今年5月に「父親が登山を卒業する日」と題して日記を書きました。
その後、数か月が経過しましたが父の老いは確実に進み、先が見えず、ため息回数も爆発的に増える毎日を過ごしています 😢
家に居るだけでは、ますます筋力が落ちてしまうので、デイサービス利用を7月末から週2回でスタート。群れることを嫌うタイプなことと、登山経験もあるので、
「筋力維持」目的でトレーニングマシンを使用してのパワーリハビリを選択。
本人も体を鍛えたいと希望を言っていたのに、通い始めても文句しかいいませんでした。挙句の果てに、あそこは新興宗教だから危ないとか意味不明なことを言い出して「行きたくない」の一点張り。しかし、そのような不満を言うのは、私に対してのみで、ケアマネさんやリハビリ施設の人に対しては、そのようなことは言わず、お迎えのバスがくればおとなしく乗車して礼儀正しくしているらしい。なので、ケアマネさんと相談して、私はしばらく父とは会わずに連絡はラインのみで様子を見ることにして半月ほどしたら、2日続けて早朝に「具合が悪いから来て」とライン。私が行くのには時間がかかるし、私が行ったところで何もできないので、救急車を呼ぶようにいうと、市から貸与されている緊急センターへ直通するボタンを押したらしく、その30分後くらいに、今度は父の近所の人から「救急車が来ているよ」と電話があった 💦
救急隊員と電話で話したら、すでに父は落ち着いており、バイタルも正常で熱もない、とのことで、病院へ搬送されても何もすることは無いことはわかっているので、家へ戻してもらうようお願いした。しかし、その翌日も再び同じ状態のようでSOSが私にきたので、さすがにその日は、実家へ出向いた。
たまたまその日は、月1回の地元の医者へ通う日で病院へ同行。この二日間の状態を話したところ「ペースメーカー入れなきゃダメよ!」と言われ。
不整脈があることはだいぶ前からわかっていて、それが原因で5月の軽い登山の時にも気を失い倒れた訳だが、当時の父はペースメーカーを入れることをためらっていたし、私も心臓が弱ってくるのは年齢的にも当たり前だし、積極的治療を受ける気持ちにならずにここまできたが、主治医の一言で父親は「ペースメーカー入れる」と言い出し、その日に救急外来で入院、その翌日に手術を受けました。
手術後は想像していた通り、せん妄症状が出ていて、あまりまともな状態ではありません。もしかすると、退院後は自宅へは戻れずに、施設へ直行になる可能性も高いかも。となると、何のためにペースメーカーを入れたのか?と思ってしまう。
父は、かつてから「無駄な延命治療は望まない」と言っていました。
無駄な延命治療と聞くと「瀕死の状態になった時の対応」と思いがちだけど、88歳という父の年齢でペースメーカーを入れることも無駄な延命治療じゃないか??と思ってしまう。
本人が入れたいと言うので、手術したけれど、もしかしたら、自宅へ帰れて今まで通りの生活ができるかもしれないけれど、今の状況ではその可能性は低いと思われ、施設に入っておむつを付けられて、ペースメーカーで支えられて生きながらえることが
果たしてなんなのか・・・と思う今日この頃です。
タイミングと言うかなんと言うか
もどかしい気持ちか伝わって来ました。
私も介護に足を踏み入れた所なので考えるきっかけになりました。
親の延命は拒否する予定ですが、それは親の意思表示ができなくなった時の話で、今回のように親御さんの意識がはっきりしてる時だと、同じ立場なら親の気持ちを尊重してペースメーカーを入れることに反対することはないなと思いました。
なるようになる、見守るしかないと言うのが、私たち介護者?なのですかね
もやもやしますね
母亡き後13年、父は一人で頑張ってきましたが、今年に入ってから目に見えて衰えました。
身体が衰えるだけで無く、認知症状も出てきて、ダブルパンチです。ウチの父は、レビー小体型認知症です。
心臓、脳と身体の主要部分2箇所がダメになっていることがわかり、どちらかの症状で逝く日も近いか…と思っていましたし、自宅で生活しながらお迎えがくれば、ピンコロを望んでいた父親の希望通りだし、などとも考えてましたが、まさかこんな展開になるとは。
もしかしたら、2日連続で胸が苦しくなったことで、死の恐怖を感じたのかもしれません。
もともと、耳が遠く、補聴器をつけていても会話が難しかったところに来て、脳機能も落ちていて、まともな会話も出来なくなっているので、父の本心を聞くことは難しいと思うので、淡々と目の前の事実を受け入れて必要な判断をするしかないと思っているところです。
以前に人工肛門にされた方が痴呆になってしまい、痴呆であるのにお店や公共施設に家族が付き添わず放置したことでトイレや手洗い場などを糞便まみれにしていまい出禁、日課にしてた自宅周りの散歩も出来なくなってしまったのを知っています。その時はよくても痴呆になれば管理が難しい状態の治療って今の長寿社会と噛み合ってないなぁと感じてしまいました。
人の意思をどうこうは出来ないですが、自分はそれをみて怖くなり、自分の意思のある間は自分は自身で管理が出来ないと困る治療はしないと決めました。
人工肛門の話しは考えさせられますね。
将来自分が痴呆になることなんて、誰にも分からないんだし。そもそも、直腸が病気になった時、人工肛門以外の選択肢ってあるのかな?そして、痴呆になった時に、人工肛門外して別な方法を選ぶ、とかできるんでしょうか?
この話しを聞いた時に、15年前位に部分入れ歯を作る時、選択肢としてインプラントはどうですか?と歯医者さんに聞いたら、インプラントは定期的に手入れする必要があるし、将来、年老いて介護を受ける立場になったとき、入れ歯の方が楽だよ、と言われ、その時は「フーン」くらいな感じで聞いてましたが、同じようなケースですよね。
インプラントにしたからと周りに迷惑を掛けてしまうことはないでしょうが、その方は人工肛門にした為に、自由にお散歩もできなくなってしまった訳ですから、なんだか考えさせられますね
ちょうど友人が大腸がんで手術しました。患部だけ切除し縫合するという方法で人工肛門にはならずに済んだようです。他にも調べると病状によっては人工肛門を一生ではなく一時的につけるというような治療方法もあるとのことですが、選択肢があるかどうかは病状や患部の大きさ、場所などによるようですね。
ただ命をつなぐ治療じゃなくて、尊厳を守る治療が今後、社会の課題でしょうか。
身内が、90近くなって心臓手術しました。
それは問題なかったのですが、入院中に動かなかったことが原因で、結果、今や歩くことどころか立つことも出来ません。半身不随と診断されていた私の例を知っていたはずなのに、本人が運動せずの廃用症候群となっていました。
手術しなかったほうが良かったのでは? とずっと考えています。こんな無駄な延命はないです。身内であり莫大な金額の負担になっています。なので私自身は、家族に延命はいらんとずっと言ってます。
コメントありがとうございます。
ペースメーカーを入れた場所の傷がくっつくのに一週間ほどだそうで、くっつけば退院になるそうです。
今回の手術が良かったのか、悪かったのかは、父が退院する時にわかるでしょう。
主治医は、父をなるべく歩かせるよう、トイレを自分で行かせるように看護師に指示しているようですが、私が見舞いとして父と一緒に居られるのは15分しか無いので、1日をどう過ごしているのかはサッパリわかりません。
父から聞く事もできませんし。
今は、入院中に痴呆症状が酷くならず、歩くことが出来る状態で退院して欲しいと思ってます。
お父さんは僕の死んだ父(イノシシ)と同年代じゃない?
昭和10年くらいまでの男なんてがんこでわがままな人多い
たぶん、心を許せる人(エリさん)にはわがままになってしまうんだと思うよ
お父さんは自分の意志でペースメーカーを付けられたんだと思うし
まだ「生きたい」という意志を持っておられるね
僕の父はほぼ10年ほど前、母は去年他界しました
父が寝たきりになる前にお医者さんから
どういう治療をされますか?と聞かれた
胃ろう(胃に穴を開けてそこからペースト状の栄養を注入する方法)をするなら介護施設の選択肢は増えるという
首の血管から栄養素(たぶん点滴みたいなもの)を入れる方法なら施設は限られるとのこと
ただ、この方法には生きるには限界がある感じでした
家族と相談して後者にした
その時は父の意志ももうなかったし
その治療の出来る介護施設も見つかったのでそこへ入ってもらった
それから数か月後に他界しました
正直、「胃ろう」は延命だと思う
お父さんのペースメーカーはまだ延命とまではいかないのかも・・
延命治療の定義は分からないけども
「本人の意志のない状態で医療機器が無いと生きられない状態」じゃないかな
父の治療の際にお医者さんと延命についてのお話をしました
そのお医者さんは「昔は自分で食料を摂取できなくなることは、死を意味していたけどね」とおっしゃられた
たしかに、人間も生き物
生き物の自然な姿は自分で食料を摂取るすること
自分としては「目からウロコ」だった
自分たち家族が決めたことについて、罪悪感を感じていたけども
その一言でずいぶん楽になった
自分も経験あるけど、大変な時期にいろいろな事柄が重複することってあるんじゃないかな
だれでもそういう時期はあると思う
あと、ため息は良くないよ
周りも不快にするし
自分を快方から遠ざける
グッとこらえよう!
コメントありがとうございます。
まさしく、昭和10年生まれです。
頑固な性格ですし、若い頃は今で言うDV夫で、母を良く殴ってましたよ。茶碗で頭を殴り、流血した母の姿は、子供心にもハッキリ残ってます。ちゃぶ台返しも日常でした。
だけど、福島県の山奥で超田舎に住んでたので、周りの男たちも似たようなもので、男はエラいんだ❗️という空気もあったと思います。そんな父も88歳になり、普通のジーちゃんですが、中身は大して変わらない。流石に暴力はやりませんけど💦
ペースメーカーを入れた結果、生活レベルを保ち日常生活を自分の意思で送れるなら「延命」とは思わないと思います。
だけど、入院して手術をした結果、痴呆症がひどくなって、ベッドに寝たきりで居たが為に、足腰が更に弱くなり、立てない歩けないとなって、介護施設へ入所せざるを得なくなり、そこでも寝たきりでいるようになってしまったら、それは「延命」だと私は思います。
現時点では、どんな結果になるか、まだ分からないけど。
ため息は幸せが逃げるとか言うけど、そんなにダメかな?
ってか、私はシングルで、不快にする人は周りにいませんのでご安心を。
ご無沙汰しております
お父様の病気に介護、色々ともやもやしてしまいますね
こんな状態だと何か、思うように自分も行きたい所に行けないし、ストレスは溜まっていくばかりなのではと思います。
私は介護する側で、そして家族の介護に携わってきたひとりでもありますが、
ひとはそれぞれ、考え方や環境も色々で、正解は無いのだと思っています。
後悔しないように、と頑張っても、やっぱりどこかで「あの時はああしてあげればよかった」なんて思っちゃうし
でも、これから何があっても、どういう選択をしても、それはお父様が自分で決めた人生なんだからいいじゃん、と割り切るのもひとつの方法じゃないかな。
病院や介護施設に任せられるのなら、介護なんていつまで続くのかわからないんだから行けそうな時は思い切って遊びに行っちゃうのもアリだと思います。
ペースメーカー入れて少しでもお父様が長生きできれば、それはそれでいいじゃないって思っちゃえば
部外者なのに、なんか偉そうなこといって、ごめんなさい
maroeriさん、ため息ついても、たまに全部放り出して逃げても別にいいんですよ
私もよく、父がまた倒れて入院した、なんて連絡があっても、緊急で家族が行かなきゃいけないとき以外は、山に登ってから行ったりしていましたよ。
そうしないと親のせいで、ってなっちゃうから
(もちろん、山に行ってたなんて言いませんでしたけど)
自分と、自分の人生をいっぱい大事にしてあげてください。
それも親孝行のひとつではないかな、と私は思います。
頑張らず、頑張って〜
コメントありがとうございました。
励まされました。ありがとう。
父とのお別れの後、後悔しないようにと、父の行きたいところ、やりたいこと等、かなえるべく対応してここまできましたが、父親の体力や知力の関係で、一つ一つ出来ないことが増えてきて、今、何をしてあげるのが私にできる事なのかな、と思っています。
少し前に「温泉に行きたい」というリクエストに応え、出かけましたが、出先で認知症症状が強く出て救急車を呼ばざるを得なくなり、病院にお泊りになりました。この時も、「あ〜やってあげられることが又減ってしまった」とその時感じました。
はなはなさんのコメントを見て、なんでも「父親ファースト」じゃなくてもいいんだな、って改めて思いました。頑張らずに頑張る、、、なるほどですね。
心して頑張らずに頑張ってみます。ありがとうございました。
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