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城山<金田城跡>(じょうやま・かねだじょう・かなたのき))

最終更新:iwayatarao
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15:25 金田城跡から城山への入口 尾根筋で頂上へ
お宿を出て、大荷物とともにやってきたのは城山(じょうやま)こと、金田城跡(かねだじょうあと)。 城跡なのに登山道…まぁ、山城は山頂に作るものですからw
基本情報
標高 272.8m
場所 北緯34度18分02秒, 東経129度16分25秒
山頂

山の解説 - [出典:Wikipedia]


金田城(かねだじょう/かなたのき/かねたのき)は、対馬国下県郡の城山(じょうやま、現在の長崎県対馬市美津島町黒瀬)にあった日本の古代山城(分類は朝鮮式山城)。城跡は国の特別史跡に指定されている。
対馬島中央部、浅茅湾西側の外浅茅の南縁の城山(じょうやま、標高276メートル)の山上に築城された古代山城である。飛鳥時代の天智天皇6年(667年)に築城された朝鮮式山城で、西日本各地に築城された一連の古代山城のうちでは朝鮮半島への最前線に位置する。近世期までに城の所在は失われていたが、1922年(大正11年)・1948年(昭和23年)の調査で比定が確定され、1985年度(昭和60年度)以降に発掘調査が実施されている。
城は城山の急峻な自然地形を利用して築造されており、城山の東斜面において城壁とともに城門・水門・掘立柱建物跡の構築が認められる。特に城壁としては約2.8キロメートルにもおよぶ石塁が全周し、他の古代山城が土塁を主とするのとは性格を異にする。また掘立柱建物跡の遺構から防人の居住が示唆されるほか、出土品の様相からは奈良時代までの廃城化が推測される。古代の対朝鮮半島の最前線としての重要性、また遺構の良好な遺存状況と合わせて、文献上では知られない当時の防人配備の実情を考察するうえでも重要視される遺跡になる。
城跡域は1982年(昭和57年)に国の特別史跡に指定されている

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