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Yamareco

最終更新:momo114
西ノ峯
大平城は、南北500メートル、東西400メートルの南北朝時代の山城(尾根式複郭型山城)である。現在、樹木 に覆われているため、外観では普通の山にしか見えないが、山の南側は複雑に谷が入っており、北側と西側は断 崖となっている。また、城の南側前方には灰ノ木川が流れ、天然の堀になっている。東側は尾根続きとなってい るため、大規模な堀割が造られている。城は、自然地形を利用して、曲輪を縄張しており、南城と北城の二区画に区分され、一城別郭の形態を成し、 北城が中枢部で、南城は二次的機能を持っていたと考えられる。 大平城は、南朝側についた引佐町にある三嶽城を本拠とする井伊氏の支城の一つとして築かれた。 井伊氏は、 三嶽城を中心に、南を浜松市の鴨江城、西を三ヶ日町の千頭峯城、東を大平城と支城を固めた。 井伊氏は、南朝の後醍醐天皇の皇子の宗良親王(むねよししんのう)を迎え、遠江国の南朝勢力の中心となった。 大平城の南朝軍と足利尊氏の命を受けた高師泰(こうのもりやす)率いる北朝軍の攻防戦は、暦応二年(延元四年・1339年)から 翌三年(興国元年・1340年)にかけてくりひろげられた。この時の戦いの様子は、三ヶ日町の大福寺に残る「瑠璃山年録残編裏書」(るりさんねんろくざんべんのうらがき)に詳しく書かれている。
基本情報
標高 560m
場所 北緯33度47分29秒, 東経135度53分10秒
カシミール3D
山頂

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