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春日山(かすがやま)

最終更新:g-okabe
基本情報
標高 180m
場所 北緯37度08分47秒, 東経138度12分20秒
 全国各地に同名の春日山がいくつもあります。ここ上越の春日山は、高田平野(上越平野)の西に位置する標高180mの峰です。北に直江津港のある日本海を、南に高田城下のある平野を望みます。
 戦国時代、山頂に連郭式山城が築かれ、難攻不落の名城として名を馳せました。この山は古来より、「鉢ヶ峰」と呼ばれていましたが、築城の折、奈良の春日大社の分霊を祀ったため、「春日山」と呼ばれることになりました。特に、上杉謙信公の居城『春日山城』があったことはあまりにも有名です。廃城になった現代でも、いわゆる『日本五大山城』の一つに数えられています。
山頂 春日山、春日山のお天上(本丸と天守台)
登山口 大手道入口、春日山神社
駐車場 春日山神社下駐車場、大手道駐車場、埋蔵文化財センター駐車場、愛宕谷公園駐車場
トイレ 春日山神社下駐車場の公衆トイレ、馬場(茶屋のある場所)の公衆トイレ
妙高はねうまライン「春日山駅」
展望ポイント 天守台(天守閣阯)・本丸阯など

山の解説 - [出典:Wikipedia]

春日山城(かすがやまじょう)は、新潟県上越市にあった中世の山城(日本の城)。主に長尾氏の居城で、戦国武将上杉謙信の城として知られる。春日山城跡は国の史跡に指定されている。
この城は、南北朝時代に越後国守護である上杉氏が越後府中の館の詰め城として築城したのが始まりとされる。1507年(永正4年)、守護代であった長尾為景が上杉定実を擁立して守護上杉房能を追放した。新守護として定実が府中に入ると、長尾氏が春日山城主となった。
上越市中部にある春日山山頂に築かれ、天然の要害を持つ難攻不落の城とされ、為景、晴景、上杉謙信(長尾景虎)、上杉景勝の四代の居城となった。しかし、上杉景勝が会津へ移った後に越後を支配した堀氏は、政治を取り仕切るに不便として、1607年(慶長12年)に直江津港近くに福島城を築城して移り、春日山城はその役目を終えた。
別名を鉢ヶ峰城ともいう。「春日山」の名称は、奈良の春日大社から分霊勧請(かんじょう)した春日神社に由来する。春日神社の創建年代は、958年(天徳2年)説、守護上杉氏の築城の際とする説、文明年間(1469年〜86年)という説などがありはっきりしない。
また、近くにある林泉寺の惣門は、春日山城の搦手門を移築したものであると言われているが、確証はない。しかし、最低でも慶長まではさかのぼるものであるとも言われ、春日山城で最も古い建築物であると思われる。
多くの絵図には石垣や天守閣などが描かれているが、ほとんど空想であり、石垣も瓦も発掘されていない。
それらをふまえ、厳密な時代考証に基づいた初の復元模型が完成、2009年1月から12月まで開催の「越後上越天地人博」で展示されている。
地域支配と侵攻に対抗するための拠点として、要害の地に支城・砦・館が配置されていた。山中には春日山城と支城・砦を結ぶ軍事用道路があった。

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