三国街道 (中山〜猿ヶ京)
- GPS
- --:--
- 距離
- 19.4km
- 登り
- 518m
- 下り
- 480m
コースタイム
- 山行
- 5:20
- 休憩
- 2:42
- 合計
- 8:02
天候 | 晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2017年11月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
バス
|
コース状況/ 危険箇所等 |
車道 赤根トンネルは、利根川と赤谷川の合点である名胡桃城付近にでて、そのまま行けば新幹線の上毛高原に至る。 それでは、三国峠に対しては距離損が甚だしい。ということで、トンネル脇からそれて、金比羅峠を行く。金比羅峠からは中々道探しが厳しいが、狙い通り塚原宿跡の農村にでた。ここが今日の山場だった。 |
その他周辺情報 | 赤谷湖畔 味平 美味いし安い! 肉3種からなる味平定食1100円は安いと思う。 なぜかメジャーな人の色紙が多くて驚く。スキージャンプの練習となると、苗場への道であることゆえだろうと思う。 猿ヶ京関所跡 猿ヶ京ホテルが永らく保持管理してきたという。今は、新みなかみ町発足とともに、猿ヶ京関所跡や名胡桃城のガイドを町のボランティアでなさっているという。昨年は真田丸の影響で名胡桃城のボランティアが大変だったらしい。 湖城閣 日帰り入浴をやっている。ここは、半島型の崖の舳先にあり、陸側に堀をつけている。内堀はある意味現役の状態。 猿ヶ京にあった城跡であり、一国一城令で廃城となったようだ。 その崖の舳先は、露天風呂になっており、夜中は使用不可となっている。 実際、怖いと思う。 そういう状況ゆえ、男女別の露天風呂とすることが困難のようで、混浴となっており、夜に女性専用となるようになる。 猿ヶ京は謙信公行軍祭りがある地であり、関東遠征のたび、ここを拠点にしていたようだ。その証としてか、宿には甲冑と上杉家の幟がロビーにある。 |
写真
感想
金毘羅峠から昔道で赤谷川南岸の塚原宿に降りてくるのが肝である。
金毘羅峠から先、薮というほどではないが、結構厳しい道跡がある。
林道から薮道に入ってやや不安があったものの、大正12年月夜野町という碑があり、塚原新治村と中山村とあって、更にリボンがちょこちょこあって、国土地理院地図通りにいくことができた。
赤谷川へ降りると、太助饅頭ドライブインが橋を渡って右にある。塩原太助はここが出身地だったため、太助饅頭もここにある。
商売繁盛の像に、澁澤栄一揮毫の碑もあった。
ここまでくれば、苗場、かぐらスキー場やら苗場山なら、勝手知ったる地である。ここからは急ぐ理由がないので待ったりと。
明治になって新道ができて廃れていた須川宿は今、たくみの里となって久しい。ここだけ観光地然としていたし、そこそこ観光客もいた。
今の私には用がない。集落の人と15分くらい話して後にした。
そこから、相俣ダムがことの他近かった。堤に乗り、赤谷湖にでる。近い。本日の宿が対岸に見える。猿ヶ京温泉やら、谷川主脈やら、その手前やらがみえる。
明日の三国峠はなんとかなるのかならないのか?
どうにかなるかなあと感じている。
相俣の赤谷湖畔の焼肉店は 人気のようだ。
定食がリーズナブル。流しモードなので生ビールも。
ここからは、ただの散策だ。
猿ヶ京関所で案内のおっちゃんと小一時間。
で、城跡である湖城閣にて宿泊。
日帰り入浴もあるようなので、時間と時期を調べてスキー帰りの利用を考えてもいいかもと感じた。
半島先端の崖のそばの露天風呂は最高だ。
猿ヶ京は群馬では珍しく謙信公行列があるところ。
聞けば、今も魚沼あたりの人との婚姻が多かったり、苗場などの方に仕事してたり、宿の方が平標の小屋の方の従兄弟だとか…。
なるほどなあと感じる次第である。
コメント
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田中律子マドンナの時かぁ〜懐かしい〜
宿に送迎してもらった時や〜
そうなんですね。
見てはいませんがさすがに無理と言うはなあと感じました。
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