記録ID: 36295
全員に公開
ハイキング
磐梯・吾妻・安達太良
トホレコ(日本縦断徒歩旅行の記録)26・只見川慕情
2006年09月04日(月) 〜
2006年09月07日(木)
- GPS
- --:--
- 距離
- ---km
- 登り
- ---m
- 下り
- ---m
コースタイム
9/4
6時頃目覚めるが、9時頃までゴロゴロしてから出発。あまり早く歩きだしても、頑張ってるみたいでなんだかなあ。河川敷の道は、線路を越え、南へと続いている。よく整備されていて、豊平川のほとりを歩いているやうな錯覚におそわれる。豊平川・・・、懐かしい。などと思っていると、すぐに未舗装区間になってしまう。そのままダートロードを川沿いにいく。いい感じだ。
やがて道が田んぼの中に紛れて判然としなくなって来たあたりで、諦めて県道に復帰することにする。しかしどちらへ行っていいものやら、不確かである。工事中の橋桁の下をくぐったりして、道はいつ行き止まるとも知れない。しばらくうろうろしていると無事大きい道路に出る。会津坂下の町はすぐそこである。
道端にちょっといい感じの麹屋さんを見付けたので入ってみる。その名も「目黒麹店」。手作り味噌など売られている。会津味噌を肴に晩酌ってのも悪くないな、と思ったがお値段は少々高い。500グラム600円とは何事か!などと内心にボヤきつつ、美味しそうだったので購入。これからしばらくは味噌漬けの日々になるかも。この店では地下水を利用しているとかで、ついでに水を汲ませてもらうことにする。おばさんが水を凍らせたペットボトルを差入れてくれた。
雲ひとつ無い青空の下、影ひとつ無いまっつぐな道をゆく。ここ数日というもの、「たうたう夏が終わっちまった。」みたいな感傷に浸っていたのだが、この陽気。夏より夏らしいぞ。これが盆地ってやつなんだろうか。あなどるまぢ、会津盆地。
会津坂下から252号線を右へ折れる。只見川を遡って、新潟へ抜けようという作戦である。今日の泊りは柳津あたりがよろしかろう。
塔寺にある恵隆寺というお寺に重要文化財の千手観音様がいらっしゃるというので寄り道してみる。僕は見仏趣味を持っている訳ではないが、ほんの出来心である。ちょっと遠回りになるけど、まあいいだろう。
恵隆寺は仲々ワビサビの出たいい感じの古刹である。御本尊の千手観音は別名を「立木観音」。なにか古い言い伝えのある立木をそのまま細工して仏像に仕立てたものであるとのこと。例によって詳しいことは忘れてしまった。拝観料をいくらか払うと、緞帳の裏から間近に見ることが出来る。結構デカいもので、あまり近くから見上げても全貌が分からない。なんでも朴訥な印象だった。都の仏像のやうな洗練された美しさはないが、これはこれで味がある。柱をなぜまわすと御利益があるとかで、参拝のおばちゃん方が熱心になぜていらっしゃる。僕も紛れてなぜなぜしたやうな記憶が。なんの御利益があったかは不明。
八折峠というのを越えて、坂を下りきったところにあった蕎麦屋に入る。昨日はラーメン、今日は蕎麦か。味噌もゲットしたし、わりと豊かな生活をしてるね。ま、会津といえば蕎麦でしょ。残念ながら僕は蕎麦の味をどうこうする程繊細な味覚は持っていないのだが。日暮れ間近の蕎麦屋の片隅でヌキの天ぷらを相手にお銚子でも傾けてみたら、さぞや70%夕暮れ味がすることだらう。そんな風流な世界に憧れなくもないが、今の僕には縁遠いな。僕にはあんまり眩しいのれす。普通にもり蕎麦を一枚頼む。何というか、普通に美味しいお蕎麦でした。
しばらくで柳津に到着。道は赤い大きな橋へと続いているが、柳津の町はこれを渡らず、橋の手前を左に行ったところにある。細い坂道にだんご屋や旅館が立ち並び、風情のある佇いである。こういう所にはごく普通の旅行者として訪れてみたいものだ。福満虚空蔵様のふもとで時間が来たので、川面を見下ろす駐車場の片隅にザックを置いて、おもむろにラジヲをひっぱり出す。流石にこれだけ山奥に来ると電波が悪いな。アンテナを伸ばしたラジヲを片手に右往左往する様は、傍目にはダウジングでも試みているやうに見えたかもしれない。別に水脈を探してるんじゃないんだよ。今週はカエタノ・ベローゾをかけるらしい。やったね。
古くさいコンクリートの橋を渡って252号線に戻る。橋のたもとに一匹のネコが。ちょっと小粋なポーズをとっていたので撮影せんとするも、なかなかうまくいかない。適当な距離を保って、構図を決めようとカメラを構えてしゃがむ。すると今までぼんやりしてたくせに、ネコはニャーとか言って寄って来てしまう。ええい、ニャーじゃねえだろ、とネコを元の位置に戻して再びカメラを構える。ネコはキョトンとしている。やはり立ったままだと構図がどうも、などと思いつつもう一度しゃがむと、ネコはまたしてもニャーなどと言いつつこちらへ来てしまう。ニャーじゃない、向こうで毛づくろいでもしてなさい、などと叱ってみてもダメである。ゴロゴロ言って話が通じない。ネコって奴はこちらがしゃがむと寄ってくる習性があるのだろうか。
旅館街から少し離れた所に道の駅がある。温泉があるようなので行ってみるも、足湯だった。直売所もめぼしいものがない。となりにディスカウント・スーパーがあったので、そちらでマイタケとネギを購入。運動公園のテニスコート脇で野営。
マイタケとネギをヘットで炒めてから蒸し焼きにする。ヘットは先ほどのスーパーで失敬してきた。肉を購入してないあたりがもの悲しさを誘う。味噌と唐辛子で和えれば立派なおつまみだ。結構うまいんだよ、味噌が上等だからね。
不覚にも外灯の真下にテントを張ったせいで、大量の虫に悩まされる。なんとか一晩やり過ごそうかと思ったが、夕食後こらえきれず逃げ出した。
9/5
予報は曇ときどき雨だが、朝のうちは昨日に引き続いて雲ひとつない青空。厳しい残暑の中、只見川沿いの道をゆく。厳しい残暑。良い響きだ。只見川は死んだやうにほの暗く淀んで流れている。流域に幾つものダムを抱えているせいだろう。これくらい大きな川になると治水もしないと危険なんだろうが、ちょっと残念な景色。流域の広さのわりに引き締まった両岸の風貌からして、この川はかつては手の付けられない暴れん坊だったんじゃないかと想像される。やんちゃだった往時の姿を一目見たかったものだ。
鉄道の鉄橋をくぐって宮下の町へ。ちょっと風情のある町並み。ここから252号線は対岸へ橋を架けて続いているが、僕はあえてそれを渡らずに右岸側の旧道と覚しき静かな道を選ぶ。車道に寄り添うように線路が続いている。柵もなく、所によっては高低差もない。こんなので事故とか起きないのかと他人事のやうに心配になったが、電車は一向に通る気配がない。「止めてしまおうって言おうと思ったぁ〜」などと野狐禅を口ずさみながら歩いていく。別に止めてしまおうなんて思ったこともないんだが、そういう歌なのである。線路沿いの道を歩くと、何故かこの歌を歌いたくなる。川の向こうを見やると対岸の道は車の通りが多いやうだ。ふと視線を戻すと、そこには静かに線路沿いの道。朝のうちよく晴れていた空は、このころより雲行きが怪しくなってくる。
やがてトンネルにさしかかる。たぶん宮下第二ダムとかいう施設の側を通っている奴だ。なんだが異様に薄暗い。オレンジ色のラムプもまばらで、不気味な雰囲気を醸し出している。トンネルにしては珍しく勾配があり、先がよく見えない。水平に掘れなかったんだろうか。トンネルの途中に十字路があったりするのも珍しい。交差してきてるのは、ひょっとすると発電所の作業道なのかもしれない。たまに車が通るからまだ心強かったが、一人ではちょっと尻込みしてしまいそうな、不気味なトンネルだった。雰囲気出しすぎだ。
トンネルを抜けるとどうやら一雨来そうな気配。早戸温泉がすぐそこなので、降り出さないうちにと先を急ぐ。天気予報に遅れること半日、丁度ぱらぱら来たころに、無事温泉到着。早戸温泉は随分繁盛しているらしい様子だった。平日の昼下がりにも関わらず、駐車場には車が一杯止まっている。川面に面した湯舟までエレベータで下っていくやうな造りになっている。どうやら最近改築したらしく、建物は全体に新しい。やはり儲けているんだろう。湯はなるほど、いい湯だ。矢立温泉や知内温泉に似た感じの、鉄分の多い茶色い湯。飲んでも美味しい。しかし、休憩室が汚なすぎる。入浴客がだらしなく荷物を散乱させて場所取りとかしている。やだね、大人ってやつは。いちいち「なんちゃら禁止」って言われないとダメらしい。子供の方がよっぽど礼儀正しいと思うよ。
中川という集落に入った所で、今日も時間となりにけり。野良ラジヲにいそしまんとするも、やんぬるかな、電波が極度にか細い。どうやら、FMふくしまもここいらが限界のやうで。天高くかざしたラジヲを片手に右往左往していると、風の具合か、ザーザーというノイズの向こうに、Bosayo様の歌う声が聴こえてくる。どうやら今日はスタジヲライブのやうだ。「おお、Bosayo様が“リンダ・フロール”を歌うよ。」などとのたまいつつ、スピーカーに耳を寄せてみるも、トークの内容までは分からない。カエタノ様の歌う“ビリー・ジーン”も風のまにまになんとなく。残念だ。長かった福島横断もいよいよ大詰めという感じ。ちょっとサウダージな気分。
ここからさらに一時間ほどで川口の町まで。帰宅途中の高校生がいっぱいいる。駅前のやたらとっちらかった商店で買いもの。しかしこの店はなんだってこんなに散らかってるんだろう。店内には商品が所狭しと平積みにされている。神田の古本屋を彷彿とさせる見事な散らかりっぷり。これじゃ、どこに何があるのか、素人には分からんな。店のひとには分かるのか?何処からともなく豆腐とさんまの缶詰を見付け出して来て購入。
寝床を求めて辺りを物色してみるも、やんぬるかな、適当な場所がない。運動公園はおろか、平らな空き地がない。高校があることからも分かるように、この辺りは人が沢山住んでいるのだが、川岸が迫っていて、狭苦しい土地を無理矢理拓いたやうな町なのだ。駅舎の陰で寝れなくもないけど、高校生がうろうろしててヤダしなあ。ということで隣町まで歩いてみることにする。もう辺りは真っ暗である。しばらく行くと道端に湧水を発見。そのすぐ向かい側が旧道で、今は通行止めになっているようだ。これはもうここで寝ろってことだろうと解釈して、旧道の隅っこで野営。キャンプサイトとしては異常の部類に入るだろう。
先ほど購入したさんま缶と豆腐にネギを加えて味噌煮にする。「青豆豆腐」なるものを購入してみたのだが、これが滅法うまい。舌触りはあくまで滑らかで、大豆の風味は濃厚。しかも加熱してもこの食感も風味も損なわれない。あんなとっちらかった店で売られていたわりに、秀逸な逸品である。北会津村の小沢食品という所で作っているらしい。札幌に帰ったらお取り寄せしてみようかと、本気で考えてメモっておく。
9/6
意外にもぐっすり眠れた。変なとこだけど、不思議と落ち着いてしまったんだなぁ、これが。FMも電波が届かなくなって、只見川もどん詰まりという風情である。頑張って今日のうちに30kmほど歩いて只見の町まで行っておけば、明日中に六十里越の峠を越えて新潟に突入出来る計算だ。しかし、日和って今日は塩沢あたりまでってことにする。別にいいよ、急がなくても。一日刻んで、只見川のほとりの情景を目に焼き付けておけばいいんじゃないか?ということで、NHKが流すフォーレの弦楽四重奏など聴きつつ、10時ころのんびり出発。
こうなると、やる気など何処からも湧いてくるものではない。必要以上にチンタラ歩いていると、謎に路傍にカーブミラーが置かれているのに遭遇。たわむれに撮影してみる。セルフタイマーをセットしたカメラを足元に置いて、ノーファインダーによる撮影を試みる。じぃぃぃぃぃ、ぱしゃこん、というなんとも小粋な音を残して撮影終了。ミラーに映った下半身のセルフポートレイトになっているハズである。僕はこういった、どうでもいいセルフポートレイトを各地で撮りつづけている。公園の遊具に跨って狂喜している姿などをセルフタイマーで写すのだ。奇癖といえば奇癖である。
湯倉の“つるかめ湯”とやらを訪問してみる。なんでも「秘湯を守る会」とやらに加盟しているらしいことが看板からうかがえる。御大層なことに橋を渡って対岸に行かねばならない。ちょっとしたことだが、こういう演出は大事である。俄然、気分が盛り上がってくる。しかし、何としたことか、恐怖の、あの、「本日休業」の札が。ぬえええい、なんで休むかな。諦めきれずに塀の隙間から中の様子を窺って見ると、脱衣所の扉が開いていて、その向こうに湯殿が見える。掛け流しの湯が、静かに白い湯気を湛えている。さひわひ誰もいないやうだし、押し入って勝手に入ってしまおうか?そんなことしても情緒もへったくれもないしな・・・。路傍のドブヘと流れ込んで来る湯を、両手にすくって顔を洗ってみる。温かい。そして虚しい。まだ他にも只見川沿いには温泉は随所にある。そちらに期待するしかあるまい。泣きながら橋を渡って引返して来ると、時ならぬ便意が。近くに蕎麦屋があったので便所を借りる。帰りに挨拶したらシカトされた。庭先で野グソしてやればよかった。
大塩の町に入って行くと、まだ民家もまばらな辺りに温泉旅館が一軒、「炭酸泉」を謳っている。宿は不気味に静まり返っている。他にも温泉宿はあるだろうと思って素通りしたが、行けども行けども鄙びた民家が軒を連ねているばかりである。どうやらまた獲物を逃してしまったやうだ。間の悪いことに雨も降ってくる。商店の軒先でポテチなどつまみつつ雨宿り。小止みを待って、雨具を着込んで出発。「休んでがねかぁ?」と声を掛けてくれるばあ様などいらっしゃったが、今歩き始めたばっかりだしなぁ。
お隣の滝沢という集落に入って行くと、小さな沢を跨ぐ橋の上から眼下にゴルジュが見える。遠目には結構立派そうに見える。プチ由布川という感じだ。世にも珍しい「ご近所ゴルジュ」である。見物して行こうと沢沿いの道を歩いていくと、ちゃんと探勝路もついている。地元では「横穴群」と呼ばれていて、盛夏には子供達の遊び場になる、というやうなことが案内板に書いてあった。しばらくうろついてみる。まあ、そんなに大騒ぎするほどのモノでもないが、ご町内にあるってとこがチャームポイントだらう。
滝沢にも町外れの方に「まつの湯」という温泉宿がある。時の経過とはまた別のニュアンスの鄙び方をしている。たぶん、接客業としての営業努力などまったくしていないんだらう。なんともほんやら洞チックなところだ。好き嫌いの分かれるところであろうが、僕には大変好ましい印象である。入浴料は100円也。これまでの最安値を更新。金儲けってよりは、何となく取ってるって印象である。こんな所にも先客が二名。これまたつげチックに萎び切ったご老人。腰が立たぬと見えて、危なっかしく洗い場を這いつくばっている。「大場電気鍍金工業所」などに出てきそうだ。泉質はかなり良い。湯量も豊富だ。窓のすぐ外には源泉がシューゴーと吹き出しているのが見える。そいつを湯殿に引っ張ってきて、てきとーに掛け流してるだけってやうな、何の飾り気もない湯である。朴訥というのとはまた違ったニュアンスのほったらかし加減。真冬のどっさり雪の積もった頃に、こんな宿に籠って漫画の執筆など試みたらどんな気分がするのだらう。別に漫画なんて描けなくても構わない。みかんの空き箱に真っ白な画用紙を放り出して、構想を練ってるフリとかするのである。
「おやじさん、僕等を風景の点景として見たら、さしずめどういう感じなのでせう。」
「さあね、おまえ様は少しうるさいやうだよ。」
とかってね。たぶんこの宿は雪かきなんてしないと思うよ。
折角湯を使ったのに、犬と遊んでいたら手が臭くなってしまった。ものすごく臭い。この犬も随分ほったらかしにされて来たのだらう。スローライフというのとはまた違ったニュアンスの臭いだ。
宿のおやじさんから聞いた話では、近所に炭酸水が湧いているところがあるという。早速行ってみる。まつの湯から五分ほど行ったところに、廃屋と化した温泉旅館がある。教えられた通りにその裏手を回り込んでいくと、只見川に面した急斜面を下っていく踏み跡が続いている。これを頼りに少し下った所に、なるほど、チロチロと湧き出した細い流れがある。掬って飲んでみると、たしかに炭酸水だ。天然の炭酸水って初めてかも知れない。美味いんだ、これが。炭酸水を侮っていた。ペットボトル持ってくるべきだったな。
そうこうするうちにまたしても雨。雨足の強まって来る頃、丁度よく雪崩避けの長いスノーシェッドに突入。これを抜ける頃には雨も上がっていようと、甘いことを考えていたが、むしろ雨足は強まったやうで。塩沢の町に着く頃には全身ズブ濡れである。朝市のテントの下にひとまず避難。
「ここでこうして雨に降られるのも、決して偶然ではないのだぞよ。温泉に浸かったのも、雨に降られるのも、予め決まっていた事なのだぞよ。」
などと占いババアみたいな独り言など言ってみる。しかし弱ったな、食糧を買えそうな店もないし、寝床だってどうしたものか。このテントの下に寝てしまってもいいが、コンクリートの上なのでこのまま降り続けば水浸しになりそうだ。辺りを物色してみると、誰だかの記念館があった。地元の名士なのかもしれないが、全く聞いたことない名前だ。その記念館の裏手の軒下で雨を凌ぐことにする。こんな風に、うまいこと寝床を見出せるのも、きっと何かの縁、予め決まっていたことなのじゃよ。
9/7
雨は夜明けまで降り続いたやうだが、朝にはすっかり上がっている。ラジヲを点けっぱなしで寝てしまったので電池が切れてしまった。薄曇りの朝のやはらかい光は、全てを被写体に変えてしまったかのやうだ。少し歩いては写真を撮り、また少し歩いては立ち止まって・・・、と一向に先に進まない。まあ、峠を越すのは明日にするつもりだから、今日ものんびりで良い。蒲生の集落に入るころより、蒲生岳が姿を現わす。会津マッターホルンとでも呼びたいやうな、奇抜な形の岩峰である。
叶津の分岐を過ぎれば、程無くして只見の町に突入。道路工事などやっていてちょっと埃っぽいが、わりと垢抜けている。山奥に向かって歩いてきたはずなのに、逆に拓けてきたやうだ。コンビニなんてものも久々に見掛けたので入ってみる。地酒など売られていたので購入。他にガスボンベを所望するも、扱ってないという。はす向かいに商店があったのでそちらで聞いてみる。こちらにはあるにはあるが、3本セットじゃないと売らないと断られた。なんだよ、バラせばいいじゃん。営業努力に欠けるのでは?などとは思ったが、仕方ないので別の店を探す。
駅前にも金物屋があるというのでそちらへ行ってみる。この店には、愛嬌のあるおばちゃんがいて、ハキハキと小気味よく応対してくれる。「バラ売り?ああ、一本百円でいいよ。」ってな感じである。客商売はこうでなきゃいけない。気分が良かったのでついでにお猪口も購入。さっき地酒を買ったからね。日本酒はお猪口に受けるのが美味だと思うよ。
あれこれ買い込んだので、大分ザックも重くなりにけり。まあ、どうせ今日はあとちょっと歩いたらサボってしまうつもりだ。どこかに静かな四阿でも見付けて、昼間酒と洒落てやろう。只見の町から只見川の右俣を取ると、上流には只見ダム、田子倉ダムという二つのダムが続けざまにあって、六十里越の峠はもうすぐ先である。田子倉ダムの更に上流には奥只見ダムなどあって、只見川の懐はまだまだ深い。左俣は伊南川と名前を変えて尾瀬方面へと流域を伸ばしていく。
只見ダムに着く頃には空もすっかり晴れ渡る。気分よく、湖畔に腰を降ろしてさっきコンビニで買ってきたフライド・チキンを頬張ってみる。かれこれ三日ぶりの動物性タンパク。骨を湖面に放り投げて再び歩きだすと、天蓋に挟んであったガスボンベが落ちてしまった。そのはずみで、なんとしたことか、ボンベに穴が開いてしまう。シューシューとガスが噴き出して、手の施しようもない。仕方なく、一度只見の町に戻る。ポイ捨てしたからバチでも当たったのか?でも骨ならいいでしょ。
先ほどの金物屋より手前に別の商店があったので入ってみる。でもやはり、3本セットじゃないとダメなんだそうだ。だからバラせばいいじゃん。ボンベ、重いし邪魔だから3本も背負いたくないよ。などと言ってもムダそうなので、駅前の金物屋まで戻る。
この事件で完全にやる気を無くしてしまった。一応田子倉ダム位まで今日中に進んでおこうかとも思っていたのだが、もういいや、どっかその辺で酒盛りでも始めようと手頃な場所を物色し始める。しかしご町内には適当な場所がなく、青少年旅行村なども冷やかしてみたが、ダメだ、ああいう綺麗なとこは。頭痛がしてくる。諦めて再び只見湖までしおしおと歩いてくると、ハラハラとお天気雨。薄の穂が風に揺れてキラキラひかる。ははあ、この風情を写真に撮るやうな技術は俺にはないな・・・。などと思いつつ振り返ると、ダム湖の上に見事な虹が。神さまはこれを見せたかったのかも知れない。虹ってモノクロで撮るとどういう風に写るんだろう?などと思いつつ撮影。偏光フィルターなんか使うと消えてしまうんだろうか。
田子倉ダムの下に四阿が見えてくる。なんかお誂え向きだな。神さま、さっき作ったでしょ?何しろ神さまだからな、歴史を変える事ぐらい造作もないんだろうからな。たぶんここはキャンプ禁止だろうから、用心してテントは張らずに、お酒を舐めながら日記など付けてみる。うまい酒だ。杯買っておいて良かった。そのうち草刈りのおっちゃん達がやってきてのんのんのんのんやっていく。僕の傾ける四合瓶をめざとく見付けて、
「おお、“花泉”じゃねえか。」
なんて言っている。なんでも、花泉は南会津の地酒でほとんど地元にしか出回らないんだそうだ。そういわれると、なんだかとっても美味しいやうな気がしてくる。まあ、実際美味いと思うよ、この酒。
その後案の定お巡りさんもやってくる。危ない。テントなんて立ててたら、撤収って騒ぎになってたかもしれない。
「ほほう、御旅行で。」
「ええ。」
「日記を付けていらっしゃる?」
「まあ。」
「おや、花泉。」
「・・・。」
僕も一度職務質問なんてされたので、そうそう愛想良くもしない。それにしても、この花泉って酒、地元の人にはよっぽど愛されてるのだらうね。
宵闇を待ってテント設営。宵の口から激しい雨。雷もドカドカ落ちてくる。血湧き肉踊るってやつだ。盛大にラッパなど吹いて楽しむ。
6時頃目覚めるが、9時頃までゴロゴロしてから出発。あまり早く歩きだしても、頑張ってるみたいでなんだかなあ。河川敷の道は、線路を越え、南へと続いている。よく整備されていて、豊平川のほとりを歩いているやうな錯覚におそわれる。豊平川・・・、懐かしい。などと思っていると、すぐに未舗装区間になってしまう。そのままダートロードを川沿いにいく。いい感じだ。
やがて道が田んぼの中に紛れて判然としなくなって来たあたりで、諦めて県道に復帰することにする。しかしどちらへ行っていいものやら、不確かである。工事中の橋桁の下をくぐったりして、道はいつ行き止まるとも知れない。しばらくうろうろしていると無事大きい道路に出る。会津坂下の町はすぐそこである。
道端にちょっといい感じの麹屋さんを見付けたので入ってみる。その名も「目黒麹店」。手作り味噌など売られている。会津味噌を肴に晩酌ってのも悪くないな、と思ったがお値段は少々高い。500グラム600円とは何事か!などと内心にボヤきつつ、美味しそうだったので購入。これからしばらくは味噌漬けの日々になるかも。この店では地下水を利用しているとかで、ついでに水を汲ませてもらうことにする。おばさんが水を凍らせたペットボトルを差入れてくれた。
雲ひとつ無い青空の下、影ひとつ無いまっつぐな道をゆく。ここ数日というもの、「たうたう夏が終わっちまった。」みたいな感傷に浸っていたのだが、この陽気。夏より夏らしいぞ。これが盆地ってやつなんだろうか。あなどるまぢ、会津盆地。
会津坂下から252号線を右へ折れる。只見川を遡って、新潟へ抜けようという作戦である。今日の泊りは柳津あたりがよろしかろう。
塔寺にある恵隆寺というお寺に重要文化財の千手観音様がいらっしゃるというので寄り道してみる。僕は見仏趣味を持っている訳ではないが、ほんの出来心である。ちょっと遠回りになるけど、まあいいだろう。
恵隆寺は仲々ワビサビの出たいい感じの古刹である。御本尊の千手観音は別名を「立木観音」。なにか古い言い伝えのある立木をそのまま細工して仏像に仕立てたものであるとのこと。例によって詳しいことは忘れてしまった。拝観料をいくらか払うと、緞帳の裏から間近に見ることが出来る。結構デカいもので、あまり近くから見上げても全貌が分からない。なんでも朴訥な印象だった。都の仏像のやうな洗練された美しさはないが、これはこれで味がある。柱をなぜまわすと御利益があるとかで、参拝のおばちゃん方が熱心になぜていらっしゃる。僕も紛れてなぜなぜしたやうな記憶が。なんの御利益があったかは不明。
八折峠というのを越えて、坂を下りきったところにあった蕎麦屋に入る。昨日はラーメン、今日は蕎麦か。味噌もゲットしたし、わりと豊かな生活をしてるね。ま、会津といえば蕎麦でしょ。残念ながら僕は蕎麦の味をどうこうする程繊細な味覚は持っていないのだが。日暮れ間近の蕎麦屋の片隅でヌキの天ぷらを相手にお銚子でも傾けてみたら、さぞや70%夕暮れ味がすることだらう。そんな風流な世界に憧れなくもないが、今の僕には縁遠いな。僕にはあんまり眩しいのれす。普通にもり蕎麦を一枚頼む。何というか、普通に美味しいお蕎麦でした。
しばらくで柳津に到着。道は赤い大きな橋へと続いているが、柳津の町はこれを渡らず、橋の手前を左に行ったところにある。細い坂道にだんご屋や旅館が立ち並び、風情のある佇いである。こういう所にはごく普通の旅行者として訪れてみたいものだ。福満虚空蔵様のふもとで時間が来たので、川面を見下ろす駐車場の片隅にザックを置いて、おもむろにラジヲをひっぱり出す。流石にこれだけ山奥に来ると電波が悪いな。アンテナを伸ばしたラジヲを片手に右往左往する様は、傍目にはダウジングでも試みているやうに見えたかもしれない。別に水脈を探してるんじゃないんだよ。今週はカエタノ・ベローゾをかけるらしい。やったね。
古くさいコンクリートの橋を渡って252号線に戻る。橋のたもとに一匹のネコが。ちょっと小粋なポーズをとっていたので撮影せんとするも、なかなかうまくいかない。適当な距離を保って、構図を決めようとカメラを構えてしゃがむ。すると今までぼんやりしてたくせに、ネコはニャーとか言って寄って来てしまう。ええい、ニャーじゃねえだろ、とネコを元の位置に戻して再びカメラを構える。ネコはキョトンとしている。やはり立ったままだと構図がどうも、などと思いつつもう一度しゃがむと、ネコはまたしてもニャーなどと言いつつこちらへ来てしまう。ニャーじゃない、向こうで毛づくろいでもしてなさい、などと叱ってみてもダメである。ゴロゴロ言って話が通じない。ネコって奴はこちらがしゃがむと寄ってくる習性があるのだろうか。
旅館街から少し離れた所に道の駅がある。温泉があるようなので行ってみるも、足湯だった。直売所もめぼしいものがない。となりにディスカウント・スーパーがあったので、そちらでマイタケとネギを購入。運動公園のテニスコート脇で野営。
マイタケとネギをヘットで炒めてから蒸し焼きにする。ヘットは先ほどのスーパーで失敬してきた。肉を購入してないあたりがもの悲しさを誘う。味噌と唐辛子で和えれば立派なおつまみだ。結構うまいんだよ、味噌が上等だからね。
不覚にも外灯の真下にテントを張ったせいで、大量の虫に悩まされる。なんとか一晩やり過ごそうかと思ったが、夕食後こらえきれず逃げ出した。
9/5
予報は曇ときどき雨だが、朝のうちは昨日に引き続いて雲ひとつない青空。厳しい残暑の中、只見川沿いの道をゆく。厳しい残暑。良い響きだ。只見川は死んだやうにほの暗く淀んで流れている。流域に幾つものダムを抱えているせいだろう。これくらい大きな川になると治水もしないと危険なんだろうが、ちょっと残念な景色。流域の広さのわりに引き締まった両岸の風貌からして、この川はかつては手の付けられない暴れん坊だったんじゃないかと想像される。やんちゃだった往時の姿を一目見たかったものだ。
鉄道の鉄橋をくぐって宮下の町へ。ちょっと風情のある町並み。ここから252号線は対岸へ橋を架けて続いているが、僕はあえてそれを渡らずに右岸側の旧道と覚しき静かな道を選ぶ。車道に寄り添うように線路が続いている。柵もなく、所によっては高低差もない。こんなので事故とか起きないのかと他人事のやうに心配になったが、電車は一向に通る気配がない。「止めてしまおうって言おうと思ったぁ〜」などと野狐禅を口ずさみながら歩いていく。別に止めてしまおうなんて思ったこともないんだが、そういう歌なのである。線路沿いの道を歩くと、何故かこの歌を歌いたくなる。川の向こうを見やると対岸の道は車の通りが多いやうだ。ふと視線を戻すと、そこには静かに線路沿いの道。朝のうちよく晴れていた空は、このころより雲行きが怪しくなってくる。
やがてトンネルにさしかかる。たぶん宮下第二ダムとかいう施設の側を通っている奴だ。なんだが異様に薄暗い。オレンジ色のラムプもまばらで、不気味な雰囲気を醸し出している。トンネルにしては珍しく勾配があり、先がよく見えない。水平に掘れなかったんだろうか。トンネルの途中に十字路があったりするのも珍しい。交差してきてるのは、ひょっとすると発電所の作業道なのかもしれない。たまに車が通るからまだ心強かったが、一人ではちょっと尻込みしてしまいそうな、不気味なトンネルだった。雰囲気出しすぎだ。
トンネルを抜けるとどうやら一雨来そうな気配。早戸温泉がすぐそこなので、降り出さないうちにと先を急ぐ。天気予報に遅れること半日、丁度ぱらぱら来たころに、無事温泉到着。早戸温泉は随分繁盛しているらしい様子だった。平日の昼下がりにも関わらず、駐車場には車が一杯止まっている。川面に面した湯舟までエレベータで下っていくやうな造りになっている。どうやら最近改築したらしく、建物は全体に新しい。やはり儲けているんだろう。湯はなるほど、いい湯だ。矢立温泉や知内温泉に似た感じの、鉄分の多い茶色い湯。飲んでも美味しい。しかし、休憩室が汚なすぎる。入浴客がだらしなく荷物を散乱させて場所取りとかしている。やだね、大人ってやつは。いちいち「なんちゃら禁止」って言われないとダメらしい。子供の方がよっぽど礼儀正しいと思うよ。
中川という集落に入った所で、今日も時間となりにけり。野良ラジヲにいそしまんとするも、やんぬるかな、電波が極度にか細い。どうやら、FMふくしまもここいらが限界のやうで。天高くかざしたラジヲを片手に右往左往していると、風の具合か、ザーザーというノイズの向こうに、Bosayo様の歌う声が聴こえてくる。どうやら今日はスタジヲライブのやうだ。「おお、Bosayo様が“リンダ・フロール”を歌うよ。」などとのたまいつつ、スピーカーに耳を寄せてみるも、トークの内容までは分からない。カエタノ様の歌う“ビリー・ジーン”も風のまにまになんとなく。残念だ。長かった福島横断もいよいよ大詰めという感じ。ちょっとサウダージな気分。
ここからさらに一時間ほどで川口の町まで。帰宅途中の高校生がいっぱいいる。駅前のやたらとっちらかった商店で買いもの。しかしこの店はなんだってこんなに散らかってるんだろう。店内には商品が所狭しと平積みにされている。神田の古本屋を彷彿とさせる見事な散らかりっぷり。これじゃ、どこに何があるのか、素人には分からんな。店のひとには分かるのか?何処からともなく豆腐とさんまの缶詰を見付け出して来て購入。
寝床を求めて辺りを物色してみるも、やんぬるかな、適当な場所がない。運動公園はおろか、平らな空き地がない。高校があることからも分かるように、この辺りは人が沢山住んでいるのだが、川岸が迫っていて、狭苦しい土地を無理矢理拓いたやうな町なのだ。駅舎の陰で寝れなくもないけど、高校生がうろうろしててヤダしなあ。ということで隣町まで歩いてみることにする。もう辺りは真っ暗である。しばらく行くと道端に湧水を発見。そのすぐ向かい側が旧道で、今は通行止めになっているようだ。これはもうここで寝ろってことだろうと解釈して、旧道の隅っこで野営。キャンプサイトとしては異常の部類に入るだろう。
先ほど購入したさんま缶と豆腐にネギを加えて味噌煮にする。「青豆豆腐」なるものを購入してみたのだが、これが滅法うまい。舌触りはあくまで滑らかで、大豆の風味は濃厚。しかも加熱してもこの食感も風味も損なわれない。あんなとっちらかった店で売られていたわりに、秀逸な逸品である。北会津村の小沢食品という所で作っているらしい。札幌に帰ったらお取り寄せしてみようかと、本気で考えてメモっておく。
9/6
意外にもぐっすり眠れた。変なとこだけど、不思議と落ち着いてしまったんだなぁ、これが。FMも電波が届かなくなって、只見川もどん詰まりという風情である。頑張って今日のうちに30kmほど歩いて只見の町まで行っておけば、明日中に六十里越の峠を越えて新潟に突入出来る計算だ。しかし、日和って今日は塩沢あたりまでってことにする。別にいいよ、急がなくても。一日刻んで、只見川のほとりの情景を目に焼き付けておけばいいんじゃないか?ということで、NHKが流すフォーレの弦楽四重奏など聴きつつ、10時ころのんびり出発。
こうなると、やる気など何処からも湧いてくるものではない。必要以上にチンタラ歩いていると、謎に路傍にカーブミラーが置かれているのに遭遇。たわむれに撮影してみる。セルフタイマーをセットしたカメラを足元に置いて、ノーファインダーによる撮影を試みる。じぃぃぃぃぃ、ぱしゃこん、というなんとも小粋な音を残して撮影終了。ミラーに映った下半身のセルフポートレイトになっているハズである。僕はこういった、どうでもいいセルフポートレイトを各地で撮りつづけている。公園の遊具に跨って狂喜している姿などをセルフタイマーで写すのだ。奇癖といえば奇癖である。
湯倉の“つるかめ湯”とやらを訪問してみる。なんでも「秘湯を守る会」とやらに加盟しているらしいことが看板からうかがえる。御大層なことに橋を渡って対岸に行かねばならない。ちょっとしたことだが、こういう演出は大事である。俄然、気分が盛り上がってくる。しかし、何としたことか、恐怖の、あの、「本日休業」の札が。ぬえええい、なんで休むかな。諦めきれずに塀の隙間から中の様子を窺って見ると、脱衣所の扉が開いていて、その向こうに湯殿が見える。掛け流しの湯が、静かに白い湯気を湛えている。さひわひ誰もいないやうだし、押し入って勝手に入ってしまおうか?そんなことしても情緒もへったくれもないしな・・・。路傍のドブヘと流れ込んで来る湯を、両手にすくって顔を洗ってみる。温かい。そして虚しい。まだ他にも只見川沿いには温泉は随所にある。そちらに期待するしかあるまい。泣きながら橋を渡って引返して来ると、時ならぬ便意が。近くに蕎麦屋があったので便所を借りる。帰りに挨拶したらシカトされた。庭先で野グソしてやればよかった。
大塩の町に入って行くと、まだ民家もまばらな辺りに温泉旅館が一軒、「炭酸泉」を謳っている。宿は不気味に静まり返っている。他にも温泉宿はあるだろうと思って素通りしたが、行けども行けども鄙びた民家が軒を連ねているばかりである。どうやらまた獲物を逃してしまったやうだ。間の悪いことに雨も降ってくる。商店の軒先でポテチなどつまみつつ雨宿り。小止みを待って、雨具を着込んで出発。「休んでがねかぁ?」と声を掛けてくれるばあ様などいらっしゃったが、今歩き始めたばっかりだしなぁ。
お隣の滝沢という集落に入って行くと、小さな沢を跨ぐ橋の上から眼下にゴルジュが見える。遠目には結構立派そうに見える。プチ由布川という感じだ。世にも珍しい「ご近所ゴルジュ」である。見物して行こうと沢沿いの道を歩いていくと、ちゃんと探勝路もついている。地元では「横穴群」と呼ばれていて、盛夏には子供達の遊び場になる、というやうなことが案内板に書いてあった。しばらくうろついてみる。まあ、そんなに大騒ぎするほどのモノでもないが、ご町内にあるってとこがチャームポイントだらう。
滝沢にも町外れの方に「まつの湯」という温泉宿がある。時の経過とはまた別のニュアンスの鄙び方をしている。たぶん、接客業としての営業努力などまったくしていないんだらう。なんともほんやら洞チックなところだ。好き嫌いの分かれるところであろうが、僕には大変好ましい印象である。入浴料は100円也。これまでの最安値を更新。金儲けってよりは、何となく取ってるって印象である。こんな所にも先客が二名。これまたつげチックに萎び切ったご老人。腰が立たぬと見えて、危なっかしく洗い場を這いつくばっている。「大場電気鍍金工業所」などに出てきそうだ。泉質はかなり良い。湯量も豊富だ。窓のすぐ外には源泉がシューゴーと吹き出しているのが見える。そいつを湯殿に引っ張ってきて、てきとーに掛け流してるだけってやうな、何の飾り気もない湯である。朴訥というのとはまた違ったニュアンスのほったらかし加減。真冬のどっさり雪の積もった頃に、こんな宿に籠って漫画の執筆など試みたらどんな気分がするのだらう。別に漫画なんて描けなくても構わない。みかんの空き箱に真っ白な画用紙を放り出して、構想を練ってるフリとかするのである。
「おやじさん、僕等を風景の点景として見たら、さしずめどういう感じなのでせう。」
「さあね、おまえ様は少しうるさいやうだよ。」
とかってね。たぶんこの宿は雪かきなんてしないと思うよ。
折角湯を使ったのに、犬と遊んでいたら手が臭くなってしまった。ものすごく臭い。この犬も随分ほったらかしにされて来たのだらう。スローライフというのとはまた違ったニュアンスの臭いだ。
宿のおやじさんから聞いた話では、近所に炭酸水が湧いているところがあるという。早速行ってみる。まつの湯から五分ほど行ったところに、廃屋と化した温泉旅館がある。教えられた通りにその裏手を回り込んでいくと、只見川に面した急斜面を下っていく踏み跡が続いている。これを頼りに少し下った所に、なるほど、チロチロと湧き出した細い流れがある。掬って飲んでみると、たしかに炭酸水だ。天然の炭酸水って初めてかも知れない。美味いんだ、これが。炭酸水を侮っていた。ペットボトル持ってくるべきだったな。
そうこうするうちにまたしても雨。雨足の強まって来る頃、丁度よく雪崩避けの長いスノーシェッドに突入。これを抜ける頃には雨も上がっていようと、甘いことを考えていたが、むしろ雨足は強まったやうで。塩沢の町に着く頃には全身ズブ濡れである。朝市のテントの下にひとまず避難。
「ここでこうして雨に降られるのも、決して偶然ではないのだぞよ。温泉に浸かったのも、雨に降られるのも、予め決まっていた事なのだぞよ。」
などと占いババアみたいな独り言など言ってみる。しかし弱ったな、食糧を買えそうな店もないし、寝床だってどうしたものか。このテントの下に寝てしまってもいいが、コンクリートの上なのでこのまま降り続けば水浸しになりそうだ。辺りを物色してみると、誰だかの記念館があった。地元の名士なのかもしれないが、全く聞いたことない名前だ。その記念館の裏手の軒下で雨を凌ぐことにする。こんな風に、うまいこと寝床を見出せるのも、きっと何かの縁、予め決まっていたことなのじゃよ。
9/7
雨は夜明けまで降り続いたやうだが、朝にはすっかり上がっている。ラジヲを点けっぱなしで寝てしまったので電池が切れてしまった。薄曇りの朝のやはらかい光は、全てを被写体に変えてしまったかのやうだ。少し歩いては写真を撮り、また少し歩いては立ち止まって・・・、と一向に先に進まない。まあ、峠を越すのは明日にするつもりだから、今日ものんびりで良い。蒲生の集落に入るころより、蒲生岳が姿を現わす。会津マッターホルンとでも呼びたいやうな、奇抜な形の岩峰である。
叶津の分岐を過ぎれば、程無くして只見の町に突入。道路工事などやっていてちょっと埃っぽいが、わりと垢抜けている。山奥に向かって歩いてきたはずなのに、逆に拓けてきたやうだ。コンビニなんてものも久々に見掛けたので入ってみる。地酒など売られていたので購入。他にガスボンベを所望するも、扱ってないという。はす向かいに商店があったのでそちらで聞いてみる。こちらにはあるにはあるが、3本セットじゃないと売らないと断られた。なんだよ、バラせばいいじゃん。営業努力に欠けるのでは?などとは思ったが、仕方ないので別の店を探す。
駅前にも金物屋があるというのでそちらへ行ってみる。この店には、愛嬌のあるおばちゃんがいて、ハキハキと小気味よく応対してくれる。「バラ売り?ああ、一本百円でいいよ。」ってな感じである。客商売はこうでなきゃいけない。気分が良かったのでついでにお猪口も購入。さっき地酒を買ったからね。日本酒はお猪口に受けるのが美味だと思うよ。
あれこれ買い込んだので、大分ザックも重くなりにけり。まあ、どうせ今日はあとちょっと歩いたらサボってしまうつもりだ。どこかに静かな四阿でも見付けて、昼間酒と洒落てやろう。只見の町から只見川の右俣を取ると、上流には只見ダム、田子倉ダムという二つのダムが続けざまにあって、六十里越の峠はもうすぐ先である。田子倉ダムの更に上流には奥只見ダムなどあって、只見川の懐はまだまだ深い。左俣は伊南川と名前を変えて尾瀬方面へと流域を伸ばしていく。
只見ダムに着く頃には空もすっかり晴れ渡る。気分よく、湖畔に腰を降ろしてさっきコンビニで買ってきたフライド・チキンを頬張ってみる。かれこれ三日ぶりの動物性タンパク。骨を湖面に放り投げて再び歩きだすと、天蓋に挟んであったガスボンベが落ちてしまった。そのはずみで、なんとしたことか、ボンベに穴が開いてしまう。シューシューとガスが噴き出して、手の施しようもない。仕方なく、一度只見の町に戻る。ポイ捨てしたからバチでも当たったのか?でも骨ならいいでしょ。
先ほどの金物屋より手前に別の商店があったので入ってみる。でもやはり、3本セットじゃないとダメなんだそうだ。だからバラせばいいじゃん。ボンベ、重いし邪魔だから3本も背負いたくないよ。などと言ってもムダそうなので、駅前の金物屋まで戻る。
この事件で完全にやる気を無くしてしまった。一応田子倉ダム位まで今日中に進んでおこうかとも思っていたのだが、もういいや、どっかその辺で酒盛りでも始めようと手頃な場所を物色し始める。しかしご町内には適当な場所がなく、青少年旅行村なども冷やかしてみたが、ダメだ、ああいう綺麗なとこは。頭痛がしてくる。諦めて再び只見湖までしおしおと歩いてくると、ハラハラとお天気雨。薄の穂が風に揺れてキラキラひかる。ははあ、この風情を写真に撮るやうな技術は俺にはないな・・・。などと思いつつ振り返ると、ダム湖の上に見事な虹が。神さまはこれを見せたかったのかも知れない。虹ってモノクロで撮るとどういう風に写るんだろう?などと思いつつ撮影。偏光フィルターなんか使うと消えてしまうんだろうか。
田子倉ダムの下に四阿が見えてくる。なんかお誂え向きだな。神さま、さっき作ったでしょ?何しろ神さまだからな、歴史を変える事ぐらい造作もないんだろうからな。たぶんここはキャンプ禁止だろうから、用心してテントは張らずに、お酒を舐めながら日記など付けてみる。うまい酒だ。杯買っておいて良かった。そのうち草刈りのおっちゃん達がやってきてのんのんのんのんやっていく。僕の傾ける四合瓶をめざとく見付けて、
「おお、“花泉”じゃねえか。」
なんて言っている。なんでも、花泉は南会津の地酒でほとんど地元にしか出回らないんだそうだ。そういわれると、なんだかとっても美味しいやうな気がしてくる。まあ、実際美味いと思うよ、この酒。
その後案の定お巡りさんもやってくる。危ない。テントなんて立ててたら、撤収って騒ぎになってたかもしれない。
「ほほう、御旅行で。」
「ええ。」
「日記を付けていらっしゃる?」
「まあ。」
「おや、花泉。」
「・・・。」
僕も一度職務質問なんてされたので、そうそう愛想良くもしない。それにしても、この花泉って酒、地元の人にはよっぽど愛されてるのだらうね。
宵闇を待ってテント設営。宵の口から激しい雨。雷もドカドカ落ちてくる。血湧き肉踊るってやつだ。盛大にラッパなど吹いて楽しむ。
天候 | 9/4 喜多方ー会津坂下ー立木観音ー柳津 9/5 柳津ー宮下ー中川ー川口 9/6 川口ー滝沢(ご近所ゴルジュ)ー塩沢 9/7 塩沢ー只見 |
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