに気づく・・・・・あれ・・・・俺のキャッシュじゃない?
俺はキャンプ2の登山道のわきに荷物を埋めていった。だから、登山道から大きく外れたところにはないはず。だから、ここにフラッグがあったらありえない。というか、キャンプ2の跡が一切ない。テントあとや積み上げた雪壁があったはず。それがないから俺のキャッシュがここにあるはずがない。でも、近づけば近づくほど見覚えがあるフラッグだ。そして、俺タグが付いていた。ああ、俺のキャッシュだ!すぐに掘り起こすと、スノーシューが出てきた。埋めたものが全部出てきた。やばかった。れだけ目立つようにキャッシュを立てたのに先っぽしか出ていなかった。もし、深くに荷物を埋めていたら、すべて雪の下。回収不可能。つまり、ここでスノーシューを回収できなかったところだった。雪・・・・降りすぎだろ。というか、回収できない登山隊、結構いたんじゃないかな?俺が登るときに歩いた雪面はもうだいぶ雪の下だ。見渡す限り何もない雪原に変わっていた。
さっそくスノーシューをつけて久々の歩行。
めっちゃ歩きやすい。なんだこれ?スノーシューこんなにに歩きやすいの?浮力が全然違う。というか、スノーシュー登山始めたばかりの時に買って、歩きにくさからずっと物置に眠っていた。厳冬期、ずっと空身でラッセルした。というか、ラッセル好きだし、そのほうが歩きやすいし早い。そう思って、スノーシューはお年寄りがするもの。若いうちはガッツで力ずくでラッセルだ!なんて叫んで雪山に突っ込んでいたけど。考え方を改めます。スノーシューいります。雪山にスノーシューいりますわ。ラッセル派の俺だけど、スノーシュー効果抜群。食わず嫌いでしたね。これから利用します。
スノーシューをつけてから劇的にスピードが上がる。順調に下山を開始する。
数時間、キャンプ1までもう少しというところで、来るときにはなかったクレバスが。しかも、ぼちぼちの大きさ。来るときに踏みぬいたクレバスより大きいので油断はできない。ジャンプして乗り越える。やっぱり、ここのクレバス生きています。急にあらわれる。動いている。
このあと、2個ほど同じ大きさのクレバスを超えてキャンプ1へ。
というか、キャンプ2と同じで雪でなくなった。もはや、どこに化yンぷ1があるのかわからない。なので、来た時の道を思い出して、なんとなくこの辺だろうと思うところを進む。ここで気よつけないといけないのは、来るとき、大きく大回りしてきたこと。どこで大回りするんだろうと、とりあえずまっすぐ進む。
そして、またクレバスが出現、さっきよりも大きいクレバス。やべー、慎重に乗り越える。踏みぬいたらアウトだ。
そして、またクレバス。ジャンプして乗り越える。緊張の一瞬。
来るとき踏みぬいたクレバスはここで見ているクレバスよりも小さかった。それでもスノーシューごと踏みぬいた。まった油断できない。
苦労して、進むと、また巨大なクレバスが・・・・しかも、ここから先は斜面になっている。下りながらクレバスを越えなければならない。というか、巨大すぎて渡れない。というか、渡れない。無理。引き返す。右から回ってみよう。そして、戻り回り込む。巨大な氷河の割れ目の崖。ここ絶対無理。というか、アイスフォールです。ロープあっても無理。危険すぎる。というわけで、斜面の上からクレバス群を見渡す。ルート間違えた?大きく回って登ってきたのは子のクレバス群を避けるため?だとすれば、もう一度戻り大回りすれば安全なのか?そっち方面を見渡すが、そっち方面も荒れている。というか、この辺荒れていて、ほとんどアイスフォールって言ってもいい。急斜面でかなり危ない。滑落したらそのままクレバスに落ちそう。
すすめない・・・・・どうする?まじで!どうすりゃいいの?かなり悩んだ。先を見れば、登ってきたルートが見えている。
よし、ここを突破しよう。
これまでの最大限の警戒、緊張感でクレバスを超えていく。20mも口を開けているクレバスなんてざらにある。それを10個ほどこえていかなければならない。細かいクレバスを足せば30以上のクレバスをこえていく。ソリのロープを短く持ち、ゆっくりクレバスの斜面を降りていく。「いいか落ち着いて行けよ。慎重に行くんだぞ」ソリに話しかけながら自分に言い聞かす。ソリは重い。離せばどこまでも落ちていく。というかクレバスに落ちる。イケるかもしれないというスノーブリッジを1個2個と渡っていく。いつ、崩れるかわからない。そして、3つ目を渡ろうとしたとき!ソリが急斜面なので下に落ちたがりつるつる滑って暴れる。そして、一番ダメなスノーブリッジの上で体制を崩してこけた。スノーシューも外れた。俺は終わったと思った。死んだと思った。が、クレバス口、2メートルで止まった。雪は崩れなかった。
俺はそーっと体制を整え、ソリを安全ところに持っていき、ソリを動かないように蹴っ飛ばした。
「おまえ!!俺を殺すつもりか!暴れんなや!」
俺は、あまりの恐怖ということを聞かないソリに切れていた。(自分が悪い)
俺は死んだと思った瞬間は2回ある。一回目は、雪崩の音を聞いたとき。そして、ここでこけた時も死んだと思った。
あともう少しでベースキャンプ。安全地帯である。最後の最後で死んだら元も子もない。
「落ちつけ俺・・・・もうすぐだ。もすぐ帰れる。スノーシューをつけながら冷静になる」
そして、ひやひやしながら残りのクレバスを超えていく。斜面が平らになったとき、クレバスは無くなった。フラッグが出てくる。登山道に復帰した。
ここから先は・・・・・危険個所は何もない。ただ歩くだけ。
完全に危険地帯を突破した。1時間歩くとベースキャンプが見えてくる。実際は見えないけど、丘になっているから。でも、あそこを登ればベースキャンプというところで、うれしさのあまり、何度も叫ぶ。
「やったあああああああああああああああああああああああ!やったぞおおおおおおおおおおおおおおお。俺は帰ってきたあああああああああああああああああ」
「生きて帰ってきたぞおおおおおおおおおお!」
無性にうれしかった。生きて帰えれる嬉しさに。そのとき、後ろを振り返るとありの集団?黒い粒粒・・・・・・
そう、一斉に下山してきた。30人以上いた。どこからそんなにでてきたんだ?
そう、みんなこの好天候を待っていた。俺だけじゃなかった。チャンスだと一斉に降りてきたのだ。しかもはえー。追いつきそう。しかも、俺が道間違えてクレバス帯を通った場所を通過してきている。俺のトレースをたどった?ごめん!危険なところ通らせて!でも、ベースキャンプであったとき何も言われなかったけどね。握手して、無事に帰還できたことをお互いはぐして喜び合った。しかもビールをもらった。ベースキャンプに大量に置いていったみたいだ。やるな!
ベースキャンプは一番乗り。帰ってきたのだった俺は。30人以上のアメリカ隊は続々とやってくる。どうやら彼らも登頂はできなかったみたいだが、無事降りてこれて喜んでいた。
そして、朝一の飛行機に乗ってタルキートナーに帰ってきた。
俺は、あの山で、あの環境で、何度も死にかけて、生き残って、無傷で帰ってきた。
生きている喜びをかみしめて、おなか一杯ご飯食べて。コーラ飲んで。贅沢した。
汚いけど気にせずシャワーを浴びた。
気持ちいい。翌日、スペイン隊が降りてきて話をしたが、大雪で登頂できなかった。と言っていた。俺は、知っているよ!俺も昨日そこにいたから。どこにいたんだ?5000mでビバークしてた。っていったら「おう・・・おーまいがー」って言って驚いていた。そこの隊の女性が来年単独で登りに来ると言っていた。俺は、一人はきついよと言っておいた。彼女のほうがすごい登山家っぽいけど。
これで、旅の記録を終わります。ありがとうございました。
あと3日早く入山できれば登頂できたと思う。それくらい前半は順調だった。やっぱ、甘くなかったですね。登山始めて一年半、一人で試行錯誤して独学でここまで来たけど。もっと勉強しろっていうことやね。あ、また来年また行きますよ。よかったら行ってみたい人いるなら一緒に行きません?連絡待ってます。練習に厳冬期富士山と槍ヶ岳と奥穂高に登ります。もちろんそり引っ張って。そりを操れないとマッキンリーは厳しいですから。クレバスに滑落します。
山の環境としては、冬富士のほうがきついです。厳冬期アルプスくらいです。
違うのは標高の高さ、悪天候の長さ、宿泊日数(早く下りてきて14日)、日本アルプスにはないクレバスなど。山の種類が違うね。

あの伝説の冒険家植村さんが亡くなったのもこのマッキンリー。
彼の装備品は、5200mくらいのところで見つかったそうです。そこでビバークしてたとか。おれと一緒ですね。俺はもう少し低いところだけど。
ちょうど、俺が行ったところらへんだったから、なにか運命的なものを感じますね。
亡くなったであろう、と言われているポイントが4900〜4300ほどといわれている。(諸説あり)俺が雪崩で恐怖を感じたとこですね。クレバスにも突っ込もうとしたとこ。ホワイトアウトで苦しんだとこ。奇跡が連発して命が助かったとこ・・・・・・ん?俺・・・植村さんに助けてもらった?いま、冷静に考えてみると・・・・・。
俺が、苦しんだところらへんて・・・・・植村さんが行方不明になったとこやん。
こわー。もしかして・・・・あれ、関係ないよね。俺がビバークしたところ。登山道は外れてるねん。で、誰も行かないところ。そこに雪を掘ってテント張った。でも、雪を掘ったら、人工物が出てきた。何かの袋に入った赤い粉。俺は誰かが捨てたカイロの残骸かななんて思ったけど・・・・違うよね。
さて、植村さんが亡くなった一番の有力候補がクレバスに滑落したといわれています。遺体が出てこないから。どうなんでしょう?5200m付近、手前に崖があるから滑落ポイントだから落ちたとも考えられる。しかも、雪洞掘ってビバークして、装備品が残っていた。おそらく、トイレででて落ちたとか。でも、登頂後、雪洞に帰ってこなかった可能性があるといわれている。だとすればクレバスか?日本山岳史の最大の謎ですね。来年また行くつもりなので、植村さんを探してきます。(嘘です)



次回は今回の失敗を踏まえて色々工夫する。特にお金はケチる。今回、40万円行かないくらいで行けたけど、次回は20万台で行く。
飛行機、食糧、装備代とか色々削れる。
今回買った装備分で5万は安く行けるはず。現地滞在費も今回2万かかったけど1万以下にする。利用できるものは利用する。
飛行機乗り換えや、日本国内外の移動ももう少し考える。安くできるはず。無駄な滞在費、飛行機代。これで3〜5万万くらいは安くなるはず。
アラスカ鉄道で行ったけど、バスで行けばもう少し安く行ける。往復2万だけど、バスなら1万5千以下で行けるはず。
食料とかも、色々変える。現地調達をもう少し考える。

スノシューをハイキャンプまで持って行く、(悪天候でも動けるように)ガソリンの入れ替えボトルを持って行く。(これで重量が減る。丸ごともって上がるのはきつい)
まあ、いろいろ問題点はあったので、それらを踏まえて、今度こそ来年は登ってやる!


追加
資金不足で再チャレンジは断念しました。
2018年チャレンジします。












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この記録へのコメント

登録日: 2010/8/28
投稿数: 9
2016/8/4 16:42
 とても読みごたえがありました。
読んでいて自分が遭難しかけた時の事が思い出されドキドキしました。ぜひカットした重要部分も読んでみたいです。
登録日: 2014/11/17
投稿数: 50
2016/8/4 23:58
 Re: とても読みごたえがありました。
ありがとうございます。
そう言ってもらえるとうれしいです。そういう方のために書きました。
本当は、もっと批判や誹謗中傷コメントが来ると思っていたので、ここまで書けないと思っていました。まあ、あればすぐに削除するつもりですが。
カットした部分・・・・実はあまりないです。というか、最初のころは文章量は半分以下です。もちろん最初はカットして公開してました。だけど、
何日もかけて、書き足して、いつの間にかカットした部分を書き足しています。思ったより批判がなく炎上しなかったので調子のって書きました。
あとはもう、飛行機乗る前に荷物没収された話や、マッキンリー行こうと決断するまでの心境、装備が甘くて入山許可が出なくて、レンタルショップを紹介されて許可が下りた話や、お金なくて装備を自分で自作して持って行った話や、特にアメリカ人登山家に忠告されたのに無視して登ったくだりなんかは批判されそうでしたし、細かいことを書こうとすればきりがないので、短めにしていますがある程度はかけているんじゃないでしょうか?
登録日: 2013/8/7
投稿数: 21
2016/8/5 11:03
 ありがとう
ワクワクして見させていただきました。命をリスクにさらす要素をもしあわせた山行ですから、いくこと事態、理解されないこともあるでしょうし、運も必要だし、難しいテーマだと思います。ビバーク技術、すばらしいです。
登録日: 2014/11/17
投稿数: 50
2016/8/5 16:05
 Re: ありがとう
ありがとうございます。
多くの人は、命を懸けていくことにものすごい拒否感を持っている人が多いので難しいテーマです。死ぬのは勝手だけど、人に迷惑かけるな!とか厳しいし、冷たいですからね。
登山自体が危険行為だから、何とも言えないです。
ビバークは結構好きでやっているので、気が付いたら身についていました。地形からポイントを決めるのは、すべて失敗や恐怖から得たもので。落石や雪崩、土砂崩れ、強風、など、ひやひやして、こういうところは危ないのか・・・・次はやめとこう・・・・って身に着けたものです。なので、最初のころはたぶん批判殺到なのは間違いありません。
でも、それがあるから今の自分がある。そう思っています。
登録日: 2010/8/28
投稿数: 9
2016/8/22 10:56
 Re[2]: とても読みごたえがありました。
Kuutaさんが最初に批判を受けた記事は読んだことありませんが、さすがにマッキンリーに単独で行く程の勇気を持った人を批判する人は多くはないでしょう。前回の失敗から学んで数多くの山行を重ねてそこまで到達したお姿は素晴らしいと思います。私は山に登るときはGPSを持参して何度かホワイトアウトの時助かりましたが、Kuutaさんはお持ちにならないのですか?荷物没収されそうになった話が気になります。笑
登録日: 2014/11/17
投稿数: 50
2016/8/22 20:13
 Re[3]: とても読みごたえがありました。
そう言ってもらえると、少しは助かります。
なんていうか、すっごい批判を受けて以来、ちょっと登山の人との出会いが怖くなりましたので・・・・。ちょっとした恐怖症かな。でもそのおかげで、ますます単独登山に傾倒していったんですけどね。
GPS・・・・日本の山なら携帯で十分かな?なんて今のところ思っています。いまだにgpsが狂ったことないし、アルプス方面では必ず地図とコンパス持っていくので。
昔の人はGPSなかったんだし、地図とコンパスがあればなんとかなる。そう思っています。便利ですけどね。お金がないだけです。そのお金を別の登山道具に突っ込みたい。それだけです。
没収されたものは
高所でも使えそうなマッチ、高価なライター、10徳ナイフなど。
助かったもの、食料。
アメリカでは、肉と書いているものは没収される可能性があるそうです。牛肉が禁止なので。税関を通過するとき、別ゲートに誘導されて、荷物を機械に通されたときは中身を見られると思いました。でも、横の中国人がすごい荷物量で、色々詰め込んでいて、俺はスルーで通してもらえました。

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