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2022年10月17日 15:59未分類全体に公開

吹雪に剱岳で遭難した危うい集団心理

2019年12月30日に北アルプス・剱岳の早月尾根(約2600メートル)で東京都練馬区、会社員(46)が滑落した事故で、県警山岳警備隊は2020年1月1日午前8時ごろ、同行していた都内の男女2人を救助した。会社員は見つかっておらず、引き続き捜索する。
 上市署によると、救助されたのは西東京市男性(27)と杉並区女性(49)。男性は背中の痛みを訴え、治療を受けている。
 一行は30日昼に滑落。他の2人は自力で早月小屋(2200メートル)にたどり着き、救助要請していた。(地元紙)


 知り合いの剱岳での事故は、入山二日目に起きた。前日は晴天で早月小屋(二二一〇メートル)から頂上を往復したパーティは多かった。ところが当日は吹雪。大半が撤収下山する中で、彼らだけは登行を計画した。「午前四時前に登り始めて、十時に引き返す」という条件付きの行動だった。ところが荒天の訪れは早く、九時に二八五〇メートル地点で引き返しを始めたというのだが、それでも遅すぎた。最近発行された報告追悼集によれば、下山の様子は「登りのトレースはすでに消えて、膝程度のラッセルが必要」と報告されている。視界も相当低下した。そして地形図上にも記載される二六一四メートルピーク、それはルートでは珍しい、穏やかで幅の広い尾根上なのだが、ここで尾根を間違えた。右の主稜線を下るべきところを、左の枝尾根に入り込んだ。まもなく間違いに気付いたが、そこで男性二人が雪庇踏み抜きで転落。足元も見えないホワイトアウト。先頭の女性は通過できても、男では重過ぎた。一人は自力で登り返したが、リーダーは戻らない。
 送られてきた遭難報告では、遭難の原因として「どうして引き返しが遅れたか」に集約されていた。彼女がいうには「不安は感じていたが、参加させてもらったこともあり、声をあげることができなかった」。その上リーダーは、東京出発の集合時間に遅れたために、実は前日に登行できる予定が、一日遅れの悪天候の日に重なったことも災いした。彼はその遅れに責任を感じたようで、吹雪の行動を打ち切らなかった気配もあった。引き返し提案は若手男性だったが、言い出すと「すぐに敗退しようという結論」に合意したとは呆れる。
ああまたか……と思う。これでは、八甲田死の行軍だろう。集団心理が悪用される(してしまう)と、逆方向に落ち込んでいく。私は少々うんざりした。この日の行動は、せめて下山前の腹減らし。一、二時間登って様子見て、引き返すもの。
 数年前にも本稿で紹介したが、知り合いが燕岳で遭難した。あの時も正月休みで大混雑の燕山荘で、全員が停滞している中で知り合い三人組は行動した。大天井岳の冬季小屋だけを目標に、吹雪の中その寸前で時間切れ、三人はビバークした。リーダーだけは翌日吹雪の中を引き返して救助要請し、その翌日に二人はヘリで収容された。だがこの時の報告会では、引き返しの是非よりも、冬季小屋に到達できなかったことが批判の対象にされていた。彼らはまもなく仲間を去る。
 そのパーティの一人は、前年の冬に横尾尾根の登山中に三〇年経験のリーダーに聞いた。「今日くらいの荒天だと、行動と停滞のどちらがいいんでしょうか」。するとリーダーは「行動に決まっているな、この程度で停滞したら、冬の登山はできない」。
 そう冬山とは、絶望的悪天候以外は、行動するのが今でも登山者の共通項であるらしい。それが高じたのが、夏でいえばあの八名が亡くなったトムラウシツアーであり、春スキーでも栂池から白馬へのツアーでは、医師グループ六人全員が亡くなった。ともに一〇年ほど前のことだ。荒天であっても「せっかく来たのだから」と登りだす。すると引き返しの時間を逸して、突き進む。そのくせ妙にお互いを気遣う。晩秋の安達太良山の小屋に、午後電話が入った。「雪も降ってきて今日はたどり着けない」と予約した年配女性。彼女はその日低体温症のまま山中で亡くなった。
 野良犬は車に引かれないが、野良猫はよく引かれるという例え。それは犬に比べて猫は脳みそが軽くて「飛び出して引き返しの判断ができない」。
 彼らはどうすればよかったかという反省会の席では、私は「下界の旅館でこたつに入って、ミカンでも食っていれば」といったのだが、回答の枠組みから外された。かつて涸沢貴族といわれた大学山岳部は、社会人を貧乏登山者と揶揄した。貴族とは荒天をやり過ごす暇とカネがあったという例えだ。ガツガツ登るな。来週、再来週といつでも時間を作り出せ。そう冬山登行とは、晴天の少ないチャンスを狙って、涼しそうな顔して登頂して戻るのが理想的なスタイルだと思う。
 冬の単独行が推奨されたためしはないが、しかし登攀に際しては、ザイルを解いて単独に切り替えたという逸話は、過去にはいくつかあったらしいのだ。支点が怪しい登攀の時代に「トップが転落したら、後続も巻き込まれる」と、彼は自力で登りきる。そして上から後続のためにザイルを投げるのだ。
 かつて谷川岳一ノ倉沢コップ状岩壁を初登した大野栄三郎は、後輩の立田実を指して「危ういところになると、ザイルを解いちゃうから困るんですよ」と、私は何度も聞かされた。吹聴した話かと聞き流したが、いやそうでもないらしい。つまり彼は登りきれる自信がある、仮に途中で行き詰まったら、そのまま下れる自信もある。万が一にそれも失敗したら、支点を作って下降してくる。それが怖くなったら、もう登山を辞めるのだと。
 この無謀な行動に従えば、冬の単独行ならば、いつ登っても、辞めても、下っても、まったく他人に気兼ねない。せめてメンバー同士が気遣って、荒天の中をお互いがやせ我慢して、危険な方向に流されていく集団心理よりも、安全ではないかと感じる。山スキーには、今も単独スキーヤーが実は相当数(私も含めて)いるが、それも理由だろうか。
 さらにいえば、冬山のベテランという言葉の中にも、相当のインチキがある。この剱岳のリーダーにしても、登山スタートは遅かったし、四〇代といえば、現役選手を離れて草野球と同じ、同好会メンバーの経歴だが、正月と三月と五月の年に三回の冬山に登って、五年続けて一五回の冬山経験では、ベテランとは程遠い。毎週出かけるスキーヤーなら、一シーズンの山行回数。せめて五〇回から一〇〇回経験して、ナンボだ。
さらにいえば、仮に吹雪の日に登頂できても、それは何の足しにもならない。せめて次回晴れた日に登る動機付けにはなるが、人は妙に「それはいい経験だった」と言い換えて、話を盛る。例えば、昭和五六年豪雪のあの正月、私たちは槍ヶ岳に閉じ込められた。日数不足で停滞すらできない吹雪の中を、仲間のサポートを受けて大天井岳から槍ヶ岳に入る。翌日は結集した二〇人近くのメンバーで、一六時間ほどかけて新穂高まで胸までのラッセル下山。雪崩を誘発しなかったのが幸いだが、何の得にもならない悪行だ。雨で岳沢小屋まで二時間しか登らなかった日に、前穂高から降りてきた年配ツアーがいたが「鉄梯子が濡れて滑って困りましたよ」。呆れ果てた。現代人でさえ、どこかで軍国主義の手柄争いを引きずっているとしか思えない。
 剱岳遭難の彼らは、二番目の遭難原因として、GPSの誤作動があったとも報告されている。「当初は若手担当だったが数日前に不具合があって、リーダーに交代した。しかしそれも当日下山中に不具合になり、スマホGPSに代えたが、精度不十分だった」など。
 登山用GPSなどは、今どき腕時計ほども便利になっている。私は一〇年も愛用しているし、ヤマレコに軌跡を紹介する大半の登山者は、もれなく使用しているはずだ。それを故障があったなどは、あの知床遊覧の海難事故さえ連想させた。どうせ電池切れ、液漏れ、忘れ、手袋でスイッチ押し間違い、かじかんで動かない、取り出せない、落としたなどなど。ために報告書には「地図とコンパスの確認もしていない」とあるが、視界ゼロ、吹雪の中でそれは不可能である。
 転落した一人を残して、その日どうにか早月小屋まで下山した二人は、待機する県警の指示に従い、明後日にヘリで収容された。若手は胸と腰の二ヶ所を骨折。東大谷「特別危険地区」の捜索は登山仲間では手に負えず、捜索ガイドチームに依頼して、八〇〇メートルも下の残雪のクレバスの隅に引っかかる遺体が収容されたのは、一〇月になってからだった。(山の本に掲載)
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