|
「奴を斬り倒してくれる者はおらぬかぁー」萎れた喉を振り絞る最後の声であった。死堺に叫んだ長老の言葉が幼き少年の心を突き刺したまま十数年が過ぎようとしていた。
村は山の中腹にあり山のてっぺんには大きなカシの木が聳え立っていた。
木は、朝陽の刻を遮り樹木を食い散らし大量の水を飲んでしまう.村人は峠の藪中を「ちょろちょろ」と流れて来るわずかな湧水を掌ですくい桶に溜めながら暮らし、稲の穂先は大地におじぎをするように雨の恵を控えていた.悪の木…村人は皆『邪魔カガシ』と呼んでいた。
十数年が経ち、一人の男が大きな斧を担いで村へと帰って来た。村の者たちは長老の遜が戻って来たと云わんばかりに神社の境内で盛大なお祭りを開いて賑わった.皆、男の帰りを待ちわびていたのである。
男の名は『唐獅子』加治修業を経て、鍛錬に叩き上げ丹精こめて造り上げた斧を振り翳し、「儂は、邪魔カガシを斬り倒す為に、この斧を造り上げたのじゃ…今こそあの邪悪な木を倒して見せよおぅぞ」。
青銅にギラリと光る斧を天にあげると、村人から大きな歓声が上がった。唐獅子なら皆も斬り倒してくれるにちがいないと信じていた。
唐獅子はおよそ三里ある山崖を重さ五貫はある斧を担いで邪魔カガシのもとへと向かった。
初めて身近で見る邪悪な木は如来像のように聳え恐ろしくもみえた。震えを抑えながら睨みつけた唐獅子は恐怖をはらいのけ斧を握ると、ついに、邪魔カガシに襲いかかった。
幹の周りには石のように硬い苔が生え、刃が滑り、くい込まない.滑らぬよう手衣を柄に撒きつけ斧をふるうが、斧は扇の曲線を描くように弾き飛ばされる。
「おのれ〜お前を切り倒すまでは、死んだ爺も浮かばれん」。渾身の一撃であった…ついに幹に刺さったその瞬間、邪魔カガシは≪グババゥゥガォー≫ともの凄い呻き声をあげた。葉が揺らめきわずかに傾いたように思えた.唐獅子は突き刺さった斧を「どうだ」と云わんばかりに、ぐりぐりねじり込む.悪魔は大蛇のような根を土から這い挙げ暴れると、地面はもの凄い速さで亀裂が生じ迅走り、瞬く間に山が二つに割れ、唐獅子は邪魔カガシと共に二つに割れた山の谷底へと真っ逆さまに墜ちていった。
村は被害に及ばず谷底からは水が湧きあがり川となった.村が甦り豊かとなったのは
―地層の神のはからいの故、―
悪魔と共に地獄へ落ちた唐獅子は救世主として語り継がれなかった。
コメントを編集
いいねした人
コメントを書く
ヤマレコにユーザー登録いただき、ログインしていただくことによって、コメントが書けるようになります。ヤマレコにユーザ登録する