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Yamareco

記録ID: 1877223 全員に公開 ハイキング 東海

塩付街道を歩く(名古屋・鳴海〜大曽根)

情報量の目安: S
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日程 2019年06月02日(日) [日帰り]
メンバー
天候曇り
アクセス
利用交通機関
電車
往 名古屋駅〜名鉄〜鳴海駅
復 大曽根駅〜地下鉄〜名古屋駅
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GPS
05:21
距離
23.7 km
登り
7 m
下り
21 m

地図/標高グラフ


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コースタイム [注]

日帰り
山行
5時間31分
休憩
0分
合計
5時間31分
S名鉄鳴海駅08:0208:20西来寺・永井家跡08:34喚續神社08:55星宮社09:18東海道との合流09:25笠寺観音09:45富部神社・東海道分岐10:05鳥栖八剣社古墳10:28塩付橋・平針街道交差11:00鼎池跡11:40市立病院角地蔵堂12:12飯田街道交差12:39高針街道交差13:00山口街道交差13:11古出来・六社神社13:24瀬戸街道交差13:33大曽根・善光寺街道交差G
コースタイムの見方:
歩行時間
到着時刻通過点の地名出発時刻
過去天気図(気象庁) 2019年06月の天気図 [pdf]

写真

近代的な鳴海駅。名古屋の塩付街道全行程を歩く。名古屋を南から北に縦断する街道。江戸時代初期、南部の干潟塩田で作られた塩を諸街道のルートに載せるのが「塩付」の意味。江戸中期以降は瀬戸内の安価で良質な塩に押されて衰退したようだ。
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近代的な鳴海駅。名古屋の塩付街道全行程を歩く。名古屋を南から北に縦断する街道。江戸時代初期、南部の干潟塩田で作られた塩を諸街道のルートに載せるのが「塩付」の意味。江戸中期以降は瀬戸内の安価で良質な塩に押されて衰退したようだ。
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鳴海駅から1号線に沿って北西に歩くとすぐに汐見橋(扇川)と大慶橋(天白川)に出会う。塩生産は、江戸時代初期〜中期が全盛。「星崎七ヶ村」(この写真の汐見橋から笠寺の辺りの伊勢湾岸)になる。
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鳴海駅から1号線に沿って北西に歩くとすぐに汐見橋(扇川)と大慶橋(天白川)に出会う。塩生産は、江戸時代初期〜中期が全盛。「星崎七ヶ村」(この写真の汐見橋から笠寺の辺りの伊勢湾岸)になる。
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左が扇川、右が天白川。塩付街道の途中から主に5街道(飯田(伊奈)街道、高針街道、山口街道、瀬戸(水野)街道、善光寺(下)街道)に分岐し、信州や美濃や伊奈方面に運ばれた。本日はその分岐点を確認しながらの街道歩き。
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左が扇川、右が天白川。塩付街道の途中から主に5街道(飯田(伊奈)街道、高針街道、山口街道、瀬戸(水野)街道、善光寺(下)街道)に分岐し、信州や美濃や伊奈方面に運ばれた。本日はその分岐点を確認しながらの街道歩き。
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天白川を渡り、鳴尾町の西来寺方面を見る。「塩付街道」の起点には5つの説。1つめは本笠寺駅付近、2つめは目の前にある鳴尾の永井家塩蔵あたり、3つめ喚續(よびつぎ)神社、4つめは星宮社、5つめは富部神社。
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天白川を渡り、鳴尾町の西来寺方面を見る。「塩付街道」の起点には5つの説。1つめは本笠寺駅付近、2つめは目の前にある鳴尾の永井家塩蔵あたり、3つめ喚續(よびつぎ)神社、4つめは星宮社、5つめは富部神社。
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鳴尾・西来寺。5説とも全て笠寺から汐見橋あたりの笠寺台地下の西干潟であるので、起点を特定する必要もないが、今居る場所が5説の南端である。江戸初期、永井家は「鳴尾」集落で塩を支配。
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鳴尾・西来寺。5説とも全て笠寺から汐見橋あたりの笠寺台地下の西干潟であるので、起点を特定する必要もないが、今居る場所が5説の南端である。江戸初期、永井家は「鳴尾」集落で塩を支配。
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永井星渚出生地。1761年生まれの儒学者。西来寺すぐ西の駐車場の辺り。塩蔵もこの付近だったのか。永井荷風はこの家の子孫になる。
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永井星渚出生地。1761年生まれの儒学者。西来寺すぐ西の駐車場の辺り。塩蔵もこの付近だったのか。永井荷風はこの家の子孫になる。
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旧永井家付近の路地。この辺りが塩付街道起点の1つ。
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旧永井家付近の路地。この辺りが塩付街道起点の1つ。
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鳴尾。黒塀の前にある地蔵堂。「中馬」は名字にもなっているが、名古屋と東濃や信州を結び往来する私的な運輸業者を指す。馬に塩を付ける道が「塩付」であり、馬を守り大切にするため、馬頭観音が沿線には並んだ。
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鳴尾。黒塀の前にある地蔵堂。「中馬」は名字にもなっているが、名古屋と東濃や信州を結び往来する私的な運輸業者を指す。馬に塩を付ける道が「塩付」であり、馬を守り大切にするため、馬頭観音が沿線には並んだ。
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鳴尾。地蔵堂内。
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鳴尾。地蔵堂内。
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西来寺すぐ裏の若宮八幡宮。この前を北西に歩いて行くと星崎1丁目。
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西来寺すぐ裏の若宮八幡宮。この前を北西に歩いて行くと星崎1丁目。
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星崎1丁目辺りの民家。
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星崎1丁目辺りの民家。
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喚續(よびつぎ)神社前の地蔵堂。
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喚續(よびつぎ)神社前の地蔵堂。
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喚續神社境内の白龍大神。横には蕎麦工房 紗羅餐(さらざん)の洒落た建物がある。
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喚續神社境内の白龍大神。横には蕎麦工房 紗羅餐(さらざん)の洒落た建物がある。
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喚續神社。ここも「塩付街道」起点の1つ。ここは天白川が形成した砂洲・干潟。干満の差が激しく、塩田には都合がよかったが、水害の常習地帯。創建は戦国時代。
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喚續神社。ここも「塩付街道」起点の1つ。ここは天白川が形成した砂洲・干潟。干満の差が激しく、塩田には都合がよかったが、水害の常習地帯。創建は戦国時代。
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こんな話もある。江戸時代前期に、村人が塩作りをしていると隕石が突然に落下。『尾張名所図会』その隕石を星石と呼び、星宮社に祀ったり、塩田庄屋の村瀬家で保管したりした。
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こんな話もある。江戸時代前期に、村人が塩作りをしていると隕石が突然に落下。『尾張名所図会』その隕石を星石と呼び、星宮社に祀ったり、塩田庄屋の村瀬家で保管したりした。
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正行寺。星崎2丁目交差点付近。
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正行寺。星崎2丁目交差点付近。
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正行寺付近1号線手前の地蔵堂。1号線の横断歩道を渡り、真北に入る。
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正行寺付近1号線手前の地蔵堂。1号線の横断歩道を渡り、真北に入る。
光照寺。道は塩付街道。
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光照寺。道は塩付街道。
本星崎。塩付街道沿いの「石神社」
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本星崎。塩付街道沿いの「石神社」
石神社。石が御神体。歯痛、神経痛に霊験があり、人びとがお礼に杓文字をお供え。「おしゃもじ様」と呼ばれた。
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石神社。石が御神体。歯痛、神経痛に霊験があり、人びとがお礼に杓文字をお供え。「おしゃもじ様」と呼ばれた。
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本星崎駅前の中井用水緑道を左に折れて、用水緑道沿いに小高い星宮社へ向かう。
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本星崎駅前の中井用水緑道を左に折れて、用水緑道沿いに小高い星宮社へ向かう。
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小丘に建つ星宮社は7世紀前期創建。創建は隕石落下記念らしい。先程訪れた喚續神社の隕石の話もあり、笠寺台地突端からは空を見上げると彗星や流星を度々目撃したのかも。ここも塩付街道起点の1つ。
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小丘に建つ星宮社は7世紀前期創建。創建は隕石落下記念らしい。先程訪れた喚續神社の隕石の話もあり、笠寺台地突端からは空を見上げると彗星や流星を度々目撃したのかも。ここも塩付街道起点の1つ。
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星宮社裏の善住寺。その上は笠寺小学校。
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星宮社裏の善住寺。その上は笠寺小学校。
善住寺。桑子地蔵。養蚕が盛んだったようだ。
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善住寺。桑子地蔵。養蚕が盛んだったようだ。
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笠寺小学校。戦国時代の星崎城址。城主は,初代岡田直教,その子直孝,その弟善同など。1588年伊勢四日市の茂福に移動して廃城に。
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笠寺小学校。戦国時代の星崎城址。城主は,初代岡田直教,その子直孝,その弟善同など。1588年伊勢四日市の茂福に移動して廃城に。
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名鉄踏切を渡り、本城公園横を左折。本城町をまっすぐに北に歩くと「スギ薬局南笠寺店」前に出る。この狭い路地を入る。
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名鉄踏切を渡り、本城公園横を左折。本城町をまっすぐに北に歩くと「スギ薬局南笠寺店」前に出る。この狭い路地を入る。
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スギ薬局北裏に右折れ。粕畑貝塚跡の案内板。
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スギ薬局北裏に右折れ。粕畑貝塚跡の案内板。
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貝塚跡案内板の後に小松寺跡。
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貝塚跡案内板の後に小松寺跡。
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十一面観世音菩薩などとある。
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十一面観世音菩薩などとある。
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塩付街道と東海道の分岐点。南から撮影。自転車店の左の小道が塩付街道。前の大きな道が東海道。
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塩付街道と東海道の分岐点。南から撮影。自転車店の左の小道が塩付街道。前の大きな道が東海道。
塩付街道と東海道の分岐点。北から撮影。前の大きな道が東海道。自転車店の向こうの小道を右に曲がると塩付街道(知多街道につながる)
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塩付街道と東海道の分岐点。北から撮影。前の大きな道が東海道。自転車店の向こうの小道を右に曲がると塩付街道(知多街道につながる)
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左の道が東海道。真ん中が「笠寺一里塚」。10年前には東海道歩きしたのを思い出す。右を行くと笠寺公園となり、名古屋市見晴台考古資料館がある。古代より人が住んだ台地で弥生時代後期を中心とした環濠集落跡あり。
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左の道が東海道。真ん中が「笠寺一里塚」。10年前には東海道歩きしたのを思い出す。右を行くと笠寺公園となり、名古屋市見晴台考古資料館がある。古代より人が住んだ台地で弥生時代後期を中心とした環濠集落跡あり。
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笠寺観音に向かってまっすぐの上り坂になる
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笠寺観音に向かってまっすぐの上り坂になる
笠寺観音。笠寺台地の上に建つ。
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笠寺観音。笠寺台地の上に建つ。
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笠寺観音から本笠寺駅方面への参道。笠寺西門をまっすぐ西に行く東海道。名鉄高架を潜り一本目を右折れすると次の写真になる。
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笠寺観音から本笠寺駅方面への参道。笠寺西門をまっすぐ西に行く東海道。名鉄高架を潜り一本目を右折れすると次の写真になる。
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東海道の曲り角にて。今回は訪れなかったが本笠寺駅西50mの松代町の笠寺病院近くには秋葉神社や「松本地蔵」があり、この辺りも塩付街道の起点の1つ。
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東海道の曲り角にて。今回は訪れなかったが本笠寺駅西50mの松代町の笠寺病院近くには秋葉神社や「松本地蔵」があり、この辺りも塩付街道の起点の1つ。
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東海道を真北に進むと左に森が見えて、この石標と出会う。東海道と塩付街道の分岐点。東海道はまっすぐ進むが、塩付は左折れして呼続公園や富部神社、右折れして玉泉寺や桜神明社と続く。
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東海道を真北に進むと左に森が見えて、この石標と出会う。東海道と塩付街道の分岐点。東海道はまっすぐ進むが、塩付は左折れして呼続公園や富部神社、右折れして玉泉寺や桜神明社と続く。
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塩付街道起点の1つ。呼続にある富部神社。神社がある呼続公園は野球場や池もあり巨大。戸部天王、蛇毒神天王とも。創建1603年清洲城主松平忠吉が病気祈願後に快癒、寄進。
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塩付街道起点の1つ。呼続にある富部神社。神社がある呼続公園は野球場や池もあり巨大。戸部天王、蛇毒神天王とも。創建1603年清洲城主松平忠吉が病気祈願後に快癒、寄進。
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東海道分岐点をまっすぐに東へ路地を進むと玉泉寺、ここを左折すると桜神明社。5世紀末の古墳があり「ひめ塚」と呼ばれ「桜本町」の語源となる。この辺り何度も道が連続して屈折していく。桝形、鈎の手道。
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東海道分岐点をまっすぐに東へ路地を進むと玉泉寺、ここを左折すると桜神明社。5世紀末の古墳があり「ひめ塚」と呼ばれ「桜本町」の語源となる。この辺り何度も道が連続して屈折していく。桝形、鈎の手道。
神社裏手の「ひめ塚」なにか神聖さを感じる。
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神社裏手の「ひめ塚」なにか神聖さを感じる。
名鉄線路を渡り東へ出ると、東宝寺桜村固本碑とあるが、入口は閉まって入れない。桜中村城の家老屋敷跡で村役人の村瀬氏が困窮する桜村民の実情を訴え、10年間の年貢軽減が実現。
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名鉄線路を渡り東へ出ると、東宝寺桜村固本碑とあるが、入口は閉まって入れない。桜中村城の家老屋敷跡で村役人の村瀬氏が困窮する桜村民の実情を訴え、10年間の年貢軽減が実現。
右に斜めになった路地を進むと桜本町1丁目の大きな交差点に出る。塩付街道はやや右や左に揺れながら進む道が多い。
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右に斜めになった路地を進むと桜本町1丁目の大きな交差点に出る。塩付街道はやや右や左に揺れながら進む道が多い。
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桜本町1丁目バス停にて。交差点から東は鯛取通という面白い名称の県道56号。
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桜本町1丁目バス停にて。交差点から東は鯛取通という面白い名称の県道56号。
交差点から2番目の曲り角を左に曲がるとマンション横に大樟が。
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交差点から2番目の曲り角を左に曲がるとマンション横に大樟が。
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やがて、塩付街道沿いの鳥栖神明社古墳。直径30mの円墳。
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やがて、塩付街道沿いの鳥栖神明社古墳。直径30mの円墳。
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さらに300mほど東に行くと鳥栖八剣社古墳。大きな箱形前方後円墳(帆立貝式?)上に神社。63mの前方後円墳か50mの円墳か定かでない。古代では笠寺台地は古代の海上交通の重要地であった。名古屋で2番目に大きい古墳。
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さらに300mほど東に行くと鳥栖八剣社古墳。大きな箱形前方後円墳(帆立貝式?)上に神社。63mの前方後円墳か50mの円墳か定かでない。古代では笠寺台地は古代の海上交通の重要地であった。名古屋で2番目に大きい古墳。
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708年(和銅年間)における熱田神宮「草薙の剣盗難事件」に関する鳥栖八剣社古墳との関係。社殿前の道は鎌倉街道とある。日本書紀では668年?古代史のロマン。
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708年(和銅年間)における熱田神宮「草薙の剣盗難事件」に関する鳥栖八剣社古墳との関係。社殿前の道は鎌倉街道とある。日本書紀では668年?古代史のロマン。
八剣社北にある成道寺。戦国時代に旧鎌倉街道沿いに成田氏が築城した取隅城(とりすみじょう)跡。(取隅は鳥栖と同起源語)
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八剣社北にある成道寺。戦国時代に旧鎌倉街道沿いに成田氏が築城した取隅城(とりすみじょう)跡。(取隅は鳥栖と同起源語)
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「塩 中尾万助」の文字
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「塩 中尾万助」の文字
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夫婦地蔵。1515年。名古屋では最古の地蔵?鳥栖城主成田氏夫妻墓標の“夫婦地蔵(めおとじぞう)。地蔵菩薩右「鳥住伝心浄本菴主」。左「永正十二年乙亥正月十二日」夫人像下「慶林大姉」
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夫婦地蔵。1515年。名古屋では最古の地蔵?鳥栖城主成田氏夫妻墓標の“夫婦地蔵(めおとじぞう)。地蔵菩薩右「鳥住伝心浄本菴主」。左「永正十二年乙亥正月十二日」夫人像下「慶林大姉」
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境内にあった装飾付きの美しい井戸。
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鳥栖 マンション前の大樟
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鳥栖 マンション前の大樟
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左は駈上町、右は外山町。道はまっすぐに塩付橋や平針街道に向かって続く。
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左は駈上町、右は外山町。道はまっすぐに塩付橋や平針街道に向かって続く。
駈上1丁目の秋葉神社。
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駈上1丁目の秋葉神社。
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用水にぶつかって塩付橋。右から塩付街道。左から平針街道で、ここが合流点。平針街道は妙音通の井戸田・嶋川稲荷辺りを起点とする。
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用水にぶつかって塩付橋。右から塩付街道。左から平針街道で、ここが合流点。平針街道は妙音通の井戸田・嶋川稲荷辺りを起点とする。
弥富通に出て横断歩道を渡ると落合橋。下は山崎川。
平針街道はこの弥富通を東に進み、弥富通1と2の信号の間を北に上がる。一本目を右折れして弥富通と平行して東に進む。天白区島田から原、平針から日進そして豊田方面に「岡崎街道」として繋がる。
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弥富通に出て横断歩道を渡ると落合橋。下は山崎川。
平針街道はこの弥富通を東に進み、弥富通1と2の信号の間を北に上がる。一本目を右折れして弥富通と平行して東に進む。天白区島田から原、平針から日進そして豊田方面に「岡崎街道」として繋がる。
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山崎川案内図。ラグビー場西を右折れしてラグビー場に沿って直進。ラグビー場東で瑞穂競技場へ左折れ。
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山崎川案内図。ラグビー場西を右折れしてラグビー場に沿って直進。ラグビー場東で瑞穂競技場へ左折れ。
競技場に沿って少し北進して右折れし、台地上で左折れして師長町へ。閑静な暗い場所。角に地蔵やら「あゆちの水」やらの案内板。「小墾田(をはりだ)の年魚道(あゆぢ)の水を間なくそ人は汲むといふ時じくそ人は飲むといふ汲む人の間なきがごとく飲む人の時じきがごと我妹子(わぎもこ)に我(あ)が恋ふらくは止む時もなし」小墾田=尾張田? 年魚道=阿由知?=愛知
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競技場に沿って少し北進して右折れし、台地上で左折れして師長町へ。閑静な暗い場所。角に地蔵やら「あゆちの水」やらの案内板。「小墾田(をはりだ)の年魚道(あゆぢ)の水を間なくそ人は汲むといふ時じくそ人は飲むといふ汲む人の間なきがごとく飲む人の時じきがごと我妹子(わぎもこ)に我(あ)が恋ふらくは止む時もなし」小墾田=尾張田? 年魚道=阿由知?=愛知
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「あゆぢの水」の伝承地の石碑。万葉集13に歌われた場所。昔は自然溢れる場所。「年魚市潟」は名古屋市南部入海の海岸。阿由知潟は現在の鶴舞公園付近にあった干潟で、八幡山古墳もある。「あゆち」「あゆぢ」??
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「あゆぢの水」の伝承地の石碑。万葉集13に歌われた場所。昔は自然溢れる場所。「年魚市潟」は名古屋市南部入海の海岸。阿由知潟は現在の鶴舞公園付近にあった干潟で、八幡山古墳もある。「あゆち」「あゆぢ」??
道標地蔵。「左 なごや道(城) 右 いし坂(八事)」
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道標地蔵。「左 なごや道(城) 右 いし坂(八事)」
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道標地蔵とあゆぢの水の森を見る。真っ直ぐ進むと再び瑞穂競技場。
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道標地蔵とあゆぢの水の森を見る。真っ直ぐ進むと再び瑞穂競技場。
休日診療所前の山崎川。太政大臣藤原師長の琵琶ヶ峰遺跡の碑。平安期に清盛に敗れた師長の流された場所。
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休日診療所前の山崎川。太政大臣藤原師長の琵琶ヶ峰遺跡の碑。平安期に清盛に敗れた師長の流された場所。
左右田橋(そうた)上より山崎川。この左(西)一帯は鼎池という巨大な池があった。今は陸上競技場や住宅地になっている。街道はこの池の堤防上を進んだ。前に見える大ビルは桜山にある名古屋市立病院。
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左右田橋(そうた)上より山崎川。この左(西)一帯は鼎池という巨大な池があった。今は陸上競技場や住宅地になっている。街道はこの池の堤防上を進んだ。前に見える大ビルは桜山にある名古屋市立病院。
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鼎小橋。この北にはさらに大きい鼎橋がある。日曜日なので大勢の人びとが山崎川沿いにランニングやウォーキングをしている。
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鼎小橋。この北にはさらに大きい鼎橋がある。日曜日なので大勢の人びとが山崎川沿いにランニングやウォーキングをしている。
山崎川案内板。汐路などの地名が見える。
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案内板付近を左折れして坂を上がっていくと村上神社。5世紀の「おどり古墳」で円墳のようだ。
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案内板付近を左折れして坂を上がっていくと村上神社。5世紀の「おどり古墳」で円墳のようだ。
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名古屋女子大学の東から汐路2丁目をやや西に斜め北進。道にはみ出した樟。
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名古屋女子大学の東から汐路2丁目をやや西に斜め北進。道にはみ出した樟。
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汐路1丁目と2丁目の間。振り向いて南を見て、名残の松と大きな樟。左折れして汐路の道を横断して西に入りすぐに右折れ。
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汐路1丁目と2丁目の間。振り向いて南を見て、名残の松と大きな樟。左折れして汐路の道を横断して西に入りすぐに右折れ。
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東栄町になり、少し西に進むと東栄八幡社。
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ここから市立病院まではまっすぐの直線道路となる。
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市立病院フェンスにある塩付街道解説。
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市立病院フェンスにある塩付街道解説。
反対側の民家軒先にある川澄地蔵。
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反対側の民家軒先にある川澄地蔵。
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市立病院北東角にある地蔵堂。前は大きな古い民家。
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市立病院北東角にある地蔵堂。前は大きな古い民家。
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地蔵堂内の馬頭観音。900m毎にあったらしい馬頭観音はどこへ行ったのだろう。
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地蔵堂内の馬頭観音。900m毎にあったらしい馬頭観音はどこへ行ったのだろう。
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地蔵堂内の「みやみち地蔵」「右 みやみち(熱田神宮) 左 なるみ道」どうしてサインペンで上書きなのだろうか。文化財は大切にしたい。
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地蔵堂内の「みやみち地蔵」「右 みやみち(熱田神宮) 左 なるみ道」どうしてサインペンで上書きなのだろうか。文化財は大切にしたい。
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地面にはめられたプレート。
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八熊通りの向こうに続く塩付街道。左は桜山。右は檀渓通。江戸時代は石川橋から檀渓通辺りは山崎川の野趣溢れる景観地だった。
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八熊通りの向こうに続く塩付街道。左は桜山。右は檀渓通。江戸時代は石川橋から檀渓通辺りは山崎川の野趣溢れる景観地だった。
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藤成神明社。
塩付5の交差点付近には昔に古観音廃寺があって、鬼瓦が出たらしい。
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塩付5の交差点付近には昔に古観音廃寺があって、鬼瓦が出たらしい。
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塩付通5丁目交差点を左折。そして右折すると白山社。
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白山社隣は善生寺。円空仏薬師如来と石仏観世音観音がある。
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善生寺近くの石仏。石仏町の由来は「石仏があった」とか名古屋城築城の石工がいたなど様々。
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石仏町1丁目から2丁目へ。細い路地のような街道。
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マックスバリューの近くのマンション下にある塩付街道名残の地蔵。大きな西友の近くで広路通りと交差。
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やや東(右)に傾きながら北進。途中で塩付2丁目交差点で右の旧道に入る。旧道に入り、少し進んだらすぐに左。本当に狭い道に入る。この辺り道を失いやすい。
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やや東(右)に傾きながら北進。途中で塩付2丁目交差点で右の旧道に入る。旧道に入り、少し進んだらすぐに左。本当に狭い道に入る。この辺り道を失いやすい。
直進すると飯田街道の川名本町1の交差点の西。この左の駐車場地辺りに馬の蹄鉄屋があったそうだ。
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直進すると飯田街道の川名本町1の交差点の西。この左の駐車場地辺りに馬の蹄鉄屋があったそうだ。
右は川名本町1、左は春岡通り7の飯田街道分岐。手前の広路通りを東に行っても飯田街道と東で合流して杁中から八事に向かう。
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右は川名本町1、左は春岡通り7の飯田街道分岐。手前の広路通りを東に行っても飯田街道と東で合流して杁中から八事に向かう。
出てきた塩付街道を見る。右の駐車場が馬の蹄鉄屋跡。
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川名町1の狭い路地のような街道を左に春岡通、右は城木町に挟まれて進む。
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川名町1の狭い路地のような街道を左に春岡通、右は城木町に挟まれて進む。
大久手から来る広い153号線を渡り、巨大な天理教会の敷地の間の小道を進む。左は相変わらず春岡通りで青柳交差点。
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少し進むと吹上から来る名古屋高速2号線東山線を渡り、さらに北上。春岡通り6丁目交差点の1つ東の角を北に進むとまた天理教会の施設の長い塀。上り坂。
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少し進むと吹上から来る名古屋高速2号線東山線を渡り、さらに北上。春岡通り6丁目交差点の1つ東の角を北に進むとまた天理教会の施設の長い塀。上り坂。
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左に一畑山薬師寺の名古屋別院がある。春岡小学校横を通過。
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ここで高針街道に交差した。左は仲田南の交差点。右に少し行くと千種区役所で池下駅だ。
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ここで高針街道に交差した。左は仲田南の交差点。右に少し行くと千種区役所で池下駅だ。
右に高針街道を見送る。広小路・錦通りと交差して池下1で左折れ。仲田北の交差点の一本西の角を右折れ。再び北進して、浄願寺・仲田公園を通過。神田町を進む。
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名古屋盲学校や振甫中を右に見て大きな出来町通り前の1本か2本前の小道が山口街道。すぐに出来町通りとなり茶屋が坂から瀬戸や長久手に連絡したようだ。
いよいよ古出来町の大交差点横に出た。もうここからは狭い塩付街道は消滅している。
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名古屋盲学校や振甫中を右に見て大きな出来町通り前の1本か2本前の小道が山口街道。すぐに出来町通りとなり茶屋が坂から瀬戸や長久手に連絡したようだ。
いよいよ古出来町の大交差点横に出た。もうここからは狭い塩付街道は消滅している。
右に名古屋ドームが見える。
この大通りや歩道のどこかに塩付街道があったはず。
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この大通りや歩道のどこかに塩付街道があったはず。
左に六社神社。古出来1丁目。ここからは左は三菱の大工場の敷地。右はイオン。
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左に六社神社。古出来1丁目。ここからは左は三菱の大工場の敷地。右はイオン。
矢田5丁目交差点を直進すると細道になり、最終的に矢田4丁目で行き止まり。ここが瀬戸街道との分岐点で塩付街道の最終点。右が瀬戸方面。左は大曽根。
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行き止まり最終点で左折れして道は次第に大きくなり大曽根へ向かう瀬戸街道。
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大曽根手前でJR中央本線を潜る。
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線路を潜って左が大曽根駅。そしてここが善光寺街道(下街道)への分岐点となる。写真は大曽根から善光寺街道方面を見た。池下あたりからは何もこれといって歴史的なものはなくあっという間に歩き終えた。
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感想/記録

経験的によく知っている東西の名古屋の道。今回歩いた塩付街道はこれらを南北に縦断していく。同じ町を通過しているのに縦歩きか横歩きかで印象がまったく異なる。東西は現代の名古屋だが、南北縦断のナローゲージの塩付街道は江戸期の名古屋を感じることができた。古代の名古屋の地形と歴史、そして塩付街道と分岐していく多くの街道の先々も知りたくなる。
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