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ヤマレコ

記録ID: 1772141 全員に公開 ハイキング近畿

古墳巡り(7)天武・持統天皇陵〜高松塚古墳〜キトラ古墳

日程 2019年03月27日(水) [日帰り]
メンバー
天候晴れ
アクセス
利用交通機関
電車
近鉄橿原神宮駅スタート
近鉄壺坂山駅ゴール
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地図/標高グラフ


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コースタイム [注]

日帰り
山行
5時間5分
休憩
14分
合計
5時間19分
Sスタート地点10:4614:33高松塚古墳14:4115:38キトラ古墳15:4416:05ゴール地点G
コースタイムの見方:
歩行時間
到着時刻通過点の地名出発時刻
飛鳥の古墳巡り
考元天皇陵〜植山古墳〜五条野(見瀬)丸山古墳〜梅山古墳(現欣明天皇陵)〜吉備姫王墓(さる石)〜鬼の雪隠〜鬼のまな板〜天武・持統天皇陵〜中尾山古墳〜高松塚古墳〜天武天皇陵〜キトラ古墳

写真

近鉄橿原神宮駅の万葉集の掲示板スタート
2019年03月27日 10:46撮影 by d-01J, HUAWEI
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近鉄橿原神宮駅の万葉集の掲示板スタート
「第9代孝元天皇陵」全景
天皇の氏名と系譜だけは日本書記に記載されているが、実績の記載がないので「欠史8代の天皇」の中の一人。
2019年03月27日 10:57撮影 by d-01J, HUAWEI
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「第9代孝元天皇陵」全景
天皇の氏名と系譜だけは日本書記に記載されているが、実績の記載がないので「欠史8代の天皇」の中の一人。
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階段を登ると天皇陵の拝所がある
2019年03月27日 11:09撮影 by d-01J, HUAWEI
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階段を登ると天皇陵の拝所がある
「孝元天皇陵」拝所
2019年03月27日 11:04撮影 by d-01J, HUAWEI
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「孝元天皇陵」拝所
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すさのおのみこと神社
2019年03月27日 11:27撮影 by d-01J, HUAWEI
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すさのおのみこと神社
植山古墳案内
「古墳の被葬者を推理する」の著者の白石氏によると最初の推古天皇陵ではなかったかと興味深い推理をしている。面白い。一読の価値あり。
2019年03月27日 11:39撮影 by d-01J, HUAWEI
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植山古墳案内
「古墳の被葬者を推理する」の著者の白石氏によると最初の推古天皇陵ではなかったかと興味深い推理をしている。面白い。一読の価値あり。
植山古墳の頂上付近の柱列の再現
2019年03月27日 11:40撮影 by d-01J, HUAWEI
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植山古墳の頂上付近の柱列の再現
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墳頂部からは見晴らしが良い
2019年03月27日 11:41撮影 by d-01J, HUAWEI
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墳頂部からは見晴らしが良い
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東石室か西石室かはわからないが現在工事中か。
2019年03月27日 11:53撮影 by d-01J, HUAWEI
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東石室か西石室かはわからないが現在工事中か。
五条野(見瀬)丸山古墳の遠景
奈良盆地最大の318mの古墳であった。
2019年03月27日 12:04撮影 by d-01J, HUAWEI
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五条野(見瀬)丸山古墳の遠景
奈良盆地最大の318mの古墳であった。
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五条野(見瀬)丸山古墳入り口
2019年03月27日 12:21撮影 by d-01J, HUAWEI
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五条野(見瀬)丸山古墳入り口
「古墳の被葬者を推理する」白石氏ははこの巨大な古墳を金明天皇陵と推理している。読んでいると実に面白い。
五条野(見瀬)丸山古墳の頂上から見ると実に広いし、眺めも良い
巨大な権力の持ち主の墓であったと思われる
2019年03月27日 12:13撮影 by d-01J, HUAWEI
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「古墳の被葬者を推理する」白石氏ははこの巨大な古墳を金明天皇陵と推理している。読んでいると実に面白い。
五条野(見瀬)丸山古墳の頂上から見ると実に広いし、眺めも良い
巨大な権力の持ち主の墓であったと思われる
梅山古墳(現欽明天皇陵)入り口
2019年03月27日 12:40撮影 by d-01J, HUAWEI
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梅山古墳(現欽明天皇陵)入り口
梅山古墳(現欽明天皇陵)拝所
全長138m.前方後円墳。この古墳に猿石4体があったが江戸時代の文久図には描かれているが、その修復で吉備姫塚に移された。この絵図では周壕は水田であったが、その修復で現在のような土手、周壕に整備された。江戸時代の「天皇陵」でも鳥居などの拝所がなく、周壕もかなり大幅に整備されたようである。古代から現在のような立派な古墳ではなかったので勘違いを生じる
2019年03月27日 12:42撮影 by d-01J, HUAWEI
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梅山古墳(現欽明天皇陵)拝所
全長138m.前方後円墳。この古墳に猿石4体があったが江戸時代の文久図には描かれているが、その修復で吉備姫塚に移された。この絵図では周壕は水田であったが、その修復で現在のような土手、周壕に整備された。江戸時代の「天皇陵」でも鳥居などの拝所がなく、周壕もかなり大幅に整備されたようである。古代から現在のような立派な古墳ではなかったので勘違いを生じる
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吉備姫王墓案内(さる石の案内)背景の古墳は欽明天皇陵
2019年03月27日 12:54撮影 by d-01J, HUAWEI
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吉備姫王墓案内(さる石の案内)背景の古墳は欽明天皇陵
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吉備姫王墓のさる石(梅山古墳から江戸時代に移動された)
2019年03月27日 12:50撮影 by d-01J, HUAWEI
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吉備姫王墓のさる石(梅山古墳から江戸時代に移動された)
吉備姫王墓のさる石(梅山古墳から江戸時代に移動された)
2019年03月27日 12:50撮影 by d-01J, HUAWEI
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吉備姫王墓のさる石(梅山古墳から江戸時代に移動された)
明日香の観光名所の鬼の雪隠(次の鬼の俎板とは同じ古墳の石棺であったが、鬼の雪隠が今の場所に転げ落ちたと言われている。600年中ごろの造営)
2019年03月27日 13:08撮影 by d-01J, HUAWEI
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明日香の観光名所の鬼の雪隠(次の鬼の俎板とは同じ古墳の石棺であったが、鬼の雪隠が今の場所に転げ落ちたと言われている。600年中ごろの造営)
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鬼の俎板「石棺の底石である俎板には南北方向にクサビ跡が一本、東西に3本のクサビ跡があるが,底石を砕いて利用しようとしたが、途中で放棄したと解説されている「蘇我3代と2つの飛鳥」西川寿勝外2名著・神泉社発行に詳しい」
2019年03月27日 13:17撮影 by d-01J, HUAWEI
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鬼の俎板「石棺の底石である俎板には南北方向にクサビ跡が一本、東西に3本のクサビ跡があるが,底石を砕いて利用しようとしたが、途中で放棄したと解説されている「蘇我3代と2つの飛鳥」西川寿勝外2名著・神泉社発行に詳しい」
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天武天皇・持統天皇合葬陵
明治13年、平安時代に盗掘をうけ、そこに石室の様子を記載した藤原定家の日記が発見され、明治14年2月に天武天皇・持統天皇の合葬陵と確定
数少ない正確な天皇陵と言われている
2019年03月27日 13:35撮影 by d-01J, HUAWEI
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天武天皇・持統天皇合葬陵
明治13年、平安時代に盗掘をうけ、そこに石室の様子を記載した藤原定家の日記が発見され、明治14年2月に天武天皇・持統天皇の合葬陵と確定
数少ない正確な天皇陵と言われている
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天武天皇・持統天皇陵登り口
2019年03月27日 13:40撮影 by d-01J, HUAWEI
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天武天皇・持統天皇陵登り口
のぞかな畑の上に見える天武天皇・持統天皇陵遠景
2019年03月27日 13:43撮影 by d-01J, HUAWEI
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のぞかな畑の上に見える天武天皇・持統天皇陵遠景
中尾山古墳(天武天皇陵ではないかと考古学者が指摘)
2019年03月27日 14:17撮影 by d-01J, HUAWEI
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中尾山古墳(天武天皇陵ではないかと考古学者が指摘)
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中尾山古墳の頂上付近
2019年03月27日 14:21撮影 by d-01J, HUAWEI
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中尾山古墳の頂上付近
高松塚古墳壁画館
中に入ると考古学上最大の発見と言われた「飛鳥美人」壁画が再現されその美しさには感動させられる。切手にもなったほど。もしこの古墳が天皇陵や皇族の慕などに明治時代に指定されておれば、永久に地中に葬られ現在の私達が見ることができなかっただろう。
2019年03月27日 14:35撮影 by d-01J, HUAWEI
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高松塚古墳壁画館
中に入ると考古学上最大の発見と言われた「飛鳥美人」壁画が再現されその美しさには感動させられる。切手にもなったほど。もしこの古墳が天皇陵や皇族の慕などに明治時代に指定されておれば、永久に地中に葬られ現在の私達が見ることができなかっただろう。
高松塚古墳
(石棺からは骨の一部と歯が見つかり40代から60代の体格の良い男子であることが判明している。天武天皇の子供ではないかと言われているが、子供が多いので確定には至っていない)
2019年03月27日 14:38撮影 by d-01J, HUAWEI
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高松塚古墳
(石棺からは骨の一部と歯が見つかり40代から60代の体格の良い男子であることが判明している。天武天皇の子供ではないかと言われているが、子供が多いので確定には至っていない)
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栗原塚穴古墳(宮内庁が管理する第42代文武天皇陵と治定)文武天皇は702大宝律令令の施行など歴史で学んだがこの陵は中世は不明であったが元禄時代には高松塚古墳⇒中尾山古墳⇒現天武・持統天皇陵⇒明治14年にこの古墳と定めた。この経過を見ても、この古墳が天武天皇陵という根拠がないようだ)
2019年03月27日 14:50撮影 by d-01J, HUAWEI
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栗原塚穴古墳(宮内庁が管理する第42代文武天皇陵と治定)文武天皇は702大宝律令令の施行など歴史で学んだがこの陵は中世は不明であったが元禄時代には高松塚古墳⇒中尾山古墳⇒現天武・持統天皇陵⇒明治14年にこの古墳と定めた。この経過を見ても、この古墳が天武天皇陵という根拠がないようだ)
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キトラ古墳(7世紀末から8世紀は始め築造。13.8m.高さ3.3m.の小ぶりな円墳。)
2019年03月27日 15:42撮影 by d-01J, HUAWEI
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キトラ古墳(7世紀末から8世紀は始め築造。13.8m.高さ3.3m.の小ぶりな円墳。)
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キトラ古墳体験館に入ると石館の実物大模型がある
これだけ大きいのかと近くで見ると圧倒される
2019年03月27日 15:19撮影 by d-01J, HUAWEI
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キトラ古墳体験館に入ると石館の実物大模型がある
これだけ大きいのかと近くで見ると圧倒される
キトラ古墳体験館内では古墳の作り方などの解説もあり勉強になった。又再現された4神の壁画、副葬品などの模型が展示されている。実物は時々公開されるらしい。
2019年03月27日 15:20撮影 by d-01J, HUAWEI
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キトラ古墳体験館内では古墳の作り方などの解説もあり勉強になった。又再現された4神の壁画、副葬品などの模型が展示されている。実物は時々公開されるらしい。

感想/記録

飛鳥、明日香は飛鳥時代に最初に国が作られた地域
周辺の古墳を巡ると、60年以上昔の中学生の時に勉強した飛鳥時代、奈良時代の歴史の一端を思い出し興味深い。

天皇陵が江戸時代から明治時代にかけて迷走することを知った。
今でも宮内庁の治定に異議を唱えている考古学者が多いのには驚いた。
その中でも歴史的に数少ない正しい治定は天武・持統天皇陵であることも学んだ。

明治時代に天皇陵などの治定を受けなかった「おかげ」で高松塚古墳やキトラ古墳の石棺の内部の壁画などが、保存され、多くの国民や外国の観光客に感動を与えている。
 もし明治時代にこれらの古墳が皇族の墓であると認定されておれば、これらの歴史的な壁画などを私達は見ることが出来ず、仮に未来に公開されても朽ち果ててしまっていたかも知れない。

そう思うと、宮内庁が天皇陵などを「限定公開」しかしない「閉鎖体質」「秘密主義」「権威主義」は過去の古代人の残した古墳という遺産を歴史的視点でみれば大きな負の歴史を続けているのではないかと思えた。

「天皇の交代」という歴史に直面した私達の時代にこそ、古墳という古代人の遺産をどう将来の国民に残していくのか、見直す時期にきたのではないかとも思った。

参考にした文献
◎国宝高松古墳壁画(明日香村教育委員会)
◎蘇我3代と2つの飛鳥(西川寿勝他2名著新泉社2300円)
◎古墳の被葬者を推理する(白石太一郎著中光双書2000円)
◎皇位継承でたどる天皇陵(渡部裕明・産経新聞客員論説委員著)
◎天皇陵古墳を歩く(今尾文昭著)
訪問者数:40人
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