喉をカラカラにして、まだかまだかと重い足取りをとにかく前に進める。そして突如として現れる水場。その水場の冷たい水を口に含んだ瞬間、身体中の細胞が生き返るように感じ、幸せな瞬間を迎えることができます。そして、山の水は下界で飲む水道水よりも何倍もおいしく感じます。
果たして、両者の水の成分には大きな違いがあるのか?成分によって水のおいしさを左右するものなのか?このような疑問から、山の湧水(南アルプス山中2箇所)と水道水(千葉県内)の成分分析をして比べてみました。
1.試験方法
試験に供した山の湧水は、南アルプス南部にあるウソッコ沢小屋付近の水場(標高1,100メートル付近:採取日1993年5月5日(晴れ))及び、聖岳直下の水場(標高2,700メートル付近:採取日1994年8月14日(晴れ))から採取しました(図1,写真1〜3)。
水道水は、千葉県内の某所より採取しました。
分析手法については、塩化物イオン(Cl-)、硝酸イオン(NO3-)、硫酸イオン(SO42-)はイオンクロマトグラフィーによる一斉分析を行いました。
ナトリウムイオン(Na+)、カリウムイオン(K+)、カルシウムイオン(Ca2+)、マグネシウムイオン(Mg2+)は、フレーム原子吸光法で分析しました。
蒸発残留分は重量法で、全硬度はキレート滴定法で、残留塩素はジエチル-p-フェニレンジアミン (DPD) 比色法で分析を行いました。
果たして、両者の水の成分には大きな違いがあるのか?成分によって水のおいしさを左右するものなのか?このような疑問から、山の湧水(南アルプス山中2箇所)と水道水(千葉県内)の成分分析をして比べてみました。
1.試験方法
試験に供した山の湧水は、南アルプス南部にあるウソッコ沢小屋付近の水場(標高1,100メートル付近:採取日1993年5月5日(晴れ))及び、聖岳直下の水場(標高2,700メートル付近:採取日1994年8月14日(晴れ))から採取しました(図1,写真1〜3)。
水道水は、千葉県内の某所より採取しました。
分析手法については、塩化物イオン(Cl-)、硝酸イオン(NO3-)、硫酸イオン(SO42-)はイオンクロマトグラフィーによる一斉分析を行いました。
ナトリウムイオン(Na+)、カリウムイオン(K+)、カルシウムイオン(Ca2+)、マグネシウムイオン(Mg2+)は、フレーム原子吸光法で分析しました。
蒸発残留分は重量法で、全硬度はキレート滴定法で、残留塩素はジエチル-p-フェニレンジアミン (DPD) 比色法で分析を行いました。
2.結果
分析結果を表1に示しました。また、参考として日本の名水百選の平均値も図1に示しました1)
陰イオン(Cl-, NO3-, SO42-)の合計量は、ウソッコ沢小屋付近の涌水は1.6 mg/L、 聖岳直下の涌水は3.9 mg/L、 水道水は62.2 mg/L、名水百選は21.7 mg/Lで、水道水>名水百選>聖岳直下>ウソッコ沢小屋付近となりました。
陽イオン(Na+, K+, Ca2+, Mg2+)の合計量は、ウソッコ沢小屋付近の涌水は24.1 mg/L、聖岳直下の涌水は5.5 mg/L、水道水は37.5 mg/L、名水百選は25.8 mg/Lで、水道水>名水百選>ウソッコ沢小屋付近>聖岳直下となりました。
一方、陽イオンの中でもCa2+含有量は、ウソッコ沢小屋付近の涌水は20 mg/L、聖岳直下の涌水は3.9 mg/L、水道水は14 mg/L、名水百選は13 mg/Lで、ウソッコ沢小屋付近>水道水>名水百選>聖岳直下となりました。
蒸発残留分の値は、ウソッコ沢小屋付近の涌水が59 mg/L、聖岳直下の涌水が26 mg/L、水道水が163 mg/Lで、水道水>ウソッコ沢小屋付近>聖岳直下となりました(名水百選の文献値はなし)。
全硬度の値は、ウソッコ沢小屋付近の涌水及び水道水は54 mg/Lで、聖岳直下の涌水は11 mg/L、名水百選は45 mg/Lで、ウソッコ沢小屋付近=水道水>名水百選>聖岳直下となりました。WHO(世界保健機関)では、全硬度が60 mg/L以下のものを軟水と定義していますから、これらの試料はすべて軟水に分類されることが分かりました
残留塩素は、水道水が2.5 mg/Lで、山の涌水からは検出されませんでした。
分析結果を表1に示しました。また、参考として日本の名水百選の平均値も図1に示しました1)
陰イオン(Cl-, NO3-, SO42-)の合計量は、ウソッコ沢小屋付近の涌水は1.6 mg/L、 聖岳直下の涌水は3.9 mg/L、 水道水は62.2 mg/L、名水百選は21.7 mg/Lで、水道水>名水百選>聖岳直下>ウソッコ沢小屋付近となりました。
陽イオン(Na+, K+, Ca2+, Mg2+)の合計量は、ウソッコ沢小屋付近の涌水は24.1 mg/L、聖岳直下の涌水は5.5 mg/L、水道水は37.5 mg/L、名水百選は25.8 mg/Lで、水道水>名水百選>ウソッコ沢小屋付近>聖岳直下となりました。
一方、陽イオンの中でもCa2+含有量は、ウソッコ沢小屋付近の涌水は20 mg/L、聖岳直下の涌水は3.9 mg/L、水道水は14 mg/L、名水百選は13 mg/Lで、ウソッコ沢小屋付近>水道水>名水百選>聖岳直下となりました。
蒸発残留分の値は、ウソッコ沢小屋付近の涌水が59 mg/L、聖岳直下の涌水が26 mg/L、水道水が163 mg/Lで、水道水>ウソッコ沢小屋付近>聖岳直下となりました(名水百選の文献値はなし)。
全硬度の値は、ウソッコ沢小屋付近の涌水及び水道水は54 mg/Lで、聖岳直下の涌水は11 mg/L、名水百選は45 mg/Lで、ウソッコ沢小屋付近=水道水>名水百選>聖岳直下となりました。WHO(世界保健機関)では、全硬度が60 mg/L以下のものを軟水と定義していますから、これらの試料はすべて軟水に分類されることが分かりました
残留塩素は、水道水が2.5 mg/Lで、山の涌水からは検出されませんでした。
3 考察
以上、成分値の傾向を比較しますと、全体的には水道水の値が高く、山の涌水の値が低い傾向が見られました。また、名水百選の値は水道水の値と山の涌水の値の間であることが分かりました。これらの値は、ミネラル分の含有量を示しており、山の涌水は水道水と比べ、ミネラル分が少ないことがわかりました。
また、二箇所の山の涌水について比較してみると、標高の低いウソッコ沢小屋付近の方が、標高の高い聖岳直下よりもミネラル分が多いことがわかりました。これは、標高の低い所から出る涌水は、標高の高い所から出る涌水より、地中に滞留する時間が長いからと推定されました。
1985年に厚生省(現在、厚生労働省)の「おいしい水研究会」が発表したおいしい水の要件は次の通りです2)。
蒸発残留分:30〜200 mg/L
全硬度:10〜100 mg/L
残留塩素:0.4 mg/L以下
水温:20℃以下
(他に遊離炭酸、過マンガン酸カリウム消費量、臭気度の規定がありますが、今回は分析していませんので、これらについては言及しません)
これらの値に各試料の値を照らし合わせてみますと、聖岳直下の涌水の蒸発残留分を除きすべて「おいしい水」の要件に合致しています。
橋本ら3)は、各ミネラル成分と水の味との関係について調査しており、K+, Ca2+濃度が水の良い味に関係し、SO42-, Mg2+が水の味を悪くする成分であると報告しています(SiO2もおいしさに影響するとされていますが、今回は分析していませんので言及しません)。
水のおいしさの指標として、(K++Ca2+) / (SO42-+ Mg2+)の値を計算してみますと、ウソッコ沢小屋付近の涌水は8.2、聖岳直下の涌水は1.2、水道水は0.6、日本名水百選は1.2で、ウソッコ沢小屋付近>聖岳直下=名水百選>水道水となりました。
以上、ミネラルバランスからみると、山の涌水の方が水道水よりおいしいということがわかりました。特に、ウソッコ沢小屋付近の涌水は、名水百選の平均値よりもおいしさの指標が高いことがわかりました。
各ミネラル成分の水の味に与える影響としては、K+はその適量の存在で水の味が引き締まると言われています。Ca2+はその存在により水にやわらかい味を出すといわれています。
一方、SO42-はその存在により渋味の原因となると言われており、Mg2+はその存在により渋味、苦みの原因になるといわれています。
また、水の全硬度は、Ca2+とMg2+含有量を炭酸カルシウムの量に換算したもので、全硬度が高すぎると硬くて、しつこい味となり、低いとだれた味になるといわれています。
ウソッコ沢小屋付近の涌水はCa2+濃度が高いため、やわらかい味の水であるといえます。一方水道水はSO42-濃度が高いため、渋味のある水といえます。また、聖岳直下の涌水は全硬度が低いため、ややだれた味の水であるといえます。
4 おわりに
山の涌水が水道水よりおいしいと感じるのは、以上の様な化学的見地に加え、心理的要因が大きな影響を与えるからと考えます。
ようやくたどり着いた山の水場。これほどありがたいものはありません。一方、水道水はいつでも蛇口から出てくるもので、あまりありがたみを感じません。日常とは違った大自然の中で飲む水は格別なものがあります。また、その水を利用して料理を作ることも山歩きの醍醐味の一つです。
山の大地から湧き出る水は、大変貴重なものです。我々山を愛する人間は、このような水場を末永く大切にしたいものです。
(参考文献)
1) 島野安雄:地下水水質の基礎,日本地下水学会編(理工図書,東京)p.143 (2000).
2) 谷光昭:化学で探る飲料水の世界,化学工業日報社編(化学工業日報社,東京)p.48 (1993).
3) 橋本奨,古川憲治,南純一:ミネラルバランスからの飲料水の水質評価に関する研究(第1報)ミネラルウォーターの調節と官能試験,日本水処理生物学会誌,21(2), 19-24 (1985).
以上、成分値の傾向を比較しますと、全体的には水道水の値が高く、山の涌水の値が低い傾向が見られました。また、名水百選の値は水道水の値と山の涌水の値の間であることが分かりました。これらの値は、ミネラル分の含有量を示しており、山の涌水は水道水と比べ、ミネラル分が少ないことがわかりました。
また、二箇所の山の涌水について比較してみると、標高の低いウソッコ沢小屋付近の方が、標高の高い聖岳直下よりもミネラル分が多いことがわかりました。これは、標高の低い所から出る涌水は、標高の高い所から出る涌水より、地中に滞留する時間が長いからと推定されました。
1985年に厚生省(現在、厚生労働省)の「おいしい水研究会」が発表したおいしい水の要件は次の通りです2)。
蒸発残留分:30〜200 mg/L
全硬度:10〜100 mg/L
残留塩素:0.4 mg/L以下
水温:20℃以下
(他に遊離炭酸、過マンガン酸カリウム消費量、臭気度の規定がありますが、今回は分析していませんので、これらについては言及しません)
これらの値に各試料の値を照らし合わせてみますと、聖岳直下の涌水の蒸発残留分を除きすべて「おいしい水」の要件に合致しています。
橋本ら3)は、各ミネラル成分と水の味との関係について調査しており、K+, Ca2+濃度が水の良い味に関係し、SO42-, Mg2+が水の味を悪くする成分であると報告しています(SiO2もおいしさに影響するとされていますが、今回は分析していませんので言及しません)。
水のおいしさの指標として、(K++Ca2+) / (SO42-+ Mg2+)の値を計算してみますと、ウソッコ沢小屋付近の涌水は8.2、聖岳直下の涌水は1.2、水道水は0.6、日本名水百選は1.2で、ウソッコ沢小屋付近>聖岳直下=名水百選>水道水となりました。
以上、ミネラルバランスからみると、山の涌水の方が水道水よりおいしいということがわかりました。特に、ウソッコ沢小屋付近の涌水は、名水百選の平均値よりもおいしさの指標が高いことがわかりました。
各ミネラル成分の水の味に与える影響としては、K+はその適量の存在で水の味が引き締まると言われています。Ca2+はその存在により水にやわらかい味を出すといわれています。
一方、SO42-はその存在により渋味の原因となると言われており、Mg2+はその存在により渋味、苦みの原因になるといわれています。
また、水の全硬度は、Ca2+とMg2+含有量を炭酸カルシウムの量に換算したもので、全硬度が高すぎると硬くて、しつこい味となり、低いとだれた味になるといわれています。
ウソッコ沢小屋付近の涌水はCa2+濃度が高いため、やわらかい味の水であるといえます。一方水道水はSO42-濃度が高いため、渋味のある水といえます。また、聖岳直下の涌水は全硬度が低いため、ややだれた味の水であるといえます。
4 おわりに
山の涌水が水道水よりおいしいと感じるのは、以上の様な化学的見地に加え、心理的要因が大きな影響を与えるからと考えます。
ようやくたどり着いた山の水場。これほどありがたいものはありません。一方、水道水はいつでも蛇口から出てくるもので、あまりありがたみを感じません。日常とは違った大自然の中で飲む水は格別なものがあります。また、その水を利用して料理を作ることも山歩きの醍醐味の一つです。
山の大地から湧き出る水は、大変貴重なものです。我々山を愛する人間は、このような水場を末永く大切にしたいものです。
(参考文献)
1) 島野安雄:地下水水質の基礎,日本地下水学会編(理工図書,東京)p.143 (2000).
2) 谷光昭:化学で探る飲料水の世界,化学工業日報社編(化学工業日報社,東京)p.48 (1993).
3) 橋本奨,古川憲治,南純一:ミネラルバランスからの飲料水の水質評価に関する研究(第1報)ミネラルウォーターの調節と官能試験,日本水処理生物学会誌,21(2), 19-24 (1985).
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※この記事はヤマレコの「ヤマノート」機能を利用して作られています。
どなたでも、山に関する知識や技術などのノウハウを簡単に残して共有できます。
ぜひご協力ください!
Swanさんこんばんは。
イオンクロマト・原子吸光使えるんですかっっ?ウラヤマシイ><
ワタシ、学生時代の部活テーマが温泉の水質分析でして、茶色いガラスビュレットの滴定法その他で地道にやっていたので^^;
・・・は、置いといて。
水って、身近なのにとっても興味深い物質だと思います。
めっちゃ単純な分子構造のくせに、ここまで生命に欠かせないモノってスゴイ!!
非常に優秀な溶媒でありながら、その溶質によって性質を変える。
おカネの問題さえなければ(←ここ、ワタシ的には重要!笑)、とことん研究してみたい素材ですね。
水、面白いなぁ^^
にゃんバンワンコ蕎麦
haruさんが萌えるネタだと確信しておりました
>部活テーマ
→ 化学部か何かだったのですか?
このネタは、実は20年前から温めていたのですが、データはそのまま日の目を見ずにこのまま闇に葬られる所でした。
今回、ヤマレコのヤマノートに披露することで、せっかくのデータがやっと日の目を見ることができました。
また、ヤマレコの方が学術誌より一般の人の目に触れることが多いので、今回の投稿は意義深いものと考えます。
確かに水って、不思議な物質ですよね。
研究する余地は、まだたくさんある。
haruさんも是非研究なさってください 。
Swanさん、こんばんは!
すいません、いつものオヤジギャグに騙されていました(꒪⌓꒪ )💦
蛍光X線分析ぐらいなら、近くの部署で扱っているのを横目に急かしたり(なにせRoHS、RoHSと煩い今日、測定はどこも混み合ってて💦)してますが、クロマトグラフィーはなんとなく原理はアレかなぁぐらいで、見たことすらなく…(´・ω・`)
それにしても水はほんとに不思議で、104.5°の極性をなぜ持つのか? こんなにも多くのモノを溶かせるのか? 等々は同感です。
ところで無機物も気になるのですが、最近は有機物の方…シカが増えて大腸菌汚染や北海道のエキノコックス(本州にも?!)の方も、最近気になっています(´・ω・`)
とまれ、Swanさんのメッセージと冷やし中華、しかと受け取りました(´▽`)
toshimizuさん こんばんヤングパラダイス(古っ)
騙されちゃいましたか ?騙しているつもりはないのですが 。
toshiさんも化学関係の会社でお仕事をされているのですか?
RoHS対応、大変ですね。
自転車操業的状況を想像してしまいます。
これはEuの陰謀ですね。
水はホント不思議な物質ですね。液体から固体になるときは体積が膨らむし。
水は、うちのかみさん(女性一般)の様です。
外面から見たら、やわらかくおだやかなのに、
いつの間にか旦那を飲み込んで、溶かし込んでいる 。
おいしい水の要件に、過マンガン酸カリウム消費量という項目がありまして、
これは有機物の総量を示しているそうです。
この値が高いと渋味を付けるそうです。
北海道のエキノコックスは自分も気になっていて、
過去に斜里岳に登った際、エキノコックス注意報の出ている沢の水をガボがボ飲んだことがあって、現在も発症しないか、おそれおののいております。
冷たい水場での冷やし中華、是非作ってみてください 。
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