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三国峠(みくにとうげ)

最終更新:inuyama
基本情報
標高 1300m
場所 北緯36度45分58秒, 東経138度49分21秒
カシミール3D
日本の新潟県南魚沼郡湯沢町・群馬県利根郡みなかみ町(旧新治村)境を越える峠である。地勢的には中央分水嶺の上にある。
眺望なし
分岐

山の解説 - [出典:Wikipedia]

三国峠(みくにとうげ)は、日本の新潟県南魚沼郡湯沢町と群馬県利根郡みなかみ町の境を越える標高1,244mの峠。
日本海側と太平洋側を隔てる中央分水嶺上(三国山脈)に位置しており、新潟県と群馬県の県境(上越国境)であるだけでなく、文化・習俗・言語・風習・食文化から気象に至るまで様々な境界として機能している。
戦国時代の頃は峠を挟んで越後の上杉氏と関東の北条氏が睨み合った歴史を持つ。上杉謙信の関東遠征のための峠越えを特に「越山」と称し、直越(清水峠)、土樽越(蓬峠)と並んで軍事的な要衝として重要視された。
江戸時代には越後と江戸を最短距離で結ぶ三国街道の一部として整備され、米や紬、縮(越後上布)といった越後の様々な産物や佐渡へ送られる罪人・無宿人(水替人足)などの輸送経路として、また越後諸藩の参勤交代の大名行列が通るなど賑わったが、冬期の積雪、雪崩、夏場の集中豪雨による土砂災害や山岳地帯特有の気象の急激な変化など難所であった。
明治時代になると信越線が新潟と東京を結ぶ主軸となったことや、清水峠の開削によって一時的に主要幹線から外れるなどしたことで交通量が激減、従来の宿場町は多くの住民が生業の変更を余儀なくされた。
昭和になり、国道17号(三国トンネル)の開通により自動車での上越国境通過が可能になると、改めて関東と新潟を結ぶ物流の大動脈となる。交通の便が良くなったことで近隣の山野が切り開かれ、大規模なスキー場ができるなど景色が一変した。
その後、関越自動車道の開通により交通量は再び減少した。ただし、燃料や一部の薬品などの危険物を搭載した車輌は関越トンネルの通行が禁止されているため、現在でもこの峠を経由している。
バブル景気(スキーブーム)のころには、月夜野ICから苗場スキー場に向けてスキーヤーの車で大渋滞した。三国トンネルの老朽化などに伴い、現在は新三国トンネルが整備されている。
新人時代の田中角栄が選挙民向けに行った演説として、「三国峠をダイナマイトで吹っ飛ばすのであります。そうしますと、日本海の季節風は太平洋側に吹き抜けて越後に雪は降らなくなる。出てきた土砂は日本海に運んでいって埋め立てに使えば、佐渡とは陸続きになるのであります」というものがある。
地理的には峠の部分を指す呼び名だが、広義には関東平野の端部である月夜野から越後側の平野部の入り口である湯沢までの山間地全体を含んだ呼び名として使われることもある。
上信越高原国立公園、ぐんま県境稜線トレイル、中部北陸自然歩道「上州路三国峠のみち」、上信越自然歩道、三国路自然歩道、スノーカントリートレイルに指定されている。
戊辰戦争の際には、三国峠の戦いが起こった。

ファイル:Mikuni Pass amountainpath north.jpg|上信越自然歩道
ファイル:Mikuni Tunnel Gumma side.jpg|三国トンネル

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