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2014年06月03日 23:37登山医学全体に公開

第34回・日本登山医学会・学術集会を聴講

2014年5月31日〜6月1日に東京豊島区にある自由学園明日館において第34回日本登山医学会学術集会が開催された.

今回の目玉は何と言っても、昨年5月に80歳でエベレスト登頂に成功した三浦雄一郎氏に関する記念講演であった。演者は、彼の医療サポートを行った国際山岳医の大城和恵医師で、「80歳エベレスト登頂を支えた挑戦〜リスクをいかに減らすか」というタイトルで行われた。
また、一般演題であったが、鹿屋体育大学の山本正嘉教授から、「三浦雄一郎氏の体力特性から見た80歳でのエベレスト登頂成功の要因」という発表があった。
上記2演題はどちらも興味深く拝聴できたので、簡単に講演要旨をまとめておきたい。

1.大城和恵氏講演

大城和恵医師は国際山岳医の資格を持つ循環器が専門の女医さん。彼女は、三浦さんのエベレスト挑戦に対して、その準備段階から身体評価や体調管理、併存疾患に対する治療に携わっていた。
三浦さんは身長164cmにして体重は85Kgと肥満体型。併存疾患としては、高血圧、耐糖能異常、脂質異常症、無症候性労作性狭心症、不整脈などを抱えていた。

まず彼女が行ったことは、登山するための体調を整えることだった。エベレスト遠征の5か月前に予備遠征を行い、身体機能をチェック。その結果、平地での運動負荷試験では検出できなかった不整脈発作を発見した。これに対して遠征後に複数回にわたるアブレーション手術を行った。また狭心症に対しても専門医の下で精査と治療を行った。
登山中の突然死の半数は、心臓病だそうだが、三浦さんはまさに心臓突然死のリスクファクターをいくつも抱えていたようだ。

エベレスト本番での戦略としては、毎日の体調管理として、体温、尿量、血圧、心電図、心拍数を測定。歩く速さは、心拍数がAT(無酸素作業閾値)を超えないように努めた。また行動中は常にAEDと酸素ボンベを持ったサポーターを三浦さんのすぐ近くに帯同させ、万が一に心臓発作が起きた時に迅速に対応できるようにした。水分補給や栄養補給の管理を徹底したこと(幸い三浦さんは食欲が全く落ちることなく、よく食べたとのこと)。高度順応をゆっくりと行ったこと。酸素を積極的に使用したこと。など工夫を凝らしたとのことだった。また医療機器の進歩も成功の大きな要因となったようだ。特に酸素供給システムは、同調器(酸素が吸気時のみに流れる)の導入により、酸素ボンベの消費を抑え、効率よく使えるようになったとのことだった。

今回の成功の要因をまとめると、起こりうる危険をあらかじめ予測し、遠征前から一つずつ具体的な対応を積み重ねたことが無事登頂・下山に結び付いたのではないか、とのことであった。

2.山本正嘉氏講演

山本教授からは、三浦さんの80歳でのエベレスト登頂の成功要因についての発表があった。山本教授は、三浦さんが69歳の時から体力測定を続けており、彼の70歳、75歳、80歳の3回のエベレスト登頂成功に貢献している。

体力測定の結果を見ると、驚くべきことが判明した。三浦さんは、70代前半に比べて体重は増えているが、体脂肪率は増えていない。つまり体重増加は徐脂肪組織量の増加(≒筋肉量の増加)ということだった。体幹の筋力をみても、背筋力は70歳や75歳の時よりも増加していた。骨密度も20歳台相当だそうである。
一方、心肺機能を測定してみると、肺活量(2200ml)と最大酸素摂取量(25.4ml/Kg・分)は年々低下してきており、80歳の年齢相応であったそうだ。

以上、三浦さんの身体能力をまとめると、筋骨格系の能力は20〜40歳相当の高いレベルが維持されているが、心肺能力は年齢相応に低下していると評価された。

では心肺機能(特に最大酸素摂取量)が低いのにエベレストに登頂できた理由は何か?
 実は、最大酸素摂取量は吸気酸素分圧にも依存している。つまり高度があがるにつれて最大酸素摂取量も低下する。ある研究によると、最大酸素摂取量が60ml/Kg・分のアスリートでもエベレスト山頂近くでは15ml/Kg・分まで低下するそうである。ならば、逆に高齢者においては最大酸素摂取量が低いというハンディキャップは、超高所では小さくなる可能性もあるのでは、と山本教授は考えた。実際超高所では、酸素分圧の低下により3〜4メッツ程度にゆっくりと歩かざるを得ない。すなわち三浦さん自身も非常にゆっくりと登ることによって、必要な酸素量を少なくして、最大酸素摂取量が低いという短所を補ったのではないだろうか。もちろん酸素吸入という補助手段が有用であったことは間違いない。

 つまり三浦さんには、心肺能力の低下という不利な条件であったにも関わらず、自分の体重と重荷(20Kg程度)を持って歩くという筋力が維持されていたことが有利に働いたと考えられる。

 以上より、山本教授は、超高所登山においては心肺能力以上に筋力が優れていることが優先されるのかもしれない、と述べていた。

3.ここから私見

 お二人の講演を聞きながら、なぜ三浦雄一郎という人間が80歳にしてエベレスト登頂を成し遂げることができたのか、私なりに考えてみた。大城医師は、この偉業は三浦さんだから達成できたと言っていた。三浦さん以外の80歳の人間には多分できないだろうと。逆に山本教授は、三浦さんでなくても条件がそろえばだれでもできると言っていた。この差はどこにあるのか。

 おそらく、どちらの意見も正しいと思う。すなわち条件がそろえば三浦さんでなくてもできる。ただし条件が揃う人は三浦さん以外にはおそらくいないだろう、ということではないだろうか。

 ではその条件とは何か。それは三浦さんの持つ知名度、組織力、資金力、知力、体力とは別のものだと思う。もちろんそれらのことは必要条件であるかもしれないが、十分条件ではない。彼は、本来ならばもっと減量するべきであったが、無理には行わなかった。山を登るなら減量した方が有利なことはわかっていただろうが、そんなちっぽけなことはやらない。高血圧の薬も実はずいぶんサボったそうだ。トレーニングも多分それほどストイックに行ったわけではないだろう。

 彼がエベレスト登頂に成功した要因は、彼の山での生活力にあるのではないだろうか。すなわち長期間にわたるテント生活に耐えられる能力を持っていたことだと思う。テントの生活は決して楽なものではない。まず居住空間が狭い。立って歩けるスペースはほとんどない。室内に空調設備はないし、テレビがあるわけでもなく風呂に入れるわけでもない。もちろんプライベートはトイレを含めて全くないといって良いだろう。

 このような生活環境では、日にちを重ねるごとにストレスがボディーブローのように効いてくる。ましてや80歳の高齢者にそのような生活が耐えられるだろうか。三浦さんはおそらく、その生活に全くストレスを感じることなく、しっかり睡眠をとり、食欲が落ちることもなく体力を維持することができたのだろう。ここが一般人との最大の違いではないだろうか。彼は持前の天真爛漫な性格(おそらく)で、テント生活を存分にエンジョイしたのではないかと推測できる。

 やりたいと思ったことを、苦しんでやるのではなく楽しみながらやれること。達成したいことを、ストイックに追い求めるのではなく、さりげなく達成できること。新しいことを挑戦するときに、普通の人が困難だと感じることを何とも思わないこと。三浦さんはそんな人なのかもしれない。
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