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ヤマレコ

記録ID: 1440609 全員に公開 ハイキング近畿

安満山・阿武山ー高槻市の古墳・遺跡巡り

日程 2018年04月28日(土) [日帰り]
メンバー
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コースタイム [注]

9:00高槻駅西口レンタサイクル出発ー9:07安満遺跡9:10--9:16金龍寺跡看板ー9:18安満宮山古墳道標(墓地入り口)−9:25安満山A1号墳ー9:27安満宮山古墳9:32ー9:55今城塚古代歴史館で午後の後援会の確認ー10:22阿武山古墳入り口(京都大学地震観測所)ー10:41阿武山古墳10:53--(途中、岡本山や闘鶏山古墳などを探す)−11:30今城塚歴史館で整理券ゲット12:03-12:25太田茶臼山古墳ー12:43史跡嶋上郡衙跡ー12:51郡家今城遺跡ー13:05今城塚古代歴史館講演受付ー展示見学ー13:30講演会「弥生丹後王国の盛衰」15:00--15:35高槻駅チャリ返却
過去天気図(気象庁) 2018年04月の天気図 [pdf]

写真

高槻駅から安満遺跡に向かうー広大な面積を防災公園を兼ねて造成整備しているらしい
2018年04月28日 09:07撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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高槻駅から安満遺跡に向かうー広大な面積を防災公園を兼ねて造成整備しているらしい
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高槻市はこの遺跡公園周辺を防災避難地に指定している
2018年04月28日 09:09撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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高槻市はこの遺跡公園周辺を防災避難地に指定している
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東西1.2辧南北0.6劼旅大な遺跡は桧尾川扇状地に広がる弥生時代環濠集落で、鎌倉時代まで継続使用された
2018年04月28日 09:09撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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東西1.2辧南北0.6劼旅大な遺跡は桧尾川扇状地に広がる弥生時代環濠集落で、鎌倉時代まで継続使用された
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昭和3年、京大農場造成の際に発見され、その後も何度も発掘調査が行われ、最終的に京大農場が移転、史跡公園として整備される
2018年04月28日 09:09撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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昭和3年、京大農場造成の際に発見され、その後も何度も発掘調査が行われ、最終的に京大農場が移転、史跡公園として整備される
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石器や土器、装飾品や木棺など大量の出土品が出ているようだ
2018年04月28日 09:09撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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石器や土器、装飾品や木棺など大量の出土品が出ているようだ
広大な土地を造成中で地元の人は樹木など元の風景を少しは残してほしいと心配顔だった。
2018年04月28日 09:10撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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広大な土地を造成中で地元の人は樹木など元の風景を少しは残してほしいと心配顔だった。
安満遺跡から安満宮山古墳に行く途中、上り入り口で古代寺院の解説板がある
2018年04月28日 09:16撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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安満遺跡から安満宮山古墳に行く途中、上り入り口で古代寺院の解説板がある
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奈良時代末期に創建された金龍寺は昭和初期のハイカーの火の不始末で残念ながら消失したという。これまでも何度も火災にあっていて、今日では礎石と石垣しか残っていないようだ。
2018年04月28日 09:16撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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奈良時代末期に創建された金龍寺は昭和初期のハイカーの火の不始末で残念ながら消失したという。これまでも何度も火災にあっていて、今日では礎石と石垣しか残っていないようだ。
ここから古墳のある山登り
2018年04月28日 09:16撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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ここから古墳のある山登り
墓地入り口の解説板ー大半は6−7世紀の群集墳主体らしい
2018年04月28日 09:18撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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墓地入り口の解説板ー大半は6−7世紀の群集墳主体らしい
昭和44年、墓地建設に先立って発見され、調査の末一部は保存されたようだ
2018年04月28日 09:18撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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昭和44年、墓地建設に先立って発見され、調査の末一部は保存されたようだ
坂の途中から高槻市街
2018年04月28日 09:19撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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坂の途中から高槻市街
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安満遺跡も見下ろせた―おそらく弥生以来、首長を支える集落が維持されたのだろう
2018年04月28日 09:20撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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安満遺跡も見下ろせた―おそらく弥生以来、首長を支える集落が維持されたのだろう
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安満宮山古墳に向かう途中のA1号墳―南斜面に50基の小古墳、主として後期の群集墳だが、中には4世紀の前期古墳もあるという
2018年04月28日 09:25撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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安満宮山古墳に向かう途中のA1号墳―南斜面に50基の小古墳、主として後期の群集墳だが、中には4世紀の前期古墳もあるという
跡から調べると裏側に石室入り口があったらしい―残念見逃したー
2018年04月28日 09:25撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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跡から調べると裏側に石室入り口があったらしい―残念見逃したー
安満宮山までもう一息
2018年04月28日 09:26撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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安満宮山までもう一息
青龍三年鏡などが出た安満宮山
2018年04月28日 09:27撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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青龍三年鏡などが出た安満宮山
この古墳は他の群集墳と異なり、260年代と最初期の古墳で、木棺の中に鏡などの副葬品が残されていたらしい
2018年04月28日 09:27撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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この古墳は他の群集墳と異なり、260年代と最初期の古墳で、木棺の中に鏡などの副葬品が残されていたらしい
墳長には主体部の復元を見学できる展示があった
2018年04月28日 09:30撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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墳長には主体部の復元を見学できる展示があった
刀や鏡などの副葬品の位置が描かれている
2018年04月28日 09:30撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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刀や鏡などの副葬品の位置が描かれている
ハニワ工場にもあった漫画もある
2018年04月28日 09:31撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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ハニワ工場にもあった漫画もある
魏志倭人伝に出てくる卑弥呼らの朝貢物語
2018年04月28日 09:31撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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魏志倭人伝に出てくる卑弥呼らの朝貢物語
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行動食補給
2018年04月28日 09:31撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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行動食補給
古墳の掃除をする方と話をする
2018年04月28日 09:32撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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古墳の掃除をする方と話をする
墳丘から高槻市を見る
2018年04月28日 09:32撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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墳丘から高槻市を見る
1
入り口に戻る
2018年04月28日 09:39撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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入り口に戻る
芥川を渡ると鯉のぼり
2018年04月28日 10:00撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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芥川を渡ると鯉のぼり
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大阪薬科大学を過ぎ、阿武山古墳への道にたどり着く
2018年04月28日 10:24撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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大阪薬科大学を過ぎ、阿武山古墳への道にたどり着く
ハイカーや散策する住民らが歩いている―展望台で水分補給
2018年04月28日 10:30撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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ハイカーや散策する住民らが歩いている―展望台で水分補給
古墳へはここから山道に入る
2018年04月28日 10:32撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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古墳へはここから山道に入る
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結構急な木の階段など山道さながらの道を一気に登る
2018年04月28日 10:33撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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結構急な木の階段など山道さながらの道を一気に登る
登りきると阿武山(280m)
から続く稜線の尾根道に出る
2018年04月28日 10:39撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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登りきると阿武山(280m)
から続く稜線の尾根道に出る
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右に上ると600mで阿武山へ、左の道を進むと古墳へ
2018年04月28日 10:39撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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右に上ると600mで阿武山へ、左の道を進むと古墳へ
古墳に到着―標高200m強(地図では214m)
2018年04月28日 10:41撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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古墳に到着―標高200m強(地図では214m)
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この古墳からは漆を塗った布を重ね合わせた夾紵棺(きょうちょかん)の中に金の刺しゅうを施した衣服の中に人骨が残されていた。7世紀の貴人に許された金糸で刺繍した冠帽と玉枕があり、肋骨の骨折の後もあって、中臣鎌足(669年没)の墓という説が有力だが、周囲から出土した土器が7世紀前半のものであり、なぞとなっているそうだ
2018年04月28日 10:42撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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この古墳からは漆を塗った布を重ね合わせた夾紵棺(きょうちょかん)の中に金の刺しゅうを施した衣服の中に人骨が残されていた。7世紀の貴人に許された金糸で刺繍した冠帽と玉枕があり、肋骨の骨折の後もあって、中臣鎌足(669年没)の墓という説が有力だが、周囲から出土した土器が7世紀前半のものであり、なぞとなっているそうだ
飛鳥時代の貴重な遺跡として永久保存されている
2018年04月28日 10:42撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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飛鳥時代の貴重な遺跡として永久保存されている
主体部の前で昼食をとる
2018年04月28日 10:43撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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主体部の前で昼食をとる
日差しは強く、ツツジの花がまぶしい
2018年04月28日 10:54撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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日差しは強く、ツツジの花がまぶしい
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登山口に戻る
2018年04月28日 11:00撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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高槻の街を一望
2018年04月28日 11:02撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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高槻の街を一望
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高槻の北側の丘陵は長岡京南側の丘陵のすそか?
2018年04月28日 11:02撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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高槻の北側の丘陵は長岡京南側の丘陵のすそか?
京大地震観測所の入り口
2018年04月28日 11:04撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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京大地震観測所の入り口
この電動チャリで走る
2018年04月28日 11:04撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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この電動チャリで走る
今城塚歴史館で整理券を受け取り、再び遺跡巡りー元来宮内庁が継体大王の墓としている太田茶臼山古墳
2018年04月28日 12:24撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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今城塚歴史館で整理券を受け取り、再び遺跡巡りー元来宮内庁が継体大王の墓としている太田茶臼山古墳
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入り口から撮影
2018年04月28日 12:25撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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入り口から撮影
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確かに巨大な古墳で立派だが、今では今城塚が継体の墓と多くの考古学者は信じている
2018年04月28日 12:27撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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確かに巨大な古墳で立派だが、今では今城塚が継体の墓と多くの考古学者は信じている
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継体倍塚もある
2018年04月28日 12:35撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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継体倍塚もある
奈良平安時代の郡役所「史跡嶋上遺跡」
2018年04月28日 12:43撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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奈良平安時代の郡役所「史跡嶋上遺跡」
向こうに見える小学校の南側に大型建物の位置を示す表示があるそうだ―行ってみればよかったがー
2018年04月28日 12:43撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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向こうに見える小学校の南側に大型建物の位置を示す表示があるそうだ―行ってみればよかったがー
12時45分、講演会受付の時間が迫っていたので、次の三島高校付近にある郡家今城遺跡に向かう
2018年04月28日 12:46撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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12時45分、講演会受付の時間が迫っていたので、次の三島高校付近にある郡家今城遺跡に向かう
府立三島高校の周辺から出土した今城遺跡――一番下からは旧石器時代の石器が出てきている―サヌカイトの石はおそらく二上山からもたらされたのだろう
2018年04月28日 12:51撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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府立三島高校の周辺から出土した今城遺跡――一番下からは旧石器時代の石器が出てきている―サヌカイトの石はおそらく二上山からもたらされたのだろう
この辺りには奈良平安時代の集落跡も多く出ている――役所の関係者の住宅地だったろう
2018年04月28日 12:51撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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この辺りには奈良平安時代の集落跡も多く出ている――役所の関係者の住宅地だったろう
この辺りが古代寺院(郡寺)跡か?
2018年04月28日 12:56撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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この辺りが古代寺院(郡寺)跡か?
安満宮山古墳出土の青龍3年鏡と三角縁神獣鏡
2018年04月28日 13:16撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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安満宮山古墳出土の青龍3年鏡と三角縁神獣鏡
淀川沿岸を見下ろす古墳に眠る王は河川交通や後の山陽道などの交通の要衝を収める王だった
2018年04月28日 13:16撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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淀川沿岸を見下ろす古墳に眠る王は河川交通や後の山陽道などの交通の要衝を収める王だった
左の三角縁は中国では見られない大型で日本で製作したか特注品とされる」
2018年04月28日 13:16撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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左の三角縁は中国では見られない大型で日本で製作したか特注品とされる」
岡本山など芥川流域の王墓―残念ながらこれらは今回探したが場所がわからず
2018年04月28日 13:16撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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岡本山など芥川流域の王墓―残念ながらこれらは今回探したが場所がわからず
弁天山古墳の副葬品―鏡・管玉・石釧など
2018年04月28日 13:17撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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弁天山古墳の副葬品―鏡・管玉・石釧など
木棺の変遷
2018年04月28日 13:17撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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木棺の変遷
貝腕輪と石製品の分布
2018年04月28日 13:17撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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貝腕輪と石製品の分布
弁天山などの鉄器の副葬品
2018年04月28日 13:17撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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弁天山などの鉄器の副葬品
弁天山の発掘調査
2018年04月28日 13:17撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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弁天山の発掘調査
石棺の変遷
2018年04月28日 13:17撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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石棺の変遷
王墓の系譜
2018年04月28日 13:17撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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王墓の系譜
土師器の出現―土器の画一化
2018年04月28日 13:17撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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土師器の出現―土器の画一化
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庄内式土器
2018年04月28日 13:17撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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庄内式土器
埴輪の登場―特殊器台から埴輪へ
2018年04月28日 13:18撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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埴輪の登場―特殊器台から埴輪へ
埴輪工房の地層
2018年04月28日 13:18撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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埴輪工房の地層
前回見学した埴輪工房の展示
2018年04月28日 13:18撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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前回見学した埴輪工房の展示
埴輪工房(新池遺跡)から出土した土師器と須恵器ー取っ手付きの土器は朝鮮式か?
2018年04月28日 13:18撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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埴輪工房(新池遺跡)から出土した土師器と須恵器ー取っ手付きの土器は朝鮮式か?
太田茶臼山の埴輪
2018年04月28日 13:19撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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太田茶臼山の埴輪
今城塚の設計
2018年04月28日 13:19撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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今城塚の設計
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今城塚の発掘
2018年04月28日 13:20撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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今城塚の発掘
内堀と外堀の発掘
2018年04月28日 13:20撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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内堀と外堀の発掘
前方部や内堤の発掘
2018年04月28日 13:20撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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前方部や内堤の発掘
今城塚の円筒埴輪
2018年04月28日 13:20撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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今城塚の円筒埴輪
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継体大王の生涯
2018年04月28日 13:21撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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継体大王の生涯
副葬品の甲冑
2018年04月28日 13:21撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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副葬品の甲冑
馬具や装身具など
2018年04月28日 13:22撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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馬具や装身具など
墳丘テラスなどから須恵器などの土器−6世紀前半のもの―軽対応の時代と合う
2018年04月28日 13:22撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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墳丘テラスなどから須恵器などの土器−6世紀前半のもの―軽対応の時代と合う
阿蘇ピンク石の石棺復元
2018年04月28日 13:22撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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阿蘇ピンク石の石棺復元
復元石棺の中の埋葬状態の復元
2018年04月28日 13:22撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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復元石棺の中の埋葬状態の復元
嶋上郡衙の展示
2018年04月28日 13:22撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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嶋上郡衙の展示
三島最後の前方後円墳ー昼神車塚
2018年04月28日 13:23撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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三島最後の前方後円墳ー昼神車塚
6世紀中葉以降、三島では群集墳が各地に作られた
2018年04月28日 13:23撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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6世紀中葉以降、三島では群集墳が各地に作られた
横穴式石室は趙さん半島から伝播
2018年04月28日 13:23撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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横穴式石室は趙さん半島から伝播
貴人の墓―阿武山古墳の須恵器
2018年04月28日 13:23撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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貴人の墓―阿武山古墳の須恵器
立派な環頭太刀
2018年04月28日 13:23撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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立派な環頭太刀
阿武山古墳の調査
2018年04月28日 13:23撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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阿武山古墳の調査
金糸で刺繍した冠帽(かんぼう)
2018年04月28日 13:23撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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金糸で刺繍した冠帽(かんぼう)
律令国家と三島
2018年04月28日 13:23撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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律令国家と三島
終末期古墳
2018年04月28日 13:23撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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終末期古墳
漆で麻布を何枚も貼り固めた夾紵棺(きょうちょかん)
2018年04月28日 13:23撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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漆で麻布を何枚も貼り固めた夾紵棺(きょうちょかん)
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嶋上郡衙と古代道路
2018年04月28日 13:24撮影 by TG-620 , OLYMPUS IMAGING CORP.
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嶋上郡衙と古代道路
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感想/記録

昨年、ある博物館関連グループによる丹後の遺跡巡りの計画を作成していた時にずいぶん参考にさせていただいた当時京都府埋蔵文化財センターの研究員の肥後弘幸氏の講演があるので、「丹後王国展」を開催している高槻市の今城塚古代歴史館を訪問する。その前に高槻市の古墳や遺跡を見学しようという第二弾。一回目の3月30日には、今城塚古墳、番山古墳、新池埴輪制作工房跡=新池遺跡=ハニワ工場公園などを見学した。今回は、もう少しエリアを広げて、安満遺跡(弥生集落)、安満宮山古墳、阿武山古墳、太田茶臼山古墳などの古墳と、史跡嶋上郡衙跡、郡家今城遺跡など奈良・平安時代の役所に関連する遺跡を巡る半日旅で午後は講演を聞く予定。

 8時40分頃、高槻駅に到着、トイレを済ませて西口付近のレンタサイクル・マイケルで電動を借り、まず地下をくぐって駅の反対側から安満遺跡を目指す。ここは高槻市にある最大の弥生時代の環濠集落遺跡で東西1.5辧南北0.6劼箸いΦ霏腓塀戸遏A梓、稲作が始まったころから後期に至るまで、集落の変遷を知ることができる貴重な遺跡として、国指定史跡となった。現在遺跡公園にするための工事を行っているらしい。東海道本線と阪急京都線の間にある元京都大学農場だったということでかなりの広域にわたり、場所の見当をつけて東海道本線に沿って走ると、なにやら大規模な土地造成をしている場所が見え、散歩中の人に伺うと、あれが造成中の遺跡公園という。防災公園を兼ねているといい、あまりに大規模な土地造成をしているので、遺跡が壊れはしないかと心配になる。樹木もどんどん失われ、住民の人は残念がったり心配したりしていた。遺跡公園どうなることやらーー。中には入れないので、遠くから撮影し、遺跡の解説版を見るー赤漆塗りのかんざしなどの装身具、ガラス勾玉や多数の土器。石器が出土、とりわけコウヤマキの木棺は保存状態が良い貴重なものらしい。次の安満宮山古墳に向かう。東海道本線をくぐり、名神高速道路下をくぐって、標高30m弱の麓から、安満宮山古墳のある安満宮山の中腹にある墓地に向かう。坂の入り口には昭和に入って焼失した古代寺院跡の解説板があり、法北東二キロ地点にあるらしい。急な坂を上っていくと、安満宮山古墳の表示が墓地の入り口に出ている。その横にある解説板には、この古墳は市内で3番目に大規模な6−7世紀の群集墳で先ほどの安満遺跡周辺を含む檜尾(ひお)川流域の有力者の墓らしく、対岸には5−6世紀の紅茸古墳群があるという。墓地内に入って蛇行する坂を上ると高槻市が一望できる場所に出る。さらに5分くらい上ると安満宮山A1号墳がある。この古墳は墓地建設に先立って一部が発掘調査され、このA1号墳は上部は破壊されていたが、横穴式石室は残されており、敷き詰められた川原石の上に大量の須恵器や金環などの装飾品が副葬されていたらしい。近寄ってみたが、中へのは入り口が見当たらず、安満宮山古墳に向かう。もしかしたら反対側に石室入り口があったかもしれず――どこかの小古墳で石室に入れる場所があると聞いたがわからずじまいーー。二股に分かれる分岐点に地図があり、それに従って登っていく。結構距離のある墓地だ。最上部の平坦な道を進むとようやく目標の古墳に出た。地元の方か、市の依頼でか掃除をしている方がいるので、少し話をするとこの先に石室に入れる場所があるというがわからなかった。さて、この安満宮山古墳はこれらの古墳時代後期の群集墳とは異なり、260年ころ(古墳時代初頭)の首長墳とみられる。正面に出土した5枚の銅鏡の複製が埋め込まれた青龍三年の丘という石柱解説板があり、奥にはコウヤマキの木棺が埋められた石室内の復元がガラスケースの中に展示されている。これを上から見て撮影した。
 高槻市のHPには

「安満宮山古墳は、安満山の中腹、標高125メートルの狭い尾根上にある、一辺20メートルほどの長方形墳です。ふもとには史跡安満遺跡、その南側には淀川と大阪平野が広がっています。

発掘当時の全景
3世紀後半、邪馬台国の時代に築造されたと考えられ、中国・魏の年号「青龍三年(235)」銘鏡や三角縁神獣鏡(さんかくぶち-しんじゅうきょう)を含む青銅鏡5面、スカイブルーのガラス小玉1,600個余り、鉄刀・鉄斧などの貴重な遺物が出土しました。鏡は白銅色に輝き、鏡を包んだ麻布も残っていました。

出土した銅鏡は景初3年(239)、邪馬台国の卑弥呼女王が魏から贈られた「銅鏡百枚」の一部ともみられており、ここに葬られた人物―おそらく安満遺跡のリーダーが、当時の政権にあって重要な役割を果たしたことを物語っているのかもしれません。

古墳は築造当時の姿に復元整備され、「青龍三年の丘」として公開されています。」

とある。丘の上からは高槻市が一望ー「国見」ができる。木棺の中に青龍3(235)年青銅鏡と古いタイプの三角縁神獣鏡の両方が入っている初めてのケースだったらしい。235年といえば、卑弥呼の邪馬台国の朝貢使節が中国を訪問したのが239年(景初3年)、魏志倭人伝に出てくる銅鏡100枚の中の一つであろうか??3世紀後半の初代の首長墓?とすれば、それから7世紀まで4世紀もの間、この淀川中流域の要衝を収めてきた有力者一族の墓域とみてよいのだろうかーー。この古墳の少し上には古くから信仰されてきた安満山山頂があり、ご神体山の中腹に、こうした古墳を作って大丈夫なのだろうか?神様は怒らないのかなーーなどと疑問符がわくがーー。

 ここで軽く補給し、一気に墓地を下って次の阿武山古墳に向かう。高槻市の中心を流れる芥川を渡ると今城塚古代歴史館に立ち寄って午後の講演の整理券の発行時間などを確認し、ボランティアに阿武山古墳などの場所を確認する。地図は館内にはなかったが、バスで行けば大阪薬科大学バス停から歩くそうだ。なんとかそのバス停を通過し、大阪薬科大学の敷地を回り込めないので、右に上る急坂を上ると登りきったところで阿武山古墳入り口があった。チャリを置いて中に入ると散歩やハイカーらの姿がある。休憩所の少し先で古墳への道標があり、山道を登り始める。急な期の階段のある坂を上り、息が切れそうになると、上のやや平たんな道と合流したところに道標がある。右に行くと600mで阿武山山頂(280m)、古墳まで150mとある。とりあえず古墳を目指す。つつじがピーク過ぎくらいだがまだ見ごろ。標高210mあたりですぐに古墳に出る。この古墳は藤原鎌足の墓という説があり、国指定史跡として守られ、これ以上の発掘はできない。場所は京都大学の阿武山地震観測所の敷地内で、施設拡張工事の際に発見され、豪華な棺と副葬品などからそうした説が浮上したが、出土土器はそれより少し古い時代のもので、現状ではなぞとなっている。高槻市のHPでは

「埋葬された人物は、大化元年(645)の「大化の改新」の立役者の一人であり、藤原氏繁栄の基礎を築いた中臣(藤原)鎌足(614〜669)だといわれています。

その根拠は、『多武峯略記』(とうのみねりゃくき)などが記す、鎌足は山階(山科)に埋葬された後、安威山を経て、大和(奈良)の多武峯へ葬られたという記事にあります。

夾紵棺
また、夾紵棺(きょうちょかん:漆で固めた棺)内からは、美しい錦の残片や玉枕、金糸などの豪華な品々が発見され、金糸から復元された冠帽(かんぼう)の立派さやX線写真の解析で判明した被葬者の死亡状況などから、鎌足説が強くなってきています。

しかし、古墳から出土した土器は、七世紀の中ごろのものといわれており、鎌足の没年よりも古い時代の人物だったとも想定できます。まさに、謎につつまれた古墳です。」

とある。さて、時間が許せば標高280mの阿武山山頂に行きたいが、時間の余裕がなくなり、古墳で自作弁当を食べてすぐに下山し、チャリで今城塚に戻る。12時少し前ですでに行列ができ、整理券が配られるのを待っている。15分くらい並んでようやく整理券が配られる。講演開始は1時半、会場は1時なので、1時まで郡衙今城遺跡や史跡嶋上郡衙跡を見学に行くので、スタッフに場所を尋ねる。まだ史跡公園として整備されていないので、広大なエリアの中で郡衙の役所や古代寺院(郡寺)跡、倉庫群、郡司(長官)邸宅跡などが散在しているようだ。といっても、史跡公園のようにはなっておらず、すべてを短時間で発見するのは難しそう。またお隣の茨木市にはなるが、近くのもともと継体天皇墓といわれる「太田茶臼山古墳も見ておいたほうが良い」と勧められる。そういえば前回は時間がなく見ていない。とりあえず言われた通りまず太田茶臼山に向かう。今城塚の前の道をそのまま茨木側に向かって2匐瓩走り、古墳が見えてきたので名神高速の手前を左折すると巨大な前方後円墳が見えてきた。墳長226mで宮内庁は継体天皇(『日本書紀』では男大迹王=をほどのおおきみ=天皇称号は天武・持統朝以降)の陵墓としており、例の石の柵があって中には入れない。5世紀半ばの古墳と考えられ、継体天皇との年代が合わない。現在では前回上った今城塚古墳(墳長190m、二重の堀を含めると350mで淀川水域最大の古墳)は出土品などから古墳後期の6世紀前半と見られ、年代がぴったり合う。今城塚歴史館に発掘調査の様子とその出土品などが展示されている。中には入れないので、二か所から去る英だけして郡衙見学に移動するーー来た道を戻り、今城塚古墳を過ぎて「アオキ」の十字路を右折し、しばらく進むと「史跡嶋上郡衙跡」の看板がある。時間に余裕があればじっくり場所を探すのだが、残念ながら土地勘もないし、その余裕がない。本当は川西小学校の敷地の北西に庁舎の位置を示す表面表示があるらしいが、その入り口がよくわからず、三島高校付近にあるという旧石器時代遺跡の出た郡衙今城遺跡を探す。高校を発見し、塀伝いに進むと看板があった。2万年前の旧石器時代のキャンプ地の遺跡でサヌカイトの原石やナイフ形石器などが見つかったらしい。このあたりは8世紀中ごろから10世紀前半の役人の住居跡が出ており、古代の郡役所関係者の住まいがあった場所でもあるらしい。再び郡衙方面に戻り、郡寺跡の看板を見て今城塚に戻る。
訪問者数:142人
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