ヒラリーとともに人類初のエヴェレスト登頂者となったテンジン・ノルゲイの3番目の妻(ダクー)との間の2番目の息子であるジャムリン・テンジン・ノルゲイが主著者。1996年にエヴェレスト登頂を果たすところがメインの内容ですが、従来の一般的な登頂記ではなく、シェルパ族(≒チベット族)の立場で、特にチベット仏教の巡礼的・宗教的な視点(たとえば輪廻転生)で書かれているところが最大の特徴。作者は米国の大学を卒業しているので、資本主義社会にも身を置いた経験がある上でのことで、大変説得力があります。現地での登山行程に入ってからは、43年前(1953年)に父が初登頂した時の様子とダブらせるような記述になっている構成も好ましい印象を与えています。1996年のエベレストは大量遭難のシーズンで(難波康子さん含む)、それでもその遭難事件の後に登頂を果たしているため、遭難時の様子も手に汗を握るような緊迫感で伝わってきます。その他、テンジン一族の構成などもちりばめられており、大変興味深い読み物となっています。また、テンジン(父)の2番目の妻(アン・ラムー、子どもができないため、3番目の妻<著者の母>との結婚を勧めた)が聖人であり、テンジン(父)のエベレスト初登頂を導いたとの話も披露しています。
他方、本書の最大の問題点は日本語訳のタイトル「エベレスト50年の挑戦」です。原著タイトルは「Touching My Father's Soul」(父の魂に触れる)でして、これが本書の真の主題。父子の登頂時点の差は43年であって、50年は全く意味不明です。そのあたりについては、「日本版発刊に際しての前書き 増島みどり」と付録となっている「エベレスト登頂50周年特別企画 −日本人が挑んだエベレストー 増島みどり」を読むと背景がわかるのですが、この増島みどりなるプロデュース役を名乗る人の暴挙としか言いようがありません。原著の発行が2001年で、日本語版を作るのに2年かかり、でもって日本語版の出版2003年が初登頂から50年目ということで、むりやりプロデュースしてくれちゃったようです。「序」文を「第十四世ダライ・ラマ」が寄せていますし、「はじめに」を「ジョン・クラカワ」がきちんと書いていますので、こんなへんてこ、かつ、言い訳ばかりの長ったらしい駄文を前書きに載せる意味は無いし、付録も日本人の登山家へのインタビューを集めただけで、テンジンとは無関係な内容だし、まったくもってひどい仕打ち。インタビューも質問がとんちんかんでつき合わされた方々(松浦輝夫氏、大蔵喜福氏、田部井淳子さん、貫田宗男氏、山田淳氏)は良い迷惑だったはず。明らかな編集ミス的な誤植も散見され、プロデューサとして名前を残すのは売名行為の類(しかも日本語版の著作権を有している!)にしか思えません。前書きでくどくど言い訳するぐらいなら、日本語版出版担当を(そもそも翻訳は自分でできないと気づき海津正彦氏にお願いした時点で)さっさと辞任すべきだったと思います。その方が早く良いものができたに違いありません。もったいない!(怒)
【読了日:2017年11月6日】
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