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ヤマレコ

エルブルス(えるぶるす)

最終更新:alpsdake
写真一覧へ 写真一覧へ 鎖場 難易度は低いが雪靴とアイゼンに履き替え鎖をロープがわりに アイゼントレーニングをしたくなった。 今の僕にはクライミングの師匠が怪我の為完全引退してしまいクライミングをやる環境がない。 来期はエルブルスよりずっとハードな海外遠征(バックパッカードスタイルで南米の6000メートル峰チンボラッソ)を計画している為クライミングの練習をしなくてはいけないので、速くクライミングを練習できる環境をつくらなくてはとの思いです。
基本情報
標高 5642m
場所 北緯43度21分17秒, 東経42度26分21秒
・ヨーロッパの最高峰
山頂
危険個所
展望ポイント

山の解説 - [出典:Wikipedia]

エルブルス山(エルブルスさん、)はコーカサス山脈の最高峰である。標高は5,642mで、ヨーロッパの最高峰でもある(地理的には大コーカサス山脈がヨーロッパとアジアの境界とされる)ほか、ロシア連邦自体の最高峰でもある。大コーカサス山脈のすぐ北側を走るボコボイ山脈に連なる。エリブルス山とも。
ロシア連邦に属するカバルダ・バルカル共和国の南部に位置し、キスロヴォツクから南西に65km。グルジアとの国境から北に約12km。多くの氷河があり、それらはバクサン川やクバン川などの源流となっている。
2つの頂上のうち、より低い東峰(5,621m)は、1829年7月10日(ユリウス暦)にロシア軍・科学調査隊のガイドとして、カラチャイ人のキラル・ハシロフが初登頂した。西峰(5,642m)には、1874年にF. クロフォード・グローヴが率いるイギリスの探検隊が登頂した。西峰と東峰は約3km離れている。
ソビエト連邦で登山は非常に人気のあるスポーツとなり、多くの登山者が現れた。1936年にはコムソモールが遭難する事故があった。
第二次世界大戦中の1942年、ブラウ作戦により南下してきたドイツ軍のA軍集団指揮下の山岳部隊が登頂した。登山の際、ソ連軍の山岳部隊と交戦する。ブラウ作戦の目標と関係のないこの登頂事業にヒトラーは激怒し、A軍集団司令官ヴィルヘルム・リスト元帥の解任の一因ともなる。ドイツ軍は1942年末にはこの地域から撤退した。山頂に残っていたドイツ国旗は、ソ連軍の山岳部隊が撤去する。
1956年、カバルダ・バルカル共和国の地域のロシアへの併合から400周年を記念して、400人の登山隊が登頂した。
1959年から1976年にかけて、3,900mの地点までロープウェイがつくられる。また、4,100mの地点には登山者のための宿泊施設もある。夏季には、この登頂路を通って、一日に100人を超える登山者が登頂を試みることも珍しくない。
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