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本山寺(ほんざんじ)

最終更新:buntyan

山の解説 - [出典:Wikipedia]

本山寺(ほんざんじ)は、大阪府高槻市原にある天台宗の寺院。本尊は毘沙門天。鞍馬寺、朝護孫子寺とともに「日本三毘沙門天」とも言われている。
高槻市北郊、京都府境に近い山間部に位置する。
院号を霊雲院といい、南方に位置する神峯山寺の奥の院ともいうが、本山寺の縁起によれば神峯山寺とは別寺とされている。
本山寺の寺号は戦国時代の記録には見えており、当寺と神峯山寺との関係は明確でない。
寺伝によると、役小角が葛城山で修行中に北西に紫雲のたなびくのを見て霊験を感じ、北摂の山に来て自ら毘沙門天像を彫り、堂を建てて修験の道場として開山したのが始まりと伝えられている。その後、宝亀年間(770年頃)に光仁天皇の子・開成皇子が諸堂宇を建立して本格的な仏教寺院として創建したと伝えられている。北摂三山寺として、根本山と号する神峯山寺、南山と号する安岡寺とともに北山と号して天台宗に属している。
天正10年(1582年)の山崎の戦いの際に高山右近の兵火に罹り焼失したが、慶長8年(1603年)、豊臣秀頼が鐘楼、楼門などを再建。宝永年間(1705年頃)に5代将軍徳川綱吉の生母・桂昌院が改修を加えた。現在の中の門は、伏見桃山城から移築されたと伝えられる。
戦国時代には、松永久秀がこの寺で立身出世を祈願し、その後望みがかなったことから五百住(よすみ)にある所領の良田を寄進しているほか、芥川山城より畿内に権勢を奮っていた三好長慶や、キリシタン大名としても知られる高山友照・右近親子、甲斐国武田信玄の信濃侵攻により駆逐され三好家に身を寄せていた前信濃守護・小笠原長時らが寺領の安堵状を出している。また江戸時代には、高槻城主・永井氏や皇室などの崇敬を受けている。

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