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「腰が痛くて山にも行けないし…辛すぎて…はぁぁ…」
「あんた！そんなに山好きなら、あるよ。うちに山ほど山の本が。」
女将さんが突如放った思いがけない言葉に「ほぇ？！」と狼狽えた。
「明日店に持ってきてやるからさ。見てみな。欲しかったらやるから」
「え…えええ〜！！」
翌日、本を見にお店に向かう道中の私の心中は正直言うと複雑だった。
山の本と一口で言っても、趣味が合う合わないがある。
年長者の方から不要になった本を頂戴するという経験は何度かあったのだが、古い本とはいっても私の琴線に触れるような�猖椨瓩箸呂泙深駝�が異なるものだった。
笑顔で受け取りながらも、その心内は「おぉぉぅ…これはちと私の趣向とは違うのだが…そのお心遣いに感謝致します！」と正直困ったケースが多かったからである。
営業前の店の引き戸をガラガラガラ…「こんちわ…」と開けると薄暗い店の奥で女将さんが仕込みをしながらこちらに顔を向けた。店内に足を踏み入れる私に「そこの箱の中、見てみな」と、声が投げかけられた。店の隅に置かれた段ボール箱を開けると…。
「！！！ こっ、これは…！？？」
箱を開けた瞬間に、ワナワナと手が震えた。
これはヤバい！予想を斜め上にいく山の本の数々
「山小屋」「山岳」「遭難」そそるキーワードばかりだ。
まずは一冊一冊丁寧に段ボール箱の中から取り出す。
表紙を目にした後にページをパラパラとめくり奥付をザッと確認する。驚くことに、どの本も状態が素晴らしく良く、私の琴線に触れるような興味深い本ばかりだったのであった。
本を眺める私の様子を見て、やがて女将さんが色々とこれらの古本にまつわる話を語り始めた。78歳になる女将さんの亡くなった弟さんは山好きの読書家で、山の本を集めるのが好きだったこと。亡くなった後に本を処分するのがそれはそれは大変だったこと…。
「ブックオフに試しに持って行ったんだけど�犖鼎に椶惑磴ぜ茲蟒侏茲覆き瓩箸靴�言われんかった。もう面倒臭くなって随分捨てた。でもまだまだ溢れるほどあるんよ…弟の本が。アンタみたいに山が好きな人間に貰ってもらった方が気分がいいわ。」
全部貰っていくのは流石に気が引けてしまい、慌ただしくも選書した十冊もの本を譲り受けた。興奮冷めやらぬ中、駅のベンチに座り一息つくと、古本達の詳細が気になってきた。ほとんどの本が初版だったはず…状態もかなり良い。私は古本の価値はさっぱり分からない素人だが、無性に気になってきて、無粋な事とは百も承知でスマホで「amazon」や「日本の古本屋」で本のタイトルを検索すると…
「うぉぉぉぉぉぉぉ…！！！！！！！」
書名を検索にかける度に足踏みをしながら心の中で叫び続けた。
タイトルが気になって選んだ『奥多摩 復刻版』は2万近くの古書価が付いてるし、何となく古くて貴重そうだなぁと手に取った『春日俊吉 山岳遭難記 初版』は一冊8000円以上ではないか！『日本登山大系 関西・中国・四国・九州の山 1997年初版』はヤフオクでびっくりするような値段だった。どれもこれも、間違いなく貴重な資料と言える。そんな古本達が今日私の手元に大量にやってきたのである。
「査定通りだと10万近くする…」
震える手でスマホを操作しながら、電車に乗るのも忘れて夢中で調べていたが、小躍したくなる歓喜と同時に私の脳内にある葛藤が生じた。
「女将さんにこの事を知らせるべきか…黙っておくべきか…」
こんな貴重な本達を無料で頂戴してしまったという高揚感。女将さんがこれら本達の価値を知らないまま私に譲ってくれたという罪悪感。
陰と陽の感情のせめぎ合いの中、悩みに悩んで、その翌日、勇足で女将さんのもとを再び訪れた私は、頂戴した本がいかに価値のあるものだったかを興奮気味に報告し、手土産の菓子折りを押し付けた。
だが女将さんは「価値とか知らん！大事にしてくれたらそれでええ！」と笑いながら一喝。女将さんの顔が眩しくて直視することが出来なかった。
「今度また本持ってくるから。また見においで。」
背を向けて湯気立つおでん鍋を箸で掻き回す女将さんから、後光が射すように見えた私なのであった。
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