(はじめに)
前の5−11章では、西上州の山々のうち、主に火山性の地帯について説明しました。
この章では、西上州地区で、非火山性でちょっと特殊な地質、地帯について説明します。
なおこの章はやや専門的な内容なので、特に地質学にご興味がある方が読んで頂ければと思います。
この章では、西上州地区で、非火山性でちょっと特殊な地質、地帯について説明します。
なおこの章はやや専門的な内容なので、特に地質学にご興味がある方が読んで頂ければと思います。
(1)「跡倉ナップ」の山々
ここでは、地質学的に興味深い、「跡倉(あとくら)ナップ」(あるいは「跡倉クリッペ(群)」と呼ばれる地帯の地質や成り立ちについて説明します。
そもそも「ナップ」や「クリッペ」という言葉自体、聞かれたことが無い方が多いと思いますので、その説明から始めます。
ヨーロッパで18世紀ころから始まった近代地質学において、ある地域の地質は基本的には、古い時代の地層が下にあり、その上に順々に時代的に新しい地層が乗っかっている、という説ができました。これを「地層累乗の法則」と言います。
一方で、19世紀〜20世紀前半にヨーロッパアルプスの地質研究を進めていくうち、上部と下部の地質が全然関連を持たない場所があることが解ってきました。
そういう地区の地質構造は、下部の地質体の上に、別の場所で形成された地質体が、何らかの理由で水平方向に移動してきて、上部の地質体となっているもの、と解釈されました。
そのような水平に移動した地質体(約2km以上の移動)を地質学用語では、「ナップ」、あるいは「ナッペ」(Nappe)と呼びます。
ナップ地質体が浸食を受け、孤立した小規模なものは「クリッペ」(Klippe)と呼びます。(文献1)。
ナップ、クリッペ地質体と下部の地質体との間には通常、水平に近い低角断層(スラスト;Thrust)があり、境目を作っています(文献1)。
ヨーロッパアルプスは、アフリカプレートとユーラシアプレートとの大規模な衝突(プレート間衝突帯)でできた大山脈で、ここではその衝突の力でできたナップやクリッペが多く見られます(文献2)。一方、プレート沈み込み帯である日本列島には、あまりナップやクリッペは確認されていません。
このなかで、西上州にある「跡倉(あとくら)」ナップ」注1)注2)は、日本の地質学的には重要な場所と言えます。
「跡倉ナップ」は、上毛鉄道の下仁田駅から南東方向 数kmに点在している低い山々で形成されています。(文献3)では、大山(857m)、鎌抜山(752n)、御岳(576m)など合計5つのゾーンが、ナップ地質体でできているとされています。
これらのナップを構成している地質は主に白亜紀の堆積岩層(礫岩、砂岩が中心)で、まとめて「跡倉層」と名付けられています。その他にはペルム期に貫入した深成岩(石英閃緑岩)、白亜紀に貫入した深成岩(石英閃緑岩)、深成岩類によって熱変成作用をうけてできた、ホルンフェルスが含まれます。
一方、その構造的下位にある基盤部分は三波川帯の変成岩(結晶片岩)(文献3)、もしくは御荷鉾(みかぼ)緑色岩類という岩石です(文献4)。
このナップがどこから現在の位置に移動してきたのか?また移動してきた時代についても明確ではなく、謎のある興味深い地域です。
(文献4)は、「跡倉ナップの研究史と論点」と題し、「跡倉ナップ」に関する未解決の課題(論点)を整理しています。
具体的には、(1)ナップは単一ナップか二重ナップか? (2)ナップと基盤層との間の断層(スラスト)はどの断層か? (3)このナップはどこから移動してきたのか? (3)ナップを構成している地質のうち跡倉層(堆積層)の形成年代と、形成時の周辺環境はどうか? (4)跡倉層は連続的に堆積したのか、あるいは中断期(不整合)があったのか? (5)貫入している深成岩のうち、ペルム紀貫入岩体と跡倉層(白亜紀の堆積岩)との関係はどうなのか?
・・といった点が未解明の点として挙げられています。
(文献5)では、跡倉ナップを調査(巡検)した際の写真が多数載せられていますので、ご興味のある方はご覧ください。
また、下仁田町のホームページ(文献6)によると、「跡倉ナップ」は「日本の地質百選」にも選定されているようそうです。(文献6)には、下仁田付近の地質(ジオパーク)の解りやすい解説や図が載っていますので、ご参照ください。
そもそも「ナップ」や「クリッペ」という言葉自体、聞かれたことが無い方が多いと思いますので、その説明から始めます。
ヨーロッパで18世紀ころから始まった近代地質学において、ある地域の地質は基本的には、古い時代の地層が下にあり、その上に順々に時代的に新しい地層が乗っかっている、という説ができました。これを「地層累乗の法則」と言います。
一方で、19世紀〜20世紀前半にヨーロッパアルプスの地質研究を進めていくうち、上部と下部の地質が全然関連を持たない場所があることが解ってきました。
そういう地区の地質構造は、下部の地質体の上に、別の場所で形成された地質体が、何らかの理由で水平方向に移動してきて、上部の地質体となっているもの、と解釈されました。
そのような水平に移動した地質体(約2km以上の移動)を地質学用語では、「ナップ」、あるいは「ナッペ」(Nappe)と呼びます。
ナップ地質体が浸食を受け、孤立した小規模なものは「クリッペ」(Klippe)と呼びます。(文献1)。
ナップ、クリッペ地質体と下部の地質体との間には通常、水平に近い低角断層(スラスト;Thrust)があり、境目を作っています(文献1)。
ヨーロッパアルプスは、アフリカプレートとユーラシアプレートとの大規模な衝突(プレート間衝突帯)でできた大山脈で、ここではその衝突の力でできたナップやクリッペが多く見られます(文献2)。一方、プレート沈み込み帯である日本列島には、あまりナップやクリッペは確認されていません。
このなかで、西上州にある「跡倉(あとくら)」ナップ」注1)注2)は、日本の地質学的には重要な場所と言えます。
「跡倉ナップ」は、上毛鉄道の下仁田駅から南東方向 数kmに点在している低い山々で形成されています。(文献3)では、大山(857m)、鎌抜山(752n)、御岳(576m)など合計5つのゾーンが、ナップ地質体でできているとされています。
これらのナップを構成している地質は主に白亜紀の堆積岩層(礫岩、砂岩が中心)で、まとめて「跡倉層」と名付けられています。その他にはペルム期に貫入した深成岩(石英閃緑岩)、白亜紀に貫入した深成岩(石英閃緑岩)、深成岩類によって熱変成作用をうけてできた、ホルンフェルスが含まれます。
一方、その構造的下位にある基盤部分は三波川帯の変成岩(結晶片岩)(文献3)、もしくは御荷鉾(みかぼ)緑色岩類という岩石です(文献4)。
このナップがどこから現在の位置に移動してきたのか?また移動してきた時代についても明確ではなく、謎のある興味深い地域です。
(文献4)は、「跡倉ナップの研究史と論点」と題し、「跡倉ナップ」に関する未解決の課題(論点)を整理しています。
具体的には、(1)ナップは単一ナップか二重ナップか? (2)ナップと基盤層との間の断層(スラスト)はどの断層か? (3)このナップはどこから移動してきたのか? (3)ナップを構成している地質のうち跡倉層(堆積層)の形成年代と、形成時の周辺環境はどうか? (4)跡倉層は連続的に堆積したのか、あるいは中断期(不整合)があったのか? (5)貫入している深成岩のうち、ペルム紀貫入岩体と跡倉層(白亜紀の堆積岩)との関係はどうなのか?
・・といった点が未解明の点として挙げられています。
(文献5)では、跡倉ナップを調査(巡検)した際の写真が多数載せられていますので、ご興味のある方はご覧ください。
また、下仁田町のホームページ(文献6)によると、「跡倉ナップ」は「日本の地質百選」にも選定されているようそうです。(文献6)には、下仁田付近の地質(ジオパーク)の解りやすい解説や図が載っていますので、ご参照ください。
(注釈の項)
注1)「跡倉」は通常は「あとくら」と読みますが、地元では「あとぐら」
と発音するそうです(文献4)。
注2)「跡倉ナップ」は、「跡倉クリッペ」、「跡倉クリッペ群」とも呼ばれ、
文献によって呼称がまちまちです。
この章の記載では、混乱をさせるため、「跡倉ナップ」に、
名称を統一しました。
注3)御荷鉾緑色岩類の模式地は、群馬県の御荷鉾(みか・ぼ)山ですが、
研究初期におそらく読みを間違えたためか、地質学上は、
御荷鉾緑色岩類の読み方は(みか・ぶ・りょくしょくがんるい)です。
注4)ハイアロクラスタイト(Hyaloclastite)とは、火山砕屑岩の一種で、
溶岩が水中に噴出したのち、水で急冷されて砕けた岩石を言います。
破砕岩のサイズがわりと同じような点が特徴です。(文献9)。
海底火山の証拠として重要な形態の火砕岩です。
注5)玄武岩(Basalt)と斑レイ岩(Gabblo)は、化学的、鉱物的な組成は
ほぼ同一のものです
(主要鉱物はカンラン石と斜長石、化学組成的には苦鉄質)。
地表や海底に噴出した火山噴出物が玄武岩であり、地中で固化した深成岩
が斑レイ岩、という位置付けになります。(文献9)
と発音するそうです(文献4)。
注2)「跡倉ナップ」は、「跡倉クリッペ」、「跡倉クリッペ群」とも呼ばれ、
文献によって呼称がまちまちです。
この章の記載では、混乱をさせるため、「跡倉ナップ」に、
名称を統一しました。
注3)御荷鉾緑色岩類の模式地は、群馬県の御荷鉾(みか・ぼ)山ですが、
研究初期におそらく読みを間違えたためか、地質学上は、
御荷鉾緑色岩類の読み方は(みか・ぶ・りょくしょくがんるい)です。
注4)ハイアロクラスタイト(Hyaloclastite)とは、火山砕屑岩の一種で、
溶岩が水中に噴出したのち、水で急冷されて砕けた岩石を言います。
破砕岩のサイズがわりと同じような点が特徴です。(文献9)。
海底火山の証拠として重要な形態の火砕岩です。
注5)玄武岩(Basalt)と斑レイ岩(Gabblo)は、化学的、鉱物的な組成は
ほぼ同一のものです
(主要鉱物はカンラン石と斜長石、化学組成的には苦鉄質)。
地表や海底に噴出した火山噴出物が玄武岩であり、地中で固化した深成岩
が斑レイ岩、という位置付けになります。(文献9)
(参考文献)
個人(西田氏)のホームページ、
「跡倉ナップ」の巡検写真が多数掲載されている
「跡倉ナップ」の巡検写真が多数掲載されている
ナッぺ(Nappe)、クリッペ(Klippe)の説明(英語)
文献1)(英語版)の“Nappe”の項、 2020年12月 閲覧
https://en.wikipedia.org/wiki/Nappe
文献2)都城 編
「世界の地質」 岩波書店 刊 (1991)
のうち、1−5章「新ヨーロッパ」の項
文献3)青木、堀越、堀沢、細矢、神沢、高橋、角田
「群馬県下仁田町南東部の跡倉クリッペ群について」
群馬県立自然史博物館研究報告 誌、第2巻 p43-56(1998)
http://www.gmnh.pref.gunma.jp/wp-content/uploads/bulletin02_5.pdf
文献4)保科、関東山地研究グループ
「群馬県下仁田町周辺における『跡倉ナップ』の研究史と論点」
下仁田町然史館研究報告 第2号 p33−45 (2017)
https://www.shimonita-geopark.jp/shizenshikan/data/bulletin02/Research-history-and-issue-of-Atogura-Nappe-in-Shimonita-machi-Gunma-Prefecture-central-Japan.pdf
文献5)ネット情報「西田進のホームページ」のうち、
「下仁田ジオパーク」の項 2020年12月 閲覧
http://www.nishida-s.com/main/categ4/25shimonita/index.htm
文献6)下仁田町 ホームページのうち、下仁田町の地質について
https://www.town.shimonita.lg.jp/kyouiku/m04/01.html
文献7)日本地質学会 編
「日本地方地質誌 第5巻 関東地方」朝倉書店 刊 (2008)
のうち、2−2章「関東山地」2−2−4節「三波川帯」の項
文献8)日本地質学会 編
「日本地方地質誌 第7巻 四国地方」朝倉書店 刊 (2008)
のうち、第4部「御荷鉾緑色岩類」の項
文献9)西村 著
「観察を楽しむ 特徴がわかる 岩石図鑑」ナツメ社 刊 (2020)
のうち、「玄武岩(Basalt)」、「斑レイ岩(Gabbro)」、
「ハイアロクラスタイト(Hyalocrastite)」の各項
文献10)井澤
「関東山地北部,三波川帯御荷鉾緑色岩類の超苦鉄質岩体
―ジュラ紀海台火成活動との関連−」
下仁田町自然史館研究報告 第3号 p33-44(2018)
https://www.shimonitageopark.jp/shizenshikan/data/bulletin03/180427%20Ultramafic-mass-of-the-Mikabu-Greenstones-in-Northern-Kanto-mountains-Relation-to-Jurassic-ocean-plateau-magmatism.pdf
https://en.wikipedia.org/wiki/Nappe
文献2)都城 編
「世界の地質」 岩波書店 刊 (1991)
のうち、1−5章「新ヨーロッパ」の項
文献3)青木、堀越、堀沢、細矢、神沢、高橋、角田
「群馬県下仁田町南東部の跡倉クリッペ群について」
群馬県立自然史博物館研究報告 誌、第2巻 p43-56(1998)
http://www.gmnh.pref.gunma.jp/wp-content/uploads/bulletin02_5.pdf
文献4)保科、関東山地研究グループ
「群馬県下仁田町周辺における『跡倉ナップ』の研究史と論点」
下仁田町然史館研究報告 第2号 p33−45 (2017)
https://www.shimonita-geopark.jp/shizenshikan/data/bulletin02/Research-history-and-issue-of-Atogura-Nappe-in-Shimonita-machi-Gunma-Prefecture-central-Japan.pdf
文献5)ネット情報「西田進のホームページ」のうち、
「下仁田ジオパーク」の項 2020年12月 閲覧
http://www.nishida-s.com/main/categ4/25shimonita/index.htm
文献6)下仁田町 ホームページのうち、下仁田町の地質について
https://www.town.shimonita.lg.jp/kyouiku/m04/01.html
文献7)日本地質学会 編
「日本地方地質誌 第5巻 関東地方」朝倉書店 刊 (2008)
のうち、2−2章「関東山地」2−2−4節「三波川帯」の項
文献8)日本地質学会 編
「日本地方地質誌 第7巻 四国地方」朝倉書店 刊 (2008)
のうち、第4部「御荷鉾緑色岩類」の項
文献9)西村 著
「観察を楽しむ 特徴がわかる 岩石図鑑」ナツメ社 刊 (2020)
のうち、「玄武岩(Basalt)」、「斑レイ岩(Gabbro)」、
「ハイアロクラスタイト(Hyalocrastite)」の各項
文献10)井澤
「関東山地北部,三波川帯御荷鉾緑色岩類の超苦鉄質岩体
―ジュラ紀海台火成活動との関連−」
下仁田町自然史館研究報告 第3号 p33-44(2018)
https://www.shimonitageopark.jp/shizenshikan/data/bulletin03/180427%20Ultramafic-mass-of-the-Mikabu-Greenstones-in-Northern-Kanto-mountains-Relation-to-Jurassic-ocean-plateau-magmatism.pdf
このリンク先の、5−1章の文末には、第5部「関東西部の山々の地質」の各章へのリンク、及び、序章(本連載の各部へのリンクあり)を付けています。
第5部の他の章や、他の部をご覧になりたい方は、どうぞご利用ください。
第5部の他の章や、他の部をご覧になりたい方は、どうぞご利用ください。
【書記事項】
初版リリース;2020年12月25日
△改訂1;文章見直し、5−1章へのリンク追加。書記事項追加。
△最新改訂年月日;2022年1月4日
△改訂1;文章見直し、5−1章へのリンク追加。書記事項追加。
△最新改訂年月日;2022年1月4日
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