そんな父は消防署に勤めていたので、二?三交体制だった為、夜いないことが多いイメージが強い…
なんで消防署で働いたのか聞いたら、私からしたら、おじいちゃんが47歳(父はまだその頃20歳にもいってなかったらしい)で脳溢血で亡くなる少し前に『安定した職業に就きなさい』と言われたようで、消防署に勤めたとのことだった
身長が高くて、制服の着こなしが格好良くて自慢のできるお父さんだった
いつもお父さんと歩くのが、なんとなく誇らしかった…いつも守ってくれてたんだろうなぁ…
小学1年の時に母が家を出てしまってからは、父が授業参観に必ずくるのですが、いつも来るのが早くて目立ってたなぁ😅それでも周りから『○○ちゃんのお父さんて格好良いよね』って言われるのが、たまらなく嬉しかった🫧
山にも海にも、ギョーザが食べたいってなれば夜高速乗って宇都宮に行って、焼きとんが食べたいってなれば東松山に食べに行って、レースが見たいってなると鈴鹿サーキット・富士スピードウェイ・ツインリンクもてぎへ行ったり思いついたら即行動の父
思い出がたくさん🌿忘れることのできない思い出
そんな父も今度の11/23勤労感謝の日で亡くなって16年が経ちます(11/10の誕生日 52歳迎えて満足して亡くなったのかな…)それにしても早すぎだよ…
時が経つのは本当に早い
亡くなって16年、その間私は結婚出産し、そして離婚…と色々ありました…
いろんなことを経験して、親の偉大さを感じました
特に子供の前では弱音を吐かなかった父
やっぱり親はすごいなぁ
私はガンを患ったからこそ、命のありがたさを改めて感じ、これからは私らしく楽しく悔いのない人生を送りたいと思いました
大切な人ができた今、第2の人生を幸せに穏やかに過ごしたいと心からそう思いました
お父さん、私はまだそちらにいくことはできないけど、天国から私を見守っていてね🎋お願いします
みなさま、わたしの長々な日記を読んでくださり、ありがとうございます。また拍手をしてくださった方々どうもありがとうございました。
コメントを編集
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する