ヤマレコ

最終更新者 matoyan
基本情報
場所 北緯34度15分22秒, 東経133度44分01秒

仏母院 (基準標高7.4m)付近の気温

10月の気温(推定値)
最高気温
22.6
平均気温
18.2
最低気温
14.2
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周辺の平年の気象状況

10月の気象
日照時間 5.6 時間/日
降水量 3.1 mm/日
最深積雪 データなし
気象データの範囲(1km四方)
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※本ページ記載の気象データは、国土交通省が公開している国土数値情報をもとに推定を行ったものであり、現在の気象情報を示すものではありません。登山の際は必ず山の天気予報 ヤマテンなどの山の気象予報をご確認の上お出かけください。

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仏母院
【テキスト】 南禅寺(左京区南禅寺福地町) 臨済宗南禅寺派の大本山。山号は瑞龍山。正しくは太平興国南禅禅寺。本尊は釈迦牟尼仏。前身は亀山天皇が文永元年(一二六四)に大宮院(亀山天皇の母)の御所として造営した離宮禅林寺殿。開山は無関普門。正応五年(一二九二)に伽藍の整備が本格化し、永仁元年(一二九二)の仏殿(金剛王宝殿)の落成から最後の法堂の完成まで、約十五年を費やした。建武元年(一三三四)に京都五山の第一位となり、その後、足利義満によって五山の上とされ隆盛した。武家の信仰が篤く、「南禅寺の武家面」と称された。国宝の亀山天皇シンカン「禅林寺御起願文案」は、永仁七年(一二九九)に書かれ、これに従って歴代住持の選任の規定を定めたとされる。方丈は国宝で、天正年間(一五七三〜九二)の建立。大方丈と小方丈からなる。大方丈は慶長十六年(一六一一)に御所の建物が下賜・移建されたもので、旧正親町院御所の宸殿ともいう。小方丈は伏見城の遺構とも伝えるが定かでない。重要文化財の勅使門は慶長年間(一五九六〜一六一五)造営の内裏の日御門が寛永十八年(一六四一)に下賜・移建されたもの。三門も同じく重要文化財で、同五年(一六二八)に藤堂高虎の寄進により再建された。楼上からは京都市街が一望でき、歌舞伎『楼門五三桐』における石川五右衛門の「絶景かな絶景かな」で知られる。また、方丈庭園は国の名勝に指定されている。大方丈御昼の問の金碧障壁画として、群仙図とともに主題とされた「二十四孝図(陸績図)」は重要文化財に指定されている。
【テキスト】 南禅寺(左京区南禅寺福地町) 臨済宗南禅寺派の大本山。山号は瑞龍山。正しくは太平興国南禅禅寺。本尊は釈迦牟尼仏。前身は亀山天皇が文永元年(一二六四)に大宮院(亀山天皇の母)の御所として造営した離宮禅林寺殿。開山は無関普門。正応五年(一二九二)に伽藍の整備が本格化し、永仁元年(一二九二)の仏殿(金剛王宝殿)の落成から最後の法堂の完成まで、約十五年を費やした。建武元年(一三三四)に京都五山の第一位となり、その後、足利義満によって五山の上とされ隆盛した。武家の信仰が篤く、「南禅寺の武家面」と称された。国宝の亀山天皇シンカン「禅林寺御起願文案」は、永仁七年(一二九九)に書かれ、これに従って歴代住持の選任の規定を定めたとされる。方丈は国宝で、天正年間(一五七三〜九二)の建立。大方丈と小方丈からなる。大方丈は慶長十六年(一六一一)に御所の建物が下賜・移建されたもので、旧正親町院御所の宸殿ともいう。小方丈は伏見城の遺構とも伝えるが定かでない。重要文化財の勅使門は慶長年間(一五九六〜一六一五)造営の内裏の日御門が寛永十八年(一六四一)に下賜・移建されたもの。三門も同じく重要文化財で、同五年(一六二八)に藤堂高虎の寄進により再建された。楼上からは京都市街が一望でき、歌舞伎『楼門五三桐』における石川五右衛門の「絶景かな絶景かな」で知られる。また、方丈庭園は国の名勝に指定されている。大方丈御昼の問の金碧障壁画として、群仙図とともに主題とされた「二十四孝図(陸績図)」は重要文化財に指定されている。
南禅寺(左京区南禅寺福地町) 臨済宗南禅寺派の大本山。山号は瑞龍山。正しくは太平興国南禅禅寺。本尊は釈迦牟尼仏。前身は亀山天皇が文永元年(一二六四)に大宮院(亀山天皇の母)の御所として造営した離宮禅林寺殿。開山は無関普門。正応五年(一二九二)に伽藍の整備が本格化し、永仁元年(一二九二)の仏殿(金剛王宝殿)の落成から最後の法堂の完成まで、約十五年を費やした。建武元年(一三三四)に京都五山の第一位となり、その後、足利義満によって五山の上とされ隆盛した。武家の信仰が篤く、「南禅寺の武家面」と称された。国宝の亀山天皇シンカン「禅林寺御起願文案」は、永仁七年(一二九九)に書かれ、これに従って歴代住持の選任の規定を定めたとされる。方丈は国宝で、天正年間(一五七三〜九二)の建立。大方丈と小方丈からなる。大方丈は慶長十六年(一六一一)に御所の建物が下賜・移建されたもので、旧正親町院御所の宸殿ともいう。小方丈は伏見城の遺構とも伝えるが定かでない。重要文化財の勅使門は慶長年間(一五九六〜一六一五)造営の内裏の日御門が寛永十八年(一六四一)に下賜・移建されたもの。三門も同じく重要文化財で、同五年(一六二八)に藤堂高虎の寄進により再建された。楼上からは京都市街が一望でき、歌舞伎『楼門五三桐』における石川五右衛門の「絶景かな絶景かな」で知られる。また、方丈庭園は国の名勝に指定されている。大方丈御昼の問の金碧障壁画として、群仙図とともに主題とされた「二十四孝図(陸績図)」は重要文化財に指定されている。 (京都検定テキスト)

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