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更新日:2022年01月03日 訪問者数:679
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日本の山々の地質;第6部 関東北部の山々の地質 6−5章 谷川連峰(3) 地形的特徴
ベルクハイル
一ノ倉沢全景
出合より。初夏でも大量の残雪が谷内に残っていることが良く解る。

(ヤマレコ内の山のデータの写真を引用させてもらいました。)
一ノ倉沢の越年性雪渓
一ノ倉沢最奥部に残る越年性雪渓(10月下旬、筆者撮影)
マチガ沢全景
(筆者撮影、10月)
平標山から仙の倉山付近のなだらかな稜線
「周氷河作用」により、平滑化した山頂部、
(筆者撮影、5月)
谷川連峰東部岩壁群の断面図
マチガ沢、一ノ倉沢、幽ノ沢の横方向からの傾斜断面図。
それぞれの谷の1000m付近の印が、氷河が存在下時期に形成されたモレーン

(文献2の図3を引用しました。)
谷川連峰東部岩壁群の正面から見た谷形状図
マチガ沢、一ノ倉沢、幽ノ沢それぞれの、正面から見た谷の形状図。いずれの谷も中間部にU字部を持つことが解る。

(文献2の図2を引用しました)
(はじめに)
 本連載は日本の山々の「地質」について解説するのが主目的ですが、谷川連峰については、「地形」的な面にも特徴があるので、この章では、地形的特徴、とくに大岩壁群と氷河との関係について説明します。
1)谷川連峰 東部岩壁群と氷河との関係
 谷川連峰の、特に東部岩壁群(一ノ倉沢、マチガ沢、幽ノ沢)は、標高差が約1000mもある大きな岩壁を持ち、標高が2000mに満たない山地としては不釣り合いなほど、巨大な岩壁をもっています。
  また、南北稜線の両側を比較すると、西側は普通のやや険しい程度の斜度をもっている斜面なのに対し、東側は前述のとおり、一部は垂直に近い傾斜を持つ急斜面になっており、いわゆる非対称山稜の典型的な形状をもっています。

 そのため古くから、この大岩壁群の成因について議論がありました。主には氷河説と、雪崩説です(文献1)、(文献2)。
 氷河説は、氷河期においてここに山岳氷河があって、その氷河の流れによってカール状の地形、及び大岩壁が形成された、とするものです。
 一方、雪崩説は、この山地が現在でも豪雪地帯であって、厳冬期から残雪期にかけ、多量の雪崩が発生することから考え、その影響で山腹が削られてこのような大岩壁ができた、とするものです。

 その結論としては、「氷河説」に軍配があがりました(文献2)、(文献3)。以下、氷河説を検証するために詳しく研究された(文献2)に基づき、説明します。

 氷河説の根拠としては、以下の3点が挙げられます。
 (1)現在でも越年性雪渓があることから考えると、より気温の低い氷河期には、
    越年する雪の量がさらに多く、その一部が氷河化してもおかしくないこと
 (2)各岩壁(一ノ倉沢、マチガ沢、幽ノ沢)とも、中間部がU字型をしており、
    カール的な形状といえること。
 (3)各岩壁の下部に、氷河が残したモレーンと考えられる堆積物の高まりが
    認められたこと。

 特に、氷河説を決定づけたのは、(3)のモレーンの発見でした。
(文献2)によると、一ノ倉沢では標高850-1050mの部分に、マチガ沢では標高1000-1250mの部分に、幽ノ沢では標高980m付近に、それぞれモレーンが確認されています。モレーンの高さ(比高)はいずれも数十mあり、枝沢や本流の水流をさえぎるようなかたちとなっており、沢の流れはその部分で蛇行しています。

 この谷川連峰の氷河期における氷河の形成は、北アルプスなどの山では、標高が少なくとも2300m以上にしか氷河地形が無いことを考えると、1000m台という異常に低い標高に氷河が存在したことで、特異的なものです。

 その要因としては、現在でも見られるこの山地特有の豪雪と、それが谷底に落ちる雪崩です。稜線部にできた雪庇が頻繁に崩れて雪崩となり、谷の中腹にどんどんと溜まることで、一ノ倉沢の残雪の厚さは最大で約60mもあることが知られています。マチガ沢、幽ノ沢でも最大で約30mは残雪が溜まります(文献2)。

 分厚く溜まった残雪は、氷期には氷化して、傾斜にそって下流へと動きつつ(これを「グライド」という)岩盤を削り、現在のような、中間部まではカール状、上部は急傾斜の岩壁を形成したと考えられます(文献2)。

 このようなタイプの氷河は「雪崩涵養型(なだれかんようがた)氷河」と言い、北アルプス 剣岳、立山などの急峻な谷に現存していることが最近判明した現生氷河(三の窓氷河など)においても、同じメカニズムで氷河が維持されています。

 なお、氷河が溶け去った現在でも、豪雪によってできた残雪の塊が下流へと動くことで、岩盤を削る働きは続いており、その証拠は、岩盤上にできた擦跡(さっこん)が示しています(文献2)。残雪によるこのような作用を「雪食作用」と言います。

 氷河期に話を戻すと、前述のモレーン内のテフラより、氷河の最拡大期は前氷河期のうち最も寒かった時期(MIS2:約2万年前)かそれ以前ごろだと推定されています。氷河がもっとも発達した時代には、モレーンの位置から推定して、一ノ倉沢では標高850m付近、マチガ沢、幽ノ沢では標高 約1000m 付近まで氷河先端が達していた、と推定されています(文献2)。

 ここでは東部岩壁群と氷河との関係について述べました。
 爼グラ(まないたぐら)などの、南部岩壁群についても、氷河の影響が考えられていますが、詳しい研究は行ていないようです。
(2)周氷河作用による平坦な山頂
 谷川連峰の稜線はだいたいが険しい尾根を形成していますが、西部の、仙ノ倉山や平標山は、その山頂部が、意外と平坦です。これは寒冷気候が地形形成に影響する、「周氷河作用」(注1)と呼ばれる働きによってできた、「周氷河平滑斜面」と言われるものです。(文献1)、(文献4)。

 「周氷河平滑斜面」の形成メカニズムですが。概略、以下のようなメカニズムです。

 すなわち、まず谷川連峰では、冬場に多量の積雪があります。残雪期になると、日中は積雪の一部が溶けて水となり、岩の割れ目にしみ込みます。夜に気温が下がると凍って体積が増えるため、割れ目がさらに大きくなります。その繰り返しにより岩盤が岩屑になっていきます。これを「凍結破砕作用」と言います。
 次に、砕かれたてできた岩屑は、「ソリフラクション」と呼ばれる現象によって、次第に斜面の下部に移動します。
 この2つの現象によって、岩屑の多いなだらかな山稜部ができます(文献4)。

  仙ノ倉山や平標山山頂部のなだらかな斜面は、上記のような作用でできたと考えられていますが、それは主に、氷河期のより寒冷な時期に作用したものと推定されています(文献1)。


 注1)「周氷河作用」と言う専門用語は、誤解されやすい用語です。
     「氷河」という文字が入っていますが、氷河が無い場所でも生じる作用です。
      元々、氷河がある地域の周辺で見られた現象のため、
     このような名前がついたものと思われます。
(参考文献)
 文献1)貝塚、小池、遠藤、山崎、鈴木 編
     「日本の地形 第4巻 関東・伊豆小笠原」
        東京大学出版会 刊 (2000)
      のうち、2−1章 「越後山脈と帝釈山地」の項


 文献2)小畦(※)
      「越後山地の氷河作用に関する研究」
       明治大学 人文科学研究所紀要 第50巻、p163-175 (2002)

    https://core.ac.uk/download/pdf/59279138.pdf

     (※)読みは「こあぜ」、アゼの字は旧字体のため、簡易体で表示した。

 文献3)
    「みなかみ町 ホームページ」のうち、
     第3章 地形・地質、第1節 地形 の項

https://www.town.minakami.gunma.jp/minakamibr/nature/pdf/nature03.pdf


 文献4)小泉、清水 編
    「山の自然学入門」 古今書店 刊 (1992)
     のうち、「山の自然ミニ知識:周氷河作用」の項。
【書記事項】
初版リリース;2021年2月6日
△改訂1;文章見直し、修正。6−1章へのリンク追加。書記事項追加。
△最新改訂年月日;2022年1月3日
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