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更新日:2021年01月09日 訪問者数:231
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日本の山々の地質;第6部 関東北部の山々の地質 6−2章 群馬県北西部 及び 信州・秋山郷付近の山々
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群馬県北西部の地質図
浅間山と榛名山との間の一帯
中央に浅間隠山(赤▲印)、中央下部に鼻曲山(赤▲印)

・全体に広がる鮮やか目の黄色;安山岩類 火山岩(中新世末〜鮮新世)
・砂色っぽい黄色;安山岩類 火山岩(第四紀、ジュラシアン期)

※産総研「シームレス地質図v2」を元に筆者加筆
上信越国境付近、秋山郷付近の地質図
図の中央に佐武流山、そのやや北に苗場山、苗場山の西に、鳥甲山、佐武流山の南に白砂山(いずれも赤い▲印)、中央下部に野反湖


・濃いめのベージュ(苗場山、鳥甲山あたり);安山岩質 火山岩(第四紀 カラブリアン期〜チバニアン期)

・鮮やか目の黄色(秋山郷、岩菅山北部など);安山岩質 火山岩(新第三紀 中新世末ー鮮新世)

・薄い黄色(白砂山とその東方に部分的に分布);デイサイト/流紋岩質 火山岩(新第三紀 中新世後期)

・薄い肌色(図の中央下部、野反湖付近);デイサイト/流紋岩質 大規模火砕流堆積物、(新第三紀 中新世末ー鮮新世)

・朱色(佐武流山付近とその東方);花崗岩類深成岩(花崗閃緑岩、トーナル岩) (新第三紀 中新世末ー鮮新世に貫入)

・むらさき色(岩菅山付近など図の左側に多い);閃緑岩類深成岩(閃緑岩、石英閃緑岩)、(新第三紀 中新世末ー鮮新世に貫入)

※産総研「シームレス地質図v2」を元に筆者加筆
白砂山
(ヤマレコ内の山のデータより引用させてもらいました。)
佐武流山
(ヤマレコ内の山のデータより引用させてもらいました。)
苗場山
鳥甲山登山道から遠望、
平坦な頂上台地が特徴的

(筆者撮影)
鳥甲山
鳥甲山の登山道から頂上への岩稜帯を望む

(筆者撮影)
(はじめに)
 第5章「関東西部の山々の地質」では、碓氷峠を一応の区切りとし、それより南側の山々の地質を説明しました。

 この6−2章では、それより北側、群馬県北西部の山々、及び隣接している、信州・秋山郷付近の山々の地質について説明します。

 なお本連載では、第四紀後期や活火山は対象外にしているので、浅間山、草津白根山、志賀高原の山々、四阿山、榛名山、赤城山などの火山は説明しません。ご了承ください。
(1)群馬県北西部の山々の地質
 群馬県の北西側を流れる吾妻川の南側は、行政区画上は長野原町(ながのはるまち)で、高原状の地形となっており、高原野菜の産地としても知られています。
 また浅間山の北東側に当たるため、「鬼押し出し」などの、浅間山の活動の痕跡が見られる場所でもあります。

 この地域には、日本三百名山の一つである、浅間隠山(あさまかくしやま;1757m)や、鼻曲山(1655m)があります。

 「地質図」でこの周辺の地質を確認すると、新第三紀 中新世末から鮮新世(約6Ma−約2.6Ma)の火山岩類(主に安山岩質)でできています。これは、このエリアの南側である妙義山、荒船山を形成している地質と同じです。

 ということは、新第三紀 鮮新世(約5Ma−約2.6Ma;約500ー260万年前)には、南北に長いこのエリア一帯は、一連の火山地帯だったことが解ります。

 それらを基盤岩として、この一帯には第四紀中期に噴出した火山岩が所々残っています。浅間隠山や鼻曲山もその時代の火山岩からできています。(文献1)によると、鼻曲―浅間隠火山は、約110-70万年前に活動した火山です。

      ※ ”Ma” は、百万年前を意味する単位
(2)信州 秋山郷を囲む山々の地質
 信州・秋山郷は、秘境として知られ、水系は新潟県の津南町から続く中津川の流域ですが、その途中に県界があって、行政区画上は、長野県栄村に属しています。

 この秋山郷は、周辺を2000m級の山々に囲まれ、かつ、唯一の出口である中津川沿いは深い渓谷となっています。

 この周辺の山々の地質を、順に説明します。
2−1)苗場山(2145m)
 池塘の点在する平坦な山頂部を持ち、独特の山容の苗場山は、その近くに、有名な苗場スキー場があることも手伝い、よく名前が知られています。日本百名山の一つでもあります。

 (ただし、苗場スキー場は、苗場山からやや離れた筍山(たけのこやま:1790m)という山の山腹にあり、苗場山の山腹ではありません。)

 苗場山は、見ただけで何となく、溶岩台地でできている山のように見えますが、実際もその通りで、古い火山(成層火山)が浸食された山です。

(文献2)によると、苗場山は、標高1600m付近までは、新第三紀 中新世(約23-5Ma)の火山岩を基盤としており、その上に、約30万年前に形成された成層火山とされています。岩質は安山岩質です。

 一方「地質図」によると、苗場山の山体の上部を作る安山岩質火山岩は、2つの時期に分けられ、古期は第四紀 カラブリアン期(180-78万年前)の噴出物、新期は第四紀 チバニアン期(約78-13万年前)の噴出物です。両者の分布は複雑ですが、平べったい頂上台地部は古期(カラブリアン期)の安山岩質溶岩でできています。

 (文献3)では、さらに細かく、6回の噴出期が区別されていますが、その噴出時代は明記されていません。

 また(文献2)によると、山頂台地の北西部は、直径が約4kmサイズの、浸食によるカルデラ地形が形成されているそうです。
 地形図を見てもあまり明確なカルデラ地形ではありませんが、苗場山の北西部にある小赤沢川の中―上流部に緩傾斜な部分が広がっており、そこが浸食カルデラの残存地形ではないかと思います(私見です)。

     ※ ”Ma” は、百万年前を意味する単位
2−2)鳥甲山(とりかぶとやま:2038m)
 鳥甲山(とりかぶとやま)は、苗場山と相対するように秋山郷の西側にあり、巨大な翼を広げた鷲のように、威圧的にそびえています。
 道の途中には岩稜帯もあり、名峰であるとともに、なかなか難しい山でもあります。

 この山は、一見して火山とはとても見えない山ですが、この山も、第四紀の火山岩でできています。

 「地質図」によると、苗場山の古期火山岩と同じく、第四紀 カラブリアン紀(約180-78万年前)に噴出した安山岩質の火山岩とされています。なお、この時代の火山岩は、「地質図」を見るとはるか北西の野沢スキー場付近まで広がっています。

 一方、(文献4)によると、鳥甲山は、新第三紀の火山岩類、礫岩層を基盤とし、その上に合計12期におよぶ複雑な火山活動を行った火山とされています。 
 山頂とその北側、北西側、北東側は、(文献4)では「山頂溶岩」と名付けられた火山岩層(安山岩質)で、山頂の南側、南東側は、(文献4)では「白くら山溶岩」と名付けられた火山岩層(安山岩質)です。
 「白くら山溶岩」−>「山頂溶岩」の順に噴出したとされています。

(文献4)による鳥甲火山の主な活動時期は、90万年前後、と推定されています。

 鳥甲山は、苗場火山(約30万年前)よりかなり古い活動時期の火山であるため、浸食が進み、今のような、火山とはとても思えない岩稜の多い山になっているものと思われます。

 
2−3)佐武流山(さぶりゅうやま;2192m)
 佐武流山(さぶりゅうやま)は、秋山郷の南の奥深くにそびえており、秋山郷からもその姿が良く見えないほど、奥深い山です。
 最近は秋山郷からの登山道が切り開かれましたが、それ以前は残雪期に白砂山経由でたどり着くしか方法がなかった、と言われている、秘境中の秘境の山です。

 さて、この山の地質を「地質図」で見てみると、山体のほとんどは花崗岩類(花崗閃緑岩)でできています。貫入時期は新第三紀 中新世末から鮮新世(約720万年前〜260万年前)です。
 この花崗岩類は、佐武流山を西の端として東西に分布しており、谷川連峰の北側斜面から巻機山付近まで続いています。この花崗岩類については、次の谷川連峰の章で説明予定です。
2−4)白砂山(2140m)
 白砂山は佐武流山の更に南側、群馬県、長野県、新潟県の3県の境にある山です。
この山は秋山郷からアクセスするよりも、群馬県側の野反湖(のぞりこ)からアクセスするのが一般的かと思います。

 さて、白砂山とその周辺の地質を「地質図」で確認すると、白砂山の山頂部は、新第三紀 中新世後期(ランギアン期 ー トートニアン期;約16-7Ma)に噴出したデイサイトー流紋岩質の火山岩で出来ています。

 また野反湖付近は、中新世末(メッシニアン期)〜鮮新世(約7.2-2.6Ma)に噴出したデイサイト/流紋岩質の火山岩類(大規模火砕流)で出来ています。

 この時期の、この付近の珪長質火山活動については、調べた限りでは研究が殆どされていないようです。

     ※ ”Ma” は、百万年前を意味する単位
(3)この地域での火山活動の歴史、まとめ
 この章で説明した一帯はほとんど火成岩(火山岩と深成岩)で出来ていることが解りましたが、場所ごとに種類や噴出時期がバラバラで解りにくい感があります。
そこで、ここまでに述べてきた火山岩類を、古い順から第1群、第2群、第3群、第4群、第5群と名付け、まとめてみます。


1)第1群の火山岩は、新第三紀 中新世(約16-7Ma)に噴出したデイサイト/
  流紋岩質の火山岩で、白砂山とその東西に分布しています。

2)第2群の火山岩は、主に新第三紀 鮮新世(約5Ma−約2.6Ma)に噴出した安山岩質の
  火山岩で、主に群馬県北西部の浅間隠山、鼻曲山付近に広く分布しています。
   なお、この第2群に相当する火山岩は、さらに南の、妙義山付近にも分布しており、
  妙義山や荒船山付近の火山活動(本宿カルデラの活動)と一連のものではないかと思われ
  ます(私見です)。

3)第3群の火山岩は、上記の第2群とほぼ同じ時期である、新第三紀 中新世末(メッシ
  ニアン期)から鮮新世(約7.2-2.6Ma)に噴出したデイサイト/流紋岩質の火山岩類
  (大規模火砕流堆積物)です。
 
   この第3群の火山岩類は、白砂山の南側に分布しています。
   第1群の火山岩と同じ性質で、かつ分布地域もほぼ同じなので、第1群の火山活動に
  続いて起きた火山活動ではないかと思われます。

   なお、第2群の火山岩と、第3層の火山岩は、比較的近くに分布しており、かつ同じ
  時期の火山活動ですが、火山岩の種類が異なるので、その元となったマグマ溜りも
  別だったと思われます。

4)第4群の火山岩は、鳥甲山を形成している、第四紀中期(約90万年前 前後)に
  噴出した安山岩質の火山岩です。

5)第5群の火山岩類は、苗場山を形成している、第四紀後期(約30万年前 前後)に
  噴出した安山岩質の火山岩です。
 
 第4群、第5群ともに長野県、新潟県側に主に分布していることから、第四紀の中期〜後期(約100万年前〜30万年前)には、火山活動の中心が、群馬県側から、より北側に移動していったと思われます。


6)深成岩体;この領域には、深成岩である花崗閃緑岩が一部に分布しています。
  分布域は佐武流山とその東西です。時代的にはが中新世末から鮮新世に形成されて
  いるので、この一帯に広がっている中新世〜鮮新世の火山岩の元となった、
  地下のマグマ溜りが、その後の隆起によって地表にでてきたものではないか、
  と思われます。

  なおこの深成岩類は、次の章(谷川連峰)でもう少し詳しく説明する予定です。

    ※ ”Ma” は、百万年前を意味する単位
(参考文献)
文献1)日本地質学会編
   「日本地方地質誌 第3巻 関東地方」朝倉書店 刊 (2008)
     のうち、7-3章 第四紀火山概説の項(表7.3.1)

文献2)町田、松田、海津、小泉 編
   「日本の地形 第5巻 中部」 東京大学出版会 刊 (2006)
     のうち、3−4章「三国山脈と火山群(上信越高原)」の項
    
文献3)長谷中
   「苗場火山の地質と岩石」
    日本火山学会 秋季大会 公演要旨集 p211 (1978)

https://www.jstage.jst.go.jp/article/kazanc/21/3/21_KJ00003453102/_article/-char/ja/

文献4)五十嵐
   「北部フォッサ・マグナ,志賀高原〜津南町周辺の鮮新世〜更新世火山岩類
     その1;鳥甲火山の火山岩類」
    地球科学 第46巻 p325-338 (1992)   
 
https://www.jstage.jst.go.jp/article/agcjchikyukagaku/46/5/46_KJ00005307383/_pdf/-char/ja
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