雨の音が好きだ。
雨の音を聞きながら、惰眠を貪る。思考に耽る。本を読む。
風音のしない純粋な雨の音だけの今日は、文章を書こうと思う。
しかしいかんせん、文章を書き始めると煙草の本数が増えるのだけは頂けない。
そんなしとしと雨は、沢の中では気づかない。ふと気がつくと雨が降っていた。いつもそんな感じだ。常に足元は濡れていて、体は湿っぽい。濡れた体は寒さ震えをよび、思えば不快だらけの状況だ。
この感覚に快感とまではいかないまでも、不快という感覚がなくなったとき、ああ沢ヤの仲間入りできたんだなと思った。
岩とは決定的に違うと思う沢の登攀は、歩きの疲労が残ったまま登攀することだと思っている。そして登攀が終わってからもまた歩き続けなければならない。疲労を知らない仲間たちが恨めしく思うこともある。あなどれない捲きもあるが、捲くことの出来る滝が現れたときはどれだけほっとできることか。
アラクラ谷の核心部は登攀の滝、捲ける滝がバランスよく配置されたよい谷だと思った。
アラクラ谷へは尾根越えで入渓した。アプローチや下山を考え、しばしばこのような方法が選ばれることがある。これは短い谷を一本余分に遡行することになる。そしてしっかりツメの薮こぎもあった。
アラクラ谷に降り立つ。そこはまさに癒し系の谷。沢床は浅く、適度な広がりをもち、広葉樹が目の高さまで枝を伸ばし谷を覆っている。高低差もほとんど感じられない。水の中には魚影が走り、岩魚と追いかけっこするように沢の中を歩み進めて行く。こういう時間の感覚を忘れ忘我の中に浸かることにたまらない爽快感を覚えた。
「アラクラ」とは荒れ狂う、荒くれるから来た山、谷の名と聞いた。
とたんに谷は姿を変え、まさに沢登りの谷と変化する。せせらぎだった水の音は轟音に変わり、目前に立ちはだかるように岩峰が現れだす。水の流れは狭まり、屈曲的に岩の間を縫うようにジグザグに走りだす。いよいよゴルジュの始まりだ。
水流の中にホールドを探り、倒木を利用し高さを稼ぎゴルジュの中を進んでゆく。滝の直登は無理でも安易な捲きで通過できることで安心感を覚え、ゴルジュに対する恐怖感不安感は収まってゆく。確かに困難な滝をやっつける征服感も大切なのだろうけれども、どうしても安心感を求めてしまう。これは性格からくるものなのか、気弱というか事なかれ主義というか、沢の中にまで持ち込んできてしまっていることに情けなさを感じる。こんな性格に男としてほんと嫌気がさす。
外はまだ雨が降り続いている。今日で三日目だ。今年は空梅雨だったが。
まだ雨の音を聞きながら文章を書き続けられる。
とうとう通過困難な、容易に捲けない滝が現れた。
捲きが無理となると、滝身に弱点を探し求めなければならない。とにかく近づいてみる。まずは滝壷の深さだ。そっと足元を確かめながら、徐々に歩みを進めてゆく。深さは腰下程度、手にはガバはなし。基準としてガバホールドなら手で体重を支えられる、この場合濡れた体を引き上げられる。膝辺りに足のホールドを探す、これもない。こうなると今度はカチホールドを両手に探す、そして見つかる。次は体を引き上げた時に足を置くホールドだ。このホールドが見つからない状態で、体を引き上げてそれからのホールド探しでは体力を無駄に消耗するだけだ。状況によると落ちるフォールすることになる。沢でのフォールは体力的精神的にダメージが大きいと思うし、その後の遡行に影響することも大いに考えられるので、目に見える怪我を負わなくてもあってはならないと思う。繰り返しになるかもしれないが、ここでの判断が難しい。この突っ込みの尻込みはただの臆病なのか、ほんとに無理なのかである。僕自身ここで尻を叩かれることが多い。そしてその場合はほとんど登れているので、やはり自分は慎重過ぎて臆病、要はビビリ屋なのだと実感させられる。ただここで尻を叩かれて、技術スキルが著しく伸びて行ったことは事実であり、そして実感もしている。
膝上、体左に2センチメートル程度のバンド状のホールドを見つけた。よしこれで一段登れる。滝壷に浸かった体の水が流れ落ちるのを待つようにゆっくり体を引き上げ、ホールドに左足の拇指球をそっと置いてゆく。よし引っかかった。これなら体重を支えられる。体を安定させ次を探しにいこうとしたところで残置ピンがあるのが目に入った。これはラッキーだった。先人に感謝の祈りを捧げたいくらいだ。これでもうこの滝の下段は登れると判断した。とりあえずピンにカラビナを掛けスリングを通す。A0、スリングをつかみ呼吸を整える。
登攀において、呼吸を僕はいつも大切にしている。どうしても体を引き上げる時は無呼吸になり、その後大きく息を付くことになるから、常に呼吸を一定に保つように心掛けている。荒い呼吸は無駄に体を揺らし、精神をみだし登ることへの意欲も阻害する気がする。要は常に冷静でいることを心掛けるということだ。
深い長い呼吸をしていると、ビレイしているボスもこれは行けると判断したのか、空荷で行けと指令が飛ぶ。ザックを降ろすには難儀な姿勢ではあったが、バランスを意識し慎重に片腕ずつザックを降ろしにかかった。空荷になった身軽さで、カチホールドを拾い、足に水流に洗われたフリクションを求め、ゆっくり慎重に登ってゆく。
登りきる直前から、今度はビレイ支点探しを始めることになる。幸い今回は大きな倒木が早くから目に入っていたため、まったく問題なく支点は作れると判断していたが、これがないとほんと焦ることになる。極力、カム、ピンでの支点は避けたい。どうしてもビレイ中に外れや抜けはしないかと心配しながらのビレイは気持ちのよいものではない。もしセカンド以降が落ちた場合、支点が抜け、セルフをそれに預けている自分自身も引きずられて落ちることになる。このようなことは、リードで登りそのままビレイに入る者でないと分からないかもしれない。なのでセカンド以降も確保されていると安心せず絶対落ちない登攀をしなければならないと思っている。経験からゴルジュ内はよい支点が取れないことが多い。時には自分が登ってきた経過とセカンド以降の技量を判断して支点を取らないこともある。自分の体重をアンカーにするわけだ。そしてこれは時短にも繋がる。山での安全という意味において、山行スピードは非常に重要なことだと僕は考えている。
2段目は思った以上に立っていたが、真正面、水流の中に倒木が1本走っている。倒木の枝先部分はまったくあてにできなかったが、付け根は十分なホールドにもなるしプロテクションも掛けられる。
倒木のホールドをあてにして登るのだが、水を頭から浴びることになる。シャワークライムの典型である。
体重は預けられない折れた枝を支えに登りを開始する。ここも足を滑らせると、身長分は落ちることになるので慎重に進む。
胸付近を水に濡らすと、とたんに震えるような寒さを感じだす。1分間も浴び続けると、震えは止まらなくなる。セカンド以降のために長いスリングを用い、1つ目のプロテクションを取る。この木にスリングを巻き付ける行為が、寒さに拍車をかけ震えが止まらなくなった。このまま登るのは無理と、水流右に直接水の当たらないところがあったので逃げる。体は震えが止まらないし、もう手までかじかんできている。たぶん今、会話もままならない状態だろう。顎がガクガクだ。カッパを着込もうにも、ここでザックを降ろすのは不可能。あと数メートル、やはりこのまま登るしかない。滝は想像以上に立っている、水流は避けられそうにない。意を決して登ることにするが、また一歩が難しい。つるつるの倒木への一歩はそっと優しく足を乗せないと、滑らせ落ちることになる。体はガタガタ震えている、思うように足が動かない。それでもなんとか一歩を踏み出し、体を水流へ乗り込ませた。
強い水流は否応なく体温を奪ってゆく。もう指先の感覚はない、それでも心を鬼にしてじっとひと呼吸、深呼吸をしてプロテクションを探る。ちょうど目の高さ、しかし水流のもっとも激しいところに枝の付け根がある。細引きをプルージックでかけられそうだ。でも片手しか使えそうにない。右手は支えで捉まえておかないと、両足のフリクションだけでは少々心もとない。仕方なく左手と歯を使い、肩にかけたギアラックから6ミリの捨て縄用の細引きを取り出しほどく。この間水に打たれ続けている体は、水圧に引きはがされないよう、しっかり安定を保っていないといけない。またひと呼吸、呼吸に意識をおいて、水流に弾かれないよう細引きをセットする。幸いなことに、頭からは水を浴びていないため体を下方に押さえつけられる力は加わっていない。
ここを乗り越えると、水流の勢いもおさまり、横方向に倒れている木も現れて、容易に滝の上に出ることが出来た。
さあ、ここで一息ついている暇はない。直接水を浴びていなくても、水しぶきと水流が引き起こす風により、ビレイを任せている者、そう下方にいる人たちもかなり寒い思いをしているに違いない。早速支点となるものを探し、支点工作を始める。
ここでのコールは、水音で声が非常に聞き取りづらい。よってコールは2つ、「解除」と「OK」のみ。下方はボスだ、いわば僕に沢のノウハウを教えてくれた人。なんの心配もない。「解除」のコールがかかれば、その後のロープアップに備え、セカンドの登攀準備にとりかかるだろうし、それは僕が支点工作、ビレイ準備を終えるより早く終わらせるに違いない。支点工作を終え、ビレイの準備が整うと「OK」のコールをかける。そしてセカンドが登り始める。
僕のビレイデバイスはルベルソ4だ。これは下方へのロープの流れに対してロック機構があり、手を離してもロープは流れない。ただただロープ流れを見守りながら、たぐり寄せるだけだ。
寒さに耐えながらビレイをし、そしてセカンドが登ってくる。セカンドはリードがセットしたプロテクションを回収し、そしてラストの確保用のロープをバックロープとして引き上げている。
今回セットしたプロテクションは3本。木に巻き付けた、スリング、細引き、カム。この回収も楽ではない。水流に浸されたスリング類は、テンションも掛かりプルージックが固くしまっている。水に邪魔され、半ば手探りで回収していかなければならない。リードは手がかりのために、自分の安全のために、だからいいが、セカンドの回収はある意味まったく無意味な行動となる。先へ進む、登ることにおいて必要な行動ではないからだ。でもそんな理屈は通らない。自分に課せられた義務として、必ず回収せねばならない。水流でびしょびしょになりながら、かじかむ手で回収してきてくれた。
セカンドが登り終え、セカンドが引き上げたバックロープを使い、ラストをビレイする。ラストが登る時には、すべて支点が外されている。A0支点は使えないということだ。トップロープで確保されているとはいえ、すべて自分の力で登らなければならない。そしてセカンド同様、上からの確保がある以上、もたもた登るわけにはいかない。素早い判断でホールドを探し登っていかないとならない。登攀においてリード以外に求められている重要なことは、スピードだと思っている。
この間セカンドは、回収したギアの整理を行い、1本目のロープの片付けに終始している。わずかな時間を狙い、写真を撮ることも忘れてはならない。ラストが登り終え、2本目のロープの片付けに入り、リードであった、今ビレイしていた僕は支点回収に入る。
ああ、この滝を登ることが出来た。嬉しい。
正直な僕の感想だった。この先同様の滝がでてきたら、無事登りきることが出来るだろうか。
寒さに振るえ、指先の感覚がまだ戻らない。この寒さで体力はかなり奪われた、少し休憩が欲しい。口にはできない本音を押し隠し、先に歩みを進ませた。
このような滝を登るシステムがすごく好きだ。臨機応変に色々な、知識、技術が必要とされる。すべてがうまくスムーズに進んだ時には、たまらない快感を覚える。そして経験がものをいうのも経験的に分かっている。だからこそ今でも沢を続けているのだろう。そして沢が好きなのだろう。ともに沢へ入ってくれる仲間がいてくれることにも深い感謝を忘れてはならない。
高所恐怖症の僕には、あまりに高すぎるクライミングでは怖さの方が先行し、とてもやってられない。そういう意味では、沢というか滝には適度な安心材料が周囲にあった。
この先は問題なく進み、時には休憩を交え、雑談を交わし、お菓子をほお張り、楽しい気楽な時間を過ごしてゆく。途中微妙な登りも交えながら、たんたんと歩みを進めて行く。そんな中でも次に出てくる大滝に備え、不安をふっきり、体力を温存する遡行を心掛けた。
それにしても沢はいい。自然のなかにどっぷりつかり、水の音と鳥のさえずり。都会の雑念を払い、歩くことに集中し、時には仲間との会話を楽しむ。
でも、現れる支流にたいしてコンパスを振り、地図を見て現在地を確認することは忘れてはならない。
谷が屈曲しているその先に滝は現れる。
このアラクラ谷には、地形図上でも読み取れる、露骨な屈曲箇所がある。いよいよアラクラ大滝の登場だ。
正面左手の斜面、新緑の緑に覆われた中に一部分岩肌が露出している。岩肌からは、陽光に照らされた水しぶきが水滴の塊となって飛び出している。下の方は緑に覆われて見えない。大滝は落ち口付近から半分程見えるに留まっている。
アラクラ大滝は想像以上に大きく高かった。滝は大きく左右に裾を広げ水の流れはその中心にある。途中には横方向のバンドも確認でき、階段とまではいかないまでも梯子状に段差を付けている。
登るとしたら右と判断し、左岸を注視しルートを探った。
先ほどの滝では、スリングが不足した反省をうけ、ギアの確認を行う。個人の手持ちでは足りそうになかったので、仲間からギアを借り受け、カム、ハーケン、スリング、カラビナの数を頭に入れる。
40メートルロープの末端をハーネスに結び、ビレイヤーであるボスに合図を送り、登攀を開始する。
下方の岩は乾いていて、しっかりしたホールドもあちこちに見受けられる。これは楽に登れそうだなと思った、それでも慎重に呼吸を整えながら一手ずつ進んでゆく。容易に登れると、安易に先へと進んでしまいプロテクションを取るのを忘れて登りに集中してしまう恐れがあるため、レストできるポイントに到達すると必ずプロテクションを取るようにする。間隔を詰めすぎてプロテクションをとるとギアの無駄使いになってしまうため、その辺は適度に調整する。数メートルを登りちょうどいい感じのレストポイントにたどり着いた。胸の高さには、ハーケンを打ち込めそうなリスが豊富にある。ここに1本目のプロテクションを取ることにし、ハーケンを打つ準備を始める。さすがに体はまだ垂直に立たなければならないところだったので、両手を離して打つのはためらわれた。片手でのハーケンの打ち込みに備え、ハーケンに細引きを通し落下防止措置をする。ハンマーの振りやすい位置のリスを探し、ハーケンの向きを確認しそれを差し込む。始めは軽く、ハーケンが弾かれないように、そしてリスに完全に入り込むと強く叩きだす。
気持ちいいくらいにしっかりハーケンは入っていく。ハンマーによる甲高い金属音は、谷中にこだまし、僕はもとより仲間たちにも心地よく感じられたに違いない。ハーケンにカラビナを掛けスリングを通す。下の方のプロテクションのスリングは、その後のロープの流れを考慮し長めのをかけることになる。120センチメートルのスリングをかけ、そしてロープをかける。長いスリングをかけるということは、もし落下した場合、その分、今は120センチメートル落下距離が増えるということで、あまり気持ちのいいものではないが、先のことを考えると致し方ない。
常に足元のホールドを意識し、極力足場を安定させ先へコマを進める。次のプロテクションは狭い岩の裂け目、リスがないため、カムでとることにした。カムのセットはほんと難しい。しっかりクラック状になっていれば容易なんだが、沢ではあまり期待しないことにしている。今回も下向きのいいセット箇所がなく、無理矢理セットしたが、案の定登攀中に抜けたらしい。回収のセカンドに教えられた。
滝は上部にに行くにつれて岩肌がヌメってきた。どうしても上部は水がかかりやすく、水苔がつきやすい。足を滑らさないよう、靴底全体での均圧を心掛ける。ちょうどこの辺りから滝は階段状になってきて助かった。
ここでミスをおかした。ロープ長の配慮ミスだ。大滝は2段になっていて、下段を終えたところにテラスがある。ここで1度ピッチをきらなければならなかった。上段はさらに容易に登れるピッチであったにもかかわらず、先を急いでしまった。気持ちの焦りからきたミスだ。
上段を登り始めて数段登った段階で、ふと気づき、ロープの残りを問うと「いっぱい」という返答。しまった、ここでビレイ支点は作れない。見上げると3メートル程先に立ち木がある。「あと3メートル」とコールをかけた。「OK」との返答。たぶんビレイヤーであるボスは、登ってくれたのであろう。ロープ長を3メートル稼ぐために、3メートル滝を登ったのだ。こんな臨機応変に無理のきくボスに甘え、登りに集中できることに心の中で感謝した。
そしてビレイ支点を作り、セカンドが登り始める。順調にプロテクションを回収し、よいスピードで登ってくる。ビレイ点から下段は見えないが、テラス部分は見える。セカンドの頭が見え始め、テラスへ体を乗り上げる。笑顔でお疲れさまなんていいながら、労をねぎらう。そして上段へとりかかった。すると途中でラスト用のバックロープがピンと張られ、いっぱいになっている。
ああ30メートルだった。
今回は二人が40メートルと30メートルのロープを持ってきていた。リードの僕は40メートルで登った。ということはもう一本のロープは30メートル、そうだ30メートルしか登ってはいけないのだった。時はもう遅し、セカンドにその場でビレイ支点を作れないか問うたところ無理という返答。しかたない、セカンドを確保していたロープを固定し、それを支点として、その場でセカンドにラストをビレイしてもらった。
このラストのボスの登り、あまりに速くてセカンドのビレイが追いつかない。いくら昔登ったことのある滝とはいえ、そのスピードはないと思う、少しはロープアップされるのを待っててくれないと。
ラストのボスが中間テラスに這い上がる。そして一言「やっぱそこ(上段)まで登ったんか。どうりでロープが足りないと思ったよ。ここでピッチきらないと」。お叱りはごもっともです、反省の冷や汗が流れた。
大滝を登り終え、充足した気持ちでまた歩みを進める。大滝を越えたとたんここはもう源流の雰囲気をかもしだしている。それまでのゴルジュの荒々しさはもうすっかり影を潜め、浅い広めの流れが蛇行している。高低差も感じられない。ここは「天の川」と呼ばれている場所らしく、まさにそのような癒しの空間だった。
この辺りは歩きやすかったため、いいスピードであっというまに終了となり、そして水も枯れだし、いよいよ沢のツメの部分となる。谷は尾根直前まで谷筋を残し、ほんの10メートルそこそこで薮の稜線に乗っかった。なんと薮コギはなかった。北陸の谷では考えられないくらい、あっさりと尾根に乗っかった。ただし尾根の先から進む方向には、濃密な薮に覆われていた。
沢登りの面白さの中に、ツメの選択がある。事前に地形図をひろい、どのルートを行くのか。ツメに近づくと無数の谷筋が左右に現れだす。本流を進む分にはまだよいが、それもだんだんとどれが本流か分からなくなってくる。都度、標高を確認し、コンパスを振り、現在地を確認してゆく。そしていよいよという段階になって、GPSが登場する。
これが登場すると、もうゲーム感覚だ。だが地図と現状の違いというか、うまく進めることはまれである。だからこそ探検というか、宝探し的な面白みがあるのだと思う。家に帰ってGPSのログを見る、一番の楽しみはツメの部分であることは間違いない。
ゲーム感覚というが、GPSの強力な利点として、下山の谷を間違えにくいということがあげられる。この山域には登山道が付けられていないところが多い。谷が我々の道となる。谷という性質上、稜線からの支尾根を一本間違えると、とんでもない方向へ行ってしまうことがある。こうなった場合の時間的肉体的精神的ロスはダメージとして大きな部分をしめることになる。遭難とまではいかないが、あってはならないことだと思う。だからこそ僕らは積極的にGPSを利用している。
稜線に出て、GPSで位置を修正し、下降点を見極める。目標の谷へコンパスをセットし、方向を決める。下降の開始だ。
下降の薮は順層で、草木の流れる方向に身をまかして進むようにする、半ば落ちて行く感覚だ。登りのそれと比べるとはるかに楽で、個人的には好きな得意の分野である。草木に覆われた足元の見えない部分では、崖になっている箇所に注意し、谷筋が現れるまで突き進んでゆく。今回は標高線の詰まった谷を選択したため、崖の連続で少々苦労はしたが、とにかく谷筋へ降り立った。まだ水のない谷は、砂泥、浮き石で歩きづらい。そろそろ肉体的にも疲労を覚え足裏あたりが痛みだす。もうひとふんばりと、だましだまし下降を続ける。出てきた小滝には極力クライムダウンし、捲ける滝は捲き降りる。懸垂下降は楽しいが時間がかかりすぎる。難しい谷では、登るよりも下降に時間がかかることがあるくらいだ。時間の厳しい山行では、安易に下降の谷を選んではいけない。
今回は標高線の詰まった谷を選択したせいか、予定の倍近い時間を費やして降りることになってしまった。原因は、懸垂支点を取りやすい木があまりなかったことと、捨てピンを打つリス探しに手間取ったせいだろう。だが短い谷のため時間がかかったといえども、たいした問題にはならなかった。
地図での標高値を見誤っており、突然現れた下山地点の林道に戸惑いながら、本日の遡行は終了となった。
今回は大阪の有名な会の方と、ご一緒した遡行だったが、車に戻ったときお疲れさまでした、と握手を求めてこられた。このことが強く印象に残っている。今回はいい遡行だった。すべてに感謝をささげることにしよう。
すっかり雨はあがってしまったが、まだまだ梅雨空は続きそうだ。
また次にこのような文章を書ける日を期待したい。
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