ヤマレコ

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白山へと続く鶴来道(金沢城下→白山比弯声辧 (14/43)


この辺りは住宅街。


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※写真の著作権は撮影者に帰属します。利用の際は撮影者の方へご確認下さい。
撮影者 yaonyaosuke2
公開範囲 全員に公開
カメラメーカー Apple
カメラモデル iPhone 6
日付 2017年9月3日 10:22
ISO感度 32
シャッタースピード 1/3300 秒
絞り f/2.2
焦点距離 4.2mm
撮影場所
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写真リスト



犀川大橋の西詰よりスタート。北国街道から分岐します。
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左に見える坂道が鶴来道で蛤坂と呼ばれています。寺町台地をゆっくり上っていきます。
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対岸の町並みは坂の町金沢らしい風景のひとつ。坂の名前の由来としては享保年間にあった大火の後に道を開いたことからで焼けて口を開くというの意味から。享保以前は妙慶寺坂と呼ばれていました。
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ひときわ目立つ料亭。地上三階地下一階の木造建築物。
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戦前と思われるコンクリート建築もちらほら残っています。
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赤い石は戸室石。加工が容易である反面、脆い石で非常に高価。藩政時代は家の前に敷かれてるだけで家の格がわかったといいます。無論、前田家に関連する施設は多用されています。
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八坂神社。金沢は京都を模した町づくりの面が多く京都にある寺の名前があちこちで見かけます。また「ひがし茶屋街」と「にし茶屋街」があるように対をなしているのも特長の一つです。
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寺が多い中を進みます。寺町です。金沢城から見て西側にあるのは福井の松平の対策。いわば防御の意味から。
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妙立寺は通称忍者寺。金沢城の菩提寺の役割があったといいます。建物は複雑なカラクリがいっぱい。
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約1時間の見学の後に歩き再開。
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枡形。
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この枡形は広くなっていて火除け地の役割がありました。
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京都を意識したベンガラが塗られた朱色の壁が点在します。
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この辺りは住宅街。
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元禄期の道標。大乗寺方面への分岐点。
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この先で新道に合流。
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ここは左前方にある旧道を進みます。
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山側環状(バイパス)に合流する手前の洋食屋でお昼にしました。
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バイパスには歩道があって安心です。左手に高尾城跡を見ながら進みます。
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旧道分岐点を右へ。
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歩道はないですが交通量は少なく歩きやすいです。
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額谷町の集落に残る道路元標。
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額東神社。この神社の金沢寄りには大正期まで茶屋があったといいます。
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旧道には道路の膨らみ(旧道の痕跡)が数多く残っています。
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ここは左奥に見える道へ進む形です。
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読み方は「しじま」
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四十万八幡神社。
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稲もだいぶ育ってきています。
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ここは左の旧道へ。
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旧道らしい狭い道。
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鶴来まで一本道が続きます。
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鶴来市街地へ。
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鶴来駅前。
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一本杉が残ります。
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鶴来本町交差点には道路元標が残ります。ここは小松方面との分岐点。
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本町交差点を過ぎると一気に古い家が目立ってきます。昔の中心地としてはこの辺りだったのでしょう。
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大きな枡形があります。ここは左方向へ。教科書では真っすぐになっていますが昭和40年代の航空写真では道が何もなく間違っているのがわかります。
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枡形の先に立派な町家。休憩施設になっています。
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菊姫などの有名な酒蔵。鶴来は中世の金劇宮 寺家、在家が発展した門前集落で剱の地名は金剱宮がいわれ。町の名前は「鶴来」→「剱」→「鶴来」と大火があると改称されています。
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山と山が次第に狭くなってきて手取川沿いに進みます。ここは取り入れ口。煉瓦作りの口がいい感じです。
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北陸鉄道の廃駅。加賀一の宮駅跡。
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鳥居前で終了としました。
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白山ひめ神社本殿。
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