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ヤマレコ

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信楽道(信楽→水口宿) (31/106)


昭和28年の水害の碑がありました。


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※写真の著作権は撮影者に帰属します。利用の際は撮影者の方へご確認下さい。
撮影者 yaonyaosuke2
公開範囲 全員に公開
カメラメーカー Apple
カメラモデル iPhone 6
日付 2017年6月4日 09:15
ISO感度 32
シャッタースピード 1/399 秒
絞り f/2.2
焦点距離 4.2mm
撮影場所
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写真リスト



新宮神社よりスタート。鳥居の右横の旧道を進みます。
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狛犬が信楽焼です。道中では至るところで焼き物を見ることができます。
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ここを右へ。信楽駅周辺は長野という集落になります。
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この先で新道(明治道)と合流します。
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すぐに左へと折れます。
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農道のような道筋で民家の軒先を進みます。
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突き当りを左へ曲がって新道(明治道)と合流します。合流地点の右手に弘法さん(玉桂寺)への道標がありますが新道建設時に元々あった場所から移設されたものでしょう。
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彫りの深い道標です。天明年間のもの。同じタイプのものが勅旨付近にもあって街道を歩く旅人の目印になっていたものと思われます。
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ここはそのまま直進ですが昔は右の沢沿いを進んでいたようです。
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歩けそうな雰囲気ですが護岸工事されて明らかに痕跡がない感じだったので迂回しています。
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この先で国道と合流します。
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かつての旧道は大きく掘り下げられてしまってるように思います。
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元々の道筋はコインランドリー隙間にある水路伝いにあったと思われますが一部消滅しているので迂回が妥当です。
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その消滅した旧道はローソンの前で再び合流して国道と交差します(写真は旧道出口方向)
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その消滅した旧道は反対側から少しだけアクセスが可能です。
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水路が確認できます。途中から藪が酷くなったいたので引き返しました。
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国道と交差した先にある旧道入口。
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狸の信楽焼が並んでいます。
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弧を描くように残る旧道。この先で国道に合流します。
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勅旨付近は大戸川沿い進むメインルートと山沿いを進むサブルートがあります。ここがその分岐点です。
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ここには左、弘法大師という玉桂寺への道標があります。堤防上を歩いてきた旅人がこの道標を見て寄り道していたものと思われます。
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大戸川は暴れ川で氾濫が絶えなかったようですが江戸期には立派な堤防が築かれた折に堤防上に道筋が整備され距離短縮が実現しています。ただし川が氾濫したおりにはサブである山沿いの道(古道)も利用していたと思われます。
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ここから300mほどは歩道がないので注意しましょう。
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山が両側に迫った場所を通るので一つだったと思われます。川に水が多く見えるのは小さなダムがある影響です。
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ここは左斜めに旧道が延びていたようですが工場が建ってしまい消滅しています。
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橋を渡った先で右へと折れます。この付近は土地区画整理が行われたので道が直線状に改良されています。
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大戸川を渡ります。古い橋は昭和28年の水害で流されたのですが昭和30年に架け替えられています。
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大戸川の流れ。古い絵図でもここで渡河していたことが描かれています。
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ここを右へ。
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左手の鹿島神社は大戸川を渡る際の渡し場の役目もあったのだろうと思われます。
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昭和28年の水害の碑がありました。
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日雲神社の鳥居前で左に曲がります。右から山沿いの道と合流します。
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水口と書かれた指差し道標。指差しなので明治以降のものでしょう。本来の場所から移設されていると思われます。
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雲井駅周辺。駅には綺麗なトイレがあります。
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左側に旧道の痕跡。
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元々の旧道はここを右ですが途中で消滅しています。直進は旧紫香楽宮へと続いています。
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その分岐点にあったお地蔵様。
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旧道は田んぼの間を進みます。
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この先にある小川を渡って向こう側へ進む感じだったようです。引き返します。
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迂回して国道を進み右手から消滅していた旧道と合流します。この日は暑くても25℃で快適な道中でした。
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街道名残りの松でしょうか?
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旧道入口。すぐに国道と合流します。
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なかなか良いですね。
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信楽インター付近。
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国道には歩道がありません。約4キロ続きます。
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このお地蔵様の先で左に曲がります。小野峠入口です。
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信楽高原鉄道の踏切を渡ります。
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途中までは車が通るので注意して進みましょう。
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通行禁止の看板の先を進みます。ここは広徳寺への分岐点でもあります。
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山上庚申(こうしんさん)と書かれた道標。山上庚申とは広徳寺のことです。
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静かな空間です。
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この飯道山への登山口付近が小野峠です。
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時おり工事用の車は通るようです。
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この付近で江戸道は沢沿いに下っていたようですが消滅しているようでした。ここからは明治に整備された道筋で迂回します。
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この付近で先ほどの江戸道の痕跡を探るため反対側からアクセスしてみました。
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痕跡その1。
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痕跡その2。途中までは綺麗に残っています。
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痕跡その3。ここから上流は崩落して消滅しているようです。戻ります。
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このヘアピンの途中にあるのが飯道山登山口の一つです。
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明治道を進んできましたがここで江戸道と交差して江戸道に復帰します。左手に進みます。
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ちなみに右手方向の景色ですが旧道に見えるのは江戸道ではありません。江戸道は水路の右手を進んでいたようです。すっかり消滅しています。
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左は少しの藪を抜けると広大な空間が広がっています。道が崩落しているようにも見えます。これを登れば旧道が残っていました。
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まさしく旧道です。ただこの旧道は同じ形状のまま下から登ってきているように見えたので(我々が登ってきたすぐ左側)旧道の入口は別に存在していた可能性があります。
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旧道を進むと茶屋の跡があって井戸もありました。
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日が照るところは藪になっていましたが基本は歩きやすい状態でした。
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なかなかのものです。
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道なりに進めば問題ありません。
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この付近で左側の沢沿いへと下りるわけですが砂防ダムが出来た影響で下り口が消滅しています。
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旧道と思われる場所は平坦な地形を利用して水路が設置されたようです。
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ちなみに沢沿いへ危なくて下りられない場合はそのまま200mほど進めば再び合流することができます。こちらの道も良い風情ですが勾配を緩和するために出来た明治道と思われます。
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再び合流した場所に「しがらき、飯道山」の道標があります。この道標は移設した形跡があることから本来の場所は20m上流側にある飯道山との分岐点にあったと思われます。
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景色が開けてきました。
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出口には獣除けの柵がありました。
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牛飼集落の入り口。左手の細い道が旧道です。
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滋賀と言えば飛び出し坊やですね。
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滋賀の旧家には屋根に水と書かれたものが多いですが火事を防ぐおまじないのようなものです。
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ここを左へ。国道に合流します。
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天スタの角を左に曲がります。ここには道標が立っています。
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「山上庚申道」「日本/真鍮/祖神」「是ヨリ 三十丁」。塔身上に“三猿”の丸彫があります。江戸期の道標としては全国で最も背が高いものです。
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その隣にも小さな道標。これら2つは元々の場所から移設されています。先ほどの大きな道標は大正8年、昭和58年と移設しています。
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ここを右へ。杣街道(そま)との重複区間です。
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三本柳の集落。かつては宿場でもあり賑わっていたようです。
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飯道寺と山上庚申との分岐点。山上庚申方向が今歩いてきた信楽道となります。
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ここを右へ。杣川を渡ります。ここで杣街道と別れます。
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杣川。
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貴生川駅付近。
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山上庚申の道標はほんと多いですね。
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遠くに近江富士が見えました。
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近江鉄道と水田と。
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街道はここを真っすぐ進んで線路を渡っていましたが踏切がないので迂回します。
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迂回中・先に見える踏切で左へ。
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迂回中・ここを右へ曲がります。左からは旧道が線路方向に伸びています。
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ここを左に曲がって瀬田川を渡ります。
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この橋は昭和10年製です。
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渡り切った場所で右に曲がります。
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橋がなかった時代はこの辺りで川を渡る道と合流していたようです。
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道なりに。
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道なりに。この先は5mほど通行止めになっていたので迂回しています。
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立派な松並木です。
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水口神社を横に見て右へ。ちなみに左に進めば水口城内へと続いています。
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志加らき道、左 八幡道、右 日野 八日市道。
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水口町の道路元標がありました。
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ここを左へ。伊賀道に合流します。この角には道標があります。
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右 志からき五り道、左 い加上の七り
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少しわかりづらいですね。
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この先の止まれで東海道と合流して終了としました。
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