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自分は、登山を初めて間もない初心者なので、登った山も、回数も、たかが知れている。周りを見渡しても、登っていない山だらけだ。知人がどこそこの山に登った、という話を聞くと、その山への憧れと同時に、登った人への嫉妬に似た感情が頭をもたげる。そしてその山に登りたいと、欲が湧く。意欲でもあり、良いことだ。だがそれは、征服欲にも近いのではないか。自分が登頂したことがある山に、誰かが登った話をしていても、嫉妬は感じない。むしろ、自分はすでに登っている、と、優越感を抱く。征服者とは、そんなものなのだろうか。登頂した時の達成感と、征服したときの感覚は、似ているのだろうか。いや、おそらく、征服感は、登頂した時よりも、下山してしばらくしてから沸いてくるのかもしれない。あるいは、ずっと後になって、まだ登っていない人と話をしている時に、ふと、感じるものかもしれない。
一度登った山への登頂意欲は非常に低い。富士山と北岳は登ったことがあるので、もう一度登りたいとは、あまり思わない。既に征服したからだろうか。景色が良かった山やトレーニング用の山に登るのは、別の目的があるから、征服欲とも嫉妬とも無関係。
嫉妬というと、男女の恋愛感情に関係していることが多い。まだ登ってない山に登った人への嫉妬、登った山への征服感、登ってない人に対する小さな、優越感。今まであまり意識していなかった感情があることに気づいた。戦国武将でもなければ、ビジネスマンでもない。商売もしてないし、顧客の取り合いもしていない。征服欲とは無縁の生活を送ってきた。こんな自分に、征服欲があるのだろうか。一度味わったことにより、芽生えてしまったのだろうか。
男性の気持ちはわからないが、女性に対して、征服感のようなものを感じたりするのだろうか。もちろん個人差は大いにあるだろう。山に征服感を感じる男性は、女性にも征服欲を抱いたりするものだろうか?もしそうだとしたら、山男には気をつけよう。征服欲の旺盛な人は、特に。
山に対して、登頂することを、征服と呼ぶとは、何事だ!とお叱りの声が飛んで来そうだ。征服、とは、なんとも物騒な言葉だ。平和主義の自分には似つかわしくない。山は誰のものでもない。登山者は皆友達になる。登山は、いたって平和な行為、スポーツ、趣味なのだ。オリンピックを平和の祭典というが、登山ほど平和な運動はないではないか。助け合いこそあれ、競い合うことはない。譲り合うことはあれ、奪い合うことはない。大自然と対話があり、闘う相手があるとしたら、それは己であり、天候かもしれない。天気を征服することはできない。畏れて屈するのみだ。山を語るのに、征服とは、不敬極まりない。
写真は、中国の山。行ってみたい。自分の目で見たい山。言ってみれば、プチ征服欲が湧いている山。
こんばんは、
山は、人間がしまい込んでいる、生き物の本能的なアレを呼び覚ますんだと思います。
もしかしたら、山だけで無く自然が・・かも知れません。
自分は特別、山にも女性にも征服欲は感じませんが、
山を始めてから「本来のオス」の感覚が蘇って来たような気がしています。
まあ、山男には気をつけた方が良いかも知れませんね(笑)
仰ること、すごくわかります、同感です。
そして、写真は張掖丹霞地貌ですね!私も行きたいです(´艸`*)
コメントありがとうございます😊
なるほど、自然の中に身を置き、野生が目覚める、というか、本来の自分が眼を覚ます!確かにそうですね。
サバイバルのためには、必要不可欠なことですよね。
行きたいです!
おはようございます。
山に登ったときに感ずるのは征服感もあるかもしれませんが、頑張った自分に対する達成感のほうがつよいかなと感じます。
つらい山に何度か登ってもやったーとなるときに感じるのは、征服感のほうではなく達成感のほうかなーと。
最近、達成感のあるハイクが出来ていないのが残念です。はい。^^;)
こんばんわ。
七彩山ですね〜現像時彩度上げ疑惑も
多々ありますが、実物はかなり
凄いみたいですよ。行ってみたいですね〜
甘粛省だから敦煌とかと絡ませるのも
いいかも。
k-yamaneさま、コメントありがとうございます。
行きたいです!いつまでも眺めていたいです。
Rainbow Mountains
こんにちは、marsha-ukurereさん。😄
『嫉妬』ってありますねえ。自分の実力では無理・遠方・岩登りなどソロで行けないーそんな山々がヤマレコで挙ってたら、ちょっと悶々しながら読みます。😰そして、ただ体力任せで登ってるようなレコなら「コイツ、アホか」で済まします。
キチンとした写真と感想の載ったレコには、嫉妬が尊敬に変わりますね。凄いとこ行ってるのに、花や風景など撮る余裕、その感性、尊敬します。😍
征服欲というか、あの山に行きたい😂😍、という気持、大事だと思います。山に登る原動力ですよ。😁
面白いお話ですね。
人(特に男性)にもよりますが、初めて登った山には征服欲に似た感情を持つ人は結構多いと思います。
山に登ることを”制覇”と書いたアクセス度の高い某有名なHPもあります。
ヒマラヤなどで、まだ誰も登ったことのない山が処女峰とも言われますよね。誰かが登ることによって処女峰ではなくなる⇒(多くの場合男性によって)征服されるということになります。
私も初登峰には征服欲に似た感情を持ちますが、その山が困難な山であればあるほど明瞭な達成感のほうが強いです。
まだ一度も登ったことのない山には、あの山の頂上はどうなっているのだろう、何があり、何が見えるのだろうとか、大いなる好奇心を抱きます。
立山&剱岳の山岳ガイドの方が、『山には登らせてもらうもの、頂上は踏ませてもらうものだという謙虚さが必要』と言われていましたが、まさにそのとおりで、征服欲は心の奥底にしまっておくべきだと思います。
人が山などの大自然を征服できるはずがありませんから。
takayama2さま、コメントありがとうございます😊
大いなる自然を前にして、征服とか、制覇とか、思い上がりもすぎですね。
達成感と感謝、大いなるものへの畏怖、謙虚さ、忘れてはいけませんね。
また、子どものような好奇心と冒険心を、いつまでも持っている山を愛する人たちは、だからこそ、若々しくいられるのでしょうね。そして、サバイバル術も備えている人達には、大きな憧れと敬意を抱きます。
コメントありがとうございます😊
嫉妬、憧れ、尊敬、ありますよね!
登りたい意欲を掻き立ててくれる、丁寧な山レコ、キチンとした山レコには感謝です。自分はまだまだ余裕がなくて、写真を撮って立ち止まるのが苦手です。リズムよく歩くことに集中ていないと、登れませんから。
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