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Yamareco

記録ID: 600903
全員に公開
ハイキング
近畿

増位山随願寺 古の史跡巡りと梅の鑑賞

2015年03月15日(日) [日帰り]
 - 拍手
Machapuchare その他1人
体力度
2
日帰りが可能
GPS
04:03
距離
7.2km
登り
369m
下り
372m
歩くペース
ゆっくり
1.31.4
ヤマレコの計画機能「らくルート」の標準コースタイムを「1.0」としたときの倍率です。

コースタイム

日帰り
山行
3:34
休憩
0:30
合計
4:04
9:08
37
スタート地点(随願寺駐車場)
9:45
9:48
21
砥堀古墳(分岐)
10:09
10:13
35
10:48
10:53
24
随願寺念仏堂
11:17
11:25
55
幻のびょうぶ岩
12:20
12:30
42
随願寺梅林
13:12
ゴール地点(随願寺駐車場)
増位山の史跡と景観と梅を楽しむコース
歩行距離7km、歩行時間3時間、歩行数12,400歩
天候 曇り
過去天気図(気象庁) 2015年03月の天気図
アクセス
利用交通機関:
自家用車
バス:姫路駅より神姫バス「白国」下車。
電車:JR播但線「野里駅」下車。沢登りをする人は「砥堀駅」下車?
自動車:渋滞が恒常化している姫路駅から姫路城付近を避け、播但連絡道路「砥堀ランプ」または「豊富ランプ」から市川大橋を渡り、車で約10分。随願寺山頂駐車場(今回の出発&ゴール地点)利用。
コース状況/
危険箇所等
 地形図上の道は歩きやすく、ほぼ正確にトレースされています。山道の道標も分岐ポイントには必ず設置されているので、随願寺の境内以外はアプローチするポイントさえ間違わなければスムーズに山行ができます。
 ただし、増位山東尾根から下りてくるルートは一つ目の送電線を越えたところで地形図上の道を外れて念仏堂に向かう下山ルートがメインとなります。その分岐をスルーし、さらに東尾根を下ると、ルートはやがて地形図上の道を外れ、二つ目の送電線を越えたところで西南西に延びている岩盤状の尾根を下りて墓地経由で、念仏堂の南に出てくることになります<地図のトレース参照>。
 随願寺の境内は道標がない道も多く、迷いやすいです。地形図では実相院墓所の北側に東西に延びる道がありますが、わかりませんでした。また、池田輝政の墓所から無理して南下すると道が不明瞭になり、多くの僧侶の墓所?を巻いて適当に木々の間を北上し最後は無理やり下りて地形図上の道に合流しました。
その他周辺情報 国宝姫路城が近くにありました。その他にも黒田官兵衛ゆかりのスポットが広峰山など、姫路にはたくさんありました。
01随願寺駐車場
駐車場前に梅が咲いていました。駐車場は午前8時から利用可能ですが、時間外利用のために道向かいにも駐車場があります。
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01随願寺駐車場
駐車場前に梅が咲いていました。駐車場は午前8時から利用可能ですが、時間外利用のために道向かいにも駐車場があります。
02随願寺開山堂
正面三間、側面三間、背面一間通り下屋付の奥の院の中心である方三間のお堂で、正面に承応三年(1654)の銘をもつ石燈籠が二基あり、随願寺に現存する建造物の中で最古のもので、国指定重要文化財です。
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02随願寺開山堂
正面三間、側面三間、背面一間通り下屋付の奥の院の中心である方三間のお堂で、正面に承応三年(1654)の銘をもつ石燈籠が二基あり、随願寺に現存する建造物の中で最古のもので、国指定重要文化財です。
03榊原忠次墓所唐門
享保16年(1731)に建てられ、霊廟建築の遺構として貴重な存在で国指定重要文化財です。内部には徳川四天王と言われた榊原康政の孫で須賀藩、館林藩、白河藩、姫路藩の藩主を歴任した榊原忠次の墓所があります。鍵がかかっており中には入れませんでした。
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03榊原忠次墓所唐門
享保16年(1731)に建てられ、霊廟建築の遺構として貴重な存在で国指定重要文化財です。内部には徳川四天王と言われた榊原康政の孫で須賀藩、館林藩、白河藩、姫路藩の藩主を歴任した榊原忠次の墓所があります。鍵がかかっており中には入れませんでした。
04随願寺本堂
随願寺は奈良時代の創建と伝えられる天台宗寺院で、慶安2年(1649)頃に姫路藩主榊原家の菩提寺となりました。本堂は元禄5年(1692)に建てられた大型仏堂で国指定重要文化財です。内部の見学は可能です。
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04随願寺本堂
随願寺は奈良時代の創建と伝えられる天台宗寺院で、慶安2年(1649)頃に姫路藩主榊原家の菩提寺となりました。本堂は元禄5年(1692)に建てられた大型仏堂で国指定重要文化財です。内部の見学は可能です。
05随願寺経堂
経堂は宝暦13年(1763)頃に建てられ、撞木(しゅもく)造りという珍しい構成をとる堂です。正堂の仏壇下に建立されている石碑とともに国指定重要文化財です。
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05随願寺経堂
経堂は宝暦13年(1763)頃に建てられ、撞木(しゅもく)造りという珍しい構成をとる堂です。正堂の仏壇下に建立されている石碑とともに国指定重要文化財です。
06随願寺鐘楼
鐘楼は享保3年(1718)に建てられたもので、入母屋、本瓦葺、桁行3間、梁間2間、袴付で、鐘楼建築の遺構として大変貴重な存在で国指定重要文化財です。
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06随願寺鐘楼
鐘楼は享保3年(1718)に建てられたもので、入母屋、本瓦葺、桁行3間、梁間2間、袴付で、鐘楼建築の遺構として大変貴重な存在で国指定重要文化財です。
07実相院の墓所
実相院は33代姫路城主榊原政邦の側室です。婦人病に悩んだことから死後は同じ病に苦しむ人を救いたいと遺書を残しました。そのため、しもの病に神様のご利益がすぐに現れるとして詣る人が多いようです。
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07実相院の墓所
実相院は33代姫路城主榊原政邦の側室です。婦人病に悩んだことから死後は同じ病に苦しむ人を救いたいと遺書を残しました。そのため、しもの病に神様のご利益がすぐに現れるとして詣る人が多いようです。
08榊原政邦と夫婦の墓所
榊原政邦は宝永元年(1704)に姫路藩に入封し、領民の道徳と倹約を奨励する読書条目を発布したり、駿府城修築工事を担当するなど、名君と言われました。夫婦共に遺言により増位山に葬られました。
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08榊原政邦と夫婦の墓所
榊原政邦は宝永元年(1704)に姫路藩に入封し、領民の道徳と倹約を奨励する読書条目を発布したり、駿府城修築工事を担当するなど、名君と言われました。夫婦共に遺言により増位山に葬られました。
09砥堀古墳(仮称)正面
砥堀(とぼり)の集落から有明山(増位山北嶺)に通じる道は、在原業平により、糸の細道と詠われました。その道中にある分岐点に古墳がありました。
09砥堀古墳(仮称)正面
砥堀(とぼり)の集落から有明山(増位山北嶺)に通じる道は、在原業平により、糸の細道と詠われました。その道中にある分岐点に古墳がありました。
10砥堀古墳(仮称)側面
古墳は石室がむき出しになっており、側面からは内部の様子が垣間見られます。
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10砥堀古墳(仮称)側面
古墳は石室がむき出しになっており、側面からは内部の様子が垣間見られます。
11有明山構居跡
「地蔵院」とも称し、黒田職隆(もとたか)の弟(高友)が「安芸法印休無(きゅうむ)」(休夢)と名乗って、ここを姫路城の北の守りとしていた…と記されていました。この説明板の南西には堀跡のような溝が延びていました。
11有明山構居跡
「地蔵院」とも称し、黒田職隆(もとたか)の弟(高友)が「安芸法印休無(きゅうむ)」(休夢)と名乗って、ここを姫路城の北の守りとしていた…と記されていました。この説明板の南西には堀跡のような溝が延びていました。
12増位山ピーク
“増位山”と聞いて、元大関(相撲力士)、演歌歌手でもあった姫路出身(公称)増位山の名前が浮かぶ人は増位山通です。
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12増位山ピーク
“増位山”と聞いて、元大関(相撲力士)、演歌歌手でもあった姫路出身(公称)増位山の名前が浮かぶ人は増位山通です。
13増位山三角点&展望
増位山の三角点を中心に展望広場のようになっています。360度展望が効き、姫路市内が一望できます。
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13増位山三角点&展望
増位山の三角点を中心に展望広場のようになっています。360度展望が効き、姫路市内が一望できます。
14増位山ピークから東景観
東には市川(手前)や姫路セントラルパーク(左奥)や播但連絡道路沿いの山々が見えます。
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14増位山ピークから東景観
東には市川(手前)や姫路セントラルパーク(左奥)や播但連絡道路沿いの山々が見えます。
15増位山ピークから南景観
南には蛇行した市川を中心に姫路の南部の街や山々が見えます。

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15増位山ピークから南景観
南には蛇行した市川を中心に姫路の南部の街や山々が見えます。

16増位山東尾根から市川景観
増位山の東尾根には所々に景観が広がるスポットがあります。進むにつれ、姫路の街がよりはっきりと見えてきます。
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16増位山東尾根から市川景観
増位山の東尾根には所々に景観が広がるスポットがあります。進むにつれ、姫路の街がよりはっきりと見えてきます。
17随願寺念仏堂
常行三昧堂として応徳2年(1085)白河天皇の中宮賢子の菩提のため造られました。太子谷には風羅堂跡があり、芭蕉につながる俳諧の地でもあります。
17随願寺念仏堂
常行三昧堂として応徳2年(1085)白河天皇の中宮賢子の菩提のため造られました。太子谷には風羅堂跡があり、芭蕉につながる俳諧の地でもあります。
18念仏堂石棺手水鉢
境内にあったこの手水鉢は古墳の石棺が使われているようです。何世紀も経っているので時効か・・・
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18念仏堂石棺手水鉢
境内にあったこの手水鉢は古墳の石棺が使われているようです。何世紀も経っているので時効か・・・
19念仏堂境内梅
たまたまこの時間帯に天気がよくなり、白梅が綺麗に見えました。
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19念仏堂境内梅
たまたまこの時間帯に天気がよくなり、白梅が綺麗に見えました。
20念仏堂福分け狸&鬼瓦
念仏堂の入り口近くに福分け狸となぜか鬼瓦が設置されていました。“福分け”という言葉に反応し、思わず拝んでしまいました。
20念仏堂福分け狸&鬼瓦
念仏堂の入り口近くに福分け狸となぜか鬼瓦が設置されていました。“福分け”という言葉に反応し、思わず拝んでしまいました。
21随願寺参道梅
参道から流れる川沿いに梅の花が咲いていました。車で来ると気がつきませんが、歩道を歩いて行くと、この辺りから梅を何か所かで観賞できます。
21随願寺参道梅
参道から流れる川沿いに梅の花が咲いていました。車で来ると気がつきませんが、歩道を歩いて行くと、この辺りから梅を何か所かで観賞できます。
22びょうぶ岩の侵入を拒む難敵
途中、幻のびょうぶ岩を求めて道なき道を進んだところ、見た目超危険なカラスザンショウを発見しました。さすがにこれはイバラと異なり強行突破できずに巻きました。
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22びょうぶ岩の侵入を拒む難敵
途中、幻のびょうぶ岩を求めて道なき道を進んだところ、見た目超危険なカラスザンショウを発見しました。さすがにこれはイバラと異なり強行突破できずに巻きました。
23幻のびょうぶ岩!?
幻のびょうぶ岩発見!?カラスザンショウを越えて程なく、突然岩が連なる所に行き当たりました。一応、ここを勝手にびょうぶ岩としておきます。
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23幻のびょうぶ岩!?
幻のびょうぶ岩発見!?カラスザンショウを越えて程なく、突然岩が連なる所に行き当たりました。一応、ここを勝手にびょうぶ岩としておきます。
24随願寺参道東屋
参道沿いには所々休憩ができる東屋があります。梅を見ながらゆっくりと散策するにはとてもいいコースです。東側の斜面に赤テープが何か所か見えましたが、ここが幻のびょうぶ岩への取り付き点なのでしょうか。
24随願寺参道東屋
参道沿いには所々休憩ができる東屋があります。梅を見ながらゆっくりと散策するにはとてもいいコースです。東側の斜面に赤テープが何か所か見えましたが、ここが幻のびょうぶ岩への取り付き点なのでしょうか。
25随願寺参道紅梅
寒紅梅のようで開花が早く、梅特有の非常にいい香りがしています。車で通過すると、この辺りの梅はスルーしてしまう可能性があるので、歩きながら観賞するのがよいでしょう。
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25随願寺参道紅梅
寒紅梅のようで開花が早く、梅特有の非常にいい香りがしています。車で通過すると、この辺りの梅はスルーしてしまう可能性があるので、歩きながら観賞するのがよいでしょう。
26随願寺参道紅白梅
この辺りは梅の香りが満ちています。梅によっては5分咲きから7分咲きといったところでしょうか。来週辺り(20日前後)ぐらいがベストな状態になっているかもしれません。ここから石段の参道と新しい擬木の階段状の道とに分かれます。参道は沢沿いのため、濡れた石には要注意です。
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26随願寺参道紅白梅
この辺りは梅の香りが満ちています。梅によっては5分咲きから7分咲きといったところでしょうか。来週辺り(20日前後)ぐらいがベストな状態になっているかもしれません。ここから石段の参道と新しい擬木の階段状の道とに分かれます。参道は沢沿いのため、濡れた石には要注意です。
27随願寺参道沢&瓦
随願寺の本堂が近づくにつれ、沢や参道に沿ってなぜか無数の瓦のかけらが転がっています。昔36坊もあったとされている大寺院の名残でしょうか。
27随願寺参道沢&瓦
随願寺の本堂が近づくにつれ、沢や参道に沿ってなぜか無数の瓦のかけらが転がっています。昔36坊もあったとされている大寺院の名残でしょうか。
28随願寺参道神社
名前も由来も不明です。
28随願寺参道神社
名前も由来も不明です。
29随願寺参道石垣
この辺りは石垣の跡がたくさん見られます。増位山は三木の別所長治との間でたびたび戦場となり、天正元年(1573)に別所の軍勢が寺塔をことごとく破却しましたが、秀吉によって再興されました。
29随願寺参道石垣
この辺りは石垣の跡がたくさん見られます。増位山は三木の別所長治との間でたびたび戦場となり、天正元年(1573)に別所の軍勢が寺塔をことごとく破却しましたが、秀吉によって再興されました。
30松尾芭蕉の弟子千山の墓
姫路出身の商人、俳諧師であった井上千山(風羅堂三世)は向井去来を通じて松尾芭蕉を姫路へ招く約束をしていましたが、芭蕉の死により実現しませんでした。
30松尾芭蕉の弟子千山の墓
姫路出身の商人、俳諧師であった井上千山(風羅堂三世)は向井去来を通じて松尾芭蕉を姫路へ招く約束をしていましたが、芭蕉の死により実現しませんでした。
31放生池
紅葉の時季に映えそうなロケーションでした。対岸に少し梅の花が咲いていました。
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31放生池
紅葉の時季に映えそうなロケーションでした。対岸に少し梅の花が咲いていました。
32放生池のカルガモ
カルガモのカップルでしょうか。中睦まじくお昼寝の時間のようでした。引越しの時期は大活躍で忙しそうですね?
32放生池のカルガモ
カルガモのカップルでしょうか。中睦まじくお昼寝の時間のようでした。引越しの時期は大活躍で忙しそうですね?
33随願寺梅林
随願寺本堂の南方に梅林がありました。まだ5・6分咲きぐらいでした。3月20日辺りに見頃を迎えそうです。
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33随願寺梅林
随願寺本堂の南方に梅林がありました。まだ5・6分咲きぐらいでした。3月20日辺りに見頃を迎えそうです。
34梅林紅梅
近づいて見ると、光の当たり具合のせいか鮮やかでした。
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34梅林紅梅
近づいて見ると、光の当たり具合のせいか鮮やかでした。
35梅林白梅
白梅は非常にプリティでした。桜より和風情緒が漂っています。
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35梅林白梅
白梅は非常にプリティでした。桜より和風情緒が漂っています。
36池田輝政墓所
安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将で、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕えました。姫路城を現在残る姿に大規模に修築したことで知られ、姫路宰相と称されました。
36池田輝政墓所
安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将で、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕えました。姫路城を現在残る姿に大規模に修築したことで知られ、姫路宰相と称されました。

装備

個人装備
長袖シャツ ズボン 靴下(厚手) 防寒具 手袋(防水加工) 軍手 雨具 スパッツ 日よけ帽子とフード 雨用帽子 登山靴(防水加工) 靴ひも予備 アタックザック ザックカバー 地形図 コンパス ファスナー付クリアーファイル 筆記用具 携帯 時計(防水) タオル カメラ 飲料水(スポドリ&茶) 水筒(保温) 非常食(栄養補助食品) スマホ(山使用可能) eTrex30(GPSナビゲーター)
備考 お花見も兼ねられる山なので、お弁当や熱い飲み物を持参し、敢えてここで昼食を取るのもありです。くつろげる場所がたくさんあります。

感想

 最初は梅の花が咲いていそうな地域に絞って山行計画を立てました。隣のたつの市には綾部山という西日本有数の大規模な梅林があるのですが、山としての楽しみはあまりなく、かつ人が多すぎて自然を純粋に満喫するには物足りないので、今回山そのものも楽しめそうな姫路の増位山に照準を合わせました。

 昔、増位山という(公称)姫路市出身の力士がいました。大関まで昇進し、当時は史上初の親子大関として話題になった力士です。どうもこの山に因んでつけられた四股名のようです。山の本当の名前は“ますいざん”だったのですが、“○○ざん”という力士で出世した者はほとんどいなかったので、“ますいやま”にしたそうです。いつしか、山そのものも“ますいやま”が一般化しています。ちなみに力士だった増位山は歌手として「そんな女のひとりごと」が130万枚の売上を記録するなど横綱クラスでした。コース上で出会った地元(姫路市白国)の人に尋ねると、一度彼に郷土のステージ(現随願寺境内藤棚付近)で歌を唄ってもらう予定でしたが、当時は車道がなく現在の参道(歩道)を歩いて登ったために、途中でバテて歌が唄えなくなったというエピソードを教えてくださいました。
 
 さて、今回のコース上には歴史上のビッグネームの縁の地や史跡がたくさんありました。詳しくは個々の写真に説明文とともに掲載しています。黒田家(官兵衛など)をはじめ、池田家(輝政など)、榊原家(政邦など)、豊臣秀吉、松尾芭蕉、在原業平・・・全国に名をはせた武将や文化人にまつわるエピソードが数多く残っています。姫路の梅観賞コースとして設定したコースが梅以上に歴史の宝庫であることに今回初めて気が付きました。また、猪の宝庫かもしれません(;一_一)…痕跡がいっぱい残っていました。

 今回は大半が歩きやすいコースを進んだのですが、唯一“幻のびょうぶ岩”探しのために道なき谷を上っていきました。そんなにひどいヤブではありませんでしたが、途中カラスザンショウ<写真22参照>という柑橘系の臭いからは想像できないサボテン以上に凶器に近い植物を見つけました。DASH島(TV番組)でも話題になっていた植物です。もし直接手で握っていたら血だらけになっていたでしょう。結局、往復25分かけたものの、幻のびょうぶ岩は資料も何もなく発見した岩<写真23>かどうか確認ができないまま終わりましたが、しばらくは自分の中ではびょうぶ岩ということにしておきます。この他にもまだまだ人に知られていない秘密がたくさんありそうな山でした。

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利用交通機関: 車・バイク
技術レベル
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体力レベル
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