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2015年10月12日 22:26ひとりごと全体に公開

恩師の死

10月最初の週末、
中高生時代に所属していた陸上ホッケー部の顧問であった恩師が急逝されました。
御年88歳、私の高校卒業と同時に定年を迎えられ、いつの間にか28年月が経過していました。

仕事が立て込んだ週末にメールで届いた訃報。

知らせていただいた知人に手短にお礼のメール、
心を落ち着け、時間に都合を付けて通夜に参列。

遺影は少し年を召されていたものの、影ながらクマとの愛称で呼ばせていただいた頃と変わらない、優しく微笑みを浮かべたものでした。教え子として、改めて感謝の気持ちを込めて、ご冥福を祈らせていただきました。


最後にお会いしたのが私の結婚式にご出席いただいた時、それから既に約18年。
2年前の年末、前後数世代と共に先生を迎えた酒宴の場に誘われ参加したものの、先生は体調を崩されたようで参加に至らず。次回のお会いする機会を楽しみにしておりましたが、叶いませんでした。

卒業後、毎年年賀状を頂いておりましたが、京都北山のご自宅にお伺いしたのは結婚式前の一度のみ。

現役時代、色々と問題を起こしたからか、数度しかお会いしていない先生の奥様も私の顔と名前はよく覚えられており、初対面の嫁の前で私の失敗談の数々、本人も知らなかったようなそれらの裏話も豪快に披露していただき、冷や汗もかかせていただきましたました。。。

今年春、北山方面の東海自然歩道を歩いた際、自宅近くを歩いたはず?
来年以降に挑戦を目指している、鯖街道ウルトラマラソンのコースにも程近い?

今年になって、ご自宅訪問を少し意識するようになりました。
突然に訪れても、暖かく迎えてくれそうな方でしたので、
近々寄らせていただこうかと思いつつ、結局、それも叶いませんでした。

最後に、思い立った時に行動を起こさないと後悔が残る事を教えていただきました。


私が六甲全山縦走等々、楽しむ為の山歩きを逸脱したようなチャレンジに惹かれるのは中高生時代に育まれた『体育会気質』によるものでしょう。

現在の基準?ならパワハラ等々問題となるような指導が横行していた世代ですが、体罰とは無縁の方でした。
教師生活晩年の教え子である我々だけではなく、歳の離れた先輩世代の方からも厳しく指導されたとの話を耳にしたことはありません。だからこそ?部員が自覚を持ち、厳しい練習を自らに課すような風土があったような気がします。
厳しさや辛さの中でも、嫌な思いをせずに自らを高めるスポーツの楽しみを教えていただきました。

高校卒業後、大学へ進み1回生の秋までは現役を続けたものの、その後自らの意思で引退。そして、その頃より続いた喫煙習慣と不摂生に自ら終止符を打ったのが、今から約5年前。

それ以降、山歩きの楽しさとは別に、何かに突き動かされるように自分の限界へのチャレンジに取組んできましたが、振返って考えるとその何かとは、スポーツマンとしての現役復帰を目指す思いだったようです。
20年以上のブランク、老け込んでもいいような年に近付いてきましたが、現役を名乗ろうとする気概?というか意地??生前、そのような話をする機会があったなら、きっと笑顔で応援していただけたことでしょう。何時でも私を応援してくださった先生でした。

今は、感謝の言葉しか思い浮かびません。
お世話になりました。そして、ありがとうございました。
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