ボランティアの役員会が終わった翌日の10月14日午前3時に自宅を出発して鹿児島からフェリーで屋久島に渡りました。車を屋久杉自然館に駐車してタクシーで淀川登山口に向かい、登山届を出して今夜の宿泊先である淀川小屋(無人)まで1.5Km。
同宿者は若夫婦2名と私の3名のみ。当然でしょう。明日は台風です。夕刻より降雨。老齢の父親の通院を考えて日程を決めたところこうなりました。
世界遺産 屋久島は排泄物規制のうるさいところで携帯トイレの持参が求められる。小水はボトルで運ぶこととする。ただし一日の行程の終わりの小屋にはトイレがあるので心強い。
翌15日。昼食のアルファ米にお湯を入れ、午前6時、薄明るくなるころに出発。進むにつれ雨と風は強くなり登山道は沢と化し時には滝となる。途中黒味岳も予定に入れていたがそれどころではない。すでに中間地点に達しており、進むも引くも同じなら前進と決めて、風が強い時には屋久笹に身をひそめ、山頂500m手前の携帯トイレブースにも避難して濡れた下着を交換する。30分間たっても風雨は収まらないので出発。
昼食どころではない。低体温を防ぐためにコンデンスミルクを舐めチーズをかじりながら掛け声をかけて早足で歩く。
途中反対方向から来た若い女性一人に出会い情報交換をする。やがて山頂に到着したが岩尾根のためさらに風速は強くなり、山頂の標識を横目でにらみ、岩陰の神様に「神様助けて」と言いながら通過した。
午後3時新高塚小屋で午前5時に出発した若夫婦と合流し無事を祝う。翌日の行程を考えて、縄文杉そばの高塚小屋まで続行する。午後4時今夜の宿、高塚小屋(無人)には縄文杉見物からきた2名の先客がおり我々を入れて同宿5名となった。
豪雨とレインウエアの手入れ不良のため全身ずぶ濡れ。ズボンも濡れたので、下着だけになるからと断って、室内にテントでカーテンを設置して着替えをする。
夕食は朝用意したドライカレーのアルファ米を食べる。暴風雨の午後8時、明日宮之浦岳に行く若い5人組が到着しにぎやかになる。
翌朝風雨が収まった6時ころ出発。縄文杉、ウイルソン株を見物しながら12時過ぎにバス停のある荒川登山口に到着。午後2時バスで車のある屋久杉自然館に出発して3日間の縦走(31Km累積標高5000m)が終わりました。この間、緊張と小食のためか便はでないし、発汗により歩行中は小便もほぼでませんでした。
17日は愛子岳 曇り時々小雨
18日はモッチョム岳 曇り時々小雨
19日は帰福予定がフェリー欠航の電話があったので、急きょ淀川登山口に急行して黒味岳に登るが、またまた強風と豪雨のため山頂手前で断念 20日は白谷雲水峡を雨の中歩くが、渡渉地点増水のため、目的地まであと数百メートルで断念して港へ向かう。
これで九州百名山の91〜94を完了し夜11時帰福しました。
雨具のゴアテックスの性能回復は洗濯後乾燥機で加熱する必要があるとのことです。また登山靴内の水濡れも冬季には大事に至る可能性があるので、防水靴下を検討します。
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