部屋はきれいで、食事もおいしく、トイレはウォシュレット付きで・・・
多少遅くに到着しても、「いらっしゃいませ」と普通に迎えてくれます。
昭和時代には当たり前に存在した、頑固おやじのいる山小屋は今や希少価値になっています。
私も30年以上前、小屋の到着が16時頃になってしまった時があり、その小屋の頑固おやじから厳しく叱責された思い出があります。
現在、頑固おやじのいる山小屋の筆頭にあげられるのは農鳥小屋でしょう。
15時以降に到着した登山者には、「遅い、もっと早くに到着しろ!お前みたいなやつがヘリで運ばれんだぞ!」と説教されるそうです。
テントを張る際も、おやじさんから「東側に張ってくれ」と言われた際、「東側ってどっちでしょうか?」と聞いたら、「東西南北もわからないのか!赤石山脈は南北方向に走っているんだ!!」と雷を落されたという情報もあります。
また、このおやじさんは、間ノ岳や西農鳥岳から下りてくる登山者の下りてくる様子を双眼鏡で監視いや ・・・観察をしていて、登山者に(口悪く)アドバイスを与えてくれているそうです。
かなり昔の話になりますが、山小屋の頑固おやじの代表格と言ったら、雲取山の家(雲取山荘)の管理人であった鎌仙人(故富田治三郎)でしょう。
30年ほど昔、「山と高原地図 奥多摩」(昭文社)の付録冊子に、秋山平三氏の執筆した「山小屋の番人 鎌仙人――富田治三郎のこと」というエッセイが掲載されていました。
この冊子は、現在私の手元にはありませんが、この名文が強く印象に残っておりますので、曖昧な記憶を辿ってその内容を紹介したいと思います。
・常連さんが鎌仙人と会話をしていたところ、夕方、学生らしき5〜6人パーティーがやってきました。
鎌仙人が学生と2言3言会話を交わしたところ、鎌仙人が急に怒り出して、「お前たち、今から鴨沢に下山しろ」と言い出しました。
常連さんが鎌仙人に「一体どうしたんだい?」と聞いたところ、
「とんでもない野郎どもだ。学校サボって山にきただと!」
そのうち、鎌仙人がいなくなってしまいました。
夜になっても戻ってきません。
その常連さんは、気になりながらもそのまま眠ってしまいました。
朝起きてみると、鎌仙人はいつものように囲炉裏に薪をくべていました。
「オヤジさん、昨夜はどうしたんだい?」
「イヤ、俺があの学生どもにあんなことを言ってしまったもんだから、奴らが無事に鴨沢まで下りられるか、木の陰で見守りながら鴨沢まで往復してきたんだ」
・雨の週末、雲取山の家は、多くの登山者で蒸せかえっていました。
それでも、次から次へと到着する登山者。
その多くは、鎌仙人から「何、今日は三峰からだと?それなら、三条の湯まで頑張れ。これから続々と疲れた登山者が到着するのだ」と、宿泊を許可されない様子。
果たして、秋山氏と友人が鎌仙人から尋問?を受けることになりました。
秋山氏は、長沢背稜の長い行程を経て、雲取山の家に辿り着いたことを説明すると、
鎌仙人はちょっと考えて、
「よし、泊れ!山を始めたばかりの連中は、無理をするからいけない」と宿泊を許可されました。
夕食後、鎌仙人は登山者に向かってこうアドバイスをしました。
「今降っている雨は、明日の明け方には止む。わずかながら日の出も見られるかもしれない。しかし、雨はまた降り出し次第に強くなり、いつまでも降り続く。だから明日はおとなしく、みんな鴨沢に下山するように!」
翌朝、鎌仙人の言う通り、雨は止んでいます
ほとんどの登山者は、鎌仙人の指示通り鴨沢へ下りて行きました。
しかし、秋山氏と友人は、当初予定していた飛竜山へ向かいました。
しばらく歩いて、三条ダルミあたりまで来ると、ポツリと雨が顔に当たりました。
次第に雨は強くなり、もはや予定通りに先に進むことは不可能になってきました。
「どうする?」
「しゃくだけど山の家に戻ることにしよう」
雨に打たれ、寒さで震えながら、やっとのことで山の家に到着しました。
中には誰もいません。
とにかく中に入って、囲炉裏の前でしばらく休んで横を見てみると、鎌仙人が無表情で立っていました。
秋山氏は事情を説明すると、
鎌仙人は、「言うこと聞かなかったな」と言って、囲炉裏の中に薪を2,3本くべました。
たちまち炎が立ち上がり、冷え切った秋山氏と友人の身体を温めてくれます。
その後、鎌仙人は青年2人に山での心がけなどを教示して、締めくくりにこう言いました。
「このぐらいのことで山を嫌いになったらダメだ」
まもなく、農鳥小屋のオヤジさんも引退する噂を聞いています。
農鳥小屋オリジナルの手ぬぐいには、このようなコメントが書かれています。
「朝陽が出る一番いいときに 部屋ん中でごちゃごちゃやっているようなノロマじゃあいけないぜ」
「いい想いは 自分で努力してみつけな」
「こんな静かなところに身をおけるってことは 贅沢なことだな」
「がんばってきたな」
「ごめんねぇ ごちゃごちゃ言って」
「こりゃあ夕陽がよくなるかもしれんぞ」
「気をつけて行きなぁ」
このような不愛想で心優しい山小屋の頑固おやじが、次々と引退されることは寂しい限りです。
俺も農鳥オヤジに叱られかったなぁ〜
(蛇足)
農鳥小屋「ウケケケ」については、
nori300さんの日記「裸キュウリ?(笑)」のコメント欄参照。
https://www.yamareco.com/modules/diary/438380-detail-194651
初めてコメントさせて頂きます。
農鳥のオヤジさんもゆっくりお話しすると登山者思いで良い方なんですが、山の価値観を強くおっしゃるのでわからない方には不評なんでしょうね。
でも、韓国や西欧の方が日本の山の素晴らしさを認識されてどんどん山に入る今ではなかなか理解されにくいかな〜とは思います。
55akiraさん こんにちは
コメントありがとうございます。
私も農鳥のオヤジさんに活を入れてもらおうと白峰三山を縦走したのですが、
幸か不幸か会うことができませんでした。
色々な情報を精査すると、とにかく登山者の安全を願ってああいう叱責をされているようです。
農鳥の手ぬぐいは本当に心温まる文章が書いてありますね。
今では、農鳥オヤジファンが沢山いますよね。
Swan_songさん、こんにちは。
鎌仙人のエッセイは、もう何回も何回も読みました。とても良い話ですよね。あの小冊子は、まだ大切にとってあります。また読んでみようと思います。
一度は、農鳥小屋の頑固おやじさんに会ってみたいな〜。
それではまた😊
fgacktyさん こんばんは
私もあのエッセイは何度も何度も読みました。
あの冊子は断捨離して、今はないですが、
無くてもこのように書けるほど、心に残った名文だと思います。
忘れないうちに、ここに備忘録のような形で書き留めました。
(こんな感じの内容でしたよね?)
農鳥のオヤジさんも、もう80歳代なので、引退するのも間近なのかなと思います。
こんばんは〜
『奥多摩のエアリアマップ(昭和60年発行)¥500』
本棚にありました
山とわたしの中の『山小屋の番人』のくだりに、
この話が載っています。
付録まで読み込んでなかったので、全く知りませんでした。
今度、明るい時間に読んでみます。
(夕方は、細かい字を読むのが辛い )
jikyoonさん こんばんは
この名文、なんで付録なんでしょうかね?
「山女日記」みたいにすれば、多くの人の目に触れて感動させることができると思います。
S60年ですか!500円って今の半額じゃないですか 。
はじめまして
その小冊子は持っていませんが、紹介された鎌仙人の話は何処かで読んだことがあります。何かの本で読んだのか?ネット上で読んだのか?思い出せずモヤモヤしてたまりません。???誰かご存知の方教えてください。
heinaiさん こんばんは
鎌仙人の逸話は沢山あり、このようなエピソードは色々本とかに紹介されているのですね。
私は、新井信太郎氏の「雲取山に生きる」という本を持っており、
鎌仙人の亡くなる直前の話などを読んだことがあります。
この話は「秋山平三」氏のエッセイから引用したので、
「鎌仙人 秋山平三」と検索すれば、何か出てくるかもしれませんよ。
Swan_song さんこんばんは、判明しました。
『ちいさな桃源郷 (山の雑誌アルプ傑作集)』《池内 紀 編》2018年 [中央公論]の中の《秋山平三》さんによって書かれた『鎌仙人』という一編でした。図書館で借りて雁坂小屋で読んだ本でした。スッキリしました、ありがとうございました。
https://yamareco.org/modules/yamareco/upimg/182/1829684/6525a064a7dcb9939ec7a40358380dce.jpg
報告いただきありがとうございます。
良かったですね。
やはり秋山氏が両方とも同じ文章を投じたのではないかと思われます。
いい文章ですよね。
Swansong様
3年前、農鳥小屋のオヤジさんに案の定叱られました。
いきなりある蝶々の事を聞かれて、知らないと答えたら、そんな事も知らずに南アルプスに来たのかと。面食らいましたが、教えてくれとお願いすると優しく説明してくれました。
驚いたのは、天候の変化の予測でした。
朝10時半頃でしたが、きれいな青空で文句なしの快晴なのですが、今夜は熊の平小屋に泊まると告げたら、オヤジさんが早く行けと言うのです。
午後1番から雨になるというのです。本当かなと首を傾げましたが、
なんと1時頃から雨になりました。
南アルプスを知り尽くしたオヤジさんの見事なアドバイスでした。登山者の安全を考えていつも双眼鏡で登山者を見ている姿が目に浮かびます。
日記を拝読して、農鳥のオヤジさんが懐かしくてコメントさせていただきました。
ery100
eryさん こんばんは コメントありがとうございます。
蝶々のことですか 。
それは、よほどマニアじゃないと答えられないと思います。
面くらいますね。
でも、そこで、「教えてください」と聞くのは大人の対応ですね。
天気の予報すごいですね。気象予報士なんて足元にも及ばないですね。
私も農鳥小屋を通過する時、えらく緊張したのを覚えています。
双眼鏡で見られていて、「ナットラン!」と言われるかもしれないと思いました。
こうゆう口の悪いオヤジは、心優しい人が多いですね。
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