市営バスに揺られて群馬県道337号上藤生大洲線に入ると間もなく、野外活動センターバス停に到着。桐生駅からは約30分の道程だ。この日はここでトイレを借りて、ベンチで身支度をさせていただいた。暑くなりそうだったので、この時点で上着はザックに収納。
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4/9 8:28
市営バスに揺られて群馬県道337号上藤生大洲線に入ると間もなく、野外活動センターバス停に到着。桐生駅からは約30分の道程だ。この日はここでトイレを借りて、ベンチで身支度をさせていただいた。暑くなりそうだったので、この時点で上着はザックに収納。
上の写真の看板の左手にある道を進むと、程なく登山口に出る。標識には「野峰登山道 山頂まで約5キロ」と書かれている。ちなみに、この登山口のある辺りの地名は閉籠里(とずろうり)。変わった名前だが、どんないわれがあるのだろうか。
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4/9 8:48
上の写真の看板の左手にある道を進むと、程なく登山口に出る。標識には「野峰登山道 山頂まで約5キロ」と書かれている。ちなみに、この登山口のある辺りの地名は閉籠里(とずろうり)。変わった名前だが、どんないわれがあるのだろうか。
沢沿いに進むと、朽ちかけた木橋が架けてあった。近くの道標に「橋危険 回り道」と書かれてあり、迂回路が用意されていたが、結果的には普通に渡ることが出来た。登山道は橋を渡った右手だが、直進方向の斜面をキャタピラの轍が登っていたので、そこを使って尾根を目指した。
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4/9 21:55
沢沿いに進むと、朽ちかけた木橋が架けてあった。近くの道標に「橋危険 回り道」と書かれてあり、迂回路が用意されていたが、結果的には普通に渡ることが出来た。登山道は橋を渡った右手だが、直進方向の斜面をキャタピラの轍が登っていたので、そこを使って尾根を目指した。
キャタピラ道は非常に歩きにくかった。失敗。尾根に道を見つけて少し歩くと十字路に達する。ここは山の神様広場と呼ばれている場所。神様は正面に見える祠の中におわすようだ。尾根道から見て正面が野峰への登山道、左は梅田ふるさとセンター、右は先ほど渡った橋へ至ると思われる。
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4/9 9:02
キャタピラ道は非常に歩きにくかった。失敗。尾根に道を見つけて少し歩くと十字路に達する。ここは山の神様広場と呼ばれている場所。神様は正面に見える祠の中におわすようだ。尾根道から見て正面が野峰への登山道、左は梅田ふるさとセンター、右は先ほど渡った橋へ至ると思われる。
「町有林丸岩払下記念碑」と書かれた石碑。昭和39年に三好村と野上村が田沼町に編入された際、町村合併促進法により、この一帯の山林が田沼町(現・佐野市)に払い下げられたことを記念してこれを建立した、と裏面に書かれている。どうやらいつの間にか県境を越えて栃木県に入っていたようだ。
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4/9 21:59
「町有林丸岩払下記念碑」と書かれた石碑。昭和39年に三好村と野上村が田沼町に編入された際、町村合併促進法により、この一帯の山林が田沼町(現・佐野市)に払い下げられたことを記念してこれを建立した、と裏面に書かれている。どうやらいつの間にか県境を越えて栃木県に入っていたようだ。
倒木地帯や鞍部を越えて、再び尾根道へ。野峰への道はほぼ登り一辺倒で、展望もあまりない。夏が近づいて樹木が葉をつけると、鬱蒼とした樹林帯になるのだろう。尾根道の樹林の隙間から、野峰の姿がぼんやりと見えた。
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4/9 9:57
倒木地帯や鞍部を越えて、再び尾根道へ。野峰への道はほぼ登り一辺倒で、展望もあまりない。夏が近づいて樹木が葉をつけると、鬱蒼とした樹林帯になるのだろう。尾根道の樹林の隙間から、野峰の姿がぼんやりと見えた。
野峰に到達。標高1,009.9メートルピークで、三等三角点(点名:野峰)がある。この山の山名の由来は判明していないが、単純に野に立つ峰というところかも知れない。ところで、地図によればこの近辺に「野峰ヶ池」という池があるということだったが、見つけることはできなかった。帰宅後調べてみたが、どうやら「池」というよりは「水たまり」のような場所のようだ。
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4/9 10:25
野峰に到達。標高1,009.9メートルピークで、三等三角点(点名:野峰)がある。この山の山名の由来は判明していないが、単純に野に立つ峰というところかも知れない。ところで、地図によればこの近辺に「野峰ヶ池」という池があるということだったが、見つけることはできなかった。帰宅後調べてみたが、どうやら「池」というよりは「水たまり」のような場所のようだ。
野峰のピークからは男体山など奥日光の山々の雄姿を拝めるはずだったが、生憎と気温が上がり過ぎて靄がかかっており、目視でうっすらと確認できる程度だった。この写真でも目を凝らすと、なんとか山容を確認できると思う。
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4/9 10:26
野峰のピークからは男体山など奥日光の山々の雄姿を拝めるはずだったが、生憎と気温が上がり過ぎて靄がかかっており、目視でうっすらと確認できる程度だった。この写真でも目を凝らすと、なんとか山容を確認できると思う。
色とりどりのビニールテープが巻かれていた(笑)何か意味があるのかと思って辺りをキョロキョロと見まわしてみたが、特に何も見つからなかった…
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4/9 10:39
色とりどりのビニールテープが巻かれていた(笑)何か意味があるのかと思って辺りをキョロキョロと見まわしてみたが、特に何も見つからなかった…
樹木が織りなすアート?右手から伸びてきた蔓にぐるぐると巻きつかれた木が、重さに耐えきれず折れてしまってこんな状態になったのか。蔓の方も枯れているが、かなり強い強度をもって折れた枯れ木を握りしめている。
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4/9 11:09
樹木が織りなすアート?右手から伸びてきた蔓にぐるぐると巻きつかれた木が、重さに耐えきれず折れてしまってこんな状態になったのか。蔓の方も枯れているが、かなり強い強度をもって折れた枯れ木を握りしめている。
石鴨林道との出合地点。未舗装だが意外と道幅の広い林道で、カーブミラーも設置してあった。ここを左手に進んでいくと、やがて林道起点である不死熊橋に至る。
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4/9 11:17
石鴨林道との出合地点。未舗装だが意外と道幅の広い林道で、カーブミラーも設置してあった。ここを左手に進んでいくと、やがて林道起点である不死熊橋に至る。
登山道は石鴨林道を横切って左手斜面に登って行く。テープがあるのですぐにわかる。ちなみにこの日は出会わなかったが、MTBでこの地点まで林道を登り、野峰からの登山道を駆け下りる方々が結構いるらしい。当然野峰への登り返しは担ぎが入るが。
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4/9 11:19
登山道は石鴨林道を横切って左手斜面に登って行く。テープがあるのですぐにわかる。ちなみにこの日は出会わなかったが、MTBでこの地点まで林道を登り、野峰からの登山道を駆け下りる方々が結構いるらしい。当然野峰への登り返しは担ぎが入るが。
丸岩岳。標高1,127メートルピークであるが、何もない。山名プレートはなかなか立派だが。山名の由来は単純に山容が丸い岩のようだからだとか。なお、このピークは分岐点も兼ねており、右手の道には「いちろう新道」の指導票があった。小戸川上流の駐車スペースの方へ降りられるのかな?
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4/9 11:27
丸岩岳。標高1,127メートルピークであるが、何もない。山名プレートはなかなか立派だが。山名の由来は単純に山容が丸い岩のようだからだとか。なお、このピークは分岐点も兼ねており、右手の道には「いちろう新道」の指導票があった。小戸川上流の駐車スペースの方へ降りられるのかな?
谷間にはまだ残雪が残っていた。石鴨林道にもまだところどころ白い部分があったので、通行する方は注意されたし。まあ、大した量ではないが。
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4/9 11:35
谷間にはまだ残雪が残っていた。石鴨林道にもまだところどころ白い部分があったので、通行する方は注意されたし。まあ、大した量ではないが。
キタテハ。山もだいぶ春めいてきた。
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4/9 11:41
キタテハ。山もだいぶ春めいてきた。
丁石を発見。これはかつて十二山根本山神社へ参詣する人たちのために、神社までの距離の目安として置かれたものだ。現存するものが極端に少ないのは、神仏分離政策により神社が社地を没収された際に大半が撤去されたか、持ち去られたのだろう。
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4/9 22:05
丁石を発見。これはかつて十二山根本山神社へ参詣する人たちのために、神社までの距離の目安として置かれたものだ。現存するものが極端に少ないのは、神仏分離政策により神社が社地を没収された際に大半が撤去されたか、持ち去られたのだろう。
熊鷹山経由で神社へ続く道の起点に鳥居があった。ここから神域であるということだろう。中尾根コースが表参道とするならば、こちらは裏参道の入口といったところか。
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4/9 22:05
熊鷹山経由で神社へ続く道の起点に鳥居があった。ここから神域であるということだろう。中尾根コースが表参道とするならば、こちらは裏参道の入口といったところか。
熊鷹山に到着。標高1,168.6メートルピークで、二等三角点(点名:作原)がある。山名の由来は昔、野生のクマタカが生息していたかららしい。なお、点名の作原は小戸川流域の集落の名前なので、測量が行われた当時はまだ適当な山名がなかったのかも知れない。しかし野峰も丸岩岳もそうだが、山名の由来に捻りがないな。
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4/9 12:03
熊鷹山に到着。標高1,168.6メートルピークで、二等三角点(点名:作原)がある。山名の由来は昔、野生のクマタカが生息していたかららしい。なお、点名の作原は小戸川流域の集落の名前なので、測量が行われた当時はまだ適当な山名がなかったのかも知れない。しかし野峰も丸岩岳もそうだが、山名の由来に捻りがないな。
熊鷹山からは素晴らしい展望が開けているが、靄がさらに濃くなっていて遠望が利かない。残念!このピークでは本日初めて登山者のパーティと出会った。話を聞くと、山裾の方は倒木が酷いらしい。
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4/9 12:05
熊鷹山からは素晴らしい展望が開けているが、靄がさらに濃くなっていて遠望が利かない。残念!このピークでは本日初めて登山者のパーティと出会った。話を聞くと、山裾の方は倒木が酷いらしい。
派手な意匠の指導票。標高が書いてあるのはここがピークだという主張?指導内容が距離だったり時間だったり、とりとめがないのはご愛嬌。
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4/9 22:07
派手な意匠の指導票。標高が書いてあるのはここがピークだという主張?指導内容が距離だったり時間だったり、とりとめがないのはご愛嬌。
樹林の隙間から丸岩岳方面。残雪が確認できるが、登山道にはほとんどかかっていない。雪が消え、春の山が登山客で賑わうのは、もう間もなくの事だろう。
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4/9 12:30
樹林の隙間から丸岩岳方面。残雪が確認できるが、登山道にはほとんどかかっていない。雪が消え、春の山が登山客で賑わうのは、もう間もなくの事だろう。
十二山根本山神社に到着。昭和の初めごろ境内が焼失して以来荒れ果ててしまい、神社「跡」といった風景だが、江戸期から明治にかけては相当な賑わいを見せたらしい。ところで、ガイドブックなどには十二山の山頂を1,143メートルピークとしているものがあるが歴史的には誤りで、ここが十二山の山頂である。
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4/9 12:41
十二山根本山神社に到着。昭和の初めごろ境内が焼失して以来荒れ果ててしまい、神社「跡」といった風景だが、江戸期から明治にかけては相当な賑わいを見せたらしい。ところで、ガイドブックなどには十二山の山頂を1,143メートルピークとしているものがあるが歴史的には誤りで、ここが十二山の山頂である。
この十二山には江戸期には関東随一の賭場があり、江戸の町でこの地へのガイドブックが売られたりと、相当な賑わいを見せたらしい。なぜ神聖なる神社の社地で賭場などが開かれていたのかは詳しく調べていないのでわからないが、人が集まる場所には必然的にそういったコンテンツが提供されるものなのかも知れない。
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4/9 12:42
この十二山には江戸期には関東随一の賭場があり、江戸の町でこの地へのガイドブックが売られたりと、相当な賑わいを見せたらしい。なぜ神聖なる神社の社地で賭場などが開かれていたのかは詳しく調べていないのでわからないが、人が集まる場所には必然的にそういったコンテンツが提供されるものなのかも知れない。
神社には歴史を感じさせるものがいくつも置かれている。祀られている神様は大山祇命(おおやまづみのみこと)なので十二山の山名の由来であるという十二神将とは関係なさそうなのだが、神仏習合の考えによると大山祇命=薬師如来なので十二神将が守護しているんだそうだ。ややこしい。
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4/9 12:42
神社には歴史を感じさせるものがいくつも置かれている。祀られている神様は大山祇命(おおやまづみのみこと)なので十二山の山名の由来であるという十二神将とは関係なさそうなのだが、神仏習合の考えによると大山祇命=薬師如来なので十二神将が守護しているんだそうだ。ややこしい。
根本山に到着。標高1,199メートルピークでこの山域の最高峰。しかし展望はない。目を引くものは何もない、静かなピークである。実は本来、根本山は行者山というピークのあたりにある根本山神社のことを指していたようで、ここは名もなき最高標高点であったらしい。しかし折角の最高峰なのだし、ベンチくらい置いてあげてもバチは当たらないと思うが。
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4/9 12:55
根本山に到着。標高1,199メートルピークでこの山域の最高峰。しかし展望はない。目を引くものは何もない、静かなピークである。実は本来、根本山は行者山というピークのあたりにある根本山神社のことを指していたようで、ここは名もなき最高標高点であったらしい。しかし折角の最高峰なのだし、ベンチくらい置いてあげてもバチは当たらないと思うが。
中尾根コースを下る。石祠などの史跡が散見され、この道もかつては参詣客で賑わったのだろう。この日は中尾根十字路で行者山方面へ行くか迷ったが、次に来るときは根本沢コースを辿ろうと思っているので、あえて中尾根コースで下山することにした。一度の山行で多くを堪能してしまうと、次に来るときの楽しみがなくなってしまう。
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4/9 13:45
中尾根コースを下る。石祠などの史跡が散見され、この道もかつては参詣客で賑わったのだろう。この日は中尾根十字路で行者山方面へ行くか迷ったが、次に来るときは根本沢コースを辿ろうと思っているので、あえて中尾根コースで下山することにした。一度の山行で多くを堪能してしまうと、次に来るときの楽しみがなくなってしまう。
花が綺麗だったので珍しく撮ってみた。植物には疎いので花の名前はよくわからない。
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4/9 13:46
花が綺麗だったので珍しく撮ってみた。植物には疎いので花の名前はよくわからない。
事前に聞いてはいたが、中尾根コース登山口は倒木だらけで酷い有様だった。歩行者はなんとか通過できるが、二輪でも無理だろう。これからGWに向けて整備はするのだろうが。
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4/9 14:07
事前に聞いてはいたが、中尾根コース登山口は倒木だらけで酷い有様だった。歩行者はなんとか通過できるが、二輪でも無理だろう。これからGWに向けて整備はするのだろうが。
不死熊橋。不思議な名前の橋だが、一説によればその昔、「猪熊」という名前の翁がこの橋から落ちたが死なずに助かったので、この名前がついたとか。まあこの話も、諸説あるようだが。
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4/9 14:14
不死熊橋。不思議な名前の橋だが、一説によればその昔、「猪熊」という名前の翁がこの橋から落ちたが死なずに助かったので、この名前がついたとか。まあこの話も、諸説あるようだが。
久々に丁石を発見。三十六丁目とある。他にも文字が掘られているが、山にあったものより風化が激しくて判読が難しい。
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4/9 22:19
久々に丁石を発見。三十六丁目とある。他にも文字が掘られているが、山にあったものより風化が激しくて判読が難しい。
石鴨天満宮。なかなかに立派な面構えだ。天満宮なので当然菅原道真公を祀っているのだろう。ここでは時々イベントなども行われているそうだ。
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4/9 14:38
石鴨天満宮。なかなかに立派な面構えだ。天満宮なので当然菅原道真公を祀っているのだろう。ここでは時々イベントなども行われているそうだ。
市の重要文化財に指定されている、石鴨の道祖神。亀の上に男女が乗っている意匠で、宝暦四年に作られたものだそうだから、かれこれ260年もここに鎮座しておられるということだ。亀の首に小石をつるす習慣も、260年続いているのかな…
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4/9 22:22
市の重要文化財に指定されている、石鴨の道祖神。亀の上に男女が乗っている意匠で、宝暦四年に作られたものだそうだから、かれこれ260年もここに鎮座しておられるということだ。亀の首に小石をつるす習慣も、260年続いているのかな…
この周辺には、いたるところに石仏や道祖神、そして庚申塔がある。こんなにたくさんの庚申塔を見たのは初めてかも知れない。江戸期には庚申待が盛んに行われていたのは知っているが、この一帯は随分とお盛んだったようで。ちなみに庚申待というのは、ざっくり言えば男たちだけで夜通し宴会をすること。お酒が供えてあるのはその名残か。っていうか、庚申塔にお供え物って必要なのか?
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4/9 14:46
この周辺には、いたるところに石仏や道祖神、そして庚申塔がある。こんなにたくさんの庚申塔を見たのは初めてかも知れない。江戸期には庚申待が盛んに行われていたのは知っているが、この一帯は随分とお盛んだったようで。ちなみに庚申待というのは、ざっくり言えば男たちだけで夜通し宴会をすること。お酒が供えてあるのはその名残か。っていうか、庚申塔にお供え物って必要なのか?
かっぱちゃんだぞ。かっぱ神社あります。本当にあった。山とは関係ないし、大して由緒あるものでもなさそうなので説明は割愛する。興味のある方はネットで検索してみるといいだろう。結構面白いものが見れる。
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4/9 15:19
かっぱちゃんだぞ。かっぱ神社あります。本当にあった。山とは関係ないし、大して由緒あるものでもなさそうなので説明は割愛する。興味のある方はネットで検索してみるといいだろう。結構面白いものが見れる。
蛇留淵橋(じゃるぶちはし)から蛇留淵を撮影。昔はこの景色が白い大蛇が這っているように見えたらしいが、時の流れと共に景観が変わってしまったらしく、ただの川にしか見えない。
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4/9 22:25
蛇留淵橋(じゃるぶちはし)から蛇留淵を撮影。昔はこの景色が白い大蛇が這っているように見えたらしいが、時の流れと共に景観が変わってしまったらしく、ただの川にしか見えない。
急に道幅が広くなり真新しい擁壁が現れると、間もなく梅田ふれあいセンター及びバス停に辿り着く。不覚にも写真を撮り忘れてしまったが、綺麗な建物で駐車場も広く、食事や土産物を買うことが出来る。車でアクセスされる方は野峰登山の起点にちょうど良いだろう。
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4/9 15:38
急に道幅が広くなり真新しい擁壁が現れると、間もなく梅田ふれあいセンター及びバス停に辿り着く。不覚にも写真を撮り忘れてしまったが、綺麗な建物で駐車場も広く、食事や土産物を買うことが出来る。車でアクセスされる方は野峰登山の起点にちょうど良いだろう。
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