それは母が妻に言った言葉を妻から聞いた一言です。次男が知的障害者と認定され、自営業が軌道に乗らず経済的な苦境が重なって、ギリギリの日常を生きていた３０歳代後半のこと。壊滅的な辛苦の事態を四国遍路で精神的に打開しようと考え妻に話したことが母に伝わり、その考えに抱いた母の感想の言葉だった。
２０歳代、四国遍路は３回満了、徳島県だけの巡拝や石鎚山登山を目的としたものを加えると６回四国に渡っている。大学を卒業してから頂いた初賞与で父母を高野山への旅に出かけた。父母へのささやかな感謝と四国遍路のお礼参りを兼ねての旅だった。そんなこともあって四国遍路を行うことは父母からは好ましく思われていると思っていた。しかし母は、一家を構え親となった私が四国遍路に行くなどということを聞いて、あまりにも身勝手なことと思ったのに違いない。直に母から聞いたのではないが、その印象が『まだ、そんなこと言っているの』と放たれたのだと思う。その時は、意外な言葉だと思った。が、神仏は尊ぶが頼まない、実に母らしい。
それ以来、さらなる苦境や行き詰った時にもその都度起きる四国遍路への思いは封印してきた。そして封印してみると、徐々に四国遍路への拘りや思いこみが薄れていった。母から見れば、四国遍路も逃げの行為に見得ていたのだろうと思う。今では四国遍路へ逃げようなんて全く思わなくなった。座禅でも座禅さえも無くさなければならないと言われるが、それと同じだと思う。拘りを無くすと心も少し楽になるように思う。四国遍路に逃げても心にある痛みの事態からは逃げられない。むしろ深層の心には「逃げている」という意識が加わって、より辛苦を複雑にしまうかもしれない。勇気を出して、許容しがたい事態に向き合って乗り越えることが大切だと思う。
ここ数年の時間の経過が凄まじく速い。もう一週間経つのかと驚きの毎日である。一日一日が無事に終えることが何よりである。辛苦を試練と捉えれば、辛苦の日常の毎日が充実してくると考えよう。だらだらとして過ごすより、一日一日が充実するということは思いこみだとしても幸せを毎日感じることができるようになるのではないかとさえ思えてくる。
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