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マッターホルン(Matterhorn) / Cervino

最終更新:ベルクハイル
基本情報
標高 4478m
場所 北緯45度58分35秒, 東経07度39分29秒
カシミール3D
マッターホルン(Mattethorn;4478m)は、スイス中南部のヴァリス(Wallis/Valais)山群の一峰である。スイスとイタリアの国境稜線上に位置している。

マッターホルンは言うまでもなく、ヨーロッパアルプスを代表する名峰であり、4つの岩稜と4つの険しい岩壁(フェイス)からなる、シンメトリカルなその尖峰状の山容は、きわめて印象深い。ヨーロッパアルプスのアイコン(Icon)でもあり、「山の中の山」(Mountain of Mountains(英)/Berg der Berge(独))という異称も持つ(文献2)。
頂上部は、約100mの東西に長い岩稜となっており、その一角に巨大な十字架がある。

この山の名称は、一般的にはマッターホルン(Mattethorn)と呼ばれることが多いが、イタリア側での名称は、チェルビーノ(Cervino)である(文献1)、(文献2)。
このうち、マッター(Matter)という名前は、スイス側の渓谷であるマッタ―タール(Mattertal)に由来する。一方、チェルビーノ(Cervino)という名前は、この山の古い名称である”Mons Silvanus”というラテン語が由来となっているという(文献2)。

マッターホルンにある4つの岩稜は、東北稜(ヘルンリ稜;Hornli grat)、南東稜(フルッケン稜;Fulggen grat)、南西稜(リオン稜;Lion grat)、北西稜(ツムット稜;Zmutt grat)と呼ばれる。
このうちヘルンリ稜が一般的な登攀ルートで、リオン稜もイタリア側からの登攀ルートとして使用される(文献1)、(文献2)。

マッターホルンにある4つのフェイス(岩壁)は、その方角に基づき、北壁(標高差約1200m)、東壁((同)1000m)、南壁((同)1350m)、西壁((同)1400m)と呼ばれる。このうち北壁の下部は”Matterhorn glacier”、西壁の下部は”Zmutt glacier” という氷河に覆われている。

この4つのフェイスのうち北壁(Northface(英)/Nordwand(独))は、アルプス3大北壁(The biggest north faces of the Alps)の一つに数えられる非常に困難な岩壁して知られる。(ほかの2つは、フランスのグランドジョラス(Grandes Jorasses;4208m)の北壁と、スイスのベルナーオーバーラント山群にあるアイガー(Eiger)の北壁)。
マッターホルン北壁の初登攀は、1931年である(文献2)。

マッターホルンの東側、ブライトホルン(Breithorn)との間のコル状の場所は、両国国境上の峠となっており、テオドール峠(Teodul Pass(英);3295m)と呼ばれる。ローマ帝国の昔から、スイス側とイタリア側とをつなぐ重要な峠となっていた(文献2)。

マッターホルンは、日本ではしばしば「アルプス3大名峰」の一つに数えられる(残りの2つは、フランスにあるモンブラン(Mont Blanc;4807m)と、スイスのベルナーオーバーラント山群にあるユングフラ(Yungfrau;4158m))。

マッターホルンは、きわめて有名で人気も高いので登攀者も多いが、その反面、死亡事故も多く、500人以上が亡くなっている。ヨーロッパアルプスの山では最も死亡事故が多い山でもある(文献1)、(文献2)。


地質学的には、マッターホルンは、標高 約3400mより上部の部分は片麻岩(gneiss)で形成されている。約3400mより下部は中生代の堆積岩やオフィオライト(ophiolite)と呼ばれる海洋プレートの断片からなる。
またテクトニクス的には、約3400mより上部の片麻岩の部分はダンブランシュナップ(Dant Blanch nappe)と呼ばれる地塊の一部である。約3400mより下部の、堆積岩とオフィオライトからなる部分は、ぺニンナップ(Penninic nappes)グループの一部である、”Tsate nappe”と呼ばれる地塊の一部である(文献2)。

地形学的には、マッターホルンは氷食尖峰(ひょうしょくせんぽう)であり、過去の氷期に、現在の4つのフェイスにあった氷河によって削られて現在の山容が形成された(文献2)。


マッターホルンは極めて険しい巨大な岩峰のため、ヨーロッパアルプスの主要な山々が初登頂されていった、いわゆる「アルプス黄金時代」(The golden age of alpinism;1854-65年)のなかでも、最後まで残った難峰である。

初登頂は、1965年7月に、Edward.Winper(エドワード ウインパー)をリーダーとし、Michel Croz(有名なガイド), Peter Taugwalder(親子、ガイド),及び C. Hudson, L. F. Douglas, D. R. Hadow.からなる7人パーティにより、現在のメイン登攀ルートとなっているヘルンリ稜(北東稜)からなされた。しかし下山時の事故によりパーティのうちM.Crozを含む4人が亡くなった。この栄光と悲劇の物語は、ウインパ―が後に出版した「アルプス登攀記」などで良く知られている。
この初登攀の3日後には、J.A.Carrel、J.B.Bichによる2人パーティにより、イタリア側からの登頂がなされた(文献2)。


マッターホルンの一般的な登攀ルートは、ヘルンリ稜のルートである。
ツェルマットからロープウエーを使ってシュバルツゼー駅(Schwarzsee;2580m)へ行き、そこから山道をたどり、ヘルンリ小屋(Hornli Hutte;3260m)まで至って一泊する。ヘルンリ小屋まではハイカーでも歩ける山道である。シュバルツゼー駅からヘルンリ小屋まで標高差 約700m、約2時間の登り。
ヘルンリ小屋からは、ヘルンリ稜に取りつき、急峻な岩稜をたどり頂上へ。一部には固定ロープが設置してあるが、ほとんどがアンザイレンしての険しいアルパインクライミングとなる。
ヘルンリ小屋から頂上まで、標高差 約1200m。登攀に要する時間はルートの混雑状況や登山者の技術レベルなどによって大きく変わるが、標準的には登りで5−6時間。

ヘルンリ稜全体の難易度は、フレンチグレードで、AD(―)。
ピッチグレードは、ほとんどが機銑供

このほかに、南西稜(リオン稜)が登攀対象となっている。
リオン稜全体の難易度は、フレンチグレードで、AD。
ピッチグレードは、掘



※ 本稿は、「アルプス4000m峰登山ガイド」リヒャルト・ゲーゲテ著、島田 訳、山と渓谷社 刊 (1997)(文献1)、 ウイキペディア英語版の、"Matterhorn" の項(文献2)、及び(文献2)に引用されているウイキペディア英語版の各項をを参照して記載した。

※ ウイキペディア英語版の、マッターホルン(Mattethorn)の項

https://en.wikipedia.org/wiki/Matterhorn
山頂
危険個所
展望ポイント

山の解説 - [出典:Wikipedia]

マッターホルン(: Matterhorn)は、アルプス山脈に属する標高4,478mの山である。イタリア語では「チェルヴィーノ」(Cervino、「鹿の角」の意)、フランス語では「セルヴァン」(Cervin)である。
山頂にはスイスとイタリアの国境が通り、麓の町はスイス側にツェルマット、イタリア側にブレイユ=チェルヴィニアがある。マッターホルンという名称は、ドイツ語で牧草地を表す「Matt」と、角または角のような山頂を表す「Horn」に由来している。

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