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更新日:2021年07月20日 訪問者数:194
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日本の山々の地質;第8部 北海道の山々の地質、8−2章 北海道の地質の概要(その2)「空知ーエゾ帯」
bergheil
「空知ーエゾ帯」中の「空知層群」の分布図
・緑色;「空知層群」(緑色岩類、チャート等)の地質体

・グレー地に、茶色着色部;「蝦夷層群」(白亜紀前弧海盆堆積層)の地質体

※ 「空知層群」と「蝦夷層群」とが入り混じって分布していることが解る。

※ 文献1)の、図2.2.2 「空知層群の分布図」を元に、筆者、着色、加筆

・赤いマークや文字は、主要な都市、山岳
「空知ーエゾ帯」中の「蝦夷層群」の分布図
・茶色;「蝦夷層群」(白亜紀、前弧海盆堆積層)

・赤いマークや文字は、主な都市、山岳

※ 文献1)の、図2.3.1「蝦夷層群の分布概要」
を元に、筆者加筆、着色
 
「神居古潭帯」地質体 分布図
・緑色;「神居古潭帯」中の、付加体由来の変成岩類

・紫色;「神居古潭帯」及びその他の地帯」に分布する、超苦鉄質岩類(蛇紋岩類)

ーーー
・薄いオレンジ色;「空知ーエゾ帯」中の、「空知層群」、「蝦夷層群」
(※「神居古潭帯」地質体と入り混じって分布している)

※(文献1)の、図2.2.6 イドンナップ帯および神居古潭帯の概略図」を元に、筆者 加筆、着色
「イドンナップ帯」地質体 分布図
・茶色:「イドンナップ帯」地質体(白亜紀の付加体性地質体)

・オレンジ色;「神居古潭帯」中の変成岩、白亜紀の付加体由来)


※ 文献1)の図2.2.6「イドンナップ帯および神居古潭帯の概略図」を元に、筆者が着色
(はじめに)
 第8−1章では、北海道の地質概要として、北海道の地帯区分を(文献1)に基づき、6つの「地帯」に分けること、及びその、6つの「地帯」のうち、西側の「渡島(おしま)帯」と、「礼文(れぶん)―樺戸(かばと)帯」まで説明しました。

  この第8−2章では、それに続き、続きの章で説明予定の「日高帯」と共に、いわゆる北海道中軸部の地質を構成している、「空知―エゾ帯(そらちーえぞたい)」の地質について説明します。
(1)「空知(そらち)―エゾ帯」の概要
 この「空知―エゾ帯(そらちーえぞたい)」(注1)は、 第8−1章で説明した「礼文(れぶん)―樺戸(かばと)帯」の更に東側に位置し、南北に長く伸びた「地帯」です(文献1−a)、(文献1−b)。

 地理学、地形学的には、北は宗谷岬付近から、南は襟裳岬付近までの、北海道の中央部に南北に延びる地形的な高み(北見山地ー中央高地ー夕張山地、日高山脈)を、北海道の「中軸部」とも呼びますが、この「空知ーエゾ帯」は、次に述べる予定の「日高帯」と共に、北海道中軸部の地質を構成している、重要な「地帯」です。
 

 さて後述のとおり、この「空知―エゾ帯」という「地帯」は、かなり複雑な構造を持った「地帯」です。
 そこでこの第8−2章では、多少細かくはなりますが、「空知―エゾ帯」の各構成要素を、4つに分け、それぞれを順に説明します。
 

 「空知―エゾ帯」の分布域は、日高山脈の西部山麓部―夕張山地―旭川、富良野盆地の西側の山地部―北見山地―宗谷岬を含む道北まで、比較的広い幅を持ちつつ、南北に長く分布しています。その西側の「地帯」は、前章で述べた「礼文ー樺戸帯」です。その東側の「地帯」は、共に北海道中軸部を構成している「日高帯」です。

 「空知―エゾ帯」の実態は、その地質の成因や地質学的な特徴が異なる、4つの構成要素(ここでは、(文献1)内で使用されている用語に基づき、その構成要素のことを、「亜帯(あたい)」と称することにします)を、便宜上まとめた感じの「地帯」です。

 具体的には、広義の「空知―エゾ帯」は、以下4つの「亜帯」を含みます。

  a)空知(そらち)層群
  b)蝦夷(えぞ)層群(注1)
  c)神居古潭(かむいこたん)帯
  d)イドンナップ帯

なお、c)「神居古潭帯」、d)「イドンナップ帯」は、「亜帯」ではなく、独立した「地帯」とし、それらを除いた領域を(狭義の)「空知―エゾ帯」とする学説もあり、成書、文献によってまちまちです。

 ここでは(文献1)に基づき、それらをまとめたものが「空知―エゾ帯」である、ということにします。

 以下、(2)〜(5)の各節で、それぞれの「亜帯」の地質学的な説明をします。


注1) 「地帯」としての名称では「空知―エゾ帯」と、“えぞ”をカタカナ表記にすることに
    なっているようです(研究者(君波氏)による命名(1983);文献1)。
     一方で、「空知―エゾ帯」に含まれる「亜帯」としての「蝦夷層群」は、
     “えぞ” を、漢字表記にするようです
       (研究者(松本氏)による命名(1951);文献1)。

    この第8部では、上記の表記方法を採用します。
(2)空知(そらち)層群 (文献1―c)
 空知層群(そらちそうぐん)とは、「空知―エゾ帯」のうち、玄武岩質緑色岩類とチャートを主要な構成要素とする地質群に付けられた名称です。

 その分布域は断片的であり、日高山脈の西側にあたる「日高・浦川地域」、富良野盆地の西側、夕張山地の東部にあたる「富良野・芦別岳(あしべつだけ)地域」、旭川(上川盆地)の北西方向の山地部にあたる「幌加内(ほろかない)地域」、道北の北見山地にあたる「天塩中川地域」に、いずれも南北方向に細長く分布(地表に露出)しています。
 このうち、芦別岳付近は、分布域は狭いものの、空知層群の模式地とされ、比較的詳しく研究されているようです。

 また、「空知―エゾ帯」の中での地質的な位置づけとしては、次節で説明する「蝦夷層群(えぞそうぐん)」の構造的下位にあたる、と考えられています。

 空知層群を構成する地質は、(文献1−c)によると、上記の分布域ごとに、かなり多彩です。
 玄武岩質溶岩、火砕岩類、(玄武岩由来と考えられる)緑色岩類、チャートが主要構成要素(地質)で、それ以外に、各種堆積岩類(泥岩、頁岩、珪質泥岩、砂岩、礫岩)や凝灰岩も、地域によっては認められています。

 また空知層群を構成している地質の形成年代を示すデータとしては、いずれも放散虫化石による化石年代ですが、チャートからはジュラ紀後期、珪質泥岩からは白亜紀前期、泥岩類からは白亜紀前期という化石年代が測定されています。


 「空知層群」の詳しい地質学的な研究は、かなり行われているものの、結局のところ
「空知層群」とはどういう地質学的意味をもつ地質体なのか?については、(文献1―c)では、明確に書いてなく、現時点では正体は不明、と言わざるを得ません。

 あくまで私見ですが、チャートと、(海洋プレート上層部起源と思われる)玄武岩質火山岩類を主要構成要素とすることから、「空知層群」とは、海洋プレート起源の地質が多めの、付加体の一種ではないか、と思われます。
 付加体として考えると、その付加時期は、泥質岩の放散虫年代から見て、白亜紀前期と思われます。
 
 なお、「空知―エゾ帯」の中には、「空知層群」とは別の「亜帯」として、「イドンナップ帯」があり、(4)節で詳しく説明しますが、「イドンナップ帯」は、(文献1−f)内で明確に「白亜紀の付加体である」と記載されています。
 「空知層群」と「イドンナップ帯」がどちらも白亜紀の付加体であるとして、両者の関係は不明です。
(3)蝦夷(えぞ)層群 (文献1−d)
 「蝦夷層群(えぞそうぐん)」とは、「空知―エゾ帯」のうち、白亜紀〜古第三紀初頭にかけての、非付加体型の海洋性堆積層に対して付けられた名称です。「蝦夷累層(えぞるいそう)群」とも呼ばれます。
 その全層厚は、分布域にもよりますが、(文献1−d)の図によると、8000m以上に達します。
 
 「蝦夷層群」の分布域は、「空知―エゾ帯」の中でも比較的広範囲に分布(地表に露出)しています。
 (文献1−d)ではその分布域を大きく以下の4ブロックに分けています。
 具体的には北側から順に、道北の「宗谷(そうや)―音威子府(おといねっぷ)地域」、道央部の「羽幌(はぼろ)―士別(しべつ)地域」、「芦別(あしべつ)―夕張(ゆうばり)―穂別(ほべつ)地域」、道央〜日高山脈西方にかけての「富良野(ふらの)―新冠(にいかっぷ)―浦河(うらかわ)地域」です。
  
 なお「蝦夷層群」は、「空知層群」とは、分布域が入り混じっているところも多くなっています。

 この「蝦夷層群」は、白亜紀前期のアプチアン期(125Ma―113Ma)から白亜紀最末期のマーストリヒチアン期(72―66Ma)にかけ、さらに一部は古第三紀初頭の
暁新世(66―56Ma)にかけ存在した、「前弧海盆(ぜんこかいぼん)」(注2)に堆積した堆積層です。

 海盆堆積層ですが、アンモナイトなどの浅海性化石や、陸上に住んでいたと思われる恐竜化石を産出することなどから考え、蝦夷層群が堆積した長い時代の間には、深海性の時代と、浅海性の時代とがあったと思われます(この段落は、私見です)。

 また、「蝦夷層群」と類似した地質は、サハリン(樺太)の中南部にも確認されており、この前弧海盆は、数百kmに及ぶ長い海盆だったと思われます。

 「蝦夷層群」の地質は、泥岩、砂岩が主体で、一部に礫岩、凝灰岩層を含みます。その後の時代に生じた、日高山脈の隆起に関連したと思われる褶曲構造が、特に日高山脈の西側領域では発達していますが、元々はいわゆる正常堆積層です。

 「蝦夷層群」は、白亜紀の大型化石(アンモナイト化石、恐竜化石など)や微化石を豊富に含んでいることも特徴であり(文献1−d)、北陸地方の手取層群(主に湖沼堆積層)と並び、日本国内での中生代化石の宝庫とも言えます。

 なお三笠市の博物館では、蝦夷層群から発掘された、国内屈指のアンモナイト化石コレクションや、恐竜化石を見ることができます。(文献2)。
 

 注2)「前弧海盆(ぜんこかいぼん)」とは、海洋プレート沈み込み帯(島弧―海溝系)
    において、海溝と島弧との間にある、(一般的には)深海性の、
    凹地を意味します(文献3)。


  ※ ”Ma”は、百万年前を意味する単位
(4)神居古潭(かむいこたん)帯 (文献1−e)
 「神居古潭帯(かむいこたんたい)」とは、「空知―エゾ帯」のうち、高圧型変成岩と蛇紋岩を主とした地質体に対して付けられた名称です。
 文献、成書によっては、「空知―エゾ帯」と同格の、独立した「地帯」として扱われています。

 なお、神居古潭(かむいこたん)という名称は、アイヌ語で「神の住む場所」を意味し(文献4)、上川盆地(旭川付近)から西へと流れ下る石狩川が、途中の山地を抜ける場所にできた深い峡谷(神居古潭峡)が、「神居古潭帯」という名の由来だと思われます。

 「神居古潭帯」に属する地質体の分布域は、「空知―エゾ帯」の中で南北に細長く、かつ、断続的に分布しています。
 その北方延長としてはサハリン(樺太)南部、南方延長としては、日高沖の海底へと続いている、と推定されています。
 そのうち、日高山脈の西側山麓部と、美瑛(びえい)―神居古潭峡―幌加内(ほろかない)付近、に比較的まとまった分布域があります(注3)。

 この「神居古潭帯」に属する地質体は、非常に多様な構成を持っています。
 具体的には、高圧型変成岩である結晶片岩類や角閃岩、および(マントル由来の)蛇紋岩のほか、低圧型変成岩、(変成)チャート、石灰岩、玄武岩質の緑色岩類(苦鉄質岩類)、弱変成の堆積岩(泥質岩、砂質岩)、を含んでいます。

 変成岩の原岩は、海洋プレート上部起源のチャート、石灰岩、玄武岩質の緑色岩類、および陸源性の堆積岩(砂岩、泥岩)が認められることから、元々は、付加体型の地質体と推定されています。
 白亜紀に存在した北海道西部の海洋プレート沈み込み帯で形成された付加体の一部が、地下深くまで押し込まれて変成作用を受け、その後、何らかのメカニズムで、上部マントル由来の蛇紋岩とともに上昇して(蛇紋岩メランジュ)、現在、地表に現れているもの、と考えられています。

 そういう点では、西南日本外帯に分布する高圧型変成帯である「三波川帯」(注4)と類似している、とも言え、実際に「三波川帯」と「神居古潭帯」との比較研究も多いようです。

 また、次の第(4)節で説明する「イドンナップ帯」は、白亜紀の付加体性地質(非変成〜弱変成)であり、「イドンナップ帯」が付加体の浅い部分、「神居古潭帯」が同じ付加体の深部、に対応すると考えられています。

 「神居古潭帯」を構成している(高圧型)変成岩の変成時期は、場所、岩体によって測定値に大きく違い、135Ma(白亜紀最前期)〜46Ma(古第三紀 始新世)という、約1億年という幅広い年代を示します。
 これは、白亜紀から古第三紀初頭にかけ、西のアジア大陸プレート側へ、東の海洋プレートが沈み込む、「島弧(陸弧)―海溝系」が形成されていた証拠の一つ、と考えられています。
     

注3)夕張岳とその周辺には、蛇紋岩をメインとする地質体がありますが、この地質体は、
  「神居古潭帯」に属するという学説と、「日高帯」の一部とする学説があります。
   (文献1)の中でも扱いが微妙であり、帰属は定まっていないようです。

注4)「三波川帯」の高圧型変成岩(三波川結晶片岩類)は、主にジュラ紀の付加体を
   原岩とし、白亜紀に沈み込み帯深部で変成作用を受けたと考えられている、
   日本における、代表的な高圧型変成岩帯です。


 ※ ”Ma”は、百万年前を意味する単位
(5) イドンナップ帯(文献1―f)
「イドンナップ帯」とは、主に、日高山脈の西側中腹に細長く分布する、白亜紀の付加体性地質の分布域に対して名付けられた名称です。

 「イドンナップ」という名称は、日高山脈の西側の支尾根上に、イドンナップ岳(標高:1752m)いう山があるので、そこから取られた名称だと思われます(この段落は私見です)。 


 「イドンナップ帯」とは元々、日高山脈の西側中腹部の、付加体性地質の分布する地域として命名された「地帯」名ですが、その後、「イドンナップ帯」の位置づけについて、いくつかの学説が出され、明確になっていないようです。

 (文献1―f)では、その北方の道北地域にも「イドンナップ帯」の延長部があるという学説や、「イドンナップ帯」を、隣接する「日高帯」の「亜帯」とする学説も紹介されています。
これには「イドンナップ帯」をどう定義するか? また隣接する「日高帯」をどう定義するか?という問題も関係し、諸説あるようです。

 (文献1−f)では、「・・便宜的に、泥質岩の化石年代が白亜紀であり、緑色岩がチャートを密接に伴って産出する地域を、イドンナップ帯の北方延長とし、古第三紀の泥質岩や現地性緑色岩の分布が知られている日高帯と区別する。」と、説明がなされています。

 以下、説明の都合上、日高山脈の西側中腹部の部分を、「“狭義の“イドンナップ帯」、道北地方の地質体も含めた場合を「“広義の”イドンナップ帯」と書き分けます。
  
 狭義の「イドンナップ帯」の分布域は、日高山脈の西側の山腹部に、南北に細長く分布しています。幅は約10kmです。

 広義の「イドンナップ帯」の分布域は、狭義の「イドンナップ帯」に加え、上川盆地南部の「占冠(しむかっぷ)―金山地域」、道北の「北見江刺(きたみえさし)地域」に分布する地質体を含みます。

 広義の「イドンナップ帯」を構成している地質は、地域によってまちまちですが、緑色岩(玄武岩質)、チャート、石灰岩、泥岩、砂岩、砂泥互層、礫岩です。

 白亜紀には、北海道の西半分は、東側の海洋プレートが西側の大陸プレートの下に沈み込む、沈み込み帯だったと考えられており、「イドンナップ帯」の白亜紀付加体型地質は、その際に形成されたと考えられています。

 前の(4)節で述べた「神居古潭帯」は、「イドンナップ帯」と同じ時期に形成された付加体型地質のうち、地下深部で変成作用を受けたものと考えられており、西南日本外帯における「秩父帯」(ジュラ紀付加体)と、「三波川帯」(主にジュラ紀の付加体が、地下深部で変成作用を受けた地帯)との関係に類似しています。
(参考文献)
文献1)日本地質学会 編
「日本地方地質誌 第1巻 北海道地方」 朝倉書店 刊 (2010)

  文献1−a)
   文献1)のうち、第1部「北海道概説」、
    1−3章「北海道の地質概要と地域区分」の項、
    及び 図1.3.1 「北海道の地域区分」 

  文献1−b)
    文献1)のうち、第2部「中生代〜古第三紀収束域の地質体」、
       2−1章 「概説」の項、
       および 図2.1.1 「北海道における基盤岩類の分布と地帯区分」
        
  文献1−c)
    文献1)のうち、第2部「中生代〜古第三紀収束域の地質体」、
      2−2−3節 「空知―エゾ帯の付加体」
       b項 「空知層群」の項

  文献1−d)
    文献1)のうち、第2部「中生代〜古第三紀収束域の地質体」、
      2−3−2節 「空知―エゾ帯の蝦夷層群」の項   

  文献1−e)
    文献1)のうち、第2部「中生代〜古第三紀収束域の地質体」、
      2−2−3節−(d)項 「神居古潭帯」の項

   文献1−f)
    文献1)のうち、第2部「中生代〜古第三紀収束域の地質体」、
      2−2−3節―(c)項  「イドンナップ帯」の項


文献2) 三笠市率博物館 ホームページ

 https://www.city.mikasa.hokkaido.jp/museum/detail/00001351.html

                       2021年7月 閲覧

文献3) 米倉、貝塚、野上、鎮西 編
  「日本の地形 第1巻 総説」 東京大学出版会 刊 (2001)
   のうち、1−1章「日本列島とその周辺の大地形」、
    (3)節 「島弧―海溝系の大地形」の項

文献4)ウイキペディア 「神居古潭」の項
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E5%B1%85%E5%8F%A4%E6%BD%AD

                       2021年7月 閲覧
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