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更新日:2021年05月07日 訪問者数:892
登山・ハイキング その他
安達太良山頂の「八紘一宇」の石碑が崩れ落ちた
watajin8
安達太良山の山頂まで登ったことのある人ならば、山頂の印として目にしていたであろう、「八紘一宇」と書かれた立派な石碑が、崩れ落ちた。

私が自分の目でこれを確かめたのは、令和3年(2021年)5月6日のことである。しかも、崩れ落ちたのは石碑だけではなく、祠の屋根も落ち、もっと驚くことにコンクリートと石でできた大きな方位盤が倒れていた。

これは、今年の2月13日の福島県沖地震の被害ではないかと思われる。SNSなどに出てくる山頂の写真が、最近何か足りないと思っていたのは、この変化だった。もっと早く気付くべきであった。というか、このことは、知っている人には、すでに常識化していることかもしれない。すでに3ヶ月も経っている。(ヤマレコをまったくチェックせずに投稿)

普通ならば、2月から3月の冬山シーズンに、一度二度は登っているはずの私であったが、新型コロナの影響もあり、仕事に追われて余裕もなく、大好きなスキー登山と雪山登山は封印していた。

二本松市に住む私にとって、安達太良山は言うまでもなく「ホーム」であり、山岳部員だった高校卒業までに、32回の登山を繰り返していた山である。

最近は、年2回か3回、しかもほとんど雪のある季節しか登らない地元の山になってしまっていたが、還暦寸前になり、やはり良い山であるなと、登るたびに実感を強くしているのである。

さて、「八紘一宇」の石碑とは、何であるか、である。

改めてこの石碑を見ると、「紀元二千六百年記念 昭和十五年八月 安達郡青年團建之」とある。

ネットで探ると、「紀元二千六百年記念行事」というのがウィキペディアにあり、大雑把に言えば、安達太良山頂のこの石碑が建立(建之)されたのも、記念行事の一環であったと思われる。

石碑の「八紘一宇(はっこういちう)」とは、「天下を一つの家のようにすること」「全世界を一つの家にすること」を意味するらしい(ウィキペディア)。

同じウィキペディアのページの中にある「概要」では、

「「八紘一宇」とは第二次世界大戦中、日本の中国・東アジアへの侵略を正当化するスローガンとして用いられたと記す。」

とあり、このあとにも、この言葉が持つ、戦争との関係性、あるいは根本理念としての「平和」との関係性などが記されている。詳しくはウィキペディアのページを参照のこと。


さて、ここからが本題である。

私は、しばらく前から、この石碑「八紘一宇」を撤去すべきではないかという意見を持っていた。

日本の山は、信仰と結びついたものが少なくなく、山そのものが信仰の対象であり、神聖な場所として受け継がれてきた。富士山を筆頭として、山頂に立派なお社(神道)を抱える山も少なくない。

私は、信仰の対象としての「山」あるいは「頂き」の存在については、否定的な意見は持たないし、それが「日本」という国と「山」の結びつきにおける、自然な姿なんだろうと理解している。「八百萬(やおよろず)の神々」が宿る、日本の自然。それは尊いものであり、「山に登る」という営みが、単なるスポーツとしての意味だけではなく、人間の精神と結びつく、一言では言えない深くて広い体験なのだとは思う。

しかし、「八紘一宇」が示す「祈り」というものは、そういった原始的な信仰とは、何かが違う。

そして、「八紘一宇」という文字の石碑が今も残ることに、違和感を禁じえない。

イメージとしては、やはり「大東亜共栄圏」を目指した、昭和15年あたりの国家のスローガンであり、それを令和の時代に入っても残しておくことに、違和感を禁じえないのである。

2020年2021年、ある意味で、世界はこれまでと全く別の「世界」を経験している。
そして、今まで以上に「世界は一つ」であることを認識せざるを得ないのである。それは、意味の上では「八紘一宇」における「世界は一つ」と同じなのであるが、軍国的に「一つ」を目指すという方向性とは、全く違う。

今、この時に感じる「世界は一つ」とは、新型コロナウイルス(covid-19)による世界的流行、「パンデミック」が人類そのものの生存に与える影響の大きさと、その背景として語られる、人類が地球に与え続けてきたダメージの深刻さによってである。

ある意味で、全く次元の違う時代に突入しているとも言え、「人新世」というキーワードにも注目が集まっている。地球環境に対する、人の影響力が悲劇的に増加していることを示す。

新型コロナウイルスにしても、二酸化炭素の増加などによる気候変動にしても、地球上の人類に共通して影響する問題なのであり、「私は私、あなたはあなた」では片付けられない話になっているのである。

令和3年、こういう時代の中で、「八紘一宇」の石碑が崩れ落ちたことは、意義深い。

間違っても、これを元通りに建てないでほしい。歴史をそのままに受け止めるのであれば、崩れたままで放置しておくというのも、私としては「あり」だと思うが、日本百名山で登山者数もファンも多い安達太良山の山頂であれば、このまま放置というのは、ありえないかもしれない。

石の重さを考えると、撤去する場合には、ヘリコプターが必要になるのかもしれない。あるいは、石工によって砕いて人力で降ろすとか。

いずれにしても、「もとに戻す」という安易な方法は選択しないことを求める。

石碑を含めて、山頂の景観をどうするかは、関係者だけの密室の会議で決定するのではなく、一般の登山者などの意見も踏まえながら、民主的に開かれた方法で決定してほしい。

繰り返すが、私はこの石碑「八紘一宇」を撤去すべきだと思っている。
激変した安達太良山頂
倒れた方位盤。と、ズレた三角点。
安達太良山頂の「八紘一宇」が消えた
左が、「八紘一宇」の石碑の台座。右は祠で、手前に屋根が落ちた。
安達太良山頂の祠
祠の屋根が左(西側)に落ちた。その奥の石碑も落ちた。
傾いている
石碑と祠のあった「山頂」の岩は、けっこう傾いている。
八紘一宇の石碑の台座
西側から見る台座。
八紘一宇の石碑
完全に落ちている。裏側が上になり「八紘一宇」の文字は見えない。
被害前の写真
2019年11月19日
被害前の写真
2018年11月25日
被害前の写真
2019年1月14日
中学2年の時
1976年9月 中学2年の時に、一人で自転車担いで登頂した時の写真。方位盤は、この頃は垂直だったのだな。これが、次第に傾きだして、ついに2021年に倒れた、という解釈。方位盤、もっと簡素で良き。
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この記録へのコメント

登録日: 2018/9/17
投稿数: 121
2021/5/7 19:52
 賛成です。
私もお考えに賛成です。
「八紘一宇」に肯定的な立場の方もいらっしゃるとは思いますが、そういう方も含めて、安達太良山頂という静謐な公共空間が国家スローガンの石柱建立にふさわしい場所かどうかを、地元中心で政治問題化することなく議論していただきたいと思います。
登録日: 2020/12/15
投稿数: 8
2021/5/15 17:53
 あまりこういう話題をヤマレコで出すべきではない。石碑の問題は専門家に任すべき
ヤマレコで政治思想を持ち出すのはどうかと思います。ご自分ではそのつもりはなくても間違いなく政治的に偏った思想です。それを目にして不愉快に感じる人もいるということを知ってほしいと思います。
まず、八紘一宇を正しく理解している日本人なんて現代ではほとんどいません。分からないことをWikipediaレベルの情報で済ませて議論している人たち。昔の日本人がどのような思いでこの日本を守るために闘ってきたか、など想像したことがありますか?先祖を貶めるのは自分達自身を貶めることでもあります。
平和的な文字でお願いしますと書いている人もいますが、八紘一宇こそ平和そのものではないですか。戦争と結びつけるのは自虐史観に囚われている証拠。
世界平和を訴える人たち。世界平和を訴えるのであれば、多様な意見を受け入れるべきですね。上記のような意見をさも多数派のように語るのは、そうでない意見の人を締め出すことにもなりますし、それこそ争いの元になります。
登録日: 2015/1/25
投稿数: 3
2021/5/20 6:15
 Re: あまりこういう話題をヤマレコで出すべきではない。石碑...
ご意見ありがとうございます。
時代を越えた多様性の尊重という観点から、昭和15年という当時の状況に思いを馳せ、「二本松市史」を引っ張り出してきて、「安達郡青年団」なるものの手がかりはないかと探しておりました。当時は、二本松は市制施行前で、郡の中核でした。
約80年前の青年というと、ちょうど私の祖父の30代にあたり、そういう観点で見ると、名前だけではなくて、実際に知っている人が関係していた可能性は大きいです。

人それぞれの様々な立場への配慮を優先する紳士は、この問題「安達太良山の八紘一宇」を遠巻きに静観するだけで、地元の山岳会の方に聞いても、成り行きを見守るという姿勢のようです。

歴史は歴史として、この石碑を残すことには、一定の意義はあるものと思いますが、残すとしても、安達太良山頂の、誰もが記念撮影に使う背景となる場所にこの石碑を使い続けるのは、2021年の今、やはり見直しすべき絶好のタイミングであるという私の考えに、迷いはありません。

国立公園内で、「誰かの意思」あるいは「特定の団体」による造作物は、撤去するのが、現在あるいは後世の登山者にとっても、公共の利益に叶う判断だと思います。

まあ、安達太良山に初めて登った人が、「八紘一宇」の石碑に目を止めて、「なんだろう?」から始まって、戦前戦中の日本人の生き方に思いを馳せるのも、それはそれで良い気もしますが、冬季の気象条件の悪い中で、やっとの思いで登頂した時に見るこの石碑は、ときにギョッとするほどの存在感があり、あまり気持ちの良いものではありません。

気象条件の悪い時の山は、ちょっとしたきっかけが幻覚の元になったりすることもあり、慰霊碑や墓石など、死者の声が聞こえてきそうなものは、精神的な畏怖の対象となり、感性の鋭い人にとっては、「死への入り口」にもなりかねません。
登山者の、極限状況での精神の安定性に、ダメージを与えるリスクもあるように思えます。

山の頂きに「祈り」があるならば、それは、第一に「登山者の命の安全」であるべきで、誰に対しても平等に登頂の喜びが分け与えられるためにも、永久に近い「山」の歴史からすれば、たかだか80年前の、「特定の時代背景を抱える石碑」は、そろそろお役御免で良いと思います。

令和3年のこの時代、私の祖父の世代が生きていたとして、「この石碑、そろそろ撤去してもいいよね?」と尋ねれば、「いや、ダメだ」とは言わない気がします。
登録日: 2015/11/9
投稿数: 18
2021/6/21 1:04
 内容はヤマノート向けではないかもしれませんね。
そもそもヤマノートとは
「ヤマレコに登録いただいている皆さんで作る、登山に関する技術・知識のデータベースです。」(ヤマレコ公式)
とあります。

なので「八紘一宇の石碑が倒れた」という事実とその状況を示すことは有意義ですが、それに関して「違和感を禁じ得ない」や「撤去すべき」という意見はヤマノートの範疇を超えていると思われます。
日記やその他SNSに内容を書き写し、ヤマノートに関しては再編集された方がよろしいのではないでしょうか?
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