青里岳から五剣谷岳、銀次郎、銀太郎、木六山と高度を落としていく五剣谷山脈。三方ガリから灰ヶ岳・毛石山を越える毛石山脈。〜この支尾根の狭間に深々と、亀裂のごとく谷が食い入っている。西から仙見川、杉川、早出川本流である。この三本が下流で合流して早出川となり、阿賀野川に注ぐ。流域の九十%の水を集めるという三本の谷が川内の内臓である。いずれも鋭利な刃物で掻爬(ソウハ)したような俊敏、苛烈な谷である。
大げさに言えば、これらの谷には安らぎというものがない。闊達な河原や宏大なブナの森といった渓の安らぎが、内臓の一片にも満たないほどに微少である。これらの渓はいきなりゴルジュで始まって、あとはもう途方もなくゴルジュが続く。流域の五分の四がゴルジュと思えばいい。それも徹底的に標高を抑え込まれて、ほぼ水平に流れる。〜残り五分の一に至って谷はやおら頭をもたげ、あとはもう瀑を連ね頂陵に向かって一気呵成に駆け上がっていく。
川内はもはや箱庭である。里人が去り、大いなる晴朗の所産だった径形も消え、ヤマビルとメジロアブに守られたこの山域が、とてつもないそんざいとして、いまある。人跡かすか、記録の乏しき谷を目指して川内に入っていい。桃源郷に潜む岩魚を夢見て分け入るのもいい。ただ、いまこの国で、紛ごうかたなき珠玉の谷であることを知ってほしい。
『一期一会の渓』(川内の山と渓)高桑信一著
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