小学生だった昭和三十年代後半、家族団らんにはテレビが欠かせなかった。特にＮＨＫの“新日本紀行”と民放の“兼高かおる世界の旅”を観て心が躍った。前者は日本各地の風土や歴史を中心に旅情をそそる番組だった。“旅をしたい”と冒険心に火が付いて、ユースホステルの会員になりガイドブックを読み漁り観光地のパンフレットを集めた。ますます旅への思いが高じて、ついに母に“一人旅をしたい”と伝えたのだが、受け入れては貰えなかった。それなら代わりにと集めたパンフレットにあった丹沢大山へのハイキングなら良いかと言うと、すんなりOKとなった。さっそく中学生になったばかりの春、ズック靴にナップザックを背負い独りでヤビツ峠から大山を往復した。小学生では金時山や筑波山に登っていたが、遠足であったり叔父に連れてもらったりだったので、自分で計画し準備して実施した大山こそが初登山と思っている。これが私の登山の始まりである。旅行より山登りの方が余程危険なのに、もうすでに母は他界していて旅行を認めなかったのに山登りは認めた理由がいまだに分からない。しかし当時は誘拐殺人事件などが起きていて泊りがけの旅は、親としてとても心配だったのだろうと思う。それとお金の問題もあったのだろう。
続いて大山から観た丹沢表尾根を縦走した。再びヤビツ峠から入山、塔ノ岳を超えて大倉尾根（通称バカ尾根）の中間あたりで小休憩をとった。その時、近くにいたお兄さん（大学生風の青年）と会話をした。歩いてきた表尾根を遠望して「小さな一歩一歩で長い尾根を歩いてきたのだね」と評した。労苦は報われるとでも言いたかったのか、小さな人間の努力は凄い成果を生むんだねと言いたかったのか。あの人の一言は何故かカッコよく聞こえ、突然降臨した師の導きの言葉のようにも思えた。自分もあのようなカッコいいこと言えるようになりたいと山登りを続けてきたように思う。が、不徳の致すところなのか未だそういうしっとりと落ち着いた状況に巡り合ったことが無いのがとても残念でならない（😢）。
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